王都妖奇譚 7 (秋田文庫 38-7)

著者 :
  • 秋田書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (321ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784253176989

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  • <全巻読了>
     この作品における安倍晴明の造形を端的に表すなら、『美しき天才の懊悩』に尽きる。
     陰陽師に対する策謀や畏怖、他人の心の闇は(比較的)冷静に扱えても、胸の奥では自問が止まない。
     冴え渡る呪術と、無力感の嘆き、堂々巡りの雁字搦め。
     称賛と裏腹に、強力過ぎる呪力と現実の不調和に苦悩する姿があってこそ、その魅力は倍増する。
     権力闘争への厭わしさの一方で、親しい人々に見せる微笑みの柔らかさ。
     異端者の道を歩みながらも、決して偏屈ではない。
     支えてくれる周囲をきちんと認識し、独りではない幸福と、一種の負い目を秘める彼は、純粋な魂の主。
     強さと、背中合わせの甘さ。
     陰と陽の均衡を旨とする者らしい佇まいが、物語の根底を成す。

     本格的に苦悩が生々しくなるのは、やはり将之の死の下り(拾参話「魂風」)が境目。
     不本意に袂を分かった兄弟子に、心救われる親友を殺された葛藤。
     遺体を前に蘇生を躊躇い、膝を抱えて座り込む憔悴。
     唇を噛んで伏せた顔の幼さ。
     そして、生き返った彼を抱きしめる腕の儚さ。
     直情で莫迦正直、潔くて誠実な将之に接することで、少しずつ自らを変えていった晴明は、切実に相手を必要としている。
     失うことに耐えられなくなる前に、一時は離れようとしたにも関わらず、疾うに手遅れだったと苦笑して(拾話「陽のあたる場所」)。
     天才陰陽師としてではない生身の当人を認める、将之の涙が、腕が、存在が、確実に晴明を『こちら側』に引き留める。
     能力以外の部分を真っ直ぐ好かれるのに慣れず、戸惑っては突き放したり、拙いながら応えようとする、晴明の不器用さが愛おしい。
     外側が硬く、内は澄んで脆い。
     一つの罅から全てが壊れそうな、硝子細工みたいに。
     自身には厳し過ぎ、変な所で自制が働き、守りに入らない。
     心許す限られた人には、要領も打算も素っ飛ばし、全身全霊で想いを投げ掛ける。
     将之と出逢い、一度は喪った為に、激しく滅入り、泣き、喚き、憤り。
     おかげで、以前よりも朗らかに明るい笑みを見せるようになった。
     将之の言う通り、人々の心に染み入るのは、術や呪文より、彼の言葉や行動自体に他ならない(弐拾七話「妖光の帳」)。
     それにしても、術に操られてとはいえ、親友に刃を向けた己を有耶無耶にしない将之は、本当に凛々しくて頼もしい。
     鬼の素質を嘆かず、人間でいる努力をするまでだと笑える所も(弐話「琥珀の迷境」)。
     強気で軽口の応酬を楽しめる、二人の関係性は壊さずにいてほしい。
     一方的に依存せず、各々が自力で立つことを基本に、互いが求め合ってくれたら良い。

     しかし、そんな晴明も、影連に対しては記憶も過去も割り切れなかった。
     将之との関わりを深める上で躊躇いが表れたのも、昔、兄弟子を失った(と思い込んでいる)からだろう。
     己の過失故に、心寄せた人を喪失する恐怖は、並々ならぬ傷と残った筈。
     その痛みを否応なく再現させられたのだと。
     影連が単なる悪役でなく、晴明を根底から揺り動かす者として重要な位置を占めたのも必然だった。
     「鬼神志願」(拾八話)で、憎悪に凝り固まる怨念の鬼に手を差し伸べ悲しげに散逸させた辺りから、兄弟子の位置付けの本質は表面化していった。
     「冥い幻影」(弐拾壱話)で、記憶の無い影連と接してからの晴明の面持ちは、二人の関係の複雑な奥深さを感じさせる。
     影連の心の奥底を視、惹かれてもいた故に非情になりきれず、必死に添おうとしては昏迷する。
     かつて二人は渇き傷ついた魂を寄り添わせ、更に傷つき、それでも離れまいと、形は違えど互いに縋りついていた。
     共にいるのだと全身で祈るように叫ぶ、痛ましい告白。
     これ程に心預けた人を、無かったことにして切り捨てる真似などできなかったのだろう。
     何年経とうと、幾ら恨まれようと、どれだけ憎もうと、彼らは強烈に繋がり、結び付いている。
     若き時分、自己の存在意義を呪力に求め、虚しく肩を落とした翳り。
     傍にあることをのみ請われた瞬間、零れた涙。
     無垢な落涙に、自ら戸惑う横顔のいじらしさ。
     術者以外の面を求められるのを、如何に待っていたか、望んでいたか。
     ――愛されたかったか。
     仮に、互いに望むように愛し合うことが同じ意味を持てたなら、二人は幸福になり得たのか。
     願いも救いも擦れ違うのに、出逢い、想い、望んでしまったのが、彼らの最大の悲劇かもしれない。
     訣別の日、過去に埋没するなら力は貸せず、共に在るのみだと晴明が告げたのは、本当に影連を愛していたからなのだろう。
     心身を抉る傷痕も悔悟も、時の流れと多くの出逢いにより、彼の内で昇華されゆく。
     二人の対決へと収斂する中での、相手を愛し守ろうとするが故の死闘。
     “あなたがいたから、私は私になれた”という、最大の肯い(参拾壱話「蜃楼都市」)。
     これを伝える為に、成就させる為に、晴明は闘い抜いてこられた。
     存在の許容と肯定は、相手に対する想いの始まりであり、完結でもある。
     影連にとって、肯われ、許され、実感することは、何よりも必要だった。
     行き着く先が闇路でも冥穴でも、彼もまた、共に在ることを支えにしていた気がする。
     晴明を抱きしめて脱出したのは、最後の最後に、自分よりも相手を選んだということか。
     感情も力もぶつけ合うばかりだった二人は、漸く、穏やかに感覚を共有する。
     魂の共存を告げる晴明の涙と、嫌いだと囁く影連の微笑。
     消滅が呪術によってではなく、晴明の腕の中だったのは最も望ましい形だった。
     作品においても、影連自身にとっても。

     登場人物達の造形としては、基本的に美形が多くとも、少女漫画としては随分線がしっかりして描き分けもできているから、画面が煩くは感じられない。
     脇キャラでは、主役に張る人気とも噂された良源様が美味しいポジション。
     彼に可愛がられ、妙に頭の上がらない晴明を見ると、千早さんと違う意味で羨ましい。
     加えて、師匠筋の賀茂父子が好感度高し。
     師よりも秀でていながら呪術の練達に及ばぬ弟子の不安定さを、穏やかに見守り導く、お茶目な忠行爺様。
     生真面目なようで融通もきく、頼れる後継ぎの保憲兄様。
     兄の素っ気無い態度が冷たいという感想を巷で見掛けたが、この人はおそらく厳しさと温かさの距離加減を弁えているのではなかろうか。
     ある意味、晴明に無い部分を補える人。
     父親がああで、手の掛かる弟弟子らもいては、必要以上にしっかりしてしまうのもやむを得ない。
     大家族の長男の役割。
     忠行師匠にとっても、嫡男と弟子が相補することで陰陽界を担うわけだし。
     また、「幾億の月光」(弐拾話)にて再現された恐ろしく男前な父の姿も素敵だったが、若い時分が息子と瓜二つということは、保憲兄がお歳を召したらああなるということだろうか。
     晴明と同じくらい兄様を支持する読者としては、師匠の格好良さに単純に喜んでいられないのが微妙だ…。

     女性陣の中では、将之の姉・彩子様は群を抜く美貌の主だけれど、個人的には千早の君の可憐さと凛々しさに惹かれる。
     稀代の陰陽師に対しても物怖じしないし、危機においても気丈なところが好ましい。
     鬼は怖がっても臆病ではない。
     怯えて震えて何も出来ない女性ではなく、しっかり目を見開いて状況を見極め、自分に出来うる限りの的確な指示や行動がとれる。
     武術に優れた彩子様とは違い、見鬼である他は特別な能力は無い彼女が慌てず焦らず、自らの役割を見出して果たす様子は実に好感が持てる。
     出来ない範疇にまで無理に入り込もうとはせず、自らを弁え事態を待てるのは、ただ逃げるのとは違う。
     上品だけれどお嬢様臭くはないその魅力は、待つ強さと見極める勇気にあると言える。
     氷月が冥官という職務柄、良くも悪くも切り捨てなければならない作品内の情の部分を、彼女は掬い上げる役割を担う。
     育ちは良くとも、他人の心情を推し量ろうとする心の傾向は、嫌味なく培われている。
     晴明の迷いを、将之と異なる形で引き上げてやれるのは、やはり千早さんなのだろうと思う。
     将之の死に際しぼろぼろになった彼を固く抱きしめ、身を呈して疫神から庇った自身も含めて、各自の身勝手さを肯いも否みもせず、微笑みながら説ける彼女が大好き。
     怖がりで可愛いだけの女ではない芯の強さ、凛とした姿勢を見てこそ、心からいい女だと言える。
     天下の安倍晴明のツラを張り倒せる女性というのも貴重だ(「妖光の帳」)。
     (あれは本来、晴明まで殴る必要は無いのだけれど。千早丸を借りようと来てやめたのは将之で、最初に使うのも彼だし。それでも、最初に晴明に呼び掛けて太刀を手渡す辺りが、彼女の気持ちの方向なのだろう。)
     影連との闘いの最中(さなか)、体に仕掛けられた蠱物を千早丸で打ち砕いて斬り掛かった場面は、間接的に千早さんが支えてくれたようで嬉しかった。
     単に見鬼であるだけでなく霊も見るし、香煙に神経が麻痺しない体質からしても、彼女は巫女に近い要素もあるのかも。
     「蜃楼都市」(参拾話)にて、空中の都にいながら晴明の気配を感じ取ったのも、結界に掛かった彼の式神による反応だったのでは(宴の松原の呪物を見抜きもしたし)。
     そして、そんな未来の奥方との馴れ初め(七話「鬼獣来迎」)での非公式な降魔を、“物好き”の一言で片付ける晴明も面映ゆい。
     「地獄絵の女」(弐拾伍話)では、彼女が晴明(の傍の神将)に文机をぶん投げたり、描かれた鬼の寂しさに気付いたり、優しく愛おしむような彼のまなざしが見られたりと、二人が好きな自分にはとても楽しかった。
     直截的に『力』を気遣われ、照れ臭そうにはぐらかす様も可愛い。
     こうした素直な人間相手には、同じように素直になれるのか。
     大抵の女性には紳士の態度を貫き、優しい慰めを掛けるのがスマートだけれど、千早さんに対しては妙に純情になる。
     少年みたいに照れが表に出て、対応が初心になる。
     友人や仲間以外に、好意を表すのに衒わず、労わりを隠さずに済む、正直に想いを顔に出すのを自身に許せる相手が、晴明にも必要だったのではなかろうか。
     親友だから強がってみせたかったりすることもあると、彼自身が口にしたように。
     影連や将之程には切実過ぎず、温かい心地で肩の力が抜けて、掛け値なしに優しくし優しくされることができる。
     傍らにいることで、静かに穏やかに、安らげて癒される。
     「妖光の帳」の最後では、ぐっと距離が縮まり、互いに顔を赤らめるのが微笑ましい。
     千早丸の代わりに守るとは、“ずっと傍に”との意味で、弾みの告白でもある。
     じれったい二人の関係は、こんなふうに彼女の側から進展してゆくような気がしてならない。
     「花鎮」(番外編)にのみ登場した、見鬼なのに鬼嫌いで、尚も夫と弟子をしっかり支える奥方様のキャラが気に入っていたので、本編の延長上に将来の彼らを想像するとほんわかと幸せになれる。

  • 文庫最終巻!影連エピソードのエピローグと番外編+聖魔(←晴明出ないけどオカルト)

    といっても、このシリーズはもともと基本的に読み切りなのであまり終わりっぽくない。
    番外編は氷月主人公(小野タカムラが曽祖父設定!おっとこまえ!)のと、良源主人公のと(将之出ない…)、彩子さん主人公のとか、藤哉主人公のとか。ちょっと特別バージョンね。

    藤哉主人公の番外編で、奥方が登場しているのですが…あれは千早?いつの間に!?
    その辺の恋物語とか、将之の恋愛成就話とか、主人公の恋愛エピソードが足りなかったのだけが心残りだ…また描いてくれたらいいのに。

  • ほとんど番外編ですが、ラストです。

  • 秋田文庫。
    全7巻。

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