オリンポスの果実 (新潮文庫 た-6-1)

  • 新潮社 (1992年1月1日発売)
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本 ・本 (155ページ) / ISBN・EAN: 9784101076010

感想・レビュー・書評

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  • 太宰治に師事し、師の墓前で命を絶った激情の作家。強靭な体躯で1932年ロサンゼルスオリンピックのボート代表に選ばれたのとは裏腹に繊細な文学青年的な心情を持つ主人公。これは作者本人を重ね合わせた人物でもある。本作は主人公が船内で出会った同じく日本代表団の女性に熱烈に恋し、その恋の熱をしたためた手紙が延々と続くという不思議な形態を取っている。古めかしい単語のひとつひとつが良いスパイスとなっていて、この時代の空気感が上手く伝わってきた。不思議で妙なんだけれども良い、そんな小説。

  • 描写が細かくて、みずみずしい果実のよう。
    だからオリンポスの果実なのかな


    明治期の仮名遣いが好き。
    ボートじゃなく、ボオト。

    モジモジしてて素直で頑固、朴訥なんだなぁ。
    田中英光の他の本も読んでみようと思った。

  • 1932年のロサンゼルス・オリンピックに出場したのち
    社会主義活動を経て文学の道に入り
    めちゃくちゃな恋愛と早まった結婚をして
    さらに就職、そして従軍
    帰国後には太宰治の弟子になったという
    そういう人らしい
    太宰が死んだ翌年、墓前で自殺した
    その少し前には愛人を刺して殺しかけたんだって
    やばい
    「オリンポスの果実」は
    前線から帰還した後(1940)に書かれたものであるようだ
    オリンピックで渡米したときの思い出をつづっている
    とある女子選手と仲良くなって、みんなに冷やかされたり
    不真面目だとなじられたりする
    外国への船旅で高揚した気分を、恋と勘違いしていたのか
    よくわからないが
    それは、傍目には冒険の旅でもなんでもなく
    ただ行って、負けて、帰ってきただけのツアー旅行にすぎなかった
    舞い上がってんじゃねえよ、とからかいたくなる周りの気持ちは
    まったくわからんでもない、それは
    だれにでもある、自分のなかの幼さを
    目の前に突きつけられてるようなものだ
    作者は、戦場で多くの死を目撃したあとだからこそ
    その幼さを客観的に、肯定的に回想できるようになったのかもしれん
    芽を出さない種のまま
    胸にしまわれたそれを小説という形で実らせることができたというのは
    しかし、だとすれば最後の
    「あなたは、いったい、ぼくが好きだったのでしょうか」
    という問いかけ
    これはじつに、作者自身、空虚な問いとわかって聞いているような
    そういう苦味があるよね

  • ロサンゼルスオリンピックのボートクルーとして渡米す

    る青年の話し。
    ひたむきに彼女を好きだと思う気持ちは素敵だと思う。
    青年は苦悩しながら、周りの影響を受けながら、彼女を

    想い続ける。
    この作者は彼女を思い続ける気持ちを表現の仕方が上手

    いと感じた。

  • この私小説は、出来事の時系列順に、延々と読ませていく構成をとっている。つまり、主人公がボート選手としてロサンゼルスオリンピック(1932年)に出場するため、横浜を出港し、当地にて競技を終えて、日本に帰港するまで(冒頭と結末の数ページをのぞいて)を書き手は忠実になぞっていく。(小説の中心をなしているのは、同船した女子選手、熊本さんへの恋慕の念である。)正直これは辛い。恋慕の念はまだいい、だけど、この体をした小説は、出来事の羅列に陥って、120ページ近く読ませられるこちらは、「もー、なんとかしてっ!」と叫びたくなる口元をなんとか手で抑えながら、歯をくいしばり、眉間に皺を寄せて、鞭打たれながら、イバラの時間を耐えなければならない。もうこれは当小説と同じような性格をもつ、スポ根系私小説なのである。もし小説を書く素材の時系列と実際に読ませる時系列を区分して、手直ししたならば、このような単調な構成に陥らなかったのではないか、と思う。寺山修司が監督した映画『田園に死す』の中で、「時間と空間を自在にあつかえない奴は、芸術家ではない」という台詞があった。あくまで小説というフィクションであるならば、そのような配慮があったっていいじゃない、彼が私淑する師太宰さんの作品だって、今でも面白いだもの。

  • 太宰治に師事した田中英光の代表作。ただひたすら「あなたのことが好きだった」と繰り返される。甘酸っぱ過ぎる、若々しい青春物語。

  • 高校生の時、好きだった女性に思いを伝えることができなかった僕は、大学に入ってからも、そのことをずっと後悔していた。
    その後、この本に出会って、好きな女性に対する気持ちの揺れに共感を覚え、とくに最後の一行は、僕が高校生の時に好きだった女性に聞きたかった言葉でもあったので、すごく切ない気分になったのを覚えています。

  • ◆オリンピックの年には必ず思い出す作品◆
    この作品を読むと、オリンピックの代表に選ばれる偉大なスポーツ選手も、恋してしまえばただの人と安心するか、もしくは呆れるかもしれません。最初から最後まで好きだ好きだと告白し続けた挙句の問いかけを、皆さんならどう感じるでしょうか。私の学生時代の課題図書だったのですが、全員(女子)から「否!」の評価を受けました。
    当時のオリンピック遠征の様子がわかるので、その点も面白い作品です。

  • 叙情的で甘ったるく、思春期の恋愛感情が思い出された。その意味で有益な読書であった。

    思春期を過ぎ感性が磨耗してきたらこそ、逆に著者の態度に共感できた。

  • 師匠・太宰治を私淑するあまり、太宰の墓前で自殺してしまふほどの人物であります。いかなる無頼な小説であらうかと読み始めたのですが、実に甘つたるい青春小説でした。
    主人公・坂本君はロスアンゼルス・オリンピックのボート競技選手。本文中に「四年後のベルリンに備えて」といふ記述がありますので、1932年の第10回大会のことと思はれます。
    ロスへ向かふ船旅中に、高飛び選手の熊本秋子さんと出会ひ、以降彼の関心はほぼすべて「秋ッぺ」に注がれる事になります。肝心のボートの結果は、予選敗退といふ苦いものでした。
    競技の結果も出せず、彼女との進展も無く、失意のまま横浜港へ帰る―

    乱暴にまとめれば、だいたいかういふことを、「十年近い歳月」を経た後に、手記といふ形で熊本秋子さんへ語つてゐます。
    「あなたは、いったい、ぼくが好きだったのでしょうか」といふ疑問を呈する目的で、この長々とした手記を書いたといふことになります。解説の河上徹太郎氏の指摘するごとく、読者は延々と惚気話を読まされたやうな気分になるのではないでせうか。青春小説と言はれてゐますが、若い人が読むと逆に馬鹿にして放擲するかもしれませんね。
    しかし不思議に読後感は悪くありません。とにかく奇妙な小説としか言ひやうがない。
    ところが残念ながら絶版ださうです。新刊書店では入手不能。
    ではごめんください。

    http://genjigawakusin.blog10.fc2.com/blog-entry-49.html

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著者プロフィール

1913年東京生まれ。早稲田大学経済学部卒。太宰治に親近し、「オリンポスの果實」を執筆、「文學界」に掲載され池谷賞を受賞。著書に「離魂」「聖ヤクザ」「魔王」など。1949年、太宰治の墓前で自殺。

「2015年 『田中英光傑作選 オリンポスの果実/さようなら 他』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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