悪の人心掌握術 - 『君主論』講義 (中公新書ラクレ 172)

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  • Amazon.co.jp ・本 (209ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121501721

感想・レビュー・書評

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  • タイトル「悪の人身掌握術」は要するにマキャベリの「君主論」から得られる時に非常で冷徹な帝王学そのものを指している。君主論自体は世に出た当時は人道主義が席巻していたヨーロッパでは再三排撃される憂き目に遭う。しかしマキャベリの死後数百年が経過し、徐々にその評価が見直され、マキャベリの言っている非常に徹する姿勢が君主に必要であるとの見方に変わっていく。現代では帝王学のバイブルとして扱われるようになった。多くの人は学生時代に名前だけでなく中身も読んだであろう君主論だが、確かにあまりに冷酷で、読んだ後には必ず疑心暗鬼の様な状態になる。会社勤めをして、やがて管理職や経営幹部になる様な年齢になってから、改めて読み直すと納得感が大きい。
    本書はそうした君主論の中で、マキャベリがイタリア・フィレンツェの書記官時代に垣間見た政変や周辺国家の没落から学んだ「君主かくあるべき」というエッセンスを、解りやすい歴史上の出来事と照らし合わせて解説していく。
    マキャベリが描いた時代のイタリアは北はフランスやドイツが、イタリア内部にはローマ、ヴェネツィア、ナポリ、ミラノなど現代の主要都市を構成する基となる諸侯が群雄割拠し、それぞれが表面的な同盟関係や紛争状態を繰り返すという、まさに騙し騙されの世界であった。マキャベリはそうした混乱した状況をその目で見て、人は本質的には利益によってのみ動かされることに気付く。国を統治するならたとえ有能な部下や人材であっても、将来の火種になるなら、騙してでも非情な手段を用いてでも排除する。権謀術数に塗れた書籍と言われる所以はそこにある。日本で言えば美濃の蝮と言われた斎藤道三や覇王と呼ばれ比叡山延暦寺を焼き払った織田信長などを例に挙げて解説していく。
    それらは仕事を進める上でも役に立つものが多いが、この通りにやろうとすると相当の覚悟が必要だ。部下からの悪評を恐れず安月給でコキ使い、恐怖で押さえつけながら、たまに見せる笑顔。反抗する部下や使えない部下はどこか別の部署に異動させるなり辞めさせるなりし、汚い仕事ほど腹心的な部下の手を汚させる。そして外部に対しては聖人君主であるが如く振る舞う。何人か過去にそうした上司に出会ったが、君主論でも読んでいたのだろうか。
    だが、確かに社長や役員まで上り詰めるには必要な資質であるとも言える。自分も部下に対して明日からそう出来るか、と問われれば難しい面もあるが。後世に名を残した君主や経営者は皆少なからずこの様な資質を持っていたと考えられるだろうし、本書で紹介される歴史上の出来事からもそれはうかがえる。そう言えばナポレオン・ヒルの成功哲学の中にも数多く同じ記述が見られる。「ライオンの様に獰猛に狐の様に狡猾で」と云う件は誰もが知っている内容だろう。
    とは言え、成果を挙げたものには十分な報酬を与え、失敗には厳正に対処する信賞必罰の考え方、人身掌握術に関しては、私の様な小リーダーにも役にたつ事が多いので、将来経営幹部を目指す方だけでなく、部下のコントロールに悩みを抱える人は読んでおくと良いだろう。原文を読むよりは本書の様なエッセンス本の方が、時間の無い現代ビジネスパーソンには向いている。
    そして明日からも部下の反抗や悪口に耐え、逆に意に沿わない上司なら首を取ってやろうと云う強さが身につく事は言うまでもない。

  • 目次

    第一章 「悪徳の書」から「権謀術数」のバイブルへ
    世界中から排撃された『君主論』
      逆風にさらされた悪徳の書
    権謀術数が見直された理由
      力こそ君主の最大の美徳
    『君主論』を生んだ中世イタリアの内憂外患
      マキャベリ自身が味わった過酷な現実とは
    混乱と荒廃の世を生き抜く究極の智恵
      乱世を制するのは最強の狼

    第二章 反抗なき統治はこうして作られる
    リーダーがすべき第一の仕事とは
      なぜイタリア統一事業は挫折したのか
    自由の味をしめた人民は弾圧するしかない
      アレクサンドロスがペルシャの聖都を大破壊した理由
    新統治者は支配者の文化・風習を犯さない
      頼朝、家康の勝利の鍵を握った「関東」という地
    リーダーは積極的に支配地におもむく
      現地主義で軍事力を強化した織田信長
    強権がなければ統治は統治は長続きしない
      短剣では政権を維持できない
    恩賞は小出しにあたえる
      ただし戦利品は大盤ぶるまいする
    幹部には過分の地位と報酬をあたえる
      重臣たちに”王の座”をあたえた信長

    第三章 リーダーは悪評を恐れない
    国を強くするための悪評は進んで受ける
      ”蝮の道三”はマキャベリズムの優等生
    リーダーは愛されるよりも恐れられるべき
      狼は狼を制する
      理非曲直の徹底も、「恐れられる君主」への道
    賢明なリーダーは恐れられても恨まれない
      市民に首をはねられた絶対君主
      髭に税金をかけたピョートル大帝
    冷酷な粛清は一気呵成におこなう
      平将門はマキャベリストの劣等性
    冷酷という悪評が立つくらいに部下を厳しく動かす
      「鵯越」を成しとげた義経の冷酷非情
      アルプス越えにも用いられたナポレオンの電撃作戦
    リーダーはケチと呼ばれても気にしない
      ケチに徹して名を成した黒田孝高

    第四章 ライオンの勇敢さと狐の狡猾さを持つ
    慎重に行動するよりは果断に行動する
      大博打を打たなければならないときがある
      日本の運命を変えた東郷長官の「熟慮断行」
    信義を守る必要がなくなるとき
      信義は罠の一つでしかなかった戦国時代
    それでも守るべき信義もある
      信長を苦しめた信義違反の大きなツケ
    有能なリーダーは悪徳者に変貌できる用意がある
      「平素は徳があるようにふるまえ」という重大な教え
    強力な外人部隊の起用は国を滅ぼす元凶
      外国支援軍の要請によって滅んだ東ローマ帝国
    第三者が手柄を立てる機会を作る指導者は自滅する
      アラブを使ってアラブに手柄を取られたイギリス
    中立ほど危険な策はない
      戦国の梟雄たちの間にも信義の絆があった

    第五章 幹部の操縦法が命運を左右する
    巧妙すぎる人材登用は猜疑心をまねく
      本能寺の変と信長の人材登用法との相関関係
    一度自分にそむいた人間を重用すると大きな戦力になる
      裏切り者を副将にすえた東北の英雄
    一度傷つけられた人間は優遇されても恨みを捨てない
      カエサルの温情でも消せなかったブルートゥスの恨み
    むやみに賛同する幹部こそ要注意である
      賛同によって罠にかけられた天皇
    憎まれ役は幹部に負わせる
      やり手の幹部を生贄にした乱世のイタリアの梟雄
    重用した幹部には全幅の信頼を置く
      名宰相の陰に名君あり
    追従者を避けるため、耳を貸すに値する幹部を厳選する
      厳選された幹部と君主は共犯関係

    歴史上の登場人物
    天智天皇・藤原鎌足・聖武天皇・藤原仲麻呂・平将門・源頼朝・源義経・斎藤道三・織田信長・明智光秀・豊臣秀吉・黒田孝高・徳川家康・東郷平八郎
    アラビアのロレンス

  • タイトルほどのインパクトはないが、内容は面白かった。日本の戦国武将などを例に出して『君主論』を解説している。難を言えば真面目な本なのにタイトルが酷くて人前で読めないし、ちょっと知人には薦めにくい。

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著者プロフィール

1927年東京生まれ。東京大学文学部独文学科卒。日本放送協会勤務後、広島大学教授、亜細亜大学教授、静岡大学教授、日本大学教授を歴任。現在は著述家、翻訳家として活躍。専門はドイツ文学、ドイツ思想。著書に『賢者たちの人生論』訳書に『心に突き刺さるショーペンハウアーの言葉』(PHP研究所)『人間性なき医学 ナチスと人体実験』『クラウゼヴィッツのナポレオン戦争従軍記』(ビイング・ネット・プレス)など多数。

「2009年 『国家を憂う』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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