わたし、ガンです ある精神科医の耐病記 (文春新書 164)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (198ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784166601646

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  •  著者(1947-2001)は精神科医,のちに大学教授.

     2000年6月に直腸がんの診断が確定してからあとの,入院・手術・退院の記録とその当時の考察が,冷静,客観的に記録されている.著者はこの本の発行と前後して逝去された.

     全身麻酔による手術から帰還して3日後,ご機嫌伺いに部屋を覗いた旧知の医師に,著者はこう尋ねる「どうも,全身麻酔をされると,あと少しデフェクト(精神機能の低下)が残るんやないか.自分でもそんな気がするけど」.尋ねられた医師は「……あるかもしれませんなあ」と答える.

     私には全身麻酔の経験はないが,たぶんそうなんだろうと思う.中年以降になると,てきめんにストレスに弱くなる.数時間以上意識を失っていれば「以前と比べて少しバカに」なるのもしかたがないように思う.ここにも書いてあるように「誰も差し障りがあるので指摘しない」のだろう.

     のちのページでも「少しバカになったようである.これは,先に書いたように全身麻酔の微妙な後遺症かもしれず,あるいは「いよいよ自分も先が短い」という意識が精神機能を腐食しているのかもしれない.」と記している.なんという観察力だろうか.このような書き方に魅了されて,私は著者の他の著書を探し回ることとなった.この本はたまたま発行直後に読んでいたようである. 実際には『定本 頼藤和寛の人生応援団』をはじめとして著書を過去に遡ることになった.当時でもすでに新刊書店にはなく,古書店を探すことが多かった.今回,入手できる本を調べたところ,古い本は電子版になっていることが分かった.もういちど読めそうだ.

     このほかにも,魅力的な考察がたくさん記されている.たとえば,ガンの発生や経過にに「体質」が関連しているかもしれないという観点を指摘している.ガンの発病は,今でいう「複雑系」で,ガンに単一の原因は想定できないのではないかということであろうか.ということは「ガンがきえる」とか「ガンにならない食事」とかはあまり,あてにできないということになる.

     近藤誠医師のガン理論書『がんと闘うな』にも,この時点で言及されている.また,この著書の題名が『耐病記』となっていることにも示されているが,著者は「これまでだって,患者たちは(わたしも含めて)とてもガンと闘ってなどいない」と記す.病人の心身で起こっていることは「闘う」という言葉で表現されるほど勇ましくも猛々しくもない,ただ「我慢」していただけだと.そもそも病気や病原体には,私たちが闘うべき「悪意」や「敵意」はないと.

     そして,余命の短いことを実感した著者の最後の日々の過ごし方とは,
     ○現実と願望を混同したくない.「認識の鬼」でありたい.
     ○没年や死因が気になる.モノが自分の死後も残る.
     ○無駄を覚悟でもなお将来をめざし,現在が楽しい.
     ○わたしはいつ死んでもいい.しかし死ぬまでに仕上げるものを勝手に思い定める.
     ○生まれて初めて,未来に束縛されずに生きている.
     ○本質的にくだらないものは存在しない.同時に本質的にくだらなくないものも存在しない.
     であるそうだ.そのような著者もあとがきでは「真剣にガンと向き合うのに飽いてきた」と述べる.もし私がこの様な境涯におかれたとき,同じようにあれるだろうか.

     はしがきに書いてあるとおり,「筆者も知りたくはなかったし直視したくもなかった」「人生の側面」の「リアリティだけがもつ露骨さ面白さを求める向きの期待だけは裏切らない」本である.

    2015.08

  •  精神科医の書いたガン闘病記。

     ガン闘病記数あれど、この本の秀逸なことは死を無視していないことだろう。死を無視せず、かといって生を諦めず。
     医学のこと、置かれた状況のこと、病院という場所のこと。そして、死を迎える人間の心構えまで。

     今の世の中、多くの人がガンになり、そしてガンで死ぬ。


     私はガンになることが幸か不幸かはわからないと思っている。
     著者が言うように、死ぬときに苦痛が長く続くのは不幸だろう。多くの死に方において、本人が感じる苦痛というのは短時間で済むものだ。
     まぁ、脳梗塞などで生き残ると身体の不自由という苦痛が残るが、これはガンの苦痛と少し違うものだろう。

     ガンになってよい点と言えば、著者のように死に向かい合えることだろう。それこそが苦痛だ!と思うかもしれないが、私はそうではないと思う。
     明日を夢見るように、明日の死を考えられるのは人間であるからだろうから、明日の夢を見ることがよいことであるならSの死を考えることができることもよいことであるはずだ。

     著者のように。賞味期限が翌年の年末まである食品を見ながら「私の方が負けてしまうかもな」と思えるのは人間だからで、それでもなお木の苗を植えることができるのも人間だからだ。


     もし、私がガンになればこの本を再読するだろう。
     この本は、ガン患者だけでなく人間の生き方を考えさせる名著だと思う。

     本書が出版される直前に著者は亡くなられたらしい。
     ただただご冥福を祈るばかりだ。

  • 後半は深い.色々と考えさせられる.

  • 著者のファンでした。

  • [ 内容 ]
    精神科医にして新聞の人生相談で人気の著者が、五十二歳で直腸ガンになった体験記。
    初期症状から検査・手術・抗ガン剤治療などを詳細にレポートし、そこで見えてきた諸相を本音で分析する。
    病院は医者のためにある、手術は必要悪、インフォームド・コンセントの功罪、民間療法や健康法の意味、予防の限界などをドライに見つめた最後に、近づく死を覚悟したときの精神世界を描く。

    [ 目次 ]
    1 ことのおこり
    2 退院して
    3 医療する側・される側
    4 ガンをめぐって
    5 治るのか治らないのか
    6 寸詰まりの余生

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    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • 09/03以前に読了

  • 2001年5月 読了。いい本だった。

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