絵ことば又兵衛

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (328ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163912622

作品紹介・あらすじ

母のお葉とともに暮らす又兵衛は、寺の下働きをしていたが、生来、吃音が激しく、ままならぬ日常を送っていた。そんなある日、寺の襖絵を描きに来た絵師・土佐光吉と出会い、絵を描く喜びを知る。
その後、自分の出自を知らぬ又兵衛は何者かに追われ京に移るが、新たに狩野派で学ぶ機会を得て、兄弟子でもあり師ともいえる狩野内膳と出会い、更なる絵の研鑽を積む。しかしある日、何者かに母を殺される。

その後もなんとか絵の道で生きていた又兵衛だったが、じつは自分の父は荒木村重であること、母だと思っていたお葉はもともと乳母で、しかも彼女を殺した首謀者が村重だったことを知る。

母を想い、父を恨み、人と関わることも不得手な又兵衛にあるのは、絵だけだった――。

最近の学説では「浮世絵の祖」といわれ、また「奇想の絵師」のひとりとして江戸絵画で注目の絵師を正面から描く、力作長編。

感想・レビュー・書評

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  • 米澤穂信さんの「黒牢城」を読んだ後なので、その息子の物語がより感慨を持って入って来た。
    この作品で描かれる荒木村重は「黒牢城」の彼とは違うのだが、代わりに息子・又兵衛をずっと見守るのが母代わりとなった乳母・お葉と遠い記憶の中にぼんやりといる実母・だし。そして彼の一生を支えた絵。
    彼は吃音により言葉で伝えることが苦手。だが代わりに絵で「語る」。それがタイトルの意味だった。

    実際の彼がどうだったのかは分からないが、この作品での又兵衛は自身が荒木村重の息子であることを大きくなるまで知らない。
    それは『己の周囲三尺の中に引きこもり、その中で生きてきた』からなのだが、その元を辿るとやはり吃音ということにたどり着くのだろうか。
    話せば笑われたり苛立たせたりするので話さなくなり、自身の思いを伝えることも聞きたいことを聞くこともしなくなる。
    自分が何者なのか知りたいと伝えられたのは関ヶ原の戦いが終わってからだった。

    だが彼の吃音を嗤うことも急かすことも、逆に落ち着いてなどと宥めることもせず普通にやり取りしてくれる人も多くいる。
    乳母お葉はもちろんだが、パトロン笹屋、狩野工房での兄弟子・内膳、妻となるお徳、仕官する織田信雄と松平忠直、その父・結城秀康、最初の絵の師・土佐光吉、影響を与える長谷川等伯など。

    又兵衛の人生も波乱万丈だが、お葉、内膳、結城秀康・忠直親子に織田信雄、長谷川等伯など彼の周囲にいる人々もまた波乱万丈。
    忠直は一般に乱心者の悪いイメージでしかないが、彼は娘・鶴姫に何かを残したいと又兵衛に絵を依頼した。その父・秀康もまた息子・忠直に残したいと自分の似絵を又兵衛に依頼した。
    自分から『すべてを奪った』父・村重とは真逆の人だった。

    吃音と父・村重への憎しみは終始又兵衛を苦しめるが、彼もまた自分の息子や弟子たちとの関わり方を反省するところがあった。
    内膳から『そうか。お前は武士にはなれなんだか』とがっかりされるが、信雄に仕え忠直に仕え、物語にはないがその後は江戸に招聘されるらしいし、御用絵師としてある意味武士に似た生き方をしたのではないだろうか。荒木家再興も父・村重が望む生き方も出来なかったが、絵師「岩佐又兵衛」の名は残したし岩佐家を継承する息子も育った。
    言葉を操ることは出来なくでも絵で語り『弱くか細い糸』ながら人と繋がった。

    結城秀康からは『世の静謐を乱す絵』、長谷川等伯からは『奇妙の絵師』、土佐光吉からは『人を寄せ付けぬ』『寒い絵』、内膳からは己を『曲げられぬか』と言われるが、彼の絵は何故か人を惹きつける。
    織田から豊臣、さらに徳川の世へと目まぐるしく変わることへの反発も多くの人々の中にあり、それが又兵衛の絵への共感を呼んだということだろうか。

  • 【今週はこれを読め! エンタメ編】絵にすべてを懸けた絵師の姿〜谷津矢車『絵ことば又兵衛』 - 松井ゆかり|WEB本の雑誌
    http://www.webdoku.jp/newshz/matsui/2020/11/18/194249.html

    書評『絵ことば又兵衛』 - 日本歴史時代作家協会 公式ブログ
    https://rekishijidaisakka.hatenablog.com/entry/2020/10/31/204326

    『絵ことば又兵衛』谷津矢車 | 単行本 - 文藝春秋BOOKS
    https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163912622

  • 海の見える寺に住み込み幼いながらも働く又兵衛は、吃音で生きづらい日々を送っていた。
    そんな又兵衛が絵師と出会い、絵を描くことの喜びを知る。
    絵の道を進みながら、自分の生まれを知り、母を殺された怒りや恨みを心に抱きつつ歩む、又兵衛の人生を描いた作品。

    吃音とその生い立ちで苦労をする又兵衛なのだが、実は周りに支えてくれる人や力になってくれる人がいるなぁと思いながら読んだ。
    マイナスの感情にとらわれて生きる又兵衛の人間らしさが愛おしく、心配しながら応援しながら読み進めて、色々な人との関わりの中で最後にたどり着いた心がとても嬉しく思いました。
    大満足の一冊です。

  • 絵師の作品が谷津矢車氏の著作の中でひときわ際立っていることは誰もが認めることだと思う。
    創作に携わるということは小説家も同じであると思うのだけれども、創作へ何かをささげるということと同義だと思うのですよ。

    戦国時代に生まれて、様々なものを背負うことになってしまった又兵衛の絵に対する想いや他の絵師に対する嫉妬や羨望。吃音のために自分の気持ちをすぐに示すことができないことにたいする自己嫌悪の気持ちもよくわかる。

    誰もがそういうものを抱えているのだろうし、しかも創作にはそういう負の部分も大事だったりするのかもしれない。

    余りに深い芸術の世界に読み終わった時に心打たれて、言葉にすることができなかった。

    彼の次回作も大変楽しみです。

  • 「絵」は好きである
    自分で描くことも好きであり、
    観ることも好きである、
    いわゆる有名どころの画家たちには
    あまり興味はないけれとど、
    少し外れたところ(?)に位置づけられている
    画家たち
    ニコ・ピロスマニ
    フリーダ・カーロ
    小川芋銭
    モード・ルイス
    グランマ・モーゼス
    大道あや

    辺りになってくると
    俄然 興味が湧いてしまう

    そんな中のお一人が
    岩佐又兵衛さん
    ずっと以前から気になっていた
    絵描きさんでしたが
    最近どうやら取り沙汰されてきたことが
    なにやら嬉しいやら、なにをいまさら…やら

    本書の「背」に「又兵衛」を
    見てしまったので
    思わず 手に取ってしまいました

    又兵衛さんを吃音者として
    設定した筆者の谷津さんの着想も
    面白く
    最後まで読み進めさせてもらいました。

    以前、京都に観に行った時の
    「岩佐又兵衛展」の図録を
    引っ張り出して来て
    矯めつ眇めつつ
    嬉しく 嬉しく

  • 幼い頃からの物語。長い時間がかかり己れの道を切り拓いて到達した境地。人は、死ぬまで己れの道を歩みきれたらと思う。

  • 絵師の話が好きで、何冊か読んでいますが、今回も引き込まれました。
    又兵衛とは何者なのか、という謎を秘めたまま、物語は進みます。狩野派の内膳、長谷川等伯、時の絵師に出会いながら、父親の結城秀康の義に応えるため、部下や家族といろいろな問題を起こしている松平忠直にも、忠義を尽くそうとします。
    そして又兵衛が何者なのか、なぜ「母」は殺されたのか、誰が殺したのか、謎が明かされます。
    「山中常盤」を描いた又兵衛の真意。絵師の心意気が、絵の持つ力を最大限に発揮し、人の心を動かしていく・・・ラストは心打たれました。

  • 豊国祭礼図の作製で,内膳が又兵衛を外したのは,真実を曲げろという指示を聞かないのを嫌ったのではなく,そのようなことをさせたくなかったからだと思う.

  • ・岩佐又兵衛(父は荒木村重)
    ・吃
    ・結城秀康
    ・松平忠直
    ・『豊国祭礼図屏風』
    ・『山中常盤絵巻』
    ・土佐光吉、狩野永徳、長谷川等伯

  • 吃音のくだりは必要なのかな

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著者プロフィール

1986年東京都生まれ。2012年『蒲生の記』で第18回歴史群像大賞優秀賞を受賞。2013年『洛中洛外画狂伝』でデビュー。2018年『おもちゃ絵芳藤』で第7回歴史時代作家クラブ賞作品賞を受賞。演劇の原案提供も手がけている。他の著書に『吉宗の星』『ええじゃないか』などがある。

「2023年 『どうした、家康』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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