日本兵捕虜は何をしゃべったか (文春新書 214)

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  • Amazon.co.jp ・本 (190ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784166602148

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  • 先の大戦においては技術力、資源、財力をはじめとするアメリカの国力が、当時の日本を遥かに凌いでおり、勝てる見込みの薄いまま真珠湾に始まる太平洋戦争に突入したという見方ができる。実際に真珠湾攻撃よりも早く南方の資源奪取に向けたマレー作戦が開始されており、アメリカ依存のエネルギー輸入が完全にストップした状態では戦もままならぬと、国力の差を埋めるための戦いがほぼ同時進行していた。とは言えアメリカ留学を経験した山本五十六でさえ半年、一年なら暴れてみせるが、その後はどうなるか見通しが立たない状況にあったのは間違いない。
    そうした国力の差に加えて、日本が劣っていたと見られるのは情報戦においてである。単純に暗号解読の技術的な領域にとどまらず、捕虜から得られる情報の重要さに当初から注目していた点で日本はアメリカに大きく劣っていた。そもそも戦陣訓にあるように「生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ」の通り、捕虜になる前に自決(自死)を半ば強要していたため、捕虜になった後に何をすべきか、また何をすべきでないかの教育が重視されていない。戦場で捕虜になった兵士に機密を守らなければならないという意識はそう高くないというのが実態だ。実際にはガダルカナルの捕虜のように極限の飢餓状態にあり、そこを救ったアメリカに対する感謝の気持ち、逆に自分たちを飢餓に晒した日本への恨み、この精神状態もかなり影響したのではないかと思う。異質な戦場、飢餓、それまでの米兵に対する思い込みとのギャップ、部隊内での無理な命令など多くの要因が日本兵をアメリカの良き情報源にしてしまったと見るのが妥当だ。
    そんな捕虜からの情報漏洩に日本も気がつき、戒めるための指示や教育を施したところで、戦況が変わらない限り、兵士の心情までは変わらない。情報戦による敗北が実際に戦局を大きく左右した事も、アメリカ側の資料から伺い知れる。
    本書はアメリカに残された捕虜尋問の記録を読み込んだ筆者が、如何にして捕虜がアメリカに情報提供したかについて、鮮明に記録している。なお、当時は名前を出すのははばかれたであろうが、時代も経過した今、わかる範囲でカタカナ書きなどの名前もそのまま記載されている。ただし先ほどの戦陣訓にあるように「罪禍の汚名」を意識した兵士が偽名を使うことが大半なため、正確性はわからない。
    アメリカは日本兵だけでなく、軍属にあった朝鮮人や台湾人、慰安婦からも情報を得ている。全ての情報を体形立てて分析し、バラバラの情報を繋ぎ合わせることで意味を理解し、盤上で踊る日本を手玉にとっている。そのための組織化もしっかり行われ、早くから情報の重要性に着目した戦い方が常識化されている。
    現代社会においても日本のインテリジェンスの弱さについては様々な本で指摘されている。特に機密保持体制が不十分な日本に対して、各国の情報機関が重要な情報を提供するわけがない。批判の多い機密保持法案もそのような視点から見れば必要悪であるとも言える。
    本書で日本のそうした弱さを太平洋戦争中からの伝統と認識し、いち早く収集、保管、統計、分析のしっかりした情報管理体制を築かない限り、経済戦争とも言えるグローバル社会において日本企業も日本政府も勝ち残るのは難しいのではないかと感じる。

  • 歴史
    軍事
    戦争

  • 2001年刊行。日本軍が防諜・保秘に関心を払わなかった(少なくとも米軍ほど徹底はしていなかった)ことは今更の観があるが、本書は、その中でも、日本兵から取得した情報(捕虜の尋問のみならず、日本兵が保持していた日記・文書・地図・命令書のようなものを含む)を解析し、現代日本の保秘のあり方(官民を問わない)まで抉る書。思った以上に将校による暴露が多いこと、下士官や軍属に無理を強いている(自殺のススメ)点は、意外ではないが、納得できるところ。慰安婦の調査・尋問結果にも言及。著者は早稲田大学政経学部教授。

  • 連合軍に捕らえられた捕虜の尋問記録や、日本軍の情報保全の実態、米軍のこれらに対する姿勢などから、現代まで続く日本とアメリカの問題、一億総捕虜としての我が国の国民性を衝く。
    構成に読みづらさはあったものの、捕虜尋問記録の調査から導く日本人論という点ではうまくまとまっている。
    あと、これは本筋ではないが、兵は指揮官をみているということ、指揮官の態度がどれだけ兵の士気に影響を与えるかというのが、痛感させられる事例が参考になった。
    戦前、戦後から国民性や社会のあり方、組織のあり方が根本的には変化していないとしたら、この失態はまたくりかえされるのでは?もしくはいまも何処かで、形を変えてくりかえされているのではないかという危惧。
    捕虜を通じた情報獲得、情報保全という点では、今の自衛隊にとっても、先例として学ぶ意義は大きいのだろうなぁ。

  • 本書に挙げられている滑稽な事実の数々が、ステレオタイプの旧軍の統制イメージを覆す。

    捕虜になるのを厳しく禁じてはいたものの、捕まった後の情報統制が甘かったという、バカバカしいながらも"然もありなん"という事実には、読んでいて呆然とするばかり。

    無駄に強気だけど、切られると途端に弱くなる、哀れなイメージの日本兵の心情が浮かび上がってくる。

    私より上の、団塊世代と、ちょっと、似ている。

  • 文章がしっかりしており,事実と主張が客観的視点により明瞭に分かれているため読みやすい.自分勝手と対極的にあり,タイトルに書かれてあることに興味があれば,得たいものが得やすい本である.
    主義主張により見方も変わるであるが,最後にかかれていた考察と示唆には一度耳を傾ける価値がある.

  • 「頭隠して尻隠さず」とはまさにこういったことを指す言葉だろう。
     日本語は複雑で解読はできない。暗号だけでなく、日本、日本人を分析したアメリカ。

     戦争が始まると日本語の勉強を開始したアメリカ、逆に英語を禁止した日本、

  • 太平洋戦争で捕虜になった日本兵は、米軍の尋問に協力的だったが、重要機密は洩らしても天皇への畏敬の念は失わなかった。この日本人独自の心性への理解は、マッカーサーの対天皇政策の原型となる。アメリカは日系二世を中心に組織的な諜報活動を展開。情報戦争ですでに日本は負けていたのだ。更にアメリカは、戦時中に習得した日本人捕虜への対応のノウハウを、戦後の占領政策に適用した。アメリカ国立公文書館で原資料を読破した著者が、米軍の諜報活動の実態と日本兵捕虜たちの生態を発掘した労作。

  • 太平洋戦争開戦後、日本は英語を敵性語として排除した。一方の米国は、日本とは対照的に日本語学習に積極的に取り組んだ。この違いは、戦局を大きく左右したばかりか、終戦から今に至る両国の関係にまで影響が及んでいる。日本の軍部は、皇軍が捕虜になって、尋問によって情報が漏れることや、兵士が死亡して諜報価値のある情報を取られるような自体を想定していなかった。皇軍は不敗で、日本語は複雑なので相手は日本語を読めない、との思い込みがあった。日系人に対しても、血のルーツを裏切らないだろうという誤った認識があった。ところが軍部首脳の、そうした思い込みとは裏腹に、米国は、戦場で収集した情報を、一定のフォーマットでシステマティックに処理する態勢を構築し、なかでも、日系二世が尋問や日本語の翻訳に活躍していた。こうして得た情報をもとに、米国は局面の戦闘を優位に進め、ノウハウが積み重なるにしたがって、戦術や戦略にも応用していった。日本軍部首脳は死者や捕虜が多数の文章や情報をもっていることを知りながら、終戦までまったく措置や対策を講じていない。日本が降伏すると、捕虜対応ノウハウは占領政策という形で反映され、天皇の戦争責任を軍部や財閥に転嫁し、又、貧しい日本国民に大量の物資を与えることで感謝を引き出した。敗戦と占領の屈辱はこうして忘れさられ、日本国民全体を捕虜にし続けることに成功している。国民性を浮き彫りにさせた良書だと思う。

  • 太平洋戦争時、日本軍では「生きて虜囚の辱めを受けず」と言われ、そのために多くの兵士が「玉砕」した。しかし、実際問題としてかなりの日本軍捕虜は存在し、彼らの話す言葉は最大限のインテリジェンスとしてアメリカ軍に活用されたのである。
    日本軍の防諜意識の低さと、アメリカ軍側における情報重視の姿勢を比較してみると暗澹たる気持ちになる。太平洋戦争の敗因のひとつには、情報分析の軽視があったわけだが、情報機構をかくも大きく拡大させたアメリカはさすがに壮大な国力を持った国であったのだ、と感心した。
    インテリジェンス活動の先端で行われていた地道な努力の実態を描いた点に本書の価値がある。
    昨今、「インテリジェンス」の流行で書店には書き散らされた書籍が多く並ぶが、本書は『日本軍のインテリジェンス』と並んで良質な研究であると思う。

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著者プロフィール

1940年生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。一橋大学名誉教授、早稲田大学名誉教授。

「2018年 『子ども・家庭・婦人博覧会』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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