格闘

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (362ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103516101

作品紹介・あらすじ

私はこの失敗作と再び向き合わねばならない。達人が切り拓く新しい恋愛小説。駆出しの作家だった頃の私が取り組み、完成できなかったノンフィクション。それは、ある忘れられた柔道家の型破りな半生を追ったものだった。だが、彼に寄り添う女、高校時代の恩師など、取材を進める毎にその実像はぼやけていく。一方、本人と私の間には感情のさざ波が立ち始め――相対する二つの魂の闘争と交歓を描く。

感想・レビュー・書評

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  • 髙木のぶ子さん2作目です。わりと軽めに書かれた「明日香さんの霊異記」とはまた作風が異なり、心情をじっくり書いた作品でした。
    柔道小説の様な題名と装丁ですが、触れるようで触れない、近づいたと思ったら遠く離れている…そんな、もどかしい程の恋愛小説でした。
    伝説の柔道家「ハラショウ」の半生を書くため、駆け出しの女流作家が本人や回りの人々に取材を重ねて行きますが、取材を進める程、本人の実像は曖昧になって、彼女の手からすり抜けて行きます…。

  •  駆け出しの作家だった私が、型破りな半生を送ったとある柔道家のノンフィクションに取組もうと奮闘する。「私はこの失敗作と再び向き合わなければならない」と、経験を積み大作家となった現代の私が当時を振り返るような形で物語は進む。この私は著者自身だろうか。そんな思いで読みはじめた。

     実は、著者作品はお初です。
     興味を持ったキッカケは、今年(2019年)に芥川賞詮衡委員を退任されるというニュースを見ていたからだろう。芥川賞詮衡では宮本輝よりも上の大御所で、なかなか良い評(作品を褒める)はしない厳しさがある印象。又吉直樹の『火花』で最後のオチにケチをつけていたのを良く覚えている(←が、それはQuite Agreeだった。のでよく覚えているのかもしれない)。

     そんなベテランの作品だ。どんな筆致なのだろうと楽しみにページを繰ると、柔道技が章立てとなっていることがすぐ分かる。各章の最初は、その技の説明だ。
     出足払(であしはらい)、浮腰(うきごし)、双手刈(もろてがり)・・・・。
     二章あたりで気づく。その説明が単なる技の解説ではないことに。教則本的な技の解説のあとに、さらに文章が連なる。

    「ちなみにこの技は、遺恨や怨念、自信喪失などの精神的な影響を残すことがある。この技が極まると腕か自尊心のどちらかが壊されるわけで、たとえ腕を折られても、ギブアップの屈辱よりはマシだと考える格闘家もいる。」

    「一瞬の隙を狙う弱者にも、勝利をもたらす可能性があることだろう。相手を油断させて背後に回る心理や俊敏さも、勝敗に関わってくるのである。」

     ははーん、これは柔道のことだけを言ってないな。ノンフィクション作家と対象となる柔道家との丁々発止のやり取りを言ってるなと。
     やがて、その作家たる私と柔道家羽良勝利(ハラショウ)との恋のさや当てのことも暗喩していると気づく。さらには、ハラショウの内縁の妻(?)康子と私の駆け引きをも、まるで柔道の技の掛け合いのように語られてゆき、章を追うごとに話が面白くなってくるのだった。私、ハラショウ、康子の関係性が微妙になってくる「大内刈(おおうちがり)」の章では、

    「相手の両足の真ん中、つまり三角形の一点に、足を滑り込ませる、のでしょう?」

     と、技のことを話題にしながら”三角関係”を匂わせる会話を差しはさむ。

    「ハラショウの両足の真ん中に利き足を滑り込ませ、軸足をそっと引き寄せて・・・あとは刈るだけの体勢なのだ。確信はないけれど、全体としてはそこまでこぎ着けた気がする。 」

     これは私が実際にハラショウに技を掛けているのではない。私の意図するように内面を引き出せない難攻不落の相手を徐々に攻略しつつあるという意味あいだ。ベタともいえるが、口の固い相手から会話を引き出すには、このように、”相手の懐に飛び込む”とか、”相手のガードを下げさせる”とか、対人格闘技の技で説明すると良い局面は確かにある。

     けっきょく、若き日の私は、このノンフィクションを完成(=出版)することはできなかった。失敗作でお蔵入りしたことが冒頭に語られ、今の私が半生を振り返るように物語は進んでゆき、ハラショウの死後、康子がその原稿を見せてくれと訪ねてくる。
     エピローグまでの前段の各章は、そのノンフィクションを描くための様子を今の作者が振り返っているのものと思っていたが、”これが失敗作「格闘」の最終章だ”と、最後に置かれた文章は、まんま、それまでの回想部分のトーンと同じ筆致。これじゃあ、柔道家ハラショウのノンフィクションとしては確かに失敗だろう。なにしろ私とハラショウの恋愛譚なんだから。
     でもそれが実に面白いのは、さすが”恋愛文学の赤帯作家”(本の帯より)。

     章立てに使かった柔道技と対人関係の間合いの妙を、巧く符合させた構成の面白さが光る。ただ、あまりにもベタで、ギミックに走り過ぎているきらいもあり、まるで新人作家がやりそうな設えでもあったが(ゆえに失敗作だったのか?!)、中身は手練れの文章。最後まで楽しく読めた。

  • 題名と表紙と各章に柔道技の解説があり、それに惹かれた。内容は女性作家がハラショー(日本人)という柔道家の事を書こうとして、あれこれある物語。途中の展開がかったるいのと会話の下りで誰の台詞か分からなくなって読みにくいので挫折した。

  • ハラショウと呼ばれる羽良勝利、以前に柔道で一度だけ日本一になったことがあり、作家の私は彼のドキュメンタリーを書こうとインタビューを試みるところから話が始まるが、彼は現在「夢道場」で子供たちに柔道を教えている.彼の行きつけは「はらしょう」、康子という女性が切り盛りしている.高校時代の彼を調べる中で、柔道部の先生だった松本鈞に会う.彼の家で話を聞くが妻は死んだ由.遺影は康子だった.道場をすっぽかして「海鮮どんぶり」で働くハラショウ.そこで三郎や春子からハラショウの生い立ちを聞く.高校を尋ねたからか、校長はハラショウの銅像を建てると言い募る.高校を私と訪れたハラショウは演壇で松本鈞に腕挫十字固めをかける.私はドキュメンタリーを完成できなかったが、後年康子が草稿を所望する.第8章 金次郎返し で中学時代のハラショウの行動が露になるが、彼自身特異な生い立ちを全うしたともいえるものの、私がどこまで掘り下げて行けたのか.面白い展開だった.

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著者プロフィール

作家
1946年山口県生まれ。80年「その細き道」で作家デビュー。84年「光抱く友よ」で芥川賞、94年『蔦燃』で島清恋愛文学賞、95年『水脈』で女流文学賞、99年『透光の樹』で谷崎潤一郎賞、2006年『HOKKAI』で芸術選奨、10年「トモスイ」で川端康成文学賞。『小説伊勢物語 業平』で20年泉鏡花文学賞、21年毎日芸術賞。著作は多数。17年、日本芸術院会員、18年、文化功労者。

「2023年 『小町はどんな女(ひと)』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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