西郷隆盛紀行 (文春学藝ライブラリー 歴史 10)

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  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (250ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784168130311

作品紹介・あらすじ

西郷という近代日本最大の謎「欧米とアジア」「文明と土着」といった相反する価値観に引き裂かれた近代日本。その矛盾を一身に背負った西郷隆盛という謎に迫る。

感想・レビュー・書評

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  • 橋川文三という人は文人気質が濃厚な学者だが、それが魅力であり、わかりにくさでもある。出世作『日本浪漫派批判序説』を含め、未完の作品が多く、学問的なアプローチでは決して埋めることのできない余白を残している。本書では西郷が奄美大島への流刑で体験した南国の自然環境や生活に着目し、それを巡る旅を通じて「ラディカル・デモクラット」としての西郷像に迫る。その語り口には引き込まれるし、まともな歴史家にはない文人ならではの嗅覚である。だがそれも明確な像を結ぶには至らず、随所に輝きを見せながら思想史研究としては破綻している。未完となったのもやむをえまい。

    橋川自身が認めるように、西郷は巨大な矛盾の塊である。開明的な要素(維新推進者としての立場)、反動的な要素(士族階級への共感と悔恨)、急進的な要素(天を仰ぐラディカル・デモクラット)、西郷の中にそれらが矛盾のまま同居している。統一的な西郷像を描くことなどどだい無理なのだ。ある意味で自然人とも言えるが、それら全てを全身で受け止める極めて感受性の強い人なのだろう。それが西郷の魅力であり悲劇でもある。自らの感受性に誠実に生きようとすればするほど、最終的に死という道しか残されず、西南戦争を「死に場所」とする他なかったのだと思う。

    後半では毛利敏彦氏の研究や安宇植氏との対話をベースに従来の征韓論解釈(=侵略主義者としての西郷)に疑問を呈している。それはそれで説得的だが、そのことをもって西郷が大久保の西洋的な外交論理に東洋的な道義外交を対置したのだと見做し、ラディカル・デモクラットないしアジア主義者西郷との接合を図るのはかなり無理がある。毛利氏の征韓論解釈を素直に読めば、相手の立場にも配慮した穏健で常識的な西郷像しか浮かび上がってこない。ましてやそこにその後の日本の対外政策のオルタナティブの可能性を見るのはあまりにナイーブだ。仮にこの時西郷が単身韓国に乗り込み無血で事を収めたとしても、歴史の流れが大きく変わったとは思えない。日韓の地政学的な位置関係や帝国主義という歴史のうねりを正視するなら、韓国を含むアジアとのねじれた関係や日本の悲劇的末路は歴史の必然と思える。

    しかしあらがい得ない歴史の必然を受け止めつつも、実現しなかった歴史の断片を拾い上げ、あり得たかも知れない歴史の物語を紡ぐことは文学者の使命であるだろう。それは実証史学には決して真似のできない歴史への大切な向き合い方であり、敗者の歴史を語る意味もそこにある。失敗作であるにもかかわらず、本書が尽きせぬ魅力を湛えているのはそのためだ。

  • NHKの大河ドラマ「西郷どん」に便乗した訳じゃないんだからねっ。
    「次に何を読もうかなぁ」と迷って、適当に文庫本の山から取り出し
    たら西郷さんだっただけなんだからっ。

    西郷さんと言えば子供の頃から馴染んだ上野のお山のあの銅像なのだ。
    こんな立派な銅像が立つ人なのだから、凄い人なんだろうなと思って
    いたのは子供の頃。

    日本の近現代史を勉強するうちに英雄でもあり、逆賊でもあったのを
    知り、不思議なお人だなと思った。その思いは今でも変わらない。

    どうやら勝海舟も私と同意見だったらしく、「西郷といふ奴は、わから
    ぬ奴だ。少しく叩けば少しく響き、大きく叩けば大きく響く。もし馬鹿
    なら大きな馬鹿で、利口なら大きな利口だらう」と坂本龍馬に述べたとか。

    明治維新の最大の立役者、そして自らも参加して作り上げた明治政府に
    背いた反逆者としての部分が大きく取り上げられる西郷さんだが、本書
    に掲載されている島尾敏雄氏との対談で語られているのは、西南諸島に
    流刑にされた時期を抜きにして西郷さんを語れないのではないかとの
    論は目新しかった。

    この対談、徐々に西郷さんの話から離れて行ってしまう部分もあるのだ
    けれど、ふたりの語る東北論なども面白かった。

    また、安宇植氏(朝鮮語文学研究者)との対談で取り上げられている、
    朝鮮側から見た征韓論も興味深い。西郷さんが当初の決定通りに朝鮮
    半島に派遣されていたのなら、後の日本と朝鮮半島も異なったものに
    なっていたかもしれないなと感じた。

    急速に脱亜入欧を目指した明治政府に対し、西郷さんは失望してお国に
    帰ってしまったのだろう。西郷さんが目指したのはアジアの一員として
    の明治政府なのではかったろうか。

    そこには西郷さんに目をかけた薩摩藩主・島津斉彬の影響もあったの
    ではないかとも想像できる。本書でも書かれているのだが、斉彬の死後、
    西郷さんはずっと自身の死に場所を探していたのかもしれない。それが、
    圧倒的に不利であった最期の戦い、西南戦争だったのかもな。

    こうやって西郷さん関連の作品を読んでもやっぱり不思議なお人との
    印象は変わらないんだよな。でも、西郷さんはそれでいいのかもな。
    だって、西郷星となったんだから。

    それにしても、若き日の明治天皇は西郷さんに対してどう感じていた
    のだろうか。気になるけどきっと手掛かりになるものは残っていない
    だろうな。

  • 西郷隆盛の思想というべきものがあるとして、それをかなり牽強付会なイマジネーションで語ろうとする。しかし著者は最後まで本格的な西郷隆盛論を書けなかったようだ。

  • 【西郷という近代日本最大の謎】「欧米とアジア」「文明と土着」といった相反する価値観に引き裂かれた近代日本。その矛盾を一身に背負った西郷隆盛という謎に迫る。

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著者プロフィール

橋川文三
一九二二(大正一一)年長崎県対馬に生まれ、広島に育つ。思想史家・評論家。四五年東京大学法学部卒業。編集者生活を経て、明治大学政経学部教授。八三(昭和五八)年没。著書に『日本浪曼派批判序説』『ナショナリズム』『昭和維新試論』『三島由紀夫論集成』などのほか、『橋川文三著作集』がある。

「2023年 『歴史と危機意識 テロリズム・忠誠・政治』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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