- Amazon.co.jp ・本 (328ページ)
- / ISBN・EAN: 9784260042888
作品紹介・あらすじ
「人間なんてしょせん食べて出すだけ」。なるほど。ではそれができなくなったらどうする――潰瘍性大腸炎という難病に襲われた著者は、食事と排泄という「当たり前」が当たり前でなくなった。IVHでも癒やせない顎や舌の飢餓感とは? ヨーグルトが口腔内で爆発するとは? 茫然と便の海に立っているときに看護師から雑巾を手渡されたときの気分は? 切実さの狭間に漂う不思議なユーモアが、何が「ケア」なのかを教えてくれる。
感想・レビュー・書評
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食べて、出す。という人間の、いや、動物の基本が病気によりスムーズに出来なくなった20歳頃の著者。
潰瘍性大腸炎というと、前首相も患っているという難病。
その症状の重さはピンキリで、寝たきりになるほど重いものから、薬を飲めばほぼ通常通り生活できるものまで様々あるという。
活字嫌いで本など読まなかったが、入院を機に文学を読むようになったそう。
そこで出合い、救われた、と感じた文学からの引用を挟みながら、当時から現在までを淡々と綴る。
さすが、というか絶望の名人カフカと絶望の帝王シオランからの言葉が多い。正岡子規もある。
当事者でしかわからない悲しみや苦しみ、そして喜びや楽しみが伝わってくる。
もちろん、著者が書くように、こうやって本で読んでも、何万回話を聞いても、本当のところ、は分からないだろうし、そう思ってなきゃいけないだろうけど。
でも、共感と発見の嵐だった。
この『ケアをひらく』シリーズの本は判型もちょっと大きめで普通より横長、ソフトカバーで開きやすく、文字も詰まってなくて読みやすい。
いろんな賞も取っているそうなので図書館などでみかけたら是非手に取ってみてください。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
ラジオ深夜便「絶望名言」で頭角を表した文学紹介者(誰が名付けたのかは知らないけれど…文学紹介者というネーミングが秀逸と思う)、頭木さん。カフカや宮沢賢治など、著名人の絶望名言を集めた本を多数出版している。
ラジオでも、病気を患っていた頃のことを話していたが、本作はまるごと病気のことを綴っている。
病気にまつわるエピソードは深刻だが、そこはかとなく漂うユーモアとペーソスがあって、クスリと笑わせてくれる。そこが著者の良さであり、強さだと思う。
今、どこかを患っていて孤独を感じている方が読むと、少し気持ちが軽くなるのではないだろうか?…と感じた本。 -
なんと感想を書けばいいのか。
こう言っていいのかわからないが(持病があるが著者とはいろいろと全く違う病気なので)、わかるわかるわかると共感の嵐だった。
病気になると人と会えないので物理的に孤独になることも、無理に明るく振る舞わないとやってられないことも(せめて明るくしてないと見捨てられるという不安が常にあることも)、自分で病気をコントロールできないのを努力不足とされること(されなくてもただ自覚するだけでも)の絶望も、健常に日常生活を送れている人との隔たりに心理的に孤独を感じることも。他の病気をお持ちの方の本にも同じことが書かれていたけど、病気はほんとにブラック企業だよね…。
著者と入院仲間だったおじさんが、なかなか周りに理解してもらえてなかった同じ痛みに対してつらかったと互いに共感し涙を零した話は、少し羨ましいなと思うくらいには印象に残ったし、こっちまで泣けてきた。普段ぼんやり思っていたことを、はっきりと示してくれたように感じた。もちろん著者と自分の状況は全然違うのだが。
共食圧力の話がとても興味深かった。個人的に、偏食と好き嫌いって、もしかしてどこか違う感覚なのでは?と読みながら思えてきたので、偏食についてちょっと調べてみたい。
文学からの引用が多くて、読みたい本がたくさんできちゃった。著者の他の書籍も読みたいし、カフカも断然読みたくなってきた。 -
「災害にしろ、病気にしろ、経験した人としない人とではものすごい差がある。一生懸命想像はするけれど、届かないものがあるということを忘れてはいけないと思う」(山田太一)
「あとがき」を読んでから
本文から読み始めることが ままある。
この一冊も、そんな読み方から始まった。
そして
読み終えて、再び「あとがき」を読んだ時に
山田太一さんの言葉の
ー想像するけれども、届かないものがあることを忘れてはいけない
が 気持ちの中にずっしり食い込んでいることに
はっとさせられる
そして
この世の中には
「想像だけでは、届かないもの」が
どれほど多くあるかということにも
愕然とされる。
だからこそ
語られるべき言葉があり
読まれるべき本がある -
食べることと出すこと。普段当たり前にしていることができなくなったらどうなるか?
著者が潰瘍性大腸炎になった大変な体験を振り返り、客観的におもしろく書かれていた。
著者は病気になり、食べたらすぐにお腹を壊すため、飲み会やランチなどで食べれなくなる。人と人とのコミュニケーションは食だけではないが、意外と、食べることは相手を受け入れることだとされ、拒否すると相手を拒否しているように思われたそうだ。本当に食べれないのに、ちょっとだけでもとすすめてきて、拒否すると関係が悪くなる。
多くの人は自分が体験したことのないことに対してわからないし、偏ったイメージを持つ。
世の中の多くのことは健康な人を基準とした設定になっていて、そうでない人は非常に生きづらい。
しかし、少数派だからこそ、違った視点で物事を見ることができ、そういった人達の意見に耳を傾けていけば、新しい発想が生まれるし、より良い社会が実現できるのではないかと思った。
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生命活動の根幹である「食事」と「排泄」に問題を抱えて生きること。
ここまで食事内容の制限があるのかと驚いた。いわゆる「腸を掃除」系の食べ物は総じて良くない。
ノータイムで、しかも強烈な便意が襲ってくるなんて怖すぎる。そこに「なるべく回数を減らしたい」という問題が絡んでくるからもう大変。筆者の他作品で「難病が原因で引きこもりになった」と書かれていたが、それも納得。
また、食事に関わるコミュニケーションについて書かれた章は目から鱗だった。差し出したものを受け取らない人は排除されてしまう。 -
深く考えさせられた。
この厳しい状況下、今年最初に読む本として選んでよかった。
再読、前回の読了後すぐに父が亡くなり、自分自身も病を得た。NHKラジオの高橋源一郎の飛ぶ教室で紹介された本を買ったのはこれが初めてだったかもしれない。この本のおかげで山田太一の著作も読むようになった。どちらも気持ちが下向きになっているときに心に染みる、救われる。大病を患ったあとに読むと本当に身につまされる。病を通して人間というものをほりさげている。「想像の及ばないことがあるという理解」肝に命じなければ。 -
難病の潰瘍性大腸炎を患った著者が、その闘病生活中に経験したこと、感じたことを面白おかしく紹介してくれます。
本人にとって大変不幸でピンチで危機的シーンにも関わらず、クスッと笑ってしまう場面がところどころありました…笑い事ではないのについ笑ってしまった自分を反省せねばと思いながら、それのおかげで軽快に読み進められたとも思う。
特に以下に感銘を受けた。忘れてはいけない視点だと思った。
・見えている人たちの他に、見えてない人たちもいるのではないか。
・経験した人としない人とではものすごい差がある。一生懸命想像はするけれど、届かないものがあるということを忘れてはいけない。 -
食べること=受け入れること、薄々感じてはいたけど、やっぱりそうなんだな、と。子供にご飯を拒否された時、そんなに落ち込む必要がないのに、すんごく沈んでしまうのは、そういうことだったのだな、と思いました。考えさせられることがたくさん。
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著者が難病になり入院して気がついた事、初めて経験した事が綴られているが、ただただ読んでいて辛いという感覚はなかった。客観視できる著者の力と文学の力だと感じた。会食恐怖症で共食圧力を感じて過ごした身なので、食べることは受け入れる事という箇所にとても共感を覚えた。あくまで想像しか出来ないが病気の先覚者から得られるものは沢山あるのだなと思った。