逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白 (小学館新書 425)

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  • 小学館
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  • Amazon.co.jp ・本 (216ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784098254255

作品紹介・あらすじ

「どうりで捕まらないわけだ」(道尾秀介) 自転車全国一周に扮した富田林署逃走犯、尾道水道を泳いで渡った松山刑務所逃走犯、『ゴールデンカムイ』のモデルとなった昭和の脱獄王……彼らはなぜ逃げたのか。なぜ逃げられたのか。 異色のベストセラー『つけびの村』著者は、彼らの手記や現場取材をもとに、意外な事実に辿り着く。たとえば、松山刑務所からの逃走犯について、地域の人たちは今でもこう話すのだ。〈不思議なことに、話を聞かせてもらった住民は皆、野宮信一(仮名)のことを「野宮くん」「信一くん」と呼び、親しみを隠さないのである。「野宮くんのこと聞きに来たの? 野宮くん、って島の人は皆こう言うね。あの人は悪い人じゃないよ。元気にしとるんかしら」「信一くん、そんなん隠れとってもしゃあないから、出てきたらご飯でも食べさせてあげるのに、って皆で話してました。もう実は誰か、おばあちゃんとかがご飯食べさせてるんじゃないん、って」〉(本文より) 【編集担当からのおすすめ情報】 『つけびの村』で山口連続殺人放火事件を「村人たちの噂」という視点から見つめ直した気鋭のライターの、新たなテーマは「脱走」。警察に一度は捕まりながら、脱走に成功してしまった者たちの告白や足跡は、読む側に“禁断のスリル”をもたらすことでしょう。なぜ人は脱走にスリルを感じてしまうのか、それはいけないことなのか。著者はこの本でそう問いかけます。特別収録された作家・道尾秀介氏との対談でも、犯罪とフィクション・ノンフィクションとの距離感について議論を交わしており、そこも読みどころの一つとなっています。

感想・レビュー・書評

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  • 以前にこの著者の「つけびの村」を読んだことがあるが、実際の出来事なのにまるで小説を読んでいるかのような気持ちになったことを思い出した。

    こちらの書は、しっかりと取材を元にしているが、TVでのワイドショーの記憶もまだ新しいので、そんな事があったなぁといくつか思い出す。

    特に大阪富田林署から逃走して、自転車で日本一周中と自ら言いながら瀬戸内まで走っていたというのは、よく覚えている。

    だが、第5章の最強の男 白鳥由栄の逃走が、4度もあり、小説『破獄』の佐久間清太郎、『ゴールデンカムイ』の白石由竹のモデルになったとは知らなかった。

    序章の小説家・道尾秀介との対話の中で「事実は、小説より奇なり」の件を触れていたが、確かに想像を超える事実がある。

  • 富田林署逃走犯が知りたくて読みました。
    他はついでです。

    〈女装して新宿に潜伏している説に捜査員が引っ張られ、それをメディアが報じるなか、当の山本(仮名)は騒動をあざ笑うかのように自転車旅を装い、逃走を続けていた。
    周防大島では、和歌山から自転車旅を続ける「櫻井潤弥」なる人物になりきり、人や自然とのふれあいを謳歌していたようだ〉

    山本が逃走したころ、周防大島では2歳の男児が行方不明になり、スーパーボランティアの尾畠春夫さんが山中で発見するという大騒動が起こったそうです。
    (高岡の男の子も早く見つかってほしいです)

    一週間ほど山本が滞在していた「サザンセトとうわ」では、サイクリストたちが多く訪れるようになった。
    『聖地』とかいうぐらいに言われて。
    など、その後のエピソードもいろいろ面白かったです。

    私も瀬戸内海ゆっくり旅したくなりました。

  • 高橋さんのノンフィクションは最後の章がいい。丹念な取材を重ねたレポートを読んだあとに、「事件の詳細を知りたい」という読者の好奇心を肯定してくれる。人間は、面白い。

  • 近年の脱獄犯2件のルポと戦時中に網走刑務所等を4度も脱獄した人の話。始めのは逮捕された場所が広島で見知った所なので本当に怖かった。
    2篇目も、自転車で日本一周中、と多くの人を騙した犯人が気に入って長く滞在した山口の道の駅もよく行く場所なので目に見える様。ただ終章はガラッと変わって日本の司法制度や自白偏重主義への警鐘など、題材とは違う面もあった。この方の別な著書を読みたくなった。

  • 前半は2018年当時けっこう話題になった今治の開放型刑務所を出て瀬戸内の島に潜み海を渡った例と、富田林署を出て自転車旅を装っていた例が紹介される。これがめっぽう面白い。どちらも飄々と巷を移動していく。つかまりそうでつかまらない強運もあるのか。潜伏先の島の人々や接点をもった人たちが両例の「脱走犯」たちのことを、ある種の親しみをもって語るのも印象的。そして、捕まるときはわりとあっけない。
    彼らによれば逃げたのは刑務所での扱いが不満で理不尽なものだったからだという。それはこの両者の例の後に紹介されている昭和の脱獄王・白鳥由栄も同じ。こういう動機によるものか、いやそれが明かされる以前から妙に人々は彼らを慕わしく思い、一方で捜索に手こずる警察の傍若無人さにはあきれぎみ。そんなところが、脱走犯への親しさを増させもするのだろう。
    後半は保釈制度や自白偏重主義や人質司法といった日本の司法制度のあり方に疑問を呈す。それは翻れば人々の意識の問題でもあるだろう。以下を引用しておきたい。
    海外からのみならず、日本国内においても、自白偏重主義や人質司法に対する批判はある。しかしこれらが高い有罪率を支えていることも事実だ。不思議なことに日本では、被疑者が起訴されれば、本来はまだ未決……有罪か無罪か決まっていない立場であるにもかかわらず、その被告人に対して〝ほぼ有罪〟という印象を、多くの者が持つ。これは、高い有罪率を誇る日本の検察を、実際には信頼している証ともいえるであろう。「推定無罪の法則」という言葉は知られていても、生活には溶け込んでいないのだ。国際的なスタンダードを求めながら、日本特有の自白偏重主義や人質司法から成る高い有罪率によって、日々の生活に安心を得ているという矛盾が、ここに見える。あらゆる手続きが完璧でなければ非難の対象になる空気もあり、むしろ日本では100パーセントの有罪率が求められているようにすら思えることもある。(p.207)
    またも15年ほども前、某矯正施設の所長さんが、刑務所は矯正するための施設なのに人々は隔離しておくことを求めるというようなことを言っていたのを思い出した。容疑者となっただけで人々はその人との間に一線を引き、見えないもののようにしたがる。警察や検察の横暴ともいえる事象が多発しているように思えるが、世のなかの反応が薄いことが、横暴を助長させてもいるに違いない。
    愉快な逃亡譚を期待していたので前半は満足。後半はがらりと印象が変わって一冊の構成としてどうかと思わんでもないけど(冒頭には作家・道尾秀介との対談も収載してあるし)、司法やこの国の人々の意識に一石投じる重要な意見が述べられている。

  • なんか、やはり、とびぬけた人というのは居るんだな。逃げるってすごい。やっぱり、平均から離れたところはある。

  • ふたりの脱走犯との、手紙のやりとりや、脱走王の異名を持ち、4度の脱走歴をもつ白鳥由栄。そして、カルロス・ゴーン。

    松山刑務所が塀のない刑務所で、日本には4つしかないということをはじめて知りました。比較的、自由であるからこそ、人間関係に辛くなり逃げ出したということでしょうか。最後に脱走犯が捕まるときに、ホッとしたというのは印象的でした。

    自転車で2ヶ月近く、逃げ回ったひとも凄いと思うけど、逃げるには運も必要かもしれませんが、お金こそが必要だと感じました。

    いつかは捕まるとは言え、警察の失態というものも、決して終わることがないなと思いました。脱走王の話に、人の油断があるからこそ、脱走ができるみたいな話もあり、人である以上、完璧を望むのは難しいのかなと感じた部分もあります。それたと困るのですが。

    日本の司法が自白編重主義の話や、保釈金の話、海外の保釈後のGPSを付けて監視するなど、人権との兼ね合いもあったりするかもしれませんが、日本でも考えても良いのではと思う視点もありました。

  • 著者の淡々とした文章が好き。冒頭の小説家の方との対話が面白かった。小説家から見たノンフィクションとは、、このルポを読んで、現実のあり得なさに(多分悔しくて?)泣いた、と買いてあって、面白いなあと思った。事実は小説より奇なり、、フィクションだったらありえないだろーって言われるような展開が現実だとあるのが面白い。
    こうゆう犯罪もののルポって、ここでこんなもの食べてました、とか急に身近で現実感があるものが登場するのが面白いと思う。犯罪者がどんな心理でその行動を起こしたのか、ということに興味があってノンフィクションを読んでいるので、人間ぽい一面がみれると、その心理が少し分かったような気持ちになる。

  • 946

    指名手配者が女装してることって多いらしいね。そもそも女装って一番不自然に思われない変装だもんね。あと四国でお遍路の偽装をしてることが多いらしい。

    この本超面白かった。友達とか兄弟とかが善良な人しか居なかったし、育った地域の不良と言ってもたかが知れてるレベルの子しか居なかったから、やっぱり本の世界って一生出会えないような悪人とかとも出会えるのが面白い。Wikipediaに載るレベルの有名な脱獄王とかも知れた。

    高橋ユキ
    1974年生まれ、福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)『つけびの村 山口連続殺人放火事件を追う 小学館文庫』より




    白鳥由栄(しらとり よしえ、1907年〈明治40年〉7月31日 - 1979年〈昭和54年〉2月24日)は、日本の元受刑者。
    戦時中の食糧難の時代に収容先の刑務所で次々と脱獄事件を起こし、今日では「昭和の脱獄王」の異名で知られる。当時の看守の間で「一世を風靡した男」と評された。26年間もの服役中に4回の脱獄を決行、累計逃亡年数は3年にも及んだ。
    生涯
    青森県出身。幼少期に父が病死。3人姉弟の2番目だったが、母は乳吞児の末弟とともに再婚。白鳥は姉とともに叔母(父の妹)の家の養子(豆腐屋)となる。徐々に素行が悪化。遂に1933年に仲間と強盗殺人を犯し投獄される。
    青森刑務所
    青森刑務所では劣悪な刑務所の待遇に抗議するも、逆に懲罰房に入れられる。 1936年 手桶のタガで手製の合鍵を作り、開錠して脱獄(1回目の脱獄。白鳥28歳)。だが、翌日自首。いじめた看守への復讐が動機だったが「逃走」の罪が加わり、無期懲役となる。1937年4月、白鳥は宮城刑務所を経て小菅刑務所(現:東京拘置所)に移監される。小菅刑務所では普通の受刑者としての扱いを受けていた。
    秋田刑務所
    1941年10月、戦時罪因移送令に基づき秋田刑務所に移監される。脱獄の経験があるため特別房入りの待遇であったが、高さ3メートルの牢屋で天窓があるだけであり、余りの寒さに防寒着を要求するものの拒否され、脱獄を決意。
    収監された鎮静房の天窓の釘が腐りかけていることに気づき、部屋の隅を使って天井に登ることを思いつき、看守が寝静まってから練習をした。窓枠のブリキ片と古釘を見つけ、釘でブリキ板の縁をギザギザにして即席ノコギリを作り、鉄格子の周囲を切り取り始める。看守の交代時間を狙い、一日10分間ずつ鉄格子の周囲を切り取る作業を行った。切り取りに成功すると、脱獄の日を待った。
    1942年6月、暴風雨に紛れて鉄格子を外し、天井より脱獄。刑務所の工場の丸太を足場にして壁を乗り越えた(2回目の脱獄。白鳥34歳)。
    網走刑務所
    3か月後、小菅刑務所に自首。収監の期間はさらに延長され、難攻不落と言われる網走刑務所に移監。凶悪犯専用の特別房に入れられる。時折、看守の態度に腹を立てて、手錠を力任せに引きちぎった。そのため、真冬でも夏物の単衣一枚の着用、夏には逆に厚着をさせられるという虐待を受ける。手錠や足錠はほとんど外されず、蛆が湧いてくる。この対応に死を覚悟し、脱獄を決意[1]。
    味噌汁の塩分で手錠と視察孔の釘を錆びさせた後に外し(味噌汁を視察孔の釘に吹き掛ける行為を一年間続けた)、関節を脱臼させ、監獄の天窓を頭突きで破り、煙突を引き抜いて1944年8月26日脱獄(3回目の脱獄。白鳥37歳)。
    札幌刑務所
    その後終戦まで身を潜めるが、終戦後、畑泥棒と間違えられ農家に袋叩きにされ、逆に相手を殺害。札幌地裁から死刑判決が出たために脱獄を決意。
    札幌刑務所では過去3回も脱獄経験のある白鳥だけに、特別房が用意され、扉・窓・鉄格子・採光窓など全てが補強され、看守6人1組で厳重に監視されていた。
    視線を上に向けて誤魔化しながら隠し持った金属片でノコギリを作り、床板を切断。食器で床下からトンネルを掘った。1947年3月穴を潜り、外に出る。雪があったために壁を乗り越えて逃走(4回目の脱獄。白鳥39歳)。
    府中刑務所
    最後に捕まった際には、警官から当時貴重品だった煙草を与えられたことがきっかけとなり、あっさり自分は脱獄囚であると明かし自首した。これまで移送された刑務所では度々不良囚として扱われ、およそ人間的な対応をされなかった白鳥は、煙草をもらうという親切な扱いを受けたことで、心が動いたと話している。札幌高裁で審議が再開し、一部、白鳥の主張が認められ懲役20年となる。府中刑務所では白鳥を一般の受刑者と同様に扱ったため、白鳥は模範囚として刑に服した。1961年に仮釈放。出所後は建設作業員として就労。1979年2月24日、心筋梗塞で死去した。71歳没。白鳥は無縁仏として供養されそうになるが、白鳥が仮出所した際に近所に住んでおり仲良くしていた女性が引き取り、埋葬された。
    エピソード
    収監中、当時の看守達は白鳥の脱獄を阻止するため厳重に警備を重ね、あらゆる手立てを行ったがいずれも振り切られた。このことから、脱獄者を出すと職務怠慢で懲戒処分になる当時の看守の間では「脱獄するなら、自分が当直以外のときであって欲しい」と評されたエピソードがある。
    2017年放送のバラエティ番組『激レアさんを連れてきた。』にて、実際に処分を受けた元看守の男性が出演し、白鳥が脱獄したのは自分が交代した後だったが、新人だったということもあり信じてもらえず、始末書を書かされ1か月の減俸処分になったというエピソードを明かしている[2]。
    白鳥がここまで脱獄を成功させたのは戦時下という背景のため人手不足での看守不足、鉄不足で強力で新しい手錠を用意することができなかったことも大きい[3]。
    身体能力
    身体の関節を簡単に外すことができる特異体質を持っていたとされ、頭が入るスペースさえあれば、全身の関節を脱臼させて、容易に抜け出したという。
    健脚であり、1日に120kmもの距離を走ることができた。
    網走刑務所では手錠の鎖を引きちぎるという怪力ぶりも見せており、その結果再収監後は重さ20kgもの特製の手錠を後ろ手に掛けられることとなった。また、地中深く突き立てられた煙突の支柱を素手で引き抜き、40歳を過ぎてなお、米俵を両手に持って手を水平にすることができるなど、その怪力ぶりは群を抜いていたとされる。
    モデル
    破獄: 後にテレビドラマ化された、吉村昭による小説。吉村も前書きで、「矯正行政に長く関わった、とある人物(小説中の鈴江所長)」から聞いた話と述べている。
    博物館網走監獄: 網走刑務所からの脱獄風景をマネキンにより再現している。
    ゴールデンカムイ:野田サトルによる漫画作品。白石由竹という脱獄囚が登場する。野田は対談[4]で白鳥がモデルであると述べ、網走監獄を見学したことを語っている。
    関連書
    『脱獄魔 白鳥由栄』著者 山谷一郎 発行所(株)網走観光サービス 印刷 ㈱北研社1979年10月 重版2022年9月
    『破獄』吉村昭、岩波書店、1983年11月
    『エンジョイ・シンプル・イングリッシュ』、ダニエル・スチュワート、NHK出版、2023年の6月号に『みそ汁で脱獄した男』というエピソードで、網走刑務所での脱獄の事件が英語で説明されている。
    テレビドラマ
    「破獄」(昭和60年放映)、NHK総合、主演:緒形拳 出演:津川雅彦、佐野浅夫、中井貴恵、なべおさみ、織本順吉、玉川良一、小瀬格、趙方豪、綿引勝彦
    「破獄」(平成29年放映)、テレビ東京、主演:ビートたけし 出演:山田孝之、松重豊、寺島進、渡辺いっけい、勝村政信、池内博之、吉田羊、満島ひかり
    関連項目
    西川寅吉 - 明治から大正にかけて名を馳せた脱獄者。
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E9%B3%A5%E7%94%B1%E6%A0%84


    「目撃情報は結構ありました。食料が盗まれたとか、菓子パンの袋が捨ててあったとか。そのような情報が寄せられれば、警察はとりあえず確認に行きます。信憑性が薄いものが多かったなか、あるとき一度だけ『ついさっき、怪しい人を見た』という情報が寄せられたんです」  それが尾道大橋のそばにある岩屋山だった。山頂付近に巨石群が点在しており、古代の巨石信仰の聖地でもあったといわれている。尾道市街が一望できる地元の観光スポットだ。この周辺の住民から目撃情報が寄せられて、捜査員らは色めき立った。山裾を囲み、徐々に登っていけば、必ず野宮を確保できると考えたからだ。

    「船から見てもよう分からん。上から見たら穏やかなんやけど、海の中がね。潮の流れはすごい速いんよ。流れ速いから真っ直ぐは行かれんから、船もちゃんと潮の流れを計算してるよ。尾道大橋でたまに自殺する人おるけど、真っ直ぐ落ちることない。まず1キロ以上は流されて見つかるから」 「泳いで渡ったっていうけど流れは速いんで。フェリーとか見たら、すごい流されてまっすぐ行けてない。流されてる」 「もともと島の北側も海水浴場だった。当然、泳ぐやつもたくさんいた。波はないけど流れが速い。 40、 50 年前は泳いで渡ったと言うおじいさんもおるけど、今はおらん。  あと昔と違って、向島から渡っても、尾道側の桟橋が整備されて、陸に上がれるところがなかなかないんよね。桟橋は結構高いところにあるからひとりでは上がれない。昔は石の階段があって、どっからでも上がれた」

    日本中を騒がせた逃走事件を起こした張本人・野宮は、いま西日本の刑務所で服役中だ。文通をしているとき、彼は私に「自動車整備士の資格を取りたいので参考書を差し入れてほしい」と頼んできた。これまで私が交流してきた被告人、受刑者は多くが読書に娯楽を求めるので、珍しいことだった。  過去に、私は「囚人たちの愛読書」と題した週刊誌の企画で各地の受刑者、被告人らに愛読書を尋ねる取材を行ったことがあった。刑事施設内で読書をするには、外の人間から差し入れてもらうか、自費で購入するかになるが、そのほかに刑事施設が貸し出す「官本」というものがある。

     山本を逃した失態は他にもあった。富田林署では、勾留されている者が弁護人と接見する際、面会室の外で署員が待機することになっていたが、これは平日だけのルーティンだった。土日や夜間はこうした対応がなされないため、富田林署は、接見終了の際には署員に声をかけるよう、山本の弁護人に依頼していたが、義務ではない。その日、山本の弁護人は接見を終えても、署員に声かけをしないまま警察署を出たという。  その間、署員は接見の状況に注意を払っていなかったどころか、注意はむしろ別のところにあった。当時の留置担当だった巡査部長は、内規で禁止されているスマートフォンを留置場に持ち込み、逃走発覚までの1時間半以上もの間、アダルト動画を閲覧していたのである。

    「事務所の従業員が、彼に地図の場所を聞かれたみたいなんです。私はたまたま納品してたんですけど、従業員が来て『どこに置いてあるか知らん?』と聞いてきたんです。私も自転車やってるんで。  その彼からは『自転車で回ってる』『四国一周する』と聞いたから、パワーある人やなと思ったんですよ。その自転車が、まさか窃チャリとも思わんかったしね。

    「仕事を辞めて、日本一周をしようと思った」と偽りの自己紹介をした山本は、男性との2人旅を始めることに成功する。そして翌日には、三豊市の 弥 谷 寺 に到着。境内で休んでいたところ、お遍路旅の女性に話しかけられ「和歌山出身で、今日偶然知り合った」「日本一周している。愛媛の方へ向かう」などと説明したという。  山本は日を重ねるごとに、キャラクターをブラッシュアップしていったのか。  この時期には四国ならではのお遍路という要素まで加え、「和歌山県から自転車で日本一周の旅に出ており、お遍路のために四国を一周している」人物になりきっていた。設定が完璧だという気の緩みか、このときはサングラスもつけていなかった。女性が「フェイスブックに写真をアップしていいか」と尋ねると、2人は「いいですよ」と快諾している。

    「日本一周をしていて四国に入った。八十八ケ所めぐりも兼ねている」 「和歌山から来た。ここで野宿するつもりです」  職務質問でのあまりにも堂々とした受け答えに安心した警察官らは、山本の乗っていた盗難自転車の防犯登録確認も行わず、その場を立ち去ってしまった。彼らにとっては身柄確保の最大のチャンスを逃したことになるが、命拾いした山本には、自転車旅という名の逃走を続ける幸運だったかもしれない。

    この日には同じ高知県、田野町の道の駅「田野駅屋」にも立ち寄っていた。大きな荷物を積み、「日本一周中」のプレートをつけた白いロードバイクに乗っていた山本は「会社を辞めて和歌山県から旅を始めた。寺に泊めてもらいながら移動している」と、道の駅を訪れていた客に話したという。この頃には、お遍路で使うような笠も持っていた。

    道中でおもてなしを受けました」などと旅の思い出を語り「中国地方、広島のほうに行きたい」と、本州に戻っても自転車旅を続けるつもりだと語っていた。お遍路自転車旅に見せかけた逃走である。当然、八十八ケ所めぐりは完遂していない。  こうして再びしまなみ海道を渡って本州・広島県に戻り、以前に約束した三原市でサイクリストの男性と合流したのだっ

     記事では、匿名のジャーナリストが『半グレ連中を使って野宿できそうな場所を洗い出したり、脱走犯の知り合いを見つけて、何か情報を引き出すこともできるはず。また、山本は変装の名人だそうですが、ちょっとくらいのカモフラージュではヤクザの目はごまかせないでしょうね。情報収集能力において、ヤクザの右に出る者はいません』とまで解説していた。この『週刊アサヒ芸能』が発売になる頃、当の山本はそんな恐ろしき〝闇の山本捜査網〟をかいくぐり、自転車で本州に入り、広島を観光しながら山口を目指していたのだった。

     2007年に千葉県で起こった英国人女性殺害事件でのちに無期懲役の判決を受けた市橋達也(逮捕当時 30) が、約2年7ケ月におよぶ逃走生活のなかで整形手術を行いながら逃げ続けていたことや、変装したと仮定した合成写真などが公開されたことから、〝逃走犯は変装の名手である〟との先入観が警察にも、世の中にもあったのだろうか。

    『これまで、新宿には多くの逃亡犯が潜伏していた。もっとも記憶に新しいのは(…) 市橋達也受刑者だろう。市橋は一時期、新宿2丁目に潜伏していたとされる。

    山本は女装が得意で、普段から冗談半分で女装していたという話もある。『女装して逃走』という点は、市橋と共通しているのです」(捜査関係者)』

     女装して新宿に潜伏している説に捜査員が引っ張られ、それをメディアが報じるなか、

     そう振り返ってくれたのは、事件の数年前にUターンで周防大島に戻ってきた「サザンセトとうわ」支配人の岡 竜一さんだ。自身も自転車が趣味であったため、「周防大島を自転車の島にしたい」という思いを抱いて協議会を立ち上げ、様々な取り組みを始めようとしていたところだったという。 「大島には、サイクリングや自転車の旅で来られる方が多いので、そういう人たちが来られていたら、今どういうサービスが必要なのかを聞くために、声をかけるみたいなことをしていたんです。それが始まった直後ぐらいでしたね、彼らが来たのは。朝出勤したら、チャレンジショップの前にいたんですよ。けっこう大きな荷物積んでたから、どっかから日本一周とかしてるのかなと思って」(岡 支配人)

     だが、そこから1年も経たないうちに、白鳥は2度目の脱獄に成功するのである。その執念には、秋田刑務所における処遇の劣悪さが関係していたようだ。刑務所側は、特別に作った「鎮静房」という独房に、白鳥を収容した。 「鎮静房」には昼間でもほとんど陽が射さず、高い天井に薄暗い裸電球が一灯あるのみ。三方の壁は銅板が張られ、扉は食器を出し入れする小窓もなかった。秋田刑務所なりに、脱獄を警戒してのことだろう。しかしこの〝やりすぎ〟な対応がかえって白鳥の怒りに火をつけてしまったのだ。

    白鳥由栄

     とはいえ脱獄の手腕に関しては、白鳥の右に出るものはいないはずだ。彼には、脱獄の哲学があった。 『人間の作ったものは必ず壊せる』(『脱獄王』より)。  白鳥は設備の構造をしっかり観察し、解体するための手順を見極め、粘り強く試行錯誤し、脱獄を繰り返した。 「俺は絶対逃げてやる。塀の内側で捕まったら俺の負け。塀の外に出たら、死んでも俺の勝ちだ」

     白鳥は、4度も脱獄した実在の人間である。1度の脱獄すら困難であるなか、4度も、というところにまず私は、関心をおぼえる。さらに彼なりに考え抜いたと思われる脱獄の方法も、私には全く想像もつかないものだった。「おもしろい」と感じなかったか、興味をそそられなかったか、と問われれば否定はしない。

     しかし、これまで本書で記してきたように、今のままの日本で保釈を拡大するにも問題はある。やはり保釈保証金のみが逃走の抑止力となっている現状、つまり「諸外国に比べて、保釈された被告人による逃亡や証拠隠滅を防ぐ仕組みが脆弱」なのだ。

    そして本書は、網走をはじめ、向島、広島、神奈川、そして四国などで取材に応じてくださった皆様のおかげで、書き上げることができました。改めて、このご時世にもかかわらず、また、多くが突然の取材であったにもかかわらず、お話を聞かせていただき、本当にありがとうございました。

  • 近年に発生した刑務所等からの脱獄事件2件と、吉村昭の「破獄」のモデルになった白鳥由栄のルポなど。

    脱獄事件2件のルポは面白く読んだ。脱獄事件は好奇心をそそるし、この世のマヌケさが滲み出る話は好きだ。鳩子てんぷら食べたい。しかし、一冊の本としての完成度はどうだろう。2件の脱獄事件ルポ以外の章は、後付けというか、本の体裁を取るにはページ数が足りないから無理やりくっ付けたのではないか。

    じゃあ1つの脱獄事件についてだけ掘り下げて描けば統一感が出ておもしろい一冊になったかというと、微妙な気もするから難しいところ。「破獄」はめちゃくちゃおもしろかったが、白鳥由栄ほどのコクがこの2件の脱獄事件から出るとは思えない。

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著者プロフィール

高橋ユキ
1974年生まれ、福岡県出身。
2005年、女性4人で構成された裁判傍聴グループ「霞っ子クラブ」を結成。
殺人等の刑事事件を中心に裁判傍聴記を雑誌、書籍等に発表。現在はフリ
ーライターとして、裁判傍聴のほか、様々なメディアで活躍中。著書に、
「霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記」(新潮社)
「霞っ子クラブの裁判傍聴入門」(宝島社)
「あなたが猟奇殺人犯を裁く日」(扶桑社)(以上、霞っ子クラブ名義)
「木嶋佳苗 法廷証言」(宝島社、神林広恵氏との共著)
「木嶋佳苗 危険な愛の奥義」(徳間書店)
「暴走老人・犯罪劇場」(洋泉社)ほか。
Web「東洋経済オンライン」「Wezzy」等にて連載中。

「2019年 『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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