魚食の人類史: 出アフリカから日本列島へ (NHKブックス 1264)
- NHK出版 (2020年7月27日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (238ページ)
- / ISBN・EAN: 9784140912645
作品紹介・あらすじ
魚食こそが、人類拡散の原動力だった!
なぜ霊長類の中でホモ・サピエンスだけが、積極的に魚を食べるのか? それは、もともとホモ・エレクトゥスやネアンデルタール人といった「強者」に対抗するための仕方なしの生存戦略だった。だが、人類がアフリカから世界中に拡散していく過程で、その魚食こそが飢えを満たし、交通手段を発展させ、様々な文化を生み出す原動力になった。果たして、魚食は「弱者」ホモ・サピエンスに何をもたらしたのか? 他の霊長類との比較を踏まえ、出アフリカから日本列島へと至る「大逆転の歴史」をベテランの人類学者が鮮やかに描き出す。
感想・レビュー・書評
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サルの研究が専門の人類学者/霊長類学者が、「魚食」という串で人類史を刺しつらぬいた論考集。
著者は元々漁師の家系に生まれた鮮魚商の息子で、魚と魚食には深い造詣と思い入れがあるそうだ。
霊長類学者らしく、著者は人類史をたどるため、まずその前史(人がまだサルであった時代)にまで遡る。
本書の1、2章は霊長類や大型類人猿、古人類の食の話であり、やっとホモ・サピエンスが主役になるのは3章以降なのだ。
そういう構成を、冗長と感じる人もいるだろう。だが、本書の主張のためには1、2章も不可欠なのだ。
霊長類で積極的に魚を食べるのはホモ・サピエンスだけであり、そのことこそが現人類を地球の覇者たらしめた原動力であった……というのが著者の見立て。その主張をさまざまな角度から展開した本なのである。
その意味で本書は、ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』や、ジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』の類書といえる。
つまり、〝人類がいまのようなありようになった根源的理由〟を探った文明論的著作なのだ。
ホモ・サピエンスが魚を積極的に食べるようになったのは、ネアンデルタール人やホモ・エレクトスといった同時代の他人類に比べて弱かったためだという。
体格・体力で彼らに劣り、体毛がない裸であったため乾燥や衝撃にも弱く、中・大型獣を狩って食べる暮らしに向かなかった。
ゆえに、ホモ・サピエンスは他人類が目を向けない「ニッチ」を求め、水辺に暮らし、魚貝類(と鳥や小型獣)を積極的に食べる道を選択したというのだ。
体毛がなく華奢であることは、水辺での暮らしにはむしろ好適だった。
ネアンデルタール人は頑強さでホモ・サピエンスに勝っていたのみならず、脳の大きさも同等だったことが、近年の研究でわかってきた。
我々と同等に賢く、我々以上に強かったネアンデルタール人だが、彼らは氷期を乗り越えられずに滅び、我々は生き残った。
その理由はむろん一つではあるまいが、著者は大きな要因として魚食習慣を挙げるのだ。
豊富な魚類の恵みによって、ホモ・サピエンスは厳しい飢えの時代を乗り切った。魚の持つ栄養(DHA、EPAなど)は脳の発達を促し、そのこともホモ・サピエンスを特別な存在にした。
そして、生まれたアフリカ大陸から、ホモ・サピエンスは魚が満ちた海に生き残りの可能性を見出し、世界に拡散した。
つまり、魚食習慣こそ、〝出アフリカ→人類拡散〟の原動力であった。
……と、そのような壮大な仮説が、多くの先行研究をふまえて説得的に展開されていく。
魚食の人類史的意義を改めて訴える本書を、魚食大国に生きる日本人は襟を正して読むべきであろう。
難点は、随所に脱線が見られ、たんなる〝魚食のトリビア〟になっている部分があること。なので、評価は星3つ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
人類のユーラシア大陸への拡散は魚食がもたらした?ヒトの魚食の歴史を探求する知的好奇心をくすぐる1冊。
ウシ、ブタなどの家畜、コメやムギ、トウモロコシ、タロイモなど主食となる食物については多くの本があるが、本書は魚食がテーマというおそらく珍しい作品。猿類は基本、魚を食べない。ヒトがどの時代から魚を捕まえ食べるようになったのか。そのプロセスを示した作品。
筆者はもともと漁師の家系のサル学者だという。専門分野と両親や祖先を探る、この二つの奇跡のコラボで生まれた傑作。 -
寄り道が多くソコに興味無い人には読み辛いかも
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同時代に生きた他のホモ属と異なり、華奢な体格と骨格のホモ・サピエンスが、生存ニッチ獲得のために水辺や水中に生活圏を広げ、魚食をしていったのではないかという仮説は興味深い。
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なぜ霊長類の中でもホモ・サピエンスだけが積極的に魚を食べるのか、という帯に惹かれて手にとってみた。
学者さんの作品らしく最初は読みにくいな、と思ったのだけど…なんというかくどいんだよね。「積極的に」というところがミソで例えば干上がった池で魚を拾って食べる猿は確かにいるのだけど…みたいなのが続くとちょっとめんどくさくなるんだけどそこを抜けるとかなり興味深い言説が現れる。屈強で身体能力も知力も高かったネアンデルタール人と比べて非力なホモ・サピエンスは水際に追いやられやむなく魚を獲って食べ始めたところから発展が始まったのではないか、という話。発掘された人類の歯型から何を食べていたのかを推測したりするのだけど側面的に補強する検証の過程が楽しい。例えば農耕はメソポタミア地方で穀物の栽培から始まった、という定説に対して、いきなり穀物はハードルが高い、例えば稲作は苗床を作ったり収穫しても脱穀したりなんやかんやと手がかかるのだけど、作者はアジアで魚食から始まって水際でタロイモのようなものを栽培するところから始まってそこから同じく水辺に生えていたイネを育て始めたのが農耕の始まりではないかという提起をする。面白いのは、というと不謹慎だけど太平洋戦争中に孤立した日本軍の手記からも、例えば最初はバナナを発見してそればかり食べているのだがカリウム摂取過多で体調を崩して他の食糧を探す中で原始的な釣り竿を作ってみると慣れていない魚が餌をつけなくてもたくさん採れた、とかそういう話も引用して説を補強していくところなどが興味深い。そもそも脳が大きくなったのもEPA/DHAの摂取が効いているのでは等々、非常に興味深かった。もう少し読みやすくするとよいのに、という印象。 -
★★★★☆としましたが、★★★★★と迷いました。
★★★★★にしなかったのは、若干、看板に偽りあり、という印象を受けたため。
とくに前半は、人類史やヒトの進化の話が中心で、魚食はおまけ程度しか出てこなかったので。
しかしながら、全体を通していえば、人類史やヒトの進化に関する、かなり新しく、それでいて確度の高いと思われる情報がしっかりと盛り込まれていて、興味深く読むことができました。
ジャレド・ダイヤモンドやユヴァル・ノア・ハラリなどによる、これまで名著と言われていた書籍についても、矛盾点を的確に指摘していて、学問の進歩を感じると同時に、真理の追究に対する著者の真摯な態度を感じました。
それでいて、決して攻撃的な文体ではなく、すべてを包み込むような書き方であり、著者の懐の深さ、というか、度量の大きさも感じた一冊でした。 -
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