回想の織田信長-フロイス「日本史」より (中公文庫 フ 16-1)

  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (279ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122068650

作品紹介・あらすじ

厚い信任を受けたポルトガル人宣教師の見た織田信長の素顔。一五六八年、初めての謁見の様子から、安土築城、八二年の本能寺の変、直後の明智光秀の死まで。戦国日本の第一級史料「日本史」から信長に関する章を訳出し、詳細な訳注と解説を加えた。文庫化にあたり新たに人名索引を付す。


〈解説〉和田裕弘




(目次より)


Ⅰ 回想の信長


第一章 信長の素性、およびその性格、権勢、富、ならびに彼が到達した顕位と公方様の複位について


Ⅱ 信長とフロイス


第六章 ルイス・フロイス師が、信長の許で援助を求めるために美濃国に赴いた次第、ならびに彼(信長)が彼に示した寵愛について

第八章 公方様と信長の葛藤、ならびに上京焼失の際、教会に生じたこと


Ⅲ 信長とオルガンティーノ


第十章 五畿内の諸事の発展、ならびに安土山の神学校について


第十一章 安土山で収め始めた成果について


第一二章 ジュスト右近殿が信長に投降した時に示した英雄的行為、ならびにその際、オルガンティーノ師とキリシタン宗門が蒙った大いなる苦悩について


第一三章 信長が荒木一族に課した厳罰のこと、ダリオの追放、ならびに三ケ殿とその息子が蒙った生命の危険のこと


Ⅳ 安土山にて


第一六章 信長がその富、権力、身分のために陥った大いなる慢心と狂気の沙汰について


Ⅴ 本能寺の変・山崎合戦


第一七章 明智が謀叛により、信長、ならびに後継者の息子を殺害し、天下に叛起した次


第十九章 明智の不運と十一日後の死去について


など

感想・レビュー・書評

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  • フロイスの「日本史」から信長に関する記述を抜粋。信長を含めた戦国時代の光景が生々しく描写され、まるでタイムスリップした感覚を味わえる。特に幻となった安土城と城下町の点描は圧巻で、夜景の様子などは目に見えるかのようだった。宣教師達が居なかったら、知り得なかった世界であり、記録が後世に残る事の貴重さを改めて感じる。信長公記との共通点も散見され、両者を読み比べるのも一興。

  • 戦国時代の1563年にイエズス会宣教師として来日したルイス・フロイスが書き綴ったイエズス会への報告書の中から特に織田信長についての記述をまとめた一冊。
    織田信長がどういった人であったかが分かるのみならず、当時の日本の状況がよく分かる。

  • フロイス『日本史』は、他の信長物で良く目にするが、そのものを読んだのは初めてで、比較的面白く読めた。各章末にある注釈解説の中で、信長公記で書かれている内容も挙げられており、以前読んだ『地図と読む 現代語訳 信長公記』も引っ張り出してきて、その記述箇所も照らし合わせながら読んだ。

  • 膨大なフロイス『日本史』のうち、信長関係の記述を抜粋したもの。信長の非凡さと苛烈さは宣教師にも印象的だったようだ。安土城の壮麗さや清潔さについても、結構記述されていた。あと、当然のことながら、高山右近の記述はとても好意的。

  • 日本を訪れ信長と接した宣教師が自国に送った報告書で信憑性が高いと言われている本。信長が好きなのでお世辞を書くは必要のない外国人宣教師から見た信長の人となりが知りたくて読んだ。難しい戦いの部分はほぼ飛ばし読み。信長の容姿について「背は中くらい、声は快調、髭は薄い」とあり他の信長関係の史物より信長像がはっきりして楽しい。信長が建設した安土城の豪華絢爛な様子も詳しく書かれていて歴史に触れているみたいでワクワクした。ただ明智光秀の事はかなり悪く書いている。迫害されたのだろうか。

  • 中公新書が品切れになっていたので、文庫での再刊は嬉しい限り。文庫版の日本史も持っているが、本書は信長との関係でまとめられているので、手に取りやすい。人物評価は、キリスト教宣教師のバイアスが分かりやすいだけに、そこに注意すれば良いと思います。

  • 浩瀚な「日本史」から信長に関する記述を訳出、詳細な注と解説を付す。一五六八年の初謁見から八二年の本能寺の変、明智光秀の死まで。〈解説〉和田裕弘

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著者プロフィール

ルイス・フロイス

一五三二年(天文元年)、ポルトガルの首都リスボン生まれ。十六歳でイエズス会に入会。六三年(永禄六年)来日。八三年(天正十一年)、日本副管区長から「日本史」の編述を命ぜられる。秀吉の伴天連追放令の後、マカオに退去したが再び日本に戻り、九七年(慶長二年)、長崎で没する。長い布教活動を通し、信長との会見は十八回にわたり、多くの戦国武将との面識を得た。

「2020年 『回想の織田信長 フロイス「日本史」より』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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