- Amazon.co.jp ・本 (528ページ)
- / ISBN・EAN: 9784150310011
作品紹介・あらすじ
"種のアポトーシス"の蔓延により、関東湾の男女別自治区に隔離された感染者は、人を模して造られた人工妖精と生活している。その一体である揚羽は、死んだ人工妖精の心を読む力を使い、自警団の曽田陽介と共に連続殺人犯"傘持ち"を追っていた。被害者の全員が子宮を持つ男性という不可解な事件は、自治区の存亡を左右する謀略へと進展し、その渦中で揚羽は身に余る決断を迫られる-苛烈なるヒューマノイド共生SF。
感想・レビュー・書評
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人工生命、男女の分断、病人を隔離した豊かな自治区……と、要素盛り盛りなところがとても良いですね。全部乗せで贅沢だけど世界観にのめり込んでどんどん先を読みたくなっちゃう。
ヒロインの揚羽がいちいち感情重い子で可愛い。
水先案内人の置名草や「クラスメイトの女の子」として作られた人工妖精の在り方も切なくて……でもきっと、彼女たちは不幸せではないんだろうな。複雑。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
種のアポトーシスと呼ばれる性交によって感染する病を患った男女たちが暮らす男女別自治区。そこでは異性の代わりに人間を模して造られた、人工妖精(フィギュア)が人々と共に暮らしている。
その自治区で連続殺人が発生。事件を追う人工妖精の揚羽は徐々に自治区をめぐる謀略に巻き込まれていく。
練りに練られた複雑な世界観や設定の解説に加え、ラノベっぽい独特の言い回しやキャラクターたちの会話、小難しい言葉や思想で装飾された文章で書かれたこの作品は決して読みやすくはありません。
自分自身も序盤は世界観をつかむのにも、文体に慣れるのにも苦労しました。
話としてもスケールが大きく、いろいろな要素をこれでもかと詰め込まれているので、描き切れていないところや駆け足になってしまったところもあるように思いました。
しかし、それでも読み終えたときの満足感はすごいものでした。
それはSFとして世界観や国家との対決にも発展する展開に興奮したというところもあると思いますが、それ以上に心を揺さぶられたのは、作中に出てくる人工妖精たちの物語です。
この小説で徹底して描かれるのは、純真すぎる人工妖精の愛の話であり、そして愛されることの苦しみの物語でもあったように思います。個人的に読んでいてつくづく思ったのは、人間が心ある人間を造ろうとするのは本当に正しいことなのか、という事でした。
そしてそうやって作られた心に従って行動する人工妖精たち、そして、揚羽が背負わざるを得ない過酷な運命に感じる切なさは、他の小説を読んだとき以上に心に迫ってくるものがあると思います。
だからこそラスト場面は切なくも非常に温かく美しかったです。シリーズ化されてる本作ですが、
純真で罪を背負わざるを得なかった揚羽が、少しでも安息と幸せを手に入れられることを祈りながら、このシリーズを読み進めていこうと思います。 -
未来の日本。性行為によって感染する病気により<種のアポトーシス>に陥った人類は、関東湾の人工島に男女別に分けられた自治区を建設。感染者を強制的に隔離する。二十数万人が暮らすそこでは人工妖精(フィギュア)と呼ばれる疑似生命が人間の伴侶として存在していた。“第三の性”である彼/彼女らは様々な気質を持ち、それぞれが人間のために奉仕していた。
そんな関東湾東京自治区で発生した謎めいた連続殺人。“傘持ち(アンブレラ)”と呼ばれる容疑者を追う人工妖精・揚羽は、やがて自治区全体の運命を揺るがす事件に巻き込まれていく。
『θ 11番ホームの妖精』(電撃文庫)でデビューした作者の第2作。ライトノベル的なガジェットと本格SFのストーリーテリングで新たな地平を切り開いた。
ルビ付きの単語を多様した独特な文体を駆使し、強固な世界観の中へ読者を放り込む力技は、慣れていないと受け付けないかも。僕も途中で何度も投げ出しそうになった。しかし、気になるのだ。登場人物たちのいじらしさが、壮絶な人類の命運が、読者の胸を鷲掴みするからだ。
青色機関(BLuE)、赤色機関(Anti-Cyan)、自警団(イエロー)、脱色街(ホワイトリスト・エリア)、全能抗体(マクロファージ)、末梢抗体(アクアノート)、水先案内人(ガイド)、微細機械(マイクロマシン)……。これら作者独自のセンスで作り上げられた用語が頻出するので面食らってしまう人も多いだろう。おまけにこれらの単語についての説明がこれまた非常に回りくどくなされるのできつく感じる人も多いかもしれない。
しかし本当に読者が戸惑ってしまうのはその世界観の奇妙さであろう。人工妖精と呼ばれる人工知性が人間と共に暮らす世界。そこで巻き起こった事件は、生と性という究極のテーマを深く深く掘り下げていく。
その過程でびっくりするほどスケールが拡がってしまい、さらに枝分かれして様々なテーマが発生していき、またそれらをちゃんと作者が拾っていくので、どうにもこうにも話がまとまらなくなってしまったような感じを受ける。要は詰め込み過ぎな感じがするのだ。物語の端緒となる殺人事件についてさえ中盤では脇に追いやられてしまう。
しかしクライマックスにあたる第三部でストーリーはものすごい勢いで収束していく。作者が求めた答えに向かって、登場人物たちは疾走していく。この勢いは圧巻だ。
男と女、そして人工妖精。それぞれの幸せとは何なのか。性とは何なのか。共生とは何なのか。ライトノベルっぽい表紙からは想像もつかないほど深遠な問いに、作者は真摯で愚直に答えを探していく。
(あ、でもこの表紙はなかなか雰囲気があってイイと思う)
とはいえまあ、そこまで難しく考えずに、揚羽たち人工妖精たちの真っ直ぐな可愛らしさにただ萌えるだけでもいいのかも知れない。人間に仕え、人間に喜ばれるために生まれてきた人工妖精。そんな人工妖精たちの悲哀と歓喜が全編を覆っているからだ。
先に述べた通り、ラノベ出身の作家らしく、文章に非常にくどい部分があったりするのだが、まあそれも慣れの問題。
人類と人工妖精を襲う苛烈な運命に立ち向かう健気さを見守るしか我々にはできないのだ。
ちなみに作者の名前は「とうま・ちとせ」と読み、沖縄県出身である。だからか沖縄でよく見かける名字である「屋嘉比」という名のキャラクターが登場したり、ちらりと沖縄県の事が作中で触れられていたりする。後半には現在の普天間飛行場移設問題を彷彿とさせるような部分があったことも、沖縄の人間である僕にとっては特筆に値した。
本書は刊行後様々な反響を呼び、性差をテーマとして探求する作品に与えられる文学賞、センス・オブ・ジェンダー賞の2010年度の話題賞を受賞した。その受賞の言葉で作者は『人がどのような生き物であるのか、どうした生き方が(色々な意味で)「よい」のか、たくさんの読者の皆様も巻き込んで、一緒に考えてみたいという気持ちが、強く、長らく私の心の奥にあった』と語っている。
人工島にたくさんの蝶が舞う光景が目に浮かぶようだ。
今年、続編にあたる『スワロウテイル/幼形成熟の終わり』(ハヤカワ文庫)が刊行された。 -
「スワロウテイル人工少女販売処」読み始めている。いきなりの人工生命に対するイタコのシーンがすげぇいいな。そして、設定だけですげぇ楽しそうじゃね?そういえば、ナノマシンが完璧に実用化されている系の作品って、実はあんまし読んだことなかったな。
読了。設定がむちゃくちゃ面白かっただけに、何かもったいない感じが。エピソードがちょっと多すぎて散漫な感じがあるのかなぁ。アンブレラ事件と自治区の問題と、2巻分のエピソードを無理矢理一つに押し込んだ感じというか・・・。脱色街の話もあったか。
背景にある設定がものすごく面白く、微細機械が何者であるかのお話(深山と鏡子の会話)なんかもすげぇと思った。これ、設定の濃さからいえば、3巻~5巻くらい使ってしかるべき内容を、無理矢理1巻にしたような感じなのかなぁ。もっとエピソードをしっかり書いて、じっくり進めて欲しかった。
逆に言えば、それだけ魅力的な背景設定だったんである。本作が話題になったことで、今後は1巻で全部書き尽くさなくてもよくなり、エピソードをじっくり描けるようになるだろうし、続きもでているし読んでみようかしらん。あ、あとプロローグの「口寄せ」のシーンは本当に素敵。美しいシーン。 -
題名、及び裏表紙解説から当初に連想させられたイメージに比べると、随分と趣の異なる物語、というのが読了後の第一印象だった。
倫理観の変質著しい未来のディストピア社会と人形倒錯、あるいは自己の実存性に悩めるレプリカント達の織り成すテクノロジーの悲劇を身構えていざ挑んで蓋を開けてみれば、そんなものは終ぞ語られない。
寧ろポスト・サイバーパンク期に見かけられたジェンダーSFやナノテクSF、例えばリチャード・コールダー『デッドガールズ』、あるいはグレッグ・ベア『ブラッド・ミュージック』あたりの系譜の作品にも感じられ、ライトノベル畑出身の邦人作家ならではの読みやすさ、口当たりの良さも追い風に、自分の嗜好傾向との合致も相まって、非常に楽しめた一作となった。
男女性差で隔絶された二つの都市、人工干拓地と管理社会。
都市を区別し分断する巨大な歯車、あるいは分断される旧国家。
CMYKカラーモデルとその中間色に準えられた勢力図と、各々の世界観に縛られた者達のせめぎ合い。
ナノテクの蝶で組み上げられた人工少女群と、紐付けられる幾つかの寓話。
そんな詩的に設えられた舞台装置と、三人称視点でそれらの仕組みを冗長に過ぎるまでに"語り"、誘導し、錯覚させ、そして劇中を通してそれらの意味すら変容させつまびらかにしてゆくスタイル自体が、寧ろ本作流の物語表現なのではと錯覚させられる程に、精巧に組み上げられている小説である。
主役として、人間に代わって劇中世界を眺める人工少女達。
自身が工業製品でありながら何の疑念なく感情を表出してゆく彼女らは、逆説的にテクノロジー飽和の終焉に自ら喰われる人類側の、その実存性の混乱に眼差しを向ける側に立つという、旧来の先駆SF作品を経た一種の転倒劇としても本作は興味深い。
一点、劇中で語り手が時折吐露する価値観についてだけ、個人的に相容れない面が多く、そこが何度か読み手としての視線をぼやけさせる要因となったのが心残りだった。
ともあれ、予想外にも次巻以降の展開があり、期待どおりの仕上がりとの噂も耳にしているので、今後も楽しみにしたい。 -
表紙で萌系?と思ってしばらく手には取らなかったんですが、もっと早く読んでれば良かった。
赤くて、でも透明感溢れるお話でした。
人工妖精たちが可愛くてしょうがない。
揚羽と陽平は、いっそくっついちゃえばいいのに、と思うけど、触れそうで触れない距離だからこそいいのかもしれないとも思う。
でも、もしもう一度会うことがあるのなら、そのときには躊躇わずに互いの手を取って欲しい。 -
自らの依って立つ由縁、あるいは人間の人間たらしめるところの何か。そんな重たいテーマの絡まる揚羽に F.S.S. のファティマがダブる。
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黒は何色にも染まらない。
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ラノベのようなスタイルをとりながら、重厚なテーマと複数の読み方を持つ、何度でも再読したい一冊です。
「限りなく人間に近い機械」というありがちな設定に、男女隔離を余儀なくされた世界に第三の性として作られたという存在理由を加えたことで、テーマに大きな深みが生まれた気がします。
特に印象的なのは洋一と置名草の美しくも残酷な物語です。精緻なSF的要素に見える置名草の体質や背景は、単なる無味乾燥なSFガジェットではない、人間の思いが届くものとして描かれています。このあたりに全編を通じて暗示される人工妖精と人間双方の悲哀が詰まっている気がします。
何より、結びは冒頭の一節だけでなく主人公への解答として機能しており、物語が終わったのではなく彼女が旅立ったに過ぎないことを雄弁に語っています。