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Amazon.co.jp ・本 (320ページ) / ISBN・EAN: 9784163911434
作品紹介・あらすじ
終戦直後、満洲や樺太などにいた軍人や民間人など60万人近い日本人がソ連によって連行された「シベリア抑留」。その中に数百人から千人近い女性捕虜が存在したことは、長く歴史の影に埋もれていた。関東軍の陸軍病院で勤務していた従軍看護婦や軍属として働いていたタイピスト、電話交換手、開拓団の民間女性、そして受刑者たちが、極北の地シベリアに送られていたのである。その中には「女囚」として10年を超える抑留生活を送った女性や、日本に帰る場所もなく異国の地で人生を全うした者もいる。帰国を果たした女性たちにとっても、故国の人々のまなざしは決して温かいものではなかった。
戦後70年以上、長く沈黙を守ってきた女性たちをインタビューすることに成功し、2014年にNHK・BS1スペシャルで放送されたドキュメンタリー「女たちのシベリア抑留」は、文化庁芸術祭賞優秀賞、放送文化基金賞奨励賞、ATP賞テレビグランプリ優秀賞、ギャラクシー賞奨励賞、NHK放送総局長特賞など、その年のドキュメンタリー部門の賞を総なめにした。その番組を担当した女性ディレクターが綴る本格ノンフィクション。ロシア側から初めて提出された女性抑留者の記録「登録簿」の内容も明らかになる。
感想・レビュー・書評
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同時並行で『ホス狂い』という本を読んでいたが、こちらの本も同じく、時代やイデオロギー、大きな権力に振り回されて逞しく生きる女性たちの話だ。終戦直後にソ連に連行されたのは男性や軍人だけではなく、看護婦や開拓団などの女性も少なくなかった。彼女たちはシベリアに抑留され、どのように生きてきたのか。その内容を赤裸々に綴ったのが本書。
読み終えて「私たちが何をしたというのだ、帰せ」というような発言が頭に残った。ソ連の強制労働は許されるものではないとして、この戦争において、女性たちは何もしなかったのか。軍人だけの戦争、政府だけの戦争、民間人は嫌々参加したのだし、まして女性は被害者である。これはどこまで、国内外に対して正しいのか。調べると、国際法的にも歴史認識的にも、戦争の決定権がなく、強制されたり被害者としての立場を負う民間人や特に女性は「何をしたというのか」という意識で良いようだ。それならば尚の事、悪い。そして尚の事、被害者である立場の人間が関与して戦争を起こさない抑止力としての役割が重要である。
ー 射殺された二人の遺体は、むしろに巻かれ、収容所の中庭にあるナツメの木の下に一週間放置された。そこは、宿舎と便所の間にあり、日中でも夜間でも、必ずそのそばを通らなければならなかった。少年たちと同世代の弟のいる赤星治は、死体を見せしめにするソ連のやり方に憤りを感じた。「カチカチに凍った遺体を、収容所の真ん中に見えるように飾っておくんです。見せしめに。「逃げるとこうなるんだぞ」と。何もそんなことまでしなくたってね。死んだ人にね」この事件の後、ソ連の監視兵の日本人捕虜に対する響戒はいっそう厳しくなった。
ー 「ソ連側に、女性を抑留するという意図はなかったと思います」キリチェンコは、開口一番、そう断言した。「女性をソ連に移送するよう指示した文書は見たことがありません。第九八九八号指令にも女性については言及されていませんし、モスクワ以外の地方の公文書館でもそうした指示をした文書はない。当時の内務大臣への報告書にも、女性については一言も書かれていないでしょう。私の考えでは、ソ連軍の中で女性捕虜に関して統一された指示はなかったはずです」では、なぜ佳木斯の看護婦たちを始めとする女性たちは抑留されたのだろうか?「おそらく現地の移送指揮官が、自分の裁量で決めたのではないでしょうか。人員を増やすために、できるだけ多くの人を捕えて収容所に送ろうとした過程で、女性が混ざってしまったのでしょう。当時は自分の職務に忠実なあまり、さまざまな違法行為がありました。まあ私に言わせれば、女性の抑留のみならず、日本人の抑留自体が違法だったと思いますが」つまり、キリチェンコによれば、女性たちのシベリア抑留は、手違いから生じたというのだ。この推測を裏付けるようなエピソードは、女性抑留者に関する回想録などにたびたび登場する。終戦後の満州で、女性が危険から身を守るため男装して兵士たちの間に紛れて行動しているうち、そのまま収容所に送られ、収容所到着後にソ連側が気付き、大騒ぎになったという類のものだ。
真相は分からない。便衣兵と民間人が区別がつかなくて巻き添えになるケース。女性自身が自己防衛のために男装化していて巻き込まれるケース。極限の混乱状態では一部で手違いがあったというのは事実だろう。そもそも強制労働が違法であるという大前提は忘れてはならないが。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
まず、シベリアに女性がいたのに衝撃でした。
これは、学校でも習ってないと思う。
看護師さんが戦地に行ってたことは知ってたけど、その先を知らなかった。
何かあった時のために、青酸カリを持ち歩いてたと言うこともショックだった。
青酸カリで楽に死ねると皆は思ってたが、実際に青酸カリで自害した人が苦しんでた姿を見て衝撃を受けたこととかすごい光景を目の当たりにしてたんだろうし。
しかも、その看護師さん達が学校を出たばかりの若い子達。他にも日赤の看護師さん達がいたが。
日本に帰国した時の日赤の対応にはショックだった。
国のために働いて戦地に行ったのに、汚いものを見るような目で見られたとか酷すぎる。
後半には、ロシアに残ることにした村上秋子さんの話が衝撃的でした。
彼女も壮絶な人生で何とも言えなかった。
女性に見えないような姿になるまでの強制労働など
でも、なぜ日本に帰れるときにロシアに残ったのか?とても疑問だったけど。
満州に身売りさせてたと言う事情。
家が貧しく売られて芸妓として生きてたとか悲劇しかない。
最後、自分の妹と連絡が取れたが…
家族のために身体を張って生きた凄まじい人生。
女を出せと言われ、自ら進んで出て芸妓さん達。
信じられないことばかりでした。
この本を読んで改めて、残留孤児のことを思いました。 -
終戦後、日赤と陸軍の看護婦たちは、陸軍の部隊と行動を共にし、シベリアへと送られる。
彼女たちは、厳しい労働の中でどうやって明日への活力を生み出していたのか…
自分の意志などあってないようなものだろう。
ただ毎日生きることをそれだけを願っていたのだろうか…
死んでいく者…
女囚となり帰国しない者、できない者…
真実はどうだったのか⁇
帰国しても自らのことを語らない者もいるだろう。
語れない者もいるだろう。
今はもう誰も真実はわからないのでは…。 -
「戦争は女の顔をしていない」と共に、あまり表立って語られることの少なかった、歴史の中の女性の姿。記録されなかった事実をひとつひとつ丹念に拾ってくれた人がいて、私たちは、現在が過去からつながっているものだということを再確認する。現在からつながる未来のためにも、過去をきちんと知らなければ。 -
「戦争は女の顔をしていない」を読んだ後のこの1冊。ロシアも日本も女性の戦争参加は戦後語られないという共通点は、つまり「戦争」という行為の、ダーティな状態がいかに万国共通かということを暗に表しているように思う。
日赤の看護師さんや軍で働いていた女性達の収容所での苦労は、専門職であることもあり、もしかしたら男性捕虜よりもまだマシだったのかもとも思うが、最後の章に書かれた娼婦として満州にわたり、その後革命を志す若者を支援し捕まり収容所送りになったムラカミさんの話はツラい。 -
同じ職業婦人として
ソ連の女性と温かい交流があった話には
やはり 国ではなく 人なんだな
と心温まりました -
シベリア抑留と言えば過酷な強制労働のイメージがあるが、本書に出てくる女性のシベリア抑留者は、主に看護師である。満州で看護師として働いていた彼女たちが、敗戦後そのままシベリアに送られたのである。主に陸軍看護師、日赤看護師、看護師見習いである菊水隊である。彼女たちは、シベリアに送られた後(時には肉体労働もさせられたようだが)看護師として働いた。
国際法では捕虜による労働は禁じられている。
どんなに過酷だったのだろうかと読み進めたが、実際に彼女たちが語るところによるとあまり悲壮感がなく、過酷さを感じさせなかった。しかし、当人たちの中で辛いことは忘れようとした結果なのではないだろうかと思う。家族と離れ、異国の地で、家族がどうしているかも知れず、いくら仲間がいたとはいえ、相当な苦労をしたであろう。
看護師の一人は、開拓団の一人と出会った時に彼らから聞いた話を次のように語っている。「開拓団の団員さんが『子どもは連れて行っても足手まといになるから、殺せ』と命令して、みんなで殺したんですって……。(p52)
また、彼女たちも女性であることで不安を感じながらの生活だった。軍司令部からの通達文書に「ソ連軍の要求するものは、抵抗せずに渡すこと、その第一は酒、第二は女」。受け取った曹長は驚愕したとのことであるが、本当に驚く内容である。いくら有事とはいえ、味方からの通達とは思えない。
護身薬として、粉末の青酸カリが入った小瓶が彼女たちに配られたそうである。いざとなった時に自決するためである。
また、「女性たちの中には、「シベリア抑留は、大した苦労ではなかった」と語る人も多くいた。自分たちは帰国できたのに、満州にいたはずの家族が帰って来なかったからである」(p249)とあるように、家族と満州で生き別れになった人もいる。
最後にアーニャのことが書かれている。アーニャは日本への帰国を拒みその生涯をロシアで終えた。
彼女は受刑者として収容所へ送られた。
日本での彼女の足跡が記されているのだが、彼女の過去を暴くようで、彼女のことを思うとそれを本に記すことに疑問を感じた。
彼女がなぜ日本へ帰ろうとしなかったのか、本当は帰りたかったのに帰らなかったのか。その心中は私には推し測る事しかできないが、さぞや無念だったろうと思う。
戦争は多くの人の人生を狂わせる。人の命や人生をないがしろにする。とても愚かな行為であると改めて思った。 -
大陸で捕虜となった女性について、この本で初めて知った。
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シベリアに女性も抑留されていたとは・・・!というか、よくよく考えてみたら軍の病院に看護婦はいただろうし、それは日本の病院だけでなく外地の病院でも同じだろう。なのになんとなくそういう人たちは敗戦で帰国か残留婦人かあるいは彼の地で亡くなってしまったか、で、まさかシベリアに連行されていたとは思わなかった。看護婦だけでなく、民間人もだけど。本当に知らないことだらけ!日本人よりソ連人の方が人情味があるなんて話しは、なんか寂しい。でも帰国後の日赤の態度なんて読んでたら、そうなのかなと納得できたりして。
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終戦時、57万人を越える日本人が旧ソ連に連行され、労働に従事されられた。そこには数百万人の女性もいたことは恐るべき史実だと知った。スターリンの非人道的な指示に憤りを感じるが、そもそもは日本の無謀な帝国主義がもたらした結果かと思うと、犠牲になった方々が無念でならない。
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シベリア抑留の話は聞いたことがあるが、女性でシベリアに送られた人がいたことは初めて知った。
きっと、辛い思いをしたのだろうが、与えられた場所で頑張って看護師として働いていた女性もいたようで、すごく強いなと感心した。 -
東2法経図・6F開架:210.75A/Ko97o//K
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想像を絶する内容だった。何度も泣いた。
これまで、残留孤児として苦労された方や逃避行の末帰国された方の本は何冊か読んできたが、看護婦さん達については知らなかった。
この本を読んで改めて戦争の悲惨さを痛感した。
語り継がれるべきだと思うが、体験した方々は思い出すことも辛いだろうと思う。
この本を通じて、史実をたくさんの人に知って欲しいと思う。
親戚にも片足を無くしてシベリアから帰国した伯父がいた。穏やかで優しい伯父だったが、戦争の話は一度も聞いたことがなかったし、聞いてはいけないことのような気がした。
抑留者の帰国後の人生が幸多いものであってくれたらと願わずにいられない。
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