安全保障は感情で動く (文春新書 1130)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (187ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784166611300

作品紹介・あらすじ

近年、国際政治を読み解くツールとして地政学が脚光を浴びてきた。土地という、変更の効かない要素を軸にした地政学は、たしかに百年単位の国家戦略を考えるうえで、重要な視点である。 しかし、地政学だけで現実の国際政治を予測し、対応することは可能なのだろうか。 とくに戦争は、地政学的、言い換えれば客観的な要素だけで起きるのではない。 独裁国家であるなら独裁者の信念(もしくは誤信)、民主国家であるならば大衆の気分によって、戦闘の火蓋が切られることが多いのは、歴史が証明している。 朝鮮戦争では、南進してもアメリカは参戦してこないという金日成の誤信から始まった。外国の例を持ち出さなくても、大東亜戦争は、客観的には敗戦必至の戦争であったにもかかわらず、国民の強い声に押されて始められた。 よって、安全保障は客観性だけでなく、指導者や国民の感情といった主観的な要素が、もっとも大きなファクターになるのである。 北朝鮮が、国際情勢を無視してミサイル実験を繰り返すのも、金正恩の主観に分け入らなければ理解することはできない。そして、大方の予想(これも客観的予測)を裏切って当選したトランプ米大統領の主観も、今後の世界の安全保障を大きく左右する。 元自衛官にして安全保障の論客である筆者が長年温めてきた戦略論の決定版!

感想・レビュー・書評

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  • 戦争が起こる理由をしばしば地政学に求める。実際に地理的要素は大国を突き動かす要因にはなっているし、まるでドミノ倒しの様に地球上の大陸を伝わり海へ出て影響していく。ただそれら指導者も所詮は人、人は感情によって突き動かされるから立場上、軍隊を動かすだけの力を持つ人間の感情ほどリスクで怖いものは無い。
    本書はその様な人の感情によって起こりうる有事について、現在の世界情勢を見ながら警鐘を鳴らしていく。記憶に新しいアメリカのトランプ政権などは、世界中がヒヤリとした事例が多かった。そもそもアメリカファーストを掲げ、世界各地の駐留米軍を主張通り撤退させていたら、現在の世界は今の形を保てていただろうか。
    トランプ政権発足時は自国に流入するメキシコからの移民を排除すべく国境に壁を築いた。この様なゼノフォビア(外国人排斥運動)を掲げることも、アメリカ社会の大多数が異民族、異文化への嫌悪感、恐怖心を持っていた事を証明する。トランプ元大統領はキリスト教以外に配慮して、メディアでメリークリスマスすら言えない(※PC言語=Political Correctness)現状を廃止しようと訴えたが、まさにアメリカ人第一主義(キリスト教徒と言うべきか)の典型、民族間の対立を煽ったとしか言えない。
    ※特定の言葉や所作に差別的な意味や誤解が含まれないように、政治的に(politically)適切な(correct)用語や政策を推奨する態度のこと。 政治的妥当性。
    なお、トランプ氏の大統領当選は大衆迎合主義 、反エスタブリッシュメント(半支配層)置き去りにされた市民の救出を掲げたわけだが、弱い立場の感情に上手く訴えかけて、世界を揺るがす様な指導者が生まれた。どことなく、第一次大戦後のヒトラーを生み出したドイツの状況を思い起こさせる。因みにシリアへの米軍の攻撃は心を乱された大統領(トランプ)が引き起こしたと言われているから、感情は戦争を引き起こす一要因になる。
    指導者の心持ちはしばしば危機的状況を引き起こす。1950年アメリカ国務長官アチソンが朝鮮半島の有事への明確な介入宣言をしなかった事で、北朝鮮(金日成)が南に攻め込むスキを与えた。マッカーサーも日本統治に追われて朝鮮半島に足を運んだのは一度きりの状況で、北側指導者が今なら半島統一ができる、と踏み切っている。
    日本も似た様な情勢判断の誤りは起こしている。ABCDラインにより経済的に追い込まれた日本が、国力10倍以上のアメリカに一撃を加えて終わらせようと期待した太平洋戦争についても、当時の軍部の甘さだけでなく、国民感情が戦争へと突入させている。また、1990年の湾岸戦争もブッシュが介入してくると思ってなかったサダム・フセインがクウェートを侵攻したがために、あっさりアメリカの介入を招いた。楽観的な典型と言える。なお歴史の流れから見ると、もし湾岸戦争とその後のサウジへのアメリカ駐屯がらなければイスラム国(ISIL)は誕生しなかっただろうし、巡り巡ってアメリカにしっぺ返しが来るオチである。
    トランプの台湾外交は世界に緊張を走らせた。アメリカの伝統である「一つの中国」尊重(中国か台湾かはっきりさせない)を打ち崩し、中国の激しい不快感表明へと繋がった。実際に空母を沖縄近海から太平洋へ進出させ、台湾海峡を通航して牽制(未だオバマ政権下だった)しているが、その後のアメリカの出方次第ではどの様な結末を招いたか解らない。
    こうした感情が引き起こす戦争を上手く言い表した言葉として、ハーバード大学アリソン教授の「トゥキュディデスの罠」は有名だ。強大になりすぎたアテネを恐れたスパルタが戦争を仕掛けた=恐怖心が安全保障を動かしたことを言い表した言葉だ。これを引用したカリフォルニア大学ナヴァロ教授が出した答えは米中衝突の危険性を非常に高いと説く。また中国語の「臥虎蔵龍」=「伏せていても虎、隠れていても龍」も隠しきれない正体・本性・能力の意味で、現状の中国を表す言葉にぴったり当てはまる。誰もがその存在に怯え恐怖や安全への大きな懸念を持つ。そして、その恐怖心は戦争を引き起こす引き金になるかもしれない。
    本書の最後に書かれている「未来永劫人間は決して戦争をやめない、自分の正義を信じて不正義と闘いたがる」からは、本書全般が伝えようとする嫉妬・憎悪・恐怖の感情があるから、人は戦争をすると言う事をうまく纏めている。
    地政学に感情を加え、より複雑な関係性と蜘蛛の巣の様に繋がった社会から争いは無くならない事を改めて感じた。

  • トランプが米大統領だった頃の世界情勢と安全保障において国民や為政者の感情がいかに影響を持つかという話。

  • Podcastで「ヴォイスそこまで言うか」を聴いています。ゲストで著者が登場されて、とても興味深い内容で、本も読んでみたいと思い、購入。人間の感情に着目した行動経済的という観点で、戦争というのはどのようにして起きるのかがわかりやすく論じられている。

  • 【地政学だけではわからない「明日始まる」戦争】北朝鮮が核ミサイルで世界を挑発する理由は、地政学だけでは説明できない。戦争は主観や感情が引き起こすことを実例で検証する!

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著者プロフィール

昭和35年3月生まれ。早稲田大学法学部卒。同大学院法学研究科博士前期課程修了。旧防衛庁・航空自衛隊に入隊。教育隊区隊長、航空団小隊長、飛行隊付幹部、総隊司令部幕僚、長官官房勤務等を経て3等空佐で退官。出版社勤務、シンクタンク研究員、聖学院大学専任講師、防衛庁広報誌編集長、帝京大学准教授、参議院議員政策担当秘書、拓殖大学客員教授、東海大学講師等を歴任。アゴラ研究所フェロー。公益財団法人「国家基本問題研究所」客員研究員。『安全保障は感情で動く』(文春新書)、『誰も知らない憲法9条』(新潮新書)ほか著書多数。人気コミック『空母いぶき』(かわぐちかいじ作・連載誌『ビッグコミック』小学館)に協力中。

「2022年 『ウクライナの教訓 反戦平和主義(パシフィズム)が日本を滅ぼす』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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