ベネズエラ-溶解する民主主義、破綻する経済 (中公選書 115)

著者 :
  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121101150

作品紹介・あらすじ

世界最大の石油埋蔵量を誇る産油国ベネズエラ。だが、戦争や自然災害とは無関係に経済が縮小を続けている。その間、治安は悪化、食料供給や医療制度も崩壊の危機にある。四〇〇万人以上が陸路国外に脱出し、シリアに次ぐ難民発生国となった。かつて二大政党制を長期間維持し「民主主義の模範」とされた同国に何が起こったのか――。本書は、チャベス大統領就任以降、権威主義体制に変容し、経済が破綻に向かう二〇年間の軌跡を描く。

感想・レビュー・書評

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  • 貧困層の救済を目指した政権が、なぜ国家を長期的な大混乱に陥れたかに興味をもち、本書にあたった。

    世界最大の石油埋蔵量を誇り、かつては二大政党制を長期間維持して「民主主義の模範」とされ、ラテンアメリカのなかでは相対的に治安もよかったベネズエラ。しかし、2018年にはインフレ率が13万%のハイパーインフレ状態に達し、国民の十分の一以上が国外に逃亡するシリアに次ぐ難民発生国となり、殺人発生率は世界で2~3番目にまで悪化し、現在はふたりの大統領が並び立つ異常な二重権力状態となっている。そして、ベネズエラがこのような壊滅的な状況に陥った原因は、1999年に大統領に就任したチャベスと、彼の死後、政権を継承したマドゥロによるチャベス派両政権にあるという事実を伝えている。

    前半の1~4章はチャベス派政権の歴史と中心人物であるチャベスとマドゥロの人物像や背景を掘り下げる。後半の5~8章では、チャベス派政権による政策とベネズエラ国内外に与えた影響を検証する。

    筆者は1999年に大統領に就任したチャベスを典型的なポピュリズム政治家だったと断じている。チャベスによる貧困対策は実際に行われ、ジニ係数の改善としても現れるが、貧困層からの人気取りを目的とした側面が強い。そして貧困対策の資金は将来ツケとして賄われることが多く、その負担はとくにチャベス政権の後継であるマドゥロの政権運営に大きな影を落とし、さらに様々な国内事業の国営化は汚職をはびこらせる結果を招いた。

    チャベス大統領は(アメリカのトランプ前大統領のようなタイプの)一般大衆に訴えかける魅力をもち、貧困層の救済についても、大統領就任時には真摯な意志を持ち合わせていたかもしれない。しかし、いつしか権力の保持そのものが目的へとすり替わってしまう。チャベス派政権のもと、「政府、司法、検察、選挙管理委員会、軍、警察などあらゆる国家権力において、チャベス政権への忠誠や支持が人事における最重要の基準とする」ことで、民主主義が権威主義によってまさしく「溶解」してしまう過程を、まざまざと見せつけられる。看板政策だった貧困対策も、長期的には国民のほぼすべてを困窮化させる結果を招いたという皮肉は笑えない。

    典型的なポピュリストに政権を任せたことで国家が破滅的な状態に陥る過程は、民主主義国家の一員として為政者選びに責任をもつ私たちにとっても、大いに恐れるべき教訓になるだろう。権威主義によって民主主義と経済が破壊される過程以外にも、世界最大の埋蔵量とされる原油の質(オリノコ超重質油)が特殊なことや、中国やロシアのように実益や反米の立場から独裁的な政権を支持する国家の事情も興味深かった。四年以上の現地滞在経験をもつという著者だが、思い入れをうかがわせないフェアな姿勢が保たれており、終始丁寧でわかりやすい記述だった。

  • 【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/775197

  •  豊かな石油資源に恵まれ、ラテンアメリカにおいて最も安定した民主主義体制を誇ってきたベネズエラ。ところが2016年以降の3年間でGDPは半減、ハイパーインフレによって紙幣は紙くずとなり、飢える人びとは国外へ脱出。シリアに次ぐ世界第2の難民送り出し国になってしまった。
     国家の崩壊はいかにして起きたのか。日本のマスメディアが報道機関として満足な役割を果たしていないなか、アジ研の専門家による本書は実にありがたい。マドゥロ政権下で現出した危機が、それ以前のチャベス政権下において用意されたものであったことを、歴史、経済、政治、外交、社会など多角的側面から詳述している。
     1980年代までの石油利益の労使間配分および二大政党間の権力分有という安定した体制が行き詰まり、取り残されるインフォーマルセクター労働者層の不満が高まるなか、キューバの後ろ盾を得て1999年大統領選に勝利したチャベスは、大統領に権力を集中させる憲法改正を強引に実現。多数派支配による超法規的な政権運営は大規模な抵抗を招き、2002年にはいったん政権を追われるものの、反対派への露骨な脅迫と支持層への利益誘導を駆使して選挙戦に勝利し支配を固めてきた。その後を継いだマドゥロはカリスマ的人気を欠くだけに、いっそう暴力的手法に依存して反体制派を抑圧し政権維持に腐心することになった。
     では国家経済の破綻はいかにして起きたのか。公的支出の拡大による再分配そのものには、格差縮小や貧困緩和など一定の効果があったことは認められる。だが特に政権批判が高まって以降、公的支出は支持層をつなぎとめる道具としての性格を増し、政権による石油セクターや中央銀行への運営介入は、国際投資および生産性を引き下げる結果を招いた。さらに国際石油価格の上昇が下落に転じると、政権はキューバや中国への依存を高め、累積債務の支払いとともに政権支持をつなぎとめるためにいっそうカネをひきだすためのポケットとして石油資源をただ使いつぶすのみになる。
     その結果、チャベス政権における最良の果実であった社会開発さえもが後退に転じた。貧困層の生活改善プロジェクト「ミシオン」は石油資源を原資としていたがゆえに継続できなくなっただけでなく、党派性の道具となり腐敗の温床にもなった。社会格差の増大は、持てる層よりも防護手段をもたない貧困層を、暴力犯罪にさらされやすくしている。
     通商よりも豊富な自然資源を経済基盤としてきたことをはじめ、日本とはいろいろな面で違いが大きいため、安易に教訓をひきだすべきではないが、とはいえ、ベネズエラがたどった民主国家システムの崩壊を、日本ではありえないことと決めつけるべきでもなかろう。米国やグローバル資本を公然と批判するチャベスは、国際的な左派政権のリーダー視すらされてきた。しかしはっきりしているのは、左派/右派という単純な分類だけで理解することはできないということだ。
     著者が指摘するように、チャベスの掲げた「社会主義」は、石油資源をもとに生活財を国家が直接配分することを指しており、マルクス主義経済における生産手段の所有関係や、労働による利潤の分配を軸に据えたものではない。国家による再生産資源の配分は、党派性と強く結びつき、自らを慈父に位置付ける、家父長的ポピュリズムにもとづくものであった。権力の集中は、公平性や多様性にもとづく民主主義を犠牲にした、私利にもとづく政権維持のみを目的化することになった。
     このような政治はベネズエラに限られない。かつてクーデターに失敗したチャベスが、憲法と選挙という民主主義の装置によって民主主義を破壊したことは、著者が指摘するように、他の多くの国でも台頭している動向を反映しているといえる。腐敗の横行、司法と議会の軽視など、非民主的な民主主義のサインはここにも生まれていないか。堅固に見えたシステムがあっという間に崩壊しうることの歴史的証拠は、なにも他国に求めるまでもないのである。

  • チャベス・マドゥロ政権における権威主義化、経済破綻等の混乱を丁寧に描き出す。著者は日本でも数少ないベネズエラを専門とする研究者。
    ベネズエラの「失敗」はチャベス・マドゥロ政権の運営にかなり帰せられるということが分かった。政権の経済失策や非民主的な運営等よってここまで国家が誤った方向に行くのは珍しいのではないか。
    一方で本書に通底するやや上から目線でチャベス派を非難する論調には疑問に思うところもあった。失策をただ描写するのではなくそれを許す国内的事情や国際環境等についてもう少し深めて欲しかった(実は本当にどうしようもない為政者というだけなのかもしれないが)。

  • ルポ的なのかと思いきや、机の上でデータを引っ張り議論するような論文的な本。
    あくまで米国寄りの著者が書いた本という前提を認識する必要はある。

    日本では収集しにくいベネズエラの政治についてのとっかかりとして優秀な1冊。
    ただ、机上の空論的な要素も含んでおり、実態とは異なる部分もあるということだけは常に頭にいれたい。

  • ●世界最大の石油埋蔵量の資源豊かな国。この豊かな国が何故このような事態に陥ったのか?チャベス、マドゥロ政権20年で何があったのか?
    ●チャベス大統領は、自分の経済変革を「ボリバル革命」と呼んだ。19世紀初頭に南米各国をスペインから独立に導いた英雄の名を冠したものだ。
    ●経済成長ではなく、人々の生活状況や社会サービスの改善、人的資本の開発を中心に据えてきた。目玉「ミシオン」

  • チャベスの大統領就任以降、治安・食料・医療状況が悪化、四〇〇万人が難民に。豊かな産油国に何が起こったのか。二〇年の軌跡を描く

  • 石油の埋蔵量が世界一で、かつて南米の優等生と言われたベネズエラだが、今はインフレが13万パーセントに上るなど経済が破綻し、インフラは崩壊、国を脱出する難民が500万人を超える。なぜそうなってしまったのか。著者は、1999年からのチャベス政権とそれを引き継いだマドゥロ政権の政治を分析し、原因は大統領へ権力が集中してチェック機能が失われたからだと断じる。世界で権威主義的な政権が増え民主主義が弱体化している現在、そのことがもたらす地獄を先んじて伝える書である。

  • 東2法経図・6F開架:312.6A/Sa28b//K

  • 最近読んだ本から。
    ベネズエラというのは未熟な国家が多い南米においては民主主義国家として成功していて産油国でもあり他の資源も多くて生活水準の高い良い国、というイメージだったのだがいつの間にかシリアに次ぐ難民を出している殆ど破綻国家だということ知り何故そうなったのかを知りたくて手にとってみた。問題の所在はチャベス、マドゥロという二代続いた大統領の政策にある、ということで何よりも凄まじいのはこの二人が国を率いた二十年で戦争も自然災害もなかったのにGDPがほぼ半減、世界一の埋蔵量を誇る油田のある国が汲み出す原油は中国やロシアへの返済で外貨収入にはならず、ということでもはやどう建て直して良いのか誰にもわからないくらいの破綻国家に成り果てているのだ、ということがその理由も含めて説明されている。二人の政治指導者も元はと言えば原油価格の下落で貧困層が増えているのに何も有効な手を打とうとしない既存のエリート層への不満から国の舵取りを任されたわけで、結果として尽く打つ手を誤った挙げ句、犯罪的な国家運営に陥っていった様が分かりやすく説明されている。恐ろしいのはチャベスが権力を握った背景が格差解消を謳った彼を教育程度の低い貧困層が強く支持したから、ということでほぼトランプが大統領になった経緯とかぶるという…一歩間違えるとアメリカもこうなっていたかもしれない、という点。ディストピアみたいな話ってフィクションでしかありえないと思っていたのだが国家というものが割と簡単に崩壊するのだ、ということがわかって非常に興味深い作品。

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著者プロフィール

坂口安紀

1964年生まれ、奈良県出身。88年国際基督教大学(ICU)教養学部卒。90年米カリフォルニア大学ロスアンジェルス校(UCLA)修士号(MA)取得。同年アジア経済研究所入所、同地域研究センター/ラテンアメリカ研究グループ長を経て、2018年より主任調査研究員。専門/ベネズエラ地域研究。編著に『途上国石油産業の政治経済分析』(岩波書店、2010年)、『2012年ベネズエラ大統領選挙と地方選挙』(アジア経済研究所、2013年)、『チャベス権下のベネズエラ』(アジア経済研究所、2016年)。他共編著、論文多数。

「2021年 『ベネズエラ-溶解する民主主義、破綻する経済』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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