タイムマシンに乗れないぼくたち

著者 :
  • 文藝春秋
3.32
  • (37)
  • (141)
  • (218)
  • (51)
  • (10)
本棚登録 : 1878
感想 : 178
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (216ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163914978

作品紹介・あらすじ

「コードネームは保留」
楽器店で働く優香は、人知れず“殺し屋”の設定を生きることで、
味気ない日々をこなしていた。

「タイムマシンに乗れないぼくたち」
新しい街に馴染めない「ぼく」は、太古の生物が好きで、博物館が唯一落ち着く場所だった。
ある日、博物館で“現実逃避”をしているスーツ姿の男性と出会い――

「夢の女」
死んだ夫のパソコンに残されていた小説原稿。
それは、夫と「理想の女」が主人公のSF小説だった。

「深く息を吸って、」
息をひそめるように日々を過ごすかつての「きみ」に、私は語りかける。

「対岸の叔父」
町いちばんの変わり者、それがぼくの叔父さんだった。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • ”一人ぼっちのつもりだった。だけど、そうじゃなかった”

    私たち人間は群れの中で生きる生き物です。何をするにしても一人で生きていくことなどできはしません。しかし、そんな正論とは別に、家庭の中で、学校の中で、社会の中で…自分の居場所がないと感じ、”一人ぼっち”という思いを抱いている方もいらっしゃるかと思います。

    ここ三年ほど続いたコロナ禍、人と人との接触を否定するコロナ禍は、そんな孤独感をさらに強めることにもなりました。一方で人は安定感を求めもします。野生動物と違って明日の食糧の当てもないということはない私たちとはいえ、そんな生活の中でも安定した日々は心に安らぎを生みます。そして、それは”一人ぼっち”という状況であっても同じことなのだと思います。”一人ぼっち”の状況が当たり前の日常になる中には、逆にそれが安定した毎日である、良くも悪くも安定感を前提とする中には”一人ぼっち”でもいいや、といった考え方が成り立ってしまいかねません。でも、それは、正しいことなのでしょうか?人の生き方とはそのように決まっていって良いものなのでしょうか?

    さてここに、”一人ぼっちのつもりだった”と自らが生きる日常を思う主人公たちが登場する七つの物語があります。性別、年齢、そして境遇などさまざまな主人公に光が当てられていくこの作品。そんな主人公たちがいずれも”一人ぼっち”という言葉を感じる日常を生きていく様が描かれるこの作品。そしてそれは、そんな主人公たちが、”一人ぼっち”だと思っていた自分に寄り添ってくれる存在に気づく物語です。
    
    『コードネームが必要だった』、『戸籍上の名前ではない、友だちからつけられたあだなでもない、ペンネームでもラジオネームでもなく源氏名でもウェブ上のハンドルネームでもなく、コードネームだ。殺し屋にはコードネームが必要だ』と考えるのは主人公の南優香(みなみ ゆうか)。『殺し屋。暗殺者。アサシン。刺客。なんでもいい。どうせ実際に殺すわけではない。設定としての殺し屋になる。そう決めたのだ』と思う優香は、さまざまな名前を思い浮かべますが最後に『コードネーム: 保留』と手帳に書き込みました。そんな時、『午後の始業』『を告げる曲』を合図に『手帳を閉じ』た優香。『藤野音楽堂』という『駅前の商店街の端にある楽器店』で働く優香は三年前に『「経理事務 若干名」という求人』によりこの会社に入社しました。そんなところに『セーフ、などと言』いながら『「女の子たち」がにぎやかに事務所に入ってき』ました。『いつも四人で昼休みを過ごす』『女の子たち』。『年齢の近い人同士気が合うんだよ、ただそれだけ』と山本に言われた時のことを思い出す優香は、『言っている途中でわたしも彼女たちと同じ二十代だということ』に気づいて『かえって気まずい沈黙が漂』います。『「女の子たち」に自分が含まれていないことは、べつだん悲しいことだとは思っていない』という優香は、一方で、そんな山本が『来月末に退職する予定になっている』ことを思います。『子どもの数』が減り『音楽教室にも生徒が集まらない』現実を踏まえ、『藤野音楽堂には未来がない』と口癖のように言っていた山本は、『こっそり転職活動を』する中に『不動産販売の会社』に転職を決めました。そんな山本に後任について尋ねたところ、『なんか社長たちの親戚の子だって』と聞いてうんざりします。そして、仕事が終わり会社を後にした優香が駅に向かって歩いていると、『邪魔』と後方から男がぶつかってきました。『以前にもこうやってぶつかられたことがあった』と思う優香は、『けっして狭くはない歩道の、ずいぶんはじっこを歩いていたつもり』だったのにと思いつつ、『人さし指と親指でつくった輪っかごしに、遠ざかっていく背中を観察』します。『男が今度は歩道を歩いていた女子高生の肩にぶつかるのを見た瞬間に、頭の中で引き金を引』く優香。『男の頭がぱーんとはじけて、胴体がどさりと歩道に倒れる』というその光景。しかし、『現実の男はどんどん歩いていき』『視界から消え』ました。『殺し屋は夕飯を買いにコンビニに寄ったりするのだろうか』、『殺し屋はじゃがりこを食べない』、『ポテロングも食べない。キャベツ太郎など論外である』と『結局牛乳だけを買って出てきた』優香は、『殺し屋の設定は、ダイエットや節約にもなる』と思います。『おそらくわたしはほんものの殺し屋にはなれないだろう。正直血とか苦手だし』と思う優香。そんな優香の『殺し屋の設定』の上にある日常が描かれていきます…という最初の短編〈コードネームは保留〉。淡々と描かれる優香の物語の中に寺地さんらしい魅力を垣間見る好編でした。

    “人知れず抱える居心地の悪さや寂しさ。 そんな感情に寄り添い、ふと心を軽くする物語”と、本の帯に記されたこの作品。首の長い恐竜の頭に座る少年、そんな彼らの後方に土星を思わせる惑星が浮かび上がるというなんとも不思議な表紙のイラストが印象的なこの作品。そんな作品には、「タイムマシンに乗れないぼくたち」という書名がつけられています。私は一年におよそ150冊の小説ばかりを読んでいます。そして、その目的は究極的には”タイムスリップ”を描いた物語をひたすら探すことでもあります。”タイムスリップもの”でご飯を何杯でも食べられる私は、まさかの寺地はるなさんの小説に”タイムマシン”という言葉を見つけ、一切の躊躇なく手にしました。寺地さんの”タイムスリップもの”が読める!しかし、どう考えても寺地さんがSFな物語を書くはずがないという思いも浮かびます。結局、後者の直感が正しいというこの作品。はい、いつもの寺地さん通り、普通の日常がそこには描かれていきます。これは、”タイムスリップものではありません!”とここで断言することがネタバレになったらごめんなさい。でも、もし寺地さんという作家さんをご存知でない中にこの作品を”タイムスリップもの”と手にし、失望を経験されたとしたらあまりに残念ですので、寺地さんの作品を愛する者としてハッキリここに書かせていただきたいと思います。

    そんな作品は全く独立した七つの短編で構成されています。いずれも”人知れず抱える居心地の悪さや寂しさ”を抱える主人公が視点の主を務めます。そんな七つの短編の中に比喩表現を頻発する短編があります。表題作の〈タイムマシンに乗れないぼくたち〉がそれに当たりますが、とても印象に残りましたので少しご紹介しておきましょう。主人公・草児は小学校四年生で転校してきたばかりという設定の中にクラスの雰囲気を表す表現が登場します。では、自己紹介をしている時に『なんか、しゃべりかたへんじゃない?』と笑い声が聞こえてきたという場面をご紹介します。

    ・『ひとりが発した笑い声は、ゆっくりと教室全体に広がっていった。風に吹かれた草が揺れているようだった。風はやがて止んだが、草児はもう口を開くことができなかった』。
    → 転校後、教室の中でクラスメイトに初めて挨拶する瞬間はその後の自分の立ち位置が決まる重要な局面だと思います。そんな瞬間を絶妙な比喩表現で表していきます。

    ・『強いものと弱いもの。頭のよいものとよくないもの。教室には異なる種の生物が共存している』と思う草児は転校前には『世界はもっと、ぼんやりとしていた。自分がその世界の一部だったからだ』と思います。その一方で、『今は違う。世界と自分とがくっきりと隔てられている。ガラスだかアクリルだかわからないけど、なんだか分厚い透明ななにかに隔てられている』という今を思います。
    → そんな草児は『自分はこの学校になじめないのではなくて、ただ博物館で展示物を見ているように透明の仕切りごしに彼らを観察しているだけ、というポーズでどうにか顔を上げていられる』とも考えます。
    → 転校先に馴染めず一人ぼっちになっていく主人公の心持ちをこんな風に表現していく寺地さん。直接的な表現でなく全て比喩で表現していく中に、逆に主人公・草児の心の中に渦巻く思いを読者に分かりやすく伝えていると思います。

    ・『草児は自分が「食べる側」になれるとは、どうしても思えない。勉強も運動も、できないわけではないが突出してできるわけではない。クラスにもなじめていない。「ありがとう」と言っただけで、岩かなにかが喋ったみたいにびっくりされているのだから』。
    → 『来年、草児は中学生になる』というなかで、『生存競争はさらに激しくなっていきました』と、自分が置かれている状況を見る草児の心境を表す表現ですが、『「食べる側」になれるとは、どうしても思えない』という表現は凄いです。『草児』と名付けた寺地さんのネーミングセンスも光りますが、この表現はとても印象的でした。また、一方で草児の心細さもさらに伝わってくるものだとも思います。

    では、次に七つの短編の中から三つの短編についてご紹介しておきましょう。

    ・〈タイムマシンに乗れないぼくたち〉: 『今住んでいる場所は、前に住んでいた場所より土の匂いが薄い』と感じるのは主人公の宮本草児。そんな草児は『博物館の空気はそのどちらとも違う』と思う中に『骨格標本のコーナーに移動し』ます。『亀の骨格標本を見る』中で『恐竜じみた首の骨』に似ていると思う草児は、博物館が唯一落ち着ける場所でした。そんな時、背後で変な声がします。『フーファ』。振り返るとそこには『紺色のスーツを着』た一人の男が立っています。そして、草児に話しかけてきた男を無視して博物館を後にした草児ですが再び博物館でその男に…。

    ・〈夢の女〉: 『サエリは今のところ、わたし以外の人間の目には見えない。なぜならサエリは、夢の女だから』と思うのは主人公の久保田明日実。『四十六歳でその一生を終えた』夫の草介が仕事で使っていたノートパソコンを遺品整理も兼ねて開いた明日実は、『五十以上はあ』るテキストファイルを見つけます。女性を思わせる人物の記述に『浮気の記録』かと疑いますが、それは『自分を主人公にした小説』でした。そんな小説に必ずヒロインとして登場する『サエリ』。そんな小説を読む中にやがて『サエリ』と対話していくようになる明日実…。

    ・〈深く息を吸って、〉: 『きみは自分の顔が好きじゃない』、『前髪で隠しているけど額にはいくつか吹き出物ができている。自分の顔にはどうしてこうもよけいなものがいっぱいついているんだろう、と思っている』と主人公の『きみ』を見る視点で展開する物語。『容姿が劣っているぶん笑顔や愛嬌でカバーするべきだと』母や姉に言われ、『懸命に笑おうとするが、失敗する』という『きみ』。『小学校も中学校もひとつしかない』中に、『顔ぶれはまったく変わらない』中に中学生を生きる『きみ』。『どこにも行けない』、『どこにも行けやしない』と思う『きみ』…。

    三つの短編をご紹介しましたが、いずれの短編に登場する主人公も今いる場所に”居心地の悪さや寂しさ”を感じている点が共通しています。中学生の草児は『この街に引っ越してきて三か月経った』ものの新しい環境に馴染めず、唯一安らぐ場所である『博物館』に安寧を求めています。夫が若くして亡くなった明日実は、そんな夫が書き残した小説のヒロインと世界を作っていきます。そして、家族からも、友達からもマイナス感情で見られる日々を送る『きみ』の物語は、読めば読むほどに非常に心細いその心境が伝わってきます。そんな物語に作者の寺地さんはこのようなことをおっしゃいます。

    “孤独と「戦う」わけではなく、また「乗り越える」でもなく、仲良く手を繋いでとまではいかないけれども、孤独とちょうどよい距離を保ちながらともに生きていこうとするような、そういう人びとの物語を書きました”

    「別冊文藝春秋」に掲載された七つの短編が収められたこの作品には、寺地さんがそんな風に説明される、まさに”孤独”と絶妙な距離を生きる人たちが主人公となり物語が展開されていきます。そこには、結末に何か大きな進展があるわけでも劇的な変化が起こるわけではありません。あくまで寺地さんの小説らしく、物語の最初より一歩進んだ未来が柔らかく提示される物語が描かれていきます。

    そんな中で特筆すべきと思ったのが、上記でもご紹介した〈深く息を吸って、〉です。この作品に登場する主人公は『海と山にはさまれた』小さな町に暮らす中学生女子です。最後まで名前が登場することがないだけでなく、その視点が、なんと『きみ』と表されていくのです。

    ・『きみは自分の顔が好きじゃない』。

    ・『きみが暮らしているちいさな町には、個性とか多様性とかそんな言葉は存在しない』。

    ・『きみは小学生の頃、彼女に靴を隠されたことがある』。

    物語は主人公を『きみ』と第三者的に見る視点から主人公の日常を、その心の内を淡々と極めて淡々と描写していきます。家庭に問題があること、学校で一人ぼっちでいること、この世に居場所がどこにもない主人公の姿が絶妙に浮かび上がってきます。これは、この『きみ』という摩訶不思議な視点から主人公を描くことによって得られる魔法とも言える効果があってこそです。例えばこの『きみ』という箇所を次のように置き換えてみましょう。

    ・さて子は自分の顔が好きじゃない。

    ・私は自分の顔が好きじゃない。

    元々の

    ・『きみは自分の顔が好きじゃない』。

    と比べて随分と伝わってくる響きが違ってきます。そうです。○○と名前を示して描いても、私はと一人称で描いても物語の雰囲気感はこの作品が纏う独特の雰囲気感にはならないと思います。これは、凄い効果だと思いました。そして、『きみ』という表現がこの短編全編にわたって続いていく中に、気づくと、そんな物語の中にどっぷりと入り込んでいる自分に気づきました。短編〈深く息を吸って、〉、この短編を読むだけでもこの作品を手に取る意味がある。寺地さんの見事な構成の妙を是非とも堪能していただきたい、結末にグッと込み上げるものを感じる素晴らしい作品でした。

    『タイムマシンには乗れないんだ』

    そんな風に語る一人の男が登場する表題作をはじめ、七つの短編が収録されたこの作品。そこには、”孤独とちょうどよい距離を保ちながらともに生きていこうとする”人たちを描いた物語がありました。寺地さんらしく生きづらさを感じる人たちを優しく見守るような距離感で描かれたこの作品。SFは登場しなくとも、寺地さんらしい安定感のある物語展開に安心するこの作品。

    短編でも変わらない寺地さんらしい独特な雰囲気感の物語を堪能した、そんな作品でした。

  • 恐竜の絵とタイトルに抱かれて手に取りました寺地はるなさんの作品。3冊目になりますが、ぼんやり生きている地味な人に焦点を当てるのが上手い作家さんですね。
    明確な答えとかあるわけないけど、緊張の合間にホッと一息できるような瞬間を切りとったような後味が薫る7つの短編集です。
    「コードネームは保留」
    殺し屋設定で生きるOL、中二病を拗らせたまま社会にでてしまった感じが否めないけど共感持てたりなんですよね。淡々とした語り口調が魅力的だし、コンビニに入っても殺し屋として相応しい食事を考えたりする使命感、なりきりブリが素敵だと思いました。私ならカロリーメイトにプロティン系飲料を選ぶかな。考え方変えれば社会に迎合ぜずに拘りをもって生きてるってことじゃないかな。彼女にとって孤独は平穏を楽しめる友達なので寂しいわけじゃないと思いますが、職場の同僚と深くかかわることにシフトしたら他の痛みも知るわけでキャパオーバーになるかもしれない。違う展開が降りかかって、殺し屋としてタブーな身バレに繋がるかも? そうなれば、別の設定用意しなければいけないかもですね。コードネームは「いばら姫」がいいと思うんだけどなw

    あと心に残ったのは、「口笛」と「夢の女」
    姪の送迎の迎を担当するOLの話と夢の女と同居する未亡人の話。
    スタンドバイミーをみて俳優に憧れる話も良かったけど、川のつく俳優って菜食主義のリヴァー・フェニックスなんだ。15歳でデビューして23歳で麻薬中毒で亡くなってるんだ。ピュアなイメージからダークに一変する衝撃的事件だったようでした。

    タイトルのタイムマシンの男の子、草児の話も良かったかな。
    てか、草の付く名前多いのは草食系男子って繋がりですかぁあ。
    最後の話のホームセンターの店長も名前に草がついてたし・・

    うる覚えなのは映画に気をとられてしまって、次男がまた変なDVD借りてきて見だしたんです。スピルバーグの「ジョーズ」以来、鮫映画ってジャンルが定着したようでいろんな国が作ってて近年は鮫が巨大化してるのが特徴なんですが日本映画にもでてきて鮫と忍者と生首がでるもので首を切るシーンなんか血が吹き飛んでおぞましくって集中して読んでられなくなってしまいました。

    いろんなボッチがいて側で見てるより本人は楽しかったり、不自由だったり、人が思う程不幸じゃなかったりしますが、序列をつけないと安心できない人ってめんどくさいですね。

    これまでいろんな小説読んできましたが、過去のトラウマとか、生い立ちとか執拗なまでに自分語りする必要あるのかなって感じたりしました。先入観で同情を誘う王道パターンなんですが、そこまでの背景知りたいとか思わないし詮索好きでもないし、重い話聞かされても沈むだけだし、必要以上に距離縮めたいとか思わないし、今ある個性を表現するだけで充分伝わってくるものあると思うんだけどなあ。うーむ、どうなんだろう?
    もしそうならシリーズもの1巻から順に読まなくても楽しめるかもしれないし、喪失感とか味あわずに済むかもしれない。今度試してみようかなw

    • つくねさん
      チーニャさーん、全然平気だしウエルカムですよ♪

      寺地はるなさんとても筆が乗っててリズミカルで「夢の女」なんか実体験から滲み出てるような勢い...
      チーニャさーん、全然平気だしウエルカムですよ♪

      寺地はるなさんとても筆が乗っててリズミカルで「夢の女」なんか実体験から滲み出てるような勢いがあって絶叫しちゃいそうでした。あまり笑うと腰に響いて痛みが走ったりでしたが
      コルセットも外したし回復にむかってますよ(^^)v
      チーニャさんはいよいよコン兄シリーズですかね
      レビュー楽しみにお待ちしております(*≧∀≦*)
      2023/10/13
    • チーニャ、ピーナッツが好きさん
      「夢の女」は絶叫しちゃいそうなほど笑えるんですね。コミカルな作品も寺地はるなさん、あるんですね〜♪

      それから腰の方は回復に向かっているとき...
      「夢の女」は絶叫しちゃいそうなほど笑えるんですね。コミカルな作品も寺地はるなさん、あるんですね〜♪

      それから腰の方は回復に向かっているときいて安心しました。
      良かった良かった〜(*^_^*)♡
      2023/10/14
    • つくねさん
      導入部分がしょっちゅう訪ねてくる叔母への愚痴なんですがこれが面白くって、引き込まれて行きました。(≧∇≦)
      導入部分がしょっちゅう訪ねてくる叔母への愚痴なんですがこれが面白くって、引き込まれて行きました。(≧∇≦)
      2023/10/14
  • 7話の短編集。
    表題でもある「タイムマシンに乗れないぼくたち」は、小学生のぼくが学校でも家でも居場所が無いと感じていて、いつも学校帰りには博物館で過ごす。

    この少年のなんとかしたい気持ちとか、どこかへ行きたいという気持ちが、すごくよくわかる。

    他の短編でもそうだが、いつも中心にいる華やかな人に焦点をあてるでもなく、どことなく不安定で、誰にもわかってもらえないぼんやりとした気持ちや淋しさを描いている。
    でも、どうにかなるもんだよ…という気持ちにさせてくれる。

  • さてさてさんやしじみさんの本棚から図書館予約

    寺地はるなさんの温かくて静かなメッセージがちりばめられた短編7編

    どれもよかったなあ
    ジワッときたなあ

    劇的な事件が起こるわけでもなく
    主人公が「困難」に果敢に挑む
    という話でもない

    でも、それぞれのラストに「だいじょうぶ」だよ
    と声をかけてしまう

    こんなストーリーを紡ぐ著者にため息が出る
    ありがとうございました

    わたしも「だいじょうぶ」です。多分(笑)

    ≪ 太古へも 未来へも行かず 今生きる ≫

    • つくねさん
      はまだかよこさん、こんにちは♪

      名前だしていただいて恐縮ですw
      私この手の話けっこうツボだったりするんですよね。最初のボッチも無茶楽...
      はまだかよこさん、こんにちは♪

      名前だしていただいて恐縮ですw
      私この手の話けっこうツボだったりするんですよね。最初のボッチも無茶楽しんでいそうだし、叔母の愚痴をコミカルにネタにしてるボッチもやっぱ楽しそうで、ウルウルしてしまいました ( *´艸`)
      みんな大丈夫そうですもんね。
      2023/12/14
    • はまだかよこさん
      しじみさんへ
      ご紹介ありがとうございます
      わたしもこういう本が好き!
      しみじみと「ぼっち」を感じています
      どの短編も、ね
      これから...
      しじみさんへ
      ご紹介ありがとうございます
      わたしもこういう本が好き!
      しみじみと「ぼっち」を感じています
      どの短編も、ね
      これからもよろしくお願いいたします
      コメントありがとうございました
      2023/12/15
  • 寺地はるな「どれも孤独な人の話になったな」 孤独な心を温めてくれる初短篇集 | ananニュース – マガジンハウス
    https://ananweb.jp/news/397310/

    『タイムマシンに乗れないぼくたち』寺地はるな | 単行本 - 文藝春秋BOOKS
    https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163914978

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      【今週はこれを読め! エンタメ編】心が弱ったときに効く短編集〜寺地はるな『タイムマシンに乗れないぼくたち』 - 松井ゆかり|WEB本の雑誌
      ...
      【今週はこれを読め! エンタメ編】心が弱ったときに効く短編集〜寺地はるな『タイムマシンに乗れないぼくたち』 - 松井ゆかり|WEB本の雑誌
      https://www.webdoku.jp/newshz/matsui/2022/03/23/184839.html
      2022/03/25
  • '23年8月14日、Amazon audibleで、聴き終えました。寺地はるなさんの小説、三作目、だったかな?

    とても、良かったです。なんだか、こころ洗われ、考えさせられ…そして、打たれました。でも、それら各々の「感じ」が、なんというか…小ぢんまりとしてて、短編としての「重み」とでもいうのかな?それが、ちょうどいい┏⁠(⁠^⁠0⁠^⁠)⁠┛


    「コードネームは保留」…タイトルが、「なんのこっちゃ?」と思わせましたが…ガッチリ、掴まれてしまった!

    「タイムマシンに乗れないぼくたち」…切なくなって、しまいました。

    「夢の女」…苦しくなって、しまいました。

    「対岸の叔父」…これが、一番好き!


    他の三編も、みな好きです!
    POPだったり、HEAVYだったり…楽しく、聴き終えました。幸せな時間を、過ごせました。寺地さんに、感謝!

  • 現実に向き合わずやり過ごす方法を描く。
    コードネームは保留:設定として殺し屋を生きる。
    タイムマシン〜:転校先の学校に馴染めず博物館で過ごす。
    夢の女:未亡人がサエリという架空の女と生活。

  • 独立した7編を収めた短編集。
    寺地さんの作品は気になっていたものの読めておらず、今回がお初です。
    柔らかくかわいらしく情緒的な表紙とタイトルに惹かれて。

    どのお話でも、主人公たちは社会…身の回りの社会や空気に馴染めなかったり疑問を持っていたり、大事なものを失って立ち尽くしてしまったり。
    けれど小さな出会いや出来事によって新しい視点が開けたり、今まで踏み出せなかった一歩を踏み出すことができたり。
    すっごく追い詰められてもう駄目だってわけじゃないけど、なんかどこか息苦しい、って思うときあるよね。
    そんなあれこれを丁寧に掬い取って、はいこれ。こんな世界や考え方があるよ。もう少し楽にならない?ってやさしく見せてくれている感じ。
    ざっくりした感想はそんな感じです。
    主人公は小学生の男の子や中学生の女の子、主婦やOL、ホームセンターの店長やってる男性など、老若男女さまざま。いろんな世代の人にスポットが当たっていて、そこもおすすめポイントで、良いところだと思います。

    収められている短編のそれぞれのタイトルは、
    「コードネームは保留」「タイムマシンに乗れないぼくたち」「口笛」「夢の女」「深く息を吸って、」「灯台」「対岸の叔父」。
    以下全部じゃないけどぶつぎりな雑多な感想をば…

    私が一番好きなのは、表題作のタイムマシンに乗れないぼくたち。小学生の男の子の考え方も好きだし、そこからこの詩のようなタイトルになるのかぁという話の繋がりも面白くて、終わり方も好き。
    夢の女は、主人公の主婦が夫に先立たれて、その気持ちを誰も、娘さえも分かってくれないよね。と思っていたら…悲しんでいたり落ち込んだりしていたら一つの視点しか見えなくて、別の視点もあることになかなか気づけない…そんな状態から主人公の視界が開ける瞬間の描写が好き。
    あとは対岸の叔父も印象深い。叔父の強烈なキャラもそうだけど、やっぱり最後の疾走感がとてもいい。

  • 表題作の「タイムマシンに乗れないぼくたち」は、国語の先生が中学受験の問題に取り上げたくなるようなタイプのお話だと思った。

    「夢の女」は主人公の悲しさや寂しさと周りの人達の優しさが、沁みた。

    「深く息を吸って、」の父親と私の父親は同じタイプの人間だ。
    当時の私にも、(父親が)ああやって脅すのは完全な暴力なのだと、教えてくれるような社会の風潮やこのような著作があったら良かったのに。

  • 表題作含む7つの短編集。

    どのお話も、人生の中のほんの一瞬(のように感じる)の出来事をザクッと切り取り、言葉にした感じでした。

    いろんな切り口は読めるけれども、あくまでも人生の断片なのでオチがあるわけではなく、お話が続きそうなところで終わるので、読み終わると心が置き去りにされた感覚になりました。

    それぞれのお話の登場人物がそれぞれの生きづらさを抱えていることはわかるのですが、連作短編集ではないので1冊としてのつながり感まではありません。

    例えて言うなら、長編小説Aの第2章と、長編小説Bの第5章と、長編小説Cの第3章を抜き出して1冊にした感じでした。

    いや、このバラバラ感こそが短編集の醍醐味といえばそうなのですが…
    最近は短編集といえば連作短編集を手に取ることが多かったせいなのかな、この違和感(苦笑)

    〜~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

    えがかれる生きづらさの系統がバラバラだということは、自分に合う生きづらさと、そうではない生きづらさのお話があるということ。

    自分に合わない方の短編が多くなれば、自ずと☆は下がってしまいます。

    しかし言い換えれば、生きづらさの系統が多いほうが、多くの人に7本のうちの1本はささるかもしれない、ということ。

    だから、1本でもささったらむしろラッキー!くらいの気持ちで短編集は手に取るといいんだな…とあらためておもいました。

全178件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1977年佐賀県生まれ。大阪府在住。2014年『ビオレタ』で第4回ポプラ社小説新人賞を受賞しデビュー。他の著書に『わたしの良い子』、『大人は泣かないと思っていた』、『正しい愛と理想の息子』、『夜が暗いとはかぎらない』、『架空の犬と嘘をつく猫』などがある。

寺地はるなの作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×