日本の絵巻 (4) 信貴山縁起

制作 : 小松 茂美 
  • 中央公論新社
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感想 : 2
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  • Amazon.co.jp ・本 (153ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784124026542

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  • <鉢が空を飛ぶ一大スペクタクル。鹿も仰天、下女もたまげた。>

    現存する日本の絵巻を書籍形式で収録し、絵・原文に加えて、読みやすく説明文を付け、巻末に解説を付けたシリーズ(正20巻・続27巻)のうちの1冊です。大型本のため、絵もたっぷり楽しめます。

    今回のものは大和・生駒にて毘沙門天を祀る信貴山の縁起絵巻です。というよりも、「鉢が空を飛ぶ話」といった方が通りがよいかもしれません(絵本、『空とぶ鉢―国宝信貴山縁起絵巻より (やまと絵本)』の原作にあたります)。
    信貴山に命蓮さんという偉いお坊さんがいて、山でひたすら勤行に明け暮れています。托鉢にも出かけない命蓮さん、法力をもって山から鉢を飛ばし、里の人々にお布施を入れてもらうことにしています。ところがあるとき、里の長者の家の者がこの鉢を蔵に閉じ込めてしまったからさぁ大変、というのが空飛ぶ鉢のお話です。
    この「飛倉の巻(山崎長者の巻)」と呼ばれる部分が最も有名ですが、信貴山縁起は実はこの後に、「延喜加持の巻」「尼公の巻」が続く、3巻構成となっています(但し、これは現在の形で、かつては上下2巻の長い絵巻として作られていたと考えられるようです)。本書にはこの3巻分、すべてが収められています。

    絵巻は通常、物語の筋を書く詞書(ことばがき)という部分、そしてその場面を描き出す絵の部分に分けられます。「飛倉の巻」はいきなり絵から始まっており、詞書部分は欠失していると考えられています。本書では、宇治拾遺物語中の、命蓮が出てくる説話(「信濃国聖事」)を紹介し、失われた部分を補足しています。

    「延喜加持の巻」では、都の帝が病に倒れます。命蓮の徳の高さを聞きつけて、勅使が加持に来るように信貴山を訪れるのですが、命蓮は山を降りようとはしません。その代わり、ここから祈ります、と言うわけです。「でもそれではもしも帝の病が癒えても命蓮が祈ったおかげかどうかわからないではないか」と反論すると、命蓮は自分が加持をした証拠に験(しるし)を表すと言います。このお話で飛んでいくのは鉢ではありません。毘沙門天のお使い、剣鎧童子が天翔ます。

    「尼公の巻」では、命蓮のふるさとから、姉君である尼公が弟を探してやってきます。信濃の鄙から、東大寺で受戒すると言って旅立った弟はいずこか。老いた尼公は弟恋しやの切なる思いで旅を続けます。探しあぐねた尼公に大仏様が夢でお告げを与えます。さぁ、尼公は命蓮と無事に会えるのでしょうか。

    この絵巻でおもしろいところは、いささか素っ気ないほどの詞書の後に、非常に雄弁に場面を描く絵が続くことです。
    詞書にないような、驚き慌てる長者の家人の様子、すわ大変と鉢を追いかける長者たち、そして空飛ぶ鉢をぽかんと見上げる山の鹿たちまで、非常に生き生きとした楽しい絵が続きます。出てくる人々も個性的で、体型も性格も立場もさまざまな人が、確かな筆で描き分けられています。
    大空から俯瞰したような風景描写も秀逸です。里や信貴山、宮中や街のそれぞれの空気の違い。横に長い絵巻物ならではの時間の経過を表す描写にも工夫が感じられます。
    勅使主従の服装が正確に描き分けられていたり、洗濯や糸紡ぎ・菜摘みに勤しむ庶民の姿が描かれていたり、天平時代の東大寺大仏の様子が細かく描かれていたり、当時の文化・風俗を知る上での資料的価値もかなり高いのではないかと思われます。

    原典の絵巻には絵の部分には言葉は付きませんが、本書では適宜、説明が付いています。ストーリーの楽しさを損なわず、この人ならこんなことを言っていそうという当て書きが当意即妙で、その上、時代背景を知らないとさらっと見逃してしまいそうなこともさりげなく解説されています。例えば、門の敷居の両端のくぼみは車の出し入れのためである、とか、束帯姿は正装、直衣姿はくつろいだ服装であるので、直衣姿の人物が、おそらく高官と思われる、とか、はたまた、尼公の笠の回りに縫い付けられているのは、当時の女性が旅する際に用いた虫の垂衣(たれぎぬ)と呼ばれる苧麻(からむし)の裂地である、等々。
    非常に楽しく読めつつも、深い理解への手引きもそっと込められている、間口は広く奥深い説明です。

    この絵巻の成立に関しては、はっきりしたことはわからないようです。鳥獣人物戯画の作者と言われたこともある鳥羽僧正が作ったとされたこともあるようですが、どうやら後白河法皇が作成を命じたと考えるのが妥当なようです。そうなると鳥羽僧正はそれより数十年前の人ですので、おそらくは違う人物が制作にあたったと思われます。
    後白河法皇は政治的手腕が優れていたとは言い難い人物のようですが、『梁塵秘抄』をはじめ、今で言うならサブカル的な文化の保護・発展という意味で、果たした役割は大きかったのでしょうかね。


    *山崎長者の家を描く場面に、油の絞り具が描かれています。山崎といえば荏胡麻油の産地で、禁裏や石清水八幡宮にも油を献じていた大山崎油座のあったところですね。長者の家もそうした油を作り、栄えていたうちの1つであったようで、このあたりの解説もとてもおもしろかったです。

    *信貴山縁起絵巻は、信貴山朝護孫子寺にあります。ちょっと行ってみたくなりました。

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