- Amazon.co.jp ・本 (278ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101319216
感想・レビュー・書評
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内容紹介
スタバはないがお好み焼き屋があり、缶ビールを24時間売っているコンビニはないが朝からやってる立ち呑み屋があり、ヤクザが徘徊し、おばはんの立ち話が続く。そんな「大阪の街場」のリアルなコミュニティと、そこで生きていくおもしろさを、岸和田に生まれ育ち、関西有数の雑誌の名物編集長だった著者が、ラテンのノリで語る。大笑いしながら考えさせられる大阪発スーパーエッセイ。
内容(「BOOK」データベースより)
スタバはないがお好み焼き屋があり、缶ビールを24時間売っているコンビニはないが朝からやってる立ち呑み屋があり、ヤクザが徘徊し、おばはんの立ち話が続く。そんな「大阪の街場」のリアルなコミュニティと、そこで生きていくおもしろさを、岸和田に生まれ育ち、関西有数の雑誌の名物編集長だった著者が、ラテンのノリで語る。大笑いしながら考えさせられる大阪発スーパーエッセイ。
著者について
1958年岸和田市生まれの岸和田育ち。ずば抜けた時代感覚と声のデカさで圧倒的な存在感を見せる岸和田の編集者。『Meets Regional』(京阪神エルマガジン社)の創刊に関わり12年間編集長を務め、現在編集集団140B取締役編集責任者。著書に『「街的」ということ──お好み焼き屋は街の学校だ』(講談社現代新書)、『岸和田だんじり祭若頭日記』(晶文社)、『京都・大阪・神戸 店のネタ本』(マガジンハウス)。 --このテキストは、単行本(ソフトカバー)版に関連付けられています。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
江弘毅 1958(昭和33)年、岸和田生れの岸和田育ち。雑誌「ミーツ・リージョナル」(京阪神エルマガジン社)の創刊に関わり12年間編集長を務める。現在は大阪・堂島にある編集集団「140B」取締役編集責任者(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
本の感想
関西に住んでいる人にとって、この本は普段の生活を書いているのでよくあることとうなずいた人がいると思われる。関西以外に住んでいる人や行ったことがない人にとって驚きがあるかもしれない。
この本の著者である江 弘毅氏の著書に大阪以外の街場シリーズがあるようだ。今後、大阪以外の地域の本を読みたいと思う。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
大阪樟蔭女子大学図書館OPACへのリンク
https://library.osaka-shoin.ac.jp/opac/volume/435235 -
【本の内容】
スタバはないがお好み焼き屋があり、缶ビールを24時間売っているコンビニはないが朝からやってる立ち呑み屋があり、ヤクザが徘徊し、おばはんの立ち話が続く。
そんな「大阪の街場」のリアルなコミュニティと、そこで生きていくおもしろさを、岸和田に生まれ育ち、関西有数の雑誌の名物編集長だった著者が、ラテンのノリで語る。
大笑いしながら考えさせられる大阪発スーパーエッセイ。
[ 目次 ]
第1章 街場の大阪論(「二度づけお断り」の思想;アホで悪いか?大阪の街場の子どもたち;東京タワーと通天閣 ほか)
第2章 大阪からワシも考える(「知らない人なのに知っている人」のいる街;“街場”の大阪人は知っている;情報バラエティ番組の空気感 ほか)
第3章 街をビジネスモデルで語れるか!(日限萬里子さんのこと;ほっといてくれよ「まちづくり」;道頓堀が泣いている ほか)
[ POP ]
街は〈消費〉の場だが、本来は〈実生活〉の場だ。
大阪という街には、店や人や食べ物などから滲み出る独特の気配がある。
お好み焼き屋や居酒屋で実地訓練を重ね、身体で街のルールを吸収した人々が、“賢い消費者”などではなく、街で生きる面白さを知る“生活者”になるのだ。
岸和田に生まれ育った著者が、街の現場から発信する本物の大阪エッセー集。
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
大阪の街を通して見る、人間の生活の場=街場の衰退論。経済的合理性や計算されたすぎた動線、“正しく”秩序だてられた消費空間は、街ではなくモールにすぎない。人と人が会うということが非合理と判定し、人間同士が出会わなくてもモノが買えるようになった現代。メディアが作り出すコテコテの粉もん、お笑い、オバちゃんといったステレオタイプはもう飽きた。やりたい人間がやりたいようにやった結果として文化が生まれ(アメ村を作った日限さんや)、そうしてできた街場を半ば無意識につないでいく意識こそが、実は最も大阪的だったのかもしれない。商人の街は、反骨の街であれ。
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中規模だが、センスのいい本屋で購入する。こんな本屋が僕は好きです。失望以外の言葉がありません。正直、題名が違います。岸和田は大阪ではありません。岸和田は大阪の南にある町です。著者は吹田を大阪と思わないように、多くの人は岸和田を関西と思っていません。大阪とは新大阪駅から難波までのことです。岸和田は入っていません。それだけです。
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まあ、大阪の実態をほとんど知らない私にとっては、参考になる記述も多々あるが、それが大阪だけに真に固有のものなのか、現代都市に侵食されゆく近世・近代都市共通の軋みとせめぎ合いなのか、もう一つはっきりしない。抵抗や反攻も必要だと思うが、で、今の大阪の現状からどうしていこうというのか、あまり悠長に構えている余裕は無いと思うのだが。
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作者の主観はたいそう入っているけど、それを差し引いても面白く読めた。
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江弘毅『街場の大阪論』を読む。
腰巻に内田樹先生のコピーが入っている。
「大阪のことはすべて江さんに教わった(半分ほんとです)」。
内田先生の『街場のメディア論』が面白かったから
推薦文につられて読むことにした。
「第3章 街をビジネスモデルで語れるか!」の冒頭に
収録されている「日限(ひぎり)萬里子さんのこと」が
一番印象に残った。
僕は日限さんのことはまったく知らなかったが、
本書にこうある。
人よんでミナミの「ママ」。アメリカ村の生みの親、
そして[ミュゼ大阪]で堀江の九〇年代以降の
「新しい街」としての性格を決定づけた張本人。
(p.184)
これだけの記述では日限さんの人柄はなかなか浮かんでこない。
江は本書で街と人の関係について
生まれ育った大阪(筆者は岸和田出身)を根城に語っている。
文化と文明の対比で言えば、
文化により軸足を置いていると僕は読んだ。
日限さんは大阪の文化を大切にしながら、
新しい街づくりに貢献した人である。
新しい街づくりと言えば聞こえはいいが、
たいがいは効率性、収益性が第一になるものだ。
市井に暮らす人間の、言語や論理で語り尽くせぬ文化は
ないがしろにされるのが常である。
そうした動きに抗した女性が
かつて大阪に存在し活躍していた事実はとても興味深かった。
埋もれがちな大阪史の一面である。
江は関西圏の地域雑誌「ミーツ・リージョナル」の元名物編集長。
内田先生のあとがき「街場のインフォーマント」を読むと、
江が大阪で先生のコーチ役を務めた経緯が分かって面白い。
食べ物と場所がコーチングの主たる舞台である。
ステロタイプの大阪ものと異なり、
骨のある大阪論を読ませてもらった。
6月に出版され、6月のうちに第二刷。
僕が覗いたあちこちの書店で品切れだった。
(文中一部敬称略) -
2010.7.11読了。
世間で言われるステレオタイプの大阪とは違い、本当の大阪のにおいが感じられた。 -
知ってる店がぎょうさんでて来て嬉しくなる。やっぱり大阪の名物は分かれへん。