外交五十年 (中公文庫 し 5-2)

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  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (356ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122061095

作品紹介・あらすじ

大正末期から昭和初期にかけて二度にわたり外務大臣を務め、「幣原外交」とよばれる国際協調政策を推進した外交官は、敗戦後に総理大臣に就任する。「未来永劫」戦争をしないとの「信念」から新憲法に軍備放棄を盛り込んだという著者が綴る貴重な外交秘史。

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  • 戦前、「幣原外交」とよばれる国際協調政策を推進した外交官であり、戦後、新憲法に軍備放棄を盛り込むことを進言した総理が綴る外交秘史。〈解説〉筒井清忠

  • 幣原の対米協調外交が築いた日本外交への信頼の意義は決して小さくない。中西輝政氏のようにこの点を見ずに、幣原の対中不干渉政策の非現実性のみを捉えて、それが全ての元凶であると結論するのはあまりに極端だ。然りとて岡崎久彦氏の如く対米協調さえ守っていれば日本は安泰と言わんばかりの幣原礼賛も明らかにバランスを失している。ともあれ幣原の次の言葉は良くも悪くも幣原外交の本質を言い当てている。「幣原外交の実体は何か・・・それは1+1=2あるいは、ニニが四というだけである。・・・ニニが八というような、道理に合わないやり方、相手を誤魔化したり、だましたり、無理押しをしたりすることを外交と思ったら、それは大間違いで」ある。

    明らかに道理を欠いた外交が罷り通る筈もないが、時に十人が十人の道理を主張するのが国際社会である。国際環境が大きく変動し、道理の基準が曖昧になる時は尚更である。そんな中で駆け引きや妥協をからめて曲がりなりにも道理と非道の折り合いをつけるのが外交であろう。外交が「二二が四」で済むならプロの外交官など必要ない。さらに言えばデモクラシーの時代の内政は外交以上に「ニニが四」では済まない。国内世論をあまりに軽視した幣原の外交が結果的に満州問題への対処を誤らせた面も否定できない。ワシントン体制という国際協調ムードを謳歌した時代から、満州事変という激動の時代への歴史の転換点において、幣原のような原則論者を指導者に頂いたことは、日本の選択肢を狭めこそすれ、拡げることにはならなかったのではないか。

    五百旗頭眞氏が指摘するように、大正デモクラシーが生んだ浜口、幣原、若槻のような西洋社会においても尊敬されうる人物が日本にいたことが、穏当な条件で早期の戦争終結を模索するアメリカ政府内の動きを促した面もあるかも知れない。ただ、そのような評価に潜む幣原も共有していたであろうナイーブなアメリカ観については一言しておきたい。幣原はカリフォルニアの移民排斥問題について、ある駐米イギリス大使から受けた忠告を紹介しているが、それによると、アメリカ人は外国に対して不正行為を犯すことがあるが、それは外国からの抗議によらず、自らの発意で矯正する。アメリカの歴史がこれを証明しており、黙ってその時期を待つべきだという。随分前のことだが、五百旗頭氏が幣原のこのエピソードを紹介しながら、日米貿易摩擦での理不尽極まりないアメリカへの処し方を講義で語っていたのを思い出す。戦後70年、原爆投下という明白な国際法違反に一言の謝罪もない現実を見るとき、このアメリカ観が果たして現在のアメリカにあてはまるのか改めて問うてみるべきだろう。

  • 大正から昭和初期にかけて幣原外交といわれる協調路線を展開した外交官、幣原喜重郎の回顧録。
    彼の失脚を契機に、日本は軍国主義、孤立主義に猛進する。
    回顧録という、当事者の生の声ほど、歴史的に貴重な情報はない。

    以下抜粋~
    ・小村さんが帰って来られた日、私が涙の出るほど感じたことは、汽車が新橋駅に着くと、出迎えの桂さんと山本(権)さんが、すうっと汽車の中に入って来られ、何か耳打ちしておられた。そして出て来るときは、小村さんを真ん中に、三人でがっちり腕を組んで、降りて来られた。それは小村さんが帰って来たら、ピストルを撃ちかける計画があったことが、警視庁から報告されていたので、それならば一蓮托生、一緒に死のうと小村さんの両脇にならんで、人ぶらすまを作って出てきたのであった。
    これで小村さんだけを殺すとおいうわけにはいかない。当時の元老大官は実に偉いものだと、私はつくづく感じた次第であった。

    ・(米国イギリス大使ブライス氏)
    「アメリカの歴史を見ると、外国に対して相当不正と思われるような行為を犯した例はあります。しかしその不正は、外国からの抗議、請求とかによらず、アメリカ人自身の発意で、それを矯正しております。これはアメリカの歴史が証明するところです。われわれは黙ってその時期の来るのを待つべきです。加州の問題についても、あなた方が私と同じような立場を取られることを、私はあなたに忠告します」
    その後、アメリカはこのパナマ運河の差別的通行税を撤廃した。ブライス氏の予想が的中して、その後イギリスからは、何も要求しなかったのに、アメリカは自発的に自己の過失を反省したのである。私はブライス氏の先見に敬服せざるを得なかった。

    ・余談だが一番通訳の容易な人は、日本では死んだ大隈さんだったろう。大隈さんは外国人を掴まえて、とうとうと議論するが、本当に理路整然として面白い。だから語学の力によって、通訳が巧くも拙くもなる。しかし話す方の要領がいいから、誤訳することはない。
    ただあの人の言葉の言い回しの巧みさは、翻訳者泣かせであったろう。

    ・ワシントン軍縮会議。
    アメリカ海軍部内にも猛烈な反対が起こった。
    要するに、こういう風に、アメリカの海軍にも不満があり、日本の海軍にも不満があるということは、結局この条約が公平であったという結論になるのじゃないか。双方都合のいいようなものは、とても出来るものじゃないと、しんみり小ルーズベルトは話していた。

    ・浜口という人は道楽も何もない人で、仕事をするのが唯一の楽しみだ。あの人は仕事を与えなければ、それだけで身体が弱ってしまう。だから友人としては、彼に総裁という忙しい仕事をあてがうのがいい。しかし医者として聞かれるのなら、私は彼の身体をあまりよく知り過ぎている。だからそれはお勧め出来ない。

    ・日中戦争の大きな戦禍の発端たる満州事変はどうして起こったか。その原因はどこにあるか。今から遡って考えると、軍人に対する整理首切り、俸給の減額、それに伴う不平不満が、直接の原因であったと私は思う。

    ・大政翼賛会に入るよう事務局からいわれたが、私はすぐ、賛成という方を消して、不賛成の返事を出した。
    するとその日から二日ばかり後に、私のところに憲兵がきた。
    「あなた方は、ドイツのように不自然の全会一致がいいか、アメリカのように一人でも反対する者は反対させ、自然の全会一致または大多数の賛成によって決する形をとる方がいいか、よく考えて御覧なさい」

    ・その頃、私は何の本だったか忘れたが、読んで非常に面白いと思った。それで山本(五十六)君に「君一つこれを読んで、良いと思ったら海軍省へ報告してはどうか」といって、その本を渡した。相当厚い本だから、それを読んで報告を書くには、どうせ二、三週間ぐらいはかかるだろうと思っていた。普通の人ならそれが当たり前である。ところが本を渡してから三日後に、彼はちゃんと報告書を清書して持ってきた。私はそのあまりに早いのに呆れて、どうしたんだと聞くと「これは早く海軍省へ報告する方がいいと思って、私は二晩全く寝ないで書き上げました」という。
    そして彼の報告を読んでみて、実によく本の要領を掴んでいるのに、改めて敬服したのであった。

    海軍が日独同盟条約に反対したのは、米内海軍大臣のもとに彼が次官の時であった。そしてその反対の中心人物は山本であり、彼らの在職中はとうとうそれを頑張り通したと聞いている。

    解説より
    ・スティムソン陸軍長官(米)は言った。
    「浜口、若槻、幣原」、これらは西洋社会においても尊敬されうる人物である。こうした人物を生むことのできる日本社会を根こそぎ破壊すべきでなく、穏当な条件のもとで早期に降伏させるべきだ、と。軍人たちは、次々に同意していった。
    この語なお曲折あるが(京都への原爆投下の回避や天皇制存続への努力を含めて)、日本の早期の有条件降伏の途がスティムソンの力によって開かれていくのである。

    幣原の協調主義の精神は、むしろこうした形で長い時間かけて生きたことが記憶さるべきであろう。
    戦争の惨禍がなお今日でも日本外交を苦しめていることを思えば、幣原の理想主義的外交こそ世界に深く求めたい近代日本の残した最高の「外交的成果」の一つなのである。

  • 軍備放棄を新憲法に盛り込むことを決意した理由として、①軍を持つなら弱いものでは意味がないので敵に勝てるように拡充されていき戦争に至る危険な性質があること、②軍と国民の意思に乖離がある中で戦争が強行され、「巻き込まれた」国民に絶望をもたらすような戦争を繰り返してはならないという決意があった。

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