自炊者になるための26週

著者 :
  • 朝日出版社
3.84
  • (5)
  • (8)
  • (5)
  • (0)
  • (1)
本棚登録 : 453
感想 : 10
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (336ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784255013602

作品紹介・あらすじ

さっと買って、さっと作って、この上なく幸福になれる。「トーストを焼くだけ」からはじまる、日々の小さな創造行為。おいしさと創造力をめぐる、全くあたらしい理論&実践の書!“面倒”をこえて「料理したくなる」には、どうしたらいいでしょう。“ほぼ毎日キッチンに立つ”映画研究者が、その手立てを具体的に語ります。・大方針は、「風味の魅力」にみちびかれること。「風味」=味+におい。自由に軽やかに、においを食べて世界と触れ合う。そのよろこびで料理したくなる。人間のにおい解像度は犬並み? 最新の科学研究だけでなく、哲学、文学、映像論の重要テクストを手がかりに、知られざる風味の秘密に迫ります。・目標は、素材から出発して、ささっとおいしいひと皿が作れるようになること。1週に1章、その週の課題をクリアしていけば、26週=半年で、だれでも、すすんで自炊をする人=自炊者になれる、がコンセプト。蒸す、煮る、焼く、揚げる「だけ」のシンプル料理から、「混ぜる」「組み合わせる」、さらに魚をおろして様々に活用するまでステップアップしていきます。日本酒とワインの新しいあり方、買い物や献立てに悩まないコツ、家事分担も考えます。・感覚を底上げする、「名曲」のようなレシピを40以上収録しています。「ヤンソンの誘惑」「鶏肉とパプリカ」「山形のだし」「麦いかのフリット」等々、素朴だけど、素材と出会いなおすような感動のあるものばかり。古今東西の料理書を読みこんだ著者ならではのベストチョイスです。より先へ進みたくなった人のための懇切丁寧なブックガイドつき!

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 曰く、料理は面倒なもの。つべこべ不満を並べ立てず、やりなさい。
    そういうものだと聞いていたし、信じていたし、諦めていた。
    料理に熟達するとはつまり、面倒をいかに縮減できるかにかかっているのだと。
    言い換えれば、どうにもならない面倒からどれだけ目を背けられるかに過ぎないのだと。
    その事実を飲み込んだら、では料理する意欲が起きるだろうか?
    世にあまた優れた既製品があり、得てして極めて安価に手に入るのに、ほかならぬ私が手ずから料理する積極的な理由を、面倒と諦めることが与えてくれるだろうか?

    「感動」が面倒を凌ぐ経験を覚えることで、自炊への道が開けると本書は伝える。
    億劫がる習慣を反復する歳月のうちに手がしなやかさを失い、萎縮しきっているひとにとって、面倒の壁ははるかに高く、感動に至ることは無理難題に思われがちだ。では外食します、とすごすごと軽い腰を上げる——何かをしない言い訳に飛びつく人間のフットワークはほんとうに驚異的に軽い——のを制止して、著者の三浦はしずかに右手でトースターを示す。空いた左手から渡される食パンはなんの変哲もないものだ。「私はトーストの魅力の決め手はにおいだと考えます。トーストすることによって、そのいいにおいを蒸気とともに立ち上がらせたい」(p.18)。においを十全に引き出すための指針を簡潔に伝え、あとはどうぞ、とトースターのまえに勧められる。温度設定する指は不安げに揺れる。もう少し面倒臭い指示が加えられたら絶対やめてやる、いまだって不測の自体が起きたらやめるつもりだ、と密かに息を詰めているが、数分ののちに焼き上がるトーストから香り立つにおいを想像し、早々に投げ出すには辛うじて至らない。どんな風味に出合えるのだろう、と期待している。
    トースターでパンを焼く「だけ」と思われる方も多いに違いないが、面倒の重みに屈することを習い性としている者にはじゅうぶんに神経を尖らせる試練である。
    こちらからの遅々とした入力を反映してパンの加熱が始まった。ここまできたら安心できるわけでもなく、爆発火災が起きるのではとか、少なくともくろぐろ焦げるのではとか、憂慮を際限なく重ねてトースターのまわりを不安げに歩き回る。やっぱり失敗したから自分は外食するしかないんだ、という使い古しの嘆きが喉元まで迫り上がってくる。だから、なんということもなく、否、想像を絶するほど、豊かなにおいがあたりに広がって万事が済んだとき受ける衝撃はひとしおだ。これが感動である。
    感動は止まらない。どうしたら最大化できるかな、と頭のなかがにわかに賑やかになる。そういえば未開封のジャムがあったな、あれを載せたらおいしいかもしれない、とか考える。しかし周到に支度するのもじれったいのでそこそこに切り上げ、ほかほかのトーストに齧りつくことにする。その感動たるや、筆舌は追いつかない。

    言葉に落とし込む冷静さを持てずに歓喜に足をばたつかせる「自炊者」駆け出しに、三浦は親しく寄り添う。ね、においって面白いよね、そもそもそれを感じ取る人間の感覚器官、とくに鼻は面白くてさ……と教える口調に、完全ではないものの少しずつ聞く耳を持てている自分を駆け出しは発見する。ほかでもない私が料理する理由が、感動すること、面白がることをキーワードとして徐々に輪郭を持ちはじめる。億劫や萎縮が氷解してゆくのを三浦は見てとりながら、じゃ今度は失敗しにくい蒸し料理をやってみましょうか、次は調味料をこの機会に見直してみましょうかと、じつに的確なペースで駆け出しを導く。26週、すなわち半年かけて進められるレクチャーは、面倒を縮減する手ほどきでもあるが、なによりも、駆け出しの胸に確かに萌した感動の燠火を絶やさないことに眼目が置かれている。トースターの前でさえ震える駆け出し、つまり私たちが待っていた本はこれだった。

    本書に出合ってから毎日厨房に立っている。
    既製品をよく口にして知っているものや、なんとなく知識として憶えているものを、あえてわが手で皿の上に再現し、食らうことがほんとうに楽しい。加えて、ひとと飲みに行くのでなければ家で滅多に酒を飲まない習慣だったのに、ワイン、カクテル、ビール、ジン、ラム、ブランデー、純米酒、焼酎、ハブ酒、甘酒、ウイスキーなどなどと毎日酒を飲み比べるようになった。また、八百屋や朝市をよく訪れ、店のひとのおすすめを聞く面白さ(あと、目利きしなくて済む気楽さ)を学びつつある。本書の巻末や、同じ三浦による料理本批評『食べたくなる本』に掲載されている、食に関する本をつぎつぎに収集し、読み込むことも始めた。なかでも有元葉子の流儀への入れ込みっぷりは我ながら苦笑を禁じ得ないが、しかし見倣うことはいまだにやめられない。それもこれも三浦の著作との出合いがなければ起こり得なかったことだ。
    三浦の勤める青山学院大の方角に深々お辞儀をするとともに、いつか先生のお宅でご飯食べたいな、と願いをつぶやくことが日課になってしまった。その日が来るまでは自分でこつこつ料理を手がけるとしよう。魚を捌きたいな。

  • 実用書というよりは、理屈っぽい人向け料理本、というか料理を楽しみたい理屈っぽい人向けかなあ。しかしさすがにあちこちよくできてるとは思う。

  • 【選書No】081

  • 丁寧な自炊生活だけを追求する本ではありません。サイゼやマックなどのジャンクフードも愛する著者が両者を「ギアチェンジ」できる豊かさを解いてくれます。また、ロベール・ブレッソンを引用して、風味のモンタージュ論を解いたり(凄く分かりやすい!)、映画批評家でもある著者ならではの少し変わった食本。

  • 時間のある人向けの自炊入門本。使えそうなところは使っていきたいなと思う。
    食事を作る相手の「無関心」に傷ついてる人間には、最後の章の著者の言葉が沁みた。

全10件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

青山学院大学文学部准教授。映画批評・研究、表象文化論。一九七六年郡山市生まれ。東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻博士課程修了。著書に『サスペンス映画史』(みすず書房、2012年)、『映画とは何か──フランス映画思想史』(筑摩選書、2014年)。共著に『ひきずる映画──ポスト・カタストロフ時代の想像力』(フィルムアート社、2011年)、『オーバー・ザ・シネマ 映画「超」討議』(石岡良治との共編著、フィルムアート社、2018年)。訳書に『ジム・ジャームッシュ・インタビューズ──映画監督ジム・ジャームッシュの歴史』(東邦出版、2006年)。

「2018年 『『ハッピーアワー』論』 で使われていた紹介文から引用しています。」

三浦哲哉の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
ヴィクトール・E...
ジョン・ウィリア...
宇佐見りん
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×