水を石油に変える人 山本五十六、不覚の一瞬

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163906751

作品紹介・あらすじ

真珠湾攻撃の三年前、海軍省で三日三晩の夜を徹した実験が行われる。その「街の科学者」は海軍次官山本五十六や、後に「神風特攻」を考案する大西瀧治郎らの前で、水をガソリンに変えるのだという。石油の八割をアメリカからの輸入にたよっていた日本は、ドイツと同様人造石油や出もしない油田の採掘など、資源の確保に八方手をつくしていた。そうした時に、水を石油に変える科学者があらわれた、というのだ。しかも、その「科学者」は、立派な化学メーカーが後ろ楯となり、帝国大学教授のお墨付きまでもらっていた。新資料をもとに描く、日本海軍を相手にした一大詐欺事件の全貌。「海賊と呼ばれた男」「ラスト・バンカー」「トヨトミの野望」など数々の話題作を手がけた元講談社の伝説の編集者加藤張之が企画、編集を担当。序章 一通の報告書真珠湾攻撃から遡ること約三年前、霞が関の海軍省の地下室で奇妙な実験が行われた。命じたのは海軍次官の山本五十六、現場責任者は「特攻の生みの親」大西瀧治郎、「水からガソリン」を製造しようという実験である。その詳細を記した大西報告書が見つかった。第一章山本五十六と石油第一次世界大戦を機に、石油を制する者が世界を制する時代に突入する。その直後に山本五十六はアメリカ駐在を命じられる。石油とともに注目したのが、空軍力を力説するビリー・ミッチェルの活動だった。帰国した五十六は、やがて霞ヶ浦航空隊に赴く。第二章「藁から真綿」事件大正十四年春、山形県庄内地方に姿を見せた詐欺師は、「藁から真綿」をつくる実験によって貧しい農民たちに希望を与える。帝大教授も保証する製造法だったので事業化しようと話が持ち上がり、資金集めが始まった。だが秋を迎え、特許を取得しようとするのだが……。第三章カツクマ・ヒガシと東勝熊詐欺師の一味には、華麗な経歴を誇る男がいた。衆議院議長の甥で、ニューヨークでは柔術家、ベルリンでは社交倶楽部の経営者、そして日本では石油輸入会社の専務取締役。波乱の人生の終着駅に立っている男に、どこからか悪魔の囁きが聞こえてくる。第四章詐欺師から「科学の人」へ 大正から昭和にかけては、錬金術が流行した時代でもあった。その風潮にのって再び金をせしめた詐欺師は逮捕され、裁判が始まる。証言台に立った気鋭の科学者は、なんと「藁から真綿」製造法の正当性を語り、学術専門誌には詐欺師を紹介した論文を発表する。第五章支那事変という名の追い風満州事変を契機に燃料問題への関心が高まり、切り札として人造石油計画が発表された。だが山本五十六の危惧した通り、航空燃料の精製技術の遅れは決定的で、中国との戦争が始まるとそれを思い知らされる。社会の弱点を嗅ぎつけた詐欺師たちの暗躍が始まる。第六章 富士山麓油田の怪昭和十三年十月、富士山麓から原油が出たとして見学ツアーが組まれる。石油問題の重要性がクローズアップされ、ある化学メーカーは「水からガソリン」の企業化に乗り出す。一方詐欺師たちは、さらなる資金集めのために平民的な公爵に政界工作を依頼した。第七章 昭和十三年暮れ、海軍省次官室近衛内閣総辞職の噂が飛びかう霞が関の海軍省を、記者クラブの元会員が訪れる。山本五十六次官に面会すると「水からガソリン」の有効性を訴え、帝国海軍による実証実験を願い出る。詳しい話を聞いたのち五十六は興味を抱き、腹心の大西瀧治郎を呼び出した。第八章 蒲田の「水からガソリン」工場昭和十三年十二月末、化学メーカーの蒲田工場で、大西大佐などが立会って「水からガソリン」の実験が行われ、海軍首脳も見学に訪れる。深夜になって水は見事にガソリンとなり、年明けに海軍大臣官邸で正式な実証実験が行われることが決まる。第九章 燃料局柳原少将の嘆き「水からガソリン」の実験実施の話が広がると、インチキであるとして燃料関係者を中心に反対論が渦巻く。急先鋒となったのは燃料国策を策定した海軍少将で、「帝国海軍の名折れ」だとして、実験前夜には海軍省次官室に乗り込む。第十章実験成功! 次官に報告!昭和十四年一月七日、大西瀧治郎以下八名の立会人のもと「水からガソリン」の実証実験が開始された。だが二日を経過してもガソリンはできなかった。インチキではないかとの疑念を抱いた大西大佐に、実験反対派の中佐は「秘策」を授ける。第十一章 宴の終わり九日間に及んだ実証実験は終了し、大西大佐は報告書を作成する。詐欺師たちは証拠の不備をあげて抗議するものの、待ち構えていた警察に引き渡される。奇しくも詐欺師を弁護した気鋭の科学者は急逝し、やがて富士山麓油田も中止に追い込まれる。第十二章立会人たちの太平洋戦争人造石油計画は失敗して「石炭からガソリン」となり、ついに戦争が始まった。実験の立会人たちは各地で次々に戦死し、日本軍は後退を余儀なくされ、石油は枯渇する。そのとき燃料関係者たちが考えたのは「水からガソリン」ならぬ「松からガソリン」だった。終 章 いまも生き続ける「水からガソリン」詐欺師は生き延びるが、戦争が終わると時代に取り残される。それでも「水からガソリン」は生き続けた。アメリカで、中国で、そしてインドで。二十一世紀になっても、「悪魔のような囁き」をどこかでだれかが聞いている。

感想・レビュー・書評

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  • いやはやまったく驚きだ。
    水から石油ができるという。
    いや、もちろん、「水から石油ができること」自体に驚いたのではない。それに騙された人がいたことにだ。
    一般人や企業人のみではない。帝国大学教授や海軍上層部、いわゆるエリートのお歴々までも、半ばこれを信じ込んだ。国家ぐるみで騙されかけたのだ。

    時は昭和14年。太平洋戦争に突入しようとする時代である。迫る日米開戦。だが日本には圧倒的に石油資源が少ない。起死回生の策として、海軍に持ち込まれたのが、「街の科学者」と呼ばれる本多維富による「水からガソリン」発明だった。真水に何種かの「秘伝」の薬品を加えることで、石油が得られるというのだ。
    時の海軍次官である山本五十六も、後に神風特攻を考案する大西瀧治郎も、海軍省で行われた三日三晩の実験に、大きな期待を持って立ち会った。

    この本多維富なる人物は、これより前に、「藁から真綿が取れる」と称して物議を醸したことがある人物だった。どう考えても胡散臭いこの人物が、なぜ海軍省で実験を行うまでになったのか、筆者は丹念に史料を追う。
    そこに浮かび上がってくるのは時代の空気、そして詐欺に引っかかる人の(おそらく時代を問わない)心情だ。
    資源が乏しい日本では、それまでも「水からアルコール」、「人造石油」、「富士山麓油田」など、資源絡みの怪しい話が沸いては消えていた。
    石油は喉から手が出るほどほしい。今度こそは本物かもしれない。もしこれが本物ならば国家の役に立つ上に、事業としても有望だ。
    そうした人々は、詐欺師が奇術のトリックで見せる「奇跡」に期待を寄せた。
    帝国大学の教授ですら、目の前で見せられては本物と認めざるを得なかった。まだ科学界が知らない「世紀の事実」が、この発明により、明らかになるのかもしれないというわけだ。

    本多は、詐欺師といいつつも、どこか霊媒体質というか、途中から自らの「発明」を信じ込んでいたような節もあり、そんなところもどこか図らずも「真実味」を増すことになり、人々を騙す一助になったのかもしれない。

    それにしても昭和に至っても、「科学」はこれほどに「錬金術」的に見られていたのかといささか茫然とする。これを以て、「こんなことだから日本は敗戦したのだ」とか「だから科学教育は大切なのだ」とか、言うのは簡単だ。それはそれで正しいのだが、「今ならこうしたことは起こらない」とは断言できない不安が残る。
    現にこの「水からガソリン」に類した話はその後、中国やインドでも持ち上がっており、現在でも世界のどこかで生きているという。

    時代の期待、不安に乗じて、バカバカしいような詐欺事件がよくわからないままに大きくなってしまうことはある。いつだって、どこだって。
    そのことの意味を少し考えてみる必要があるように思う。

  • 日本三大油田の一つである東山油田と山本五十六がつながった。東山油田は明治30年代が最盛期だったようなので、明治17年生まれの山本五十六は乱立する油井櫓や、石油の町、相場の町として空前の景気に湧きかえった長岡の町を目にしていたのではないでしょう。

  • アントニオ猪木が発表で失敗した永久機関を思い出す。似非科学関連書

  • 「水からガソリンを作る方法を発明した」という話で海軍を惑わした詐欺師の話。 騙される方がアホだと一蹴するのは簡単だけど時代背景なども含めると「信じたい」と思う人がいても不思議ではない。 内容的には「騙された話」というよりは「振り回された話」といった感じ。 詐欺師にしてみればごく一部の人が信じればそれで十分だったりするわけだし、これからもこういった話はなくならないでしょうね。 よくわからない話には近寄らないに限る。

  • 【石油の9割を米国からの輸入に頼る海軍の救世主か?】後に特攻作戦の生みの親となる大西瀧治郎は山本五十六の立ち会いのもと、海軍省内である男に実験をさせる。新史料発掘による実録。

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著者プロフィール

1980年、オーストラリア生まれ。
2003年、早稲田大学第一文学部卒業。2011年、東京大学大学院教育学研究科博士課程修了、博士(教育学)。日本学術振興会特別研究員(DC)を経て、現在同PD。

「2012年 『青島の近代学校』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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