フューチャーウォーカー (2) 詩人の帰還

  • 岩崎書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784265050727

感想・レビュー・書評

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  • この姉妹は・・ミとファ・・中のいいはずの姉妹が恋敵とは

    そして、その根にはもっと深い心の傷があったのですね。

    未来を見ることが出来ること・・それは・・いいことばかりでない

    見た未来を、受け入れないといけない定めなのか?

    カールやサムソン、ウンチャイ、ネリア・・は出てきますが、フチは出てこないのでしょうか?
    フチの物語は、もう終わったということかな?

    ミ、ファときたら、ソ、ラ、シドと出てくるのか?

  • ドラゴンラージャ続編。フチは故郷へ戻り、もう物語を終えている。サンソンとカールはキルシオンの遺志を継ぎ、ローネン・ヒュリチェルと共にサウスグレードのディバインウェポン処理を3週間も行った。その間、幾人ものプリーストが、その権能で感謝され、またそのディバインマークで敵として捕縛・殺害されたらしい。エクセルハンドとアフナイデル、ジェレイントは、ドラゴンロードの娘と旅へ。ウンチャイ、ネリア、ハスラーはハルシュタイルを追う。

    そこに、シンチャイらジャイファンの物語と、チェイン、ファのヘゲモニアの物語が合わさる。群像劇。

    北海を目指すミは、ウンチャイらと合流し、ハルシュタイルと敵対。ミの想い人のチェインは、同じく彼を想う、ミの妹ファとミを追うことに。しかし、ファは姉への残忍な殺意が芽生える。面白い。悲しいことに、ミとファは不協和音です。

    ミによると、未来は固定されている。過去が固定されているから。とのこと。通常の人間は過去から未来を考えるのに対し、フューチャーウォーカーであるミは未来から過去を考える? 未来を見るミは、その未来通りに芝居のように生きていく。チェインと結婚して、四年間は幸せに生きた後、チェイン共々ペストにかかって死に、妹はチェインとミの息子、アダルタンを育てるのに心が壊れて自殺する。その未来を守るために、「失われた未来」を取り戻す旅に出たのだ。

    シンチャイは、取り潰された名門(ジャイファンでの貴族の呼称)として、他の名門に決闘を申し込んでいく。後継がいなくなると取り潰される、ジャイファンの伝統では、マーマンの子という醜聞を持つシンチャイ・バルタンと、バイサスに転向したウンチャイ・バルタンだけのバルタン家は存続しえなかった。それと同様にほかの名門も後継をなくそうとしている。その中には、前作でカーライン領を「浄化」したコダシュの父親もいた。ウンチャイとコダシュはシオネと共に特殊部隊「ニルリムの翼」にいたらしく、国防大臣ハムの意に沿わない「赤い土地作戦」(カーライル及び他の土地のセイクロライゼーション)や「クラドメッサ討伐計画」を行っていた。
    シンチャイは木剣使いらしい。なるほど船乗りでは錆びてしまうからか。
    ニルリムというのは神の名前。<鉄鎖と自由のニルリム>。「みずからの意思で選択するたったひとつの鉄鎖を」「わたしをしばるすべてのまえで堂々と」。ジャイファンのハタン(皇帝と類似した概念か?)の守護神。ニルリムの翼とはニルリム教団とは関係ないらしい。

    エデリンはイルリルを呼び出し、腹パンしてグランドストームへ運ぶ。子供の数の統計が減少していることに気づいたエデルブロイのプリースト、ドスペルが、純潔とエルフのグランエルベールによるセイクロライゼーションではないかと考えてのことらしい。物語のミスリードがうまい! しかしこの主張は、デスナイトから辛くも逃れたジェレイントの「出生は男女の調和の結実」という反論に砕かれる。実は、イルリルとしては、人間の覇権に対し、出生率が下がるというのがグランエルベールによる天啓なら、それが正しいことか分からないがそのままにしておきたいという考えがあったという。エクセルハンドもそれに同意できた。 

    ジェレイントが、時間の流れが崩れて、神の摂理が崩壊したとして狂うのが面白い。もともと狂っていたとは言えるが、前作と比べ暗い人格になってしまった。

    オークの友、レザー。オークの友人という発想が新しい。しかも魔法使いだとは。オロレイン学派最後の伝承者。彼の友ナクドムは復活したグデン山の巨人の投石に潰されてしまう。

    そして、サウスグレードでは、エデリンの下へ戻ろうとするエクセルハンドらを復活したデスナイトが阻む。少し遅れて、火炎、爆発、雪、雨、溶岩を振るう虹のソロチャーが現れた。

    ハルシュタイル侯爵「時間は、未来からきて過去へ流れていくものだ」とのこと。やっぱこの作者、固定観念に凝り固まった脳をレンガでガンガン殴りつけてくる。未来は近づくが過去は遠ざかるから。

    「時間が遅れていく」と言うイルリル。ユピネルとヘルカネスの娘である時間が遅れていくことで、バラは咲かず、果物は腐らず、過去の遺物が現代に再臨する。ジェレイント「過去は思い出のなかにあるべきだ! ううっ。思い出のなかにあるものは美しい。思い出は美化され、飾られる。ふたたびもどってきて、わたしのなかにある思い出とちがう実際のすがたをみせたら、思い出はこなごなに砕けてしまう」「しかし、しかし!」「わたしは、未来を失ったことがおそろしいんだ! 悲しいんだ!」ここまでの反応を見せるのは、理解不能なこと(魔法)に慣れているアフナイデルではなく、世界を理解するプリーストだからだろうか。アフナイデル「破壊され、炎上し、ばらばらになるのは進行形だ。それもひとつの破壊だが、そのあとにふたたび生まれ、成長し、きらきらと咲きほこることを約束されている。破壊と生成は相反するもののようにみえるが、内在する積極性という側面においては同一であるともいえるんだ。世のなかには真の破壊なんかない。いいや、そんなものはなかったというべきだな。しかしわれわれがでくわしたのは、それらすべてを無視する現象だ」イルリル「調べなければね。遅くなるまえに」「わたしたちの無知までが固定されるまえに、わたしたちが永遠にそれをつきとめることができないくらい、現在がとまってしまうまえに」

    3巻、3章にして、ようやく物語が始まる。

    前作では悪役まがいだったレッティのプリーストが、今作ではソロチャーと共に戦う戦士である。その破壊の権能を知ってるから少し頼もしい。レッティンドロールス「ひとりで歩む黄泉路はさびしすぎる!」腹部にパイクを刺されながら、左腕を破壊してデスナイトの上半身をこなごなにし、片腕で馬に跨る。このような表現、さすがイ・ヨンド。

    ポリモーフの説明が面白い。『生物の精神はその外見と密接な関係を持つ。魚と鳥の精神世界には、三次元的な位置がはるかに重要かもしれない。人間なら(前・後・左・右)の四つでじゅうぶんだが、鳥や魚なら全方位をあらわす単語(例えば左前方、上に四十五度の方向をしめす単語)が必要かもしれない。よって、すがたがかわると、その生物の精神にすさまじい混乱をもたらす。粗悪な例だが、いくら賢明な人間でも尻尾が生えたら、それをどうあつかえばいいか悩むはずだ。実際、人間はじぶんのうでや足の動かし方もよく知らない。自然にそうやっているだけだ』『ドラゴンのように抜群の知性と理性を持つ存在は、ポリモーフしてもそれほど大きな衝撃を受けない。ドラゴンだからだ。だが人間は非常に疲れてしまう。魔術師はじぶんのすがたをかえられるが、そのすがたにふさわしいこなれた動きをするためには、かなり訓練が必要なのだ』

    ファハスの発言、一度死んだ人間として含蓄に富む。『一度だれかを殺してしまえば、つぎの殺人はそれほどショックでなくなる』『死もおなじだ。毎日のように忘れようとしてきたし、ぎりぎりのところでさけてきたものの、実際に経験してみれば、それがどれほどむなしいものかわかるんだ。このとき、突然、覚醒は訪れる』『生存欲求というのは死をさけようとする欲求だ。だが死を経験すれば、その反対概念としての生存欲求も消えてしまう』

    ファも刺青をいれた巫女だったのか!? <山と隠匿のイルセイン>のように屋根裏を飛ぶ。

    過去は現在の親。

    プリムブレード、虹の魔術師が作ったのか。

    シンスライフの問題が世界中で出てくる。『過去にむかう流れと未来にむかう流れ、二つの流れの交差点』とは。ハルシュタイル侯爵はフューチャーウォーカー(時間は未来から過去に流れ、未来にむかう流れはこの世界、そしてフューチャーウォーカーは現在にいきながら未来をみるため)が答えと考え、ウンチャイとグランはシンチャイ(カモメと希求のグリム・オセニア、つまりマーマンと、大地と回想のシムニアン、つまり人間の混血。希求は未来に、回想は過去に)と考えている。フェアリークイーンもアフナイデルらに、同じ問題を投げかけた。アフナイデルはわからないながらも、過去に向かうのが戦士(自分が傷つかないことを望む、つまり過去のそのままであることを望む、停滞の道具)で、未来に向かうのが魔術師(均一に配置されているマナをひっかきまわし、変化をおこす、変化の奴隷)、そしてその交差点は、エクセルハンドの考えではハンドレイクの偉業を讃え騎士団長が魔術師であるバイサスの王城インペリアと。うーん。彼らは、テペリのおかげであっているかどうかわかるのが救いですね。カールは、5巻で、ウンチャイ同様、シンチャイが例の問題の回答と考えている。最初はジゴレイドによる講和提案の相手を知るためだったが、だんだんシンチャイ本人に興味が湧いているようだ。

    アイルペサスはまだハッチリンだから、ドラゴンラージャを必要としないらしい。現在が固定された場合、ずっとアフナイデルらと一緒にいられることが嬉しいが、それを正直に言えないのがティーンネイジャーらしい(もちろん、ドラゴンの感情なので解釈が誤っているかもしれない)。そして感情の機微がわからない魔術師アフナイデルは、『おまえはそのとき、地上では相手をみつけるのに苦労するほど、完璧な存在になるはず』と返している。

    カール、挿絵でも長髪になっていて、『ドラゴンラージャ』時代の生き生きとした中年感がなかったが、冒険心をなくしてしまったと言っている。『ドライアッドの歌やニンフのささやきが、もはや、わたしを刺激しない』。カールはジャイファン戦争の上で重要な参謀である。敵国の虜囚と取引するためにも必要なのだ。そして、彼のなすことは汚いことも含まれているようだ。

    ジャイファンにはムスク(モスクのこと?)があるらしい。砂漠といい、女性権が低いのといい、アラビアがモチーフか? ハタンもスルタンから来ているのかも。

    バイサス国防大臣ハム、イルス併呑も視野に入れつつ、休戦を望む。なおかつ、デミノレス王女の結婚あるいは暗殺を狙うという。バイサスを滅亡させたいシオネは暗殺の方針を目指す。

    チェインとファと会って、彼らの死に様を聞いたネリアは涙する。グランも言うように、『われわれは未来をみられないから、しあわせなのではないか』。フューチャーウォーカーとは、不安がないが同時に希望もない存在である。

    ナクドムの自分が動かず、松明を動かして、影を歩かせるということば、何かの隠喩か?

    チタリ、面白いことを言う。『われわれは鉄鎖と自由のニルリム、自由は放縦ではなく、みずからがみずからを律することをいうのです。なにもやらないのは自由ではない。みずからやるべきことをみつけることが自由です』とのこと。一方、ミとハルシュタイルの話、ミは未来が固定されていることを告げると、ハルシュタイルは『わたしの自由な意思はどうなるんだ!』と叫ぶ。固定された未来からすると自由には価値なし。『未来を知りたいと願いながらも、自由をすてることは嫌がる。ひろくて楽な道を歩みたいくせに、勝手気ままに走ることを望むのよ。知識と自由、両方を望んで』というミの発言は、ファのことも含まれている。

    エルフとドラゴンの宇宙論。『生きているってなに?』『すべてのものに、公平に流れる時間のなかで、じぶんだけがべつの流れを持つ権利を受けとったという意味よ』『彼らはじぶんにあたえられた流れがより加速することに、強い関心があるの』『人間が、日にちと時間に名前をつけていることを知っているかしら?』『もちろん。きのう、今日、明日、時間、分、秒、ひと月、一年、一世紀……』『時間の流れにそうやって名前をつけるのはなぜかしら。わたしは、人間がそれを追いこしてやるという意味だと考えたの。ただ歩きたくて散歩しているなら目標がないこともある。でも目標点があれば、そこまで走っていくか歩いていくかとか、いつまでに到着するかという意思や力、方法論などが生まれるでしょう。人間が時間に名前をつけたのはそんな意味ではないかしら。つぎの週までにこの仕事をおわらせようとか、今年じゅうになにかをやりとげようとか……。時間につけた名前をなくしたら、そういった目標を実現できなくなるでしょう』『人間のことばを学ぶとき、もっとも大変だったのは、時制を理解することだった』『人間は忘れたがるのよ。記録と歴史を残すのが人間というけれど、まどわされてはいけない。オーロラと忘却のイサが、極地でだけ、人間が住めない極地だけでは、オーロラを織れるよう許したのはなぜかしら。乙女たちが世界じゅうの空に美しい布をひろげたら、完全な忘却を夢みる人間が、オーロラをみつめつづけるからだと思うわ』「そう、忘れたいんだ。ジェレイントはじぶんの両親を、わたしはじぶんの過去を。わたしのほんとうの名は……」『人間にとって、時間は忘却の祝福なのでしょう。そして人間にとって、時間が停止することは……』アフナイデル『過去についての記録は、死亡証明書なんだよ』『イルリル。愛していたということばは、その愛が死んだことを宣言し、その感情のために胸を痛めないという意味だろう。身をさかれるような痛みもなく、かつての愛を思い出せる。愛が再びよみがえり、じぶんを苦しめることがないと信じて』
    5章の一で、オーロラについて語られている。「極地の海にひろがる超越的なオーロラ。イサの乙女たちら全世界の空にじぶんたちがつくった美しい織物をひろげることを望んだが、イサが許さなかった。人間は忘れたがっていることが非常に多く、忘却の光輝にみいられ、じぶんを失うからだ」

    ケヘルン、<猫と夢のコリ>のプリーストだったのか!と思ったらズブルキンもでした。

    ミ、時間の停止について語る。『人は嬉しいことに喜び、悲しいことに落ちこむわ。だけど退屈にたいしてはなにもできないの。人がもっとも嫌うのは、ひまなことよ。それだけはどうしようもないから。おこることも、喜ぶことも、悲しむこともできない。どうして多くの人が、賢明かばかかにかかわらず、あれほどおなじあいさつをくりかえすのかしら。<いかがおすごしでしたか>っていうのは、あなたの時間はちゃんと流れているかと確認するあいさつなのよ』『子どもが成長して大人になり、大人が老いて年寄りになるって信じられる? 多くがそう信じたがるし、実際にそうなっているわ。だけどそれがただで成り立つものと考え、負債感を持つことはない』『年をとることに感謝しろというのか。親戚が死に、親友が死に、ついにはじぶんも消えてゆくことをありがたがれというのか』『ええ。感謝しなければね。それも侯爵さまがいう、生きていく理由だから。老いることも、死ぬこともできるわ。侯爵さまが、未来を知らないことを人生の祝福だとおっしゃるなら、ミは未来へいけることそのものを祝福と考えるわ』
    6巻、退屈とは変化がないこと。人間は、変化がないことには耐えられない。

    チェインがフューチャーウォーカーを語るのが非常にわかりやすい。『もしこの世の人はみんな耳がきこえないと仮定しよう。そのなかにひとりだけ、耳がきこえるんだ。もしその唯一の人がハープをひいていたら、まわりの人はいうだろう。あのばか、糸を切るつもりならばはさみを使うべきだろう。指ではじいてすり切れるのを待つつもりか?』『未来がみえないという立場において、耳がきこえない連中とおなじだろう。ミの状況を正確に表現するのは、最初から不可能だ。ただミが、じぶんがみる未来に干渉しないのは理解できる』ウンチャイの全盲の人世界と一人だけ見える人の話と似ている。作者、ドラゴンやフェアリー、エルフを描いてきただけあって、存在しない価値観を持った人間の描写がうますぎる。天才。

    そして、未来をみるミを愛しているチェインは感情欠乏症である。ミはチェインを愛した未来が見えるからこそ、チェインを愛しているように見え、それがネリアには色仕掛けと変わらないと、チェインには同情に値すると評されている。

    フューチャーウォーカーは未来を歩く者。歩くというのは目的地を目指して。ミはどこを目指しているのか。

    ガイナー・カシュナップのことば、「四番目の車輪までは、たがいに助けあう。だが五番目の車輪からは、別の車輪のじゃまをする」五つ目の車輪とは、夢の破片、すてられない幼な心、かなわなかった希望、組織に必要ない者。

    シンスライフの問題にこんな結末が。侯爵ぐらいしかできない方法だ。

    なんと、シンスライフを大地が受け入れない! <大地と回想のシムニアン>は、ユピネルとヘルカネスの法則に従わないものを拒否した。さながら、生きている死体であるゾンビが横たわることができないように。そして、遺言の執行は、ハルシュタイル一派、コリのプリーストたち、チェインやグランら、そこにレザーとルソンが現れ、加えてジェレイントだけが一人グデン山の巨人から逃げてきた。ジェレイントの仲間たちは巨人に対し問題を出して、答えられたらルトエリノ大王の場所を教えるというハッタリをかましている。

    ファハスは地上を歩けるが、シンスライフは地上を歩けない。これはなぜか? ファハス、ソロチャー、デスナイト、巨人、『忘れられた者を呼びさますのは、なんなのか!』

    レッティの教義、『敵をうやまわずに、剣をうやまえ!』『おまえの相手は敵ではなく剣だ! 敵を相手と考えるなら、そのへんの剣士とどこがちがう。剣士は敵をうらみ、結局、敵を愛しているんだ。だがおまえはプリーストだぞ。おまえがもっともおそれ、同時にもっとも大きな愛をささげるのはおまえの剣だ』なるほど、愛も憎悪も、相手の変化を望むといったジェレイントの言葉が思い出される。剣をうやまえというのは、ディムライト曰く、剣が壊れないように丁寧に使え、ひいては慎重な戦いをしろという意味らしい。

    グレイもディムライトも、この世界に存在してはいけないという意見を理解している。ディムライトは消え去るべき者と理解しており、どうすればいいかレッティの院長に質問している。院長『みなが選択するやり方に従うことをおすすめしましょう。歩いてゆくのです』『わたしは消え去るべき者です。大地を歩くことはできません』。それに対し院長は『これは嬉しい。じつは、わたしもそうですよ』とのこと。これはユーモアではあるが、人間社会では万人が消え去るべき存在であることの暗示か? ディムライトもこの答えを考え続けて戦闘中まで持ち越した。

    グレイも似たようなことを考えていた。ソロチャーは、死んだ者は世界に影響を及ぼすべきではないと言ったが、グレイは自分の意思でここに来たのではないのだから、普通に生まれたのと変わりはないと主張している。院長が言いたかったことはこれか? 普通の人が自分の意思で生まれたのではないのだから、『みなが選択する』、つまり全ての人間同様、普通に生きていくことを勧めたのではないか? しかし、アイデンティティについて考える間に、デスナイトが自分の体を模して実体を構築し、グレイは狂気に陥る。ドラゴンラージャで言われていたように、自分と同じ顔の人間を見た時、そのものを殺したくなる。恐慌状態のグレイは誤って自分のグリフォンを殺し、デスナイトの兜をかぶる。

    カール、稀代の参謀であるな。イルスに行き、300年前の大先輩が援軍を求めているという噂を流布させ、イルス大公が援軍を承諾するよう仕組んだ。そして、そのバラの騎士をバイサス軍に編入し、ジャイファンの電撃戦に抵抗しようとしている。そして、バラの騎士が戦う理由がなくならないよう、天空の三騎士が消える、過去へむかう流れと未来へむかう流れの交差点を見つけ、隠そうとする。時を流そうとする仲間達の裏切りであるが、バイサスのためにあらゆる残忍な行為をも覚悟した男にとっては当然の帰結だろうか。ソロチャーと三騎士はすでにデスナイトを葬っているというのに。
    しかし、カールは知らない。現実が固定された以上、カールがどう足掻こうとバイサス=ジャイファン戦争は終わらない。もっと十分にアフナイデルやジェレイントと話していれば、アフナイデルの言った「以後の栄光なき破滅」が理解できただろうが、カールの秘密主義が災いした。

    ハルシュタイルの腹に、ズブルキンのフォーチャードが刺さる。だが、とうに現実の速度は過去と比べ、遅すぎるようだ。正当な安息が死者に与えられない。ナクドムは必死で山を砕こうとする。グレイの愛グリフォン、キン・クライもすぐに復活した。アイルペサスはポリモーフしたまま固定され、ハッチリンに戻れない。

    今作は、変化を望む、人間という種族に対する歴史上最大の挑戦であろう。

    端役ではあるが、前作でフチに重大な、ネリアに不吉な予言をしたアンパリンが出てくる。バーバラ船長の持つお札の売人として。


    シンスライフの近くにいたファは、シンスライフに言われるがまま従う。ミは彼女に叫ぶが、ファは涙しながらシンスライフの手を取った。そこからフォントが変わる。シンスライフの問題の答えはファであった!? 


    『ミはなにも感じられず、シンスライフとファをみていた。すべてが混乱している。わからない。まったかわからない。フューチャーウォーカーは未来をみる。すべての結果を知る。原因よりも先に、結果を知っている。それでもミにはわからなかった。ファが手をさしだした理由、ファがこたえである理由、そして……』『じぶんがずいぶんまえからファを準備させてきた理由』『ファに刺青をする。ファはおどろくべき力をえる。そしてファは、シンスライフのこたえになる。ファに刺青をする。ファはおどろくべき力をえる。そしてファは、シンスライフのこたえになる』

    チェインも、ファが何者なのかわからない。

    『(ミの思考はさかさまだったが、ミの体が流れていくその時間自体は、ほかの人とおなじ方向だった)』フューチャーウォーカーというのは、過去から未来へ流れる(ハルシュタイル曰くこの反対だが、ここでは多くの人と同じように過去から未来へ流れるとする)時間の中生きている人間でありながら、結果が原因に先立つように世界を理解している者。つまり、フューチャーウォーカーにとって、思考は未来から過去だが、行動は過去から未来である。しかし、ミには、ひとつだけ、未来を見ぬまま行ったことがあった。それが妹への刺青だ。
    『彼女はファに刺青をしてやった。なぜだろうか? なぜおかしいとは思わなかったのだろうか? 彼女がみる未来でファがその刺青の力を使ったことはなかった。ファには家族をみな失ったあと、自殺する未来があるだけだった。よってミがほどこした刺青は無意味な行動だった。
    (それなのにどうしてミはファに刺青をしてやったのか?)
     それは思考と時間の向きが一致した行動。すなわち未来を知らないままとったはじめての行動だった。
     どうしてあなたに、そんなことがおこったのかしら?』
    ファは、過去から未来に行きながら未来から過去に歩くミが、未来を見ずに作った巫女。その存在はミのみた未来からすればイレギュラーであり、それゆえ未来と過去の交差点なのか? まだいまいちわかっていない。



    ハルシュタイルも、一度死を知って、人格が変わる。死んで生存欲求を失ったファハスと類似したものか。ちなみにここのハルシュタイル、一度死んだことで五感が機能不全を起こしているのが面白い。瞳を<きき>、目が<きき>、目が<触れ>、音が<みえた>ようだ。

    レザーがシンスライフを殺せないのも、グランがハルシュタイルを殺せないのも、運命的な描かれ方である。普段の彼らではスペルが思い浮かばないのも剣を振るえないのもありえない。その場の誰も、シンスライフの滅亡を果たせなかった。

    ハルシュタイルは、滅亡だけが完成の帰結、死のない人生は未完成と言った。そして、人間は死んで完成するもの。ハルシュタイルは人間の完成としての死を目指している。

    シンスライフのこたえとして、ファは人格を失い、からだを移譲した。

    ディムライトは、ムスタファほど簡単にグレイを諦められない。三騎士はみな死んだ人間なのに、『グレイはまだ生きている。キン・クライは彼のものです』と。そしてグレイのために怒りを覚えている。ケイトに母の死を伝えてまもなく、彼女の母は復活を遂げる。

    『永遠にそこにすわりこんで、仲むつまじいオウムのようにさえずってろ……』ウンチャイのセリフだが、アフナイデルは考えている。

    ファがもし復活の必要条件なら、復活をなかったことにするためには、ファを殺す必要がある。

    人間は退屈には耐えられない。そして、退屈とは変化がないこと。ミは過去が固定されているから、未来を知った。ユピネルとヘルカネスが時間を作り、両者の関心をうけたのが人間。なぜなら人間が時間をつくりだすから。

    『おまえはどうやって未来を知った?』『わたしが未来をつくるから』
    この発言、「ミが未来をつくるから」ではない。
    『創造する者は当然、創造されるまえからそれがなにになるかを知っているはずだ。おまえは未来をつくるから未来を知っている。未来を知っているな、未来をつくれる。設計図があってはじめて物をつくれるように』『ファがおまえからうばったものはなんだ』『未来』『未来がわからないから、おまえはもう未来をつくれない』『おまえはだれだ』『わたしは人間です』
    ミは、未来をつくる者としてのアイデンティティを(ほぼ)完全に失い、一人称から話し方まで変わってしまった。こういう表現が上手い。

    フューチャーウォーカーとは、未来を知るものではない。未来をつくるものだ。ドラゴンラージャでカールが言っていたように、人が歩けば道ができる。ならば、フューチャーウォーカーは未来を歩いて未来を作るのではないか。フューチャーウォーカーにとって、未来を歩くのはファハスが言っていたように目的地に向かうため、ではなく、未来をつくるためなのか?

    シンチャイらはデルハーパで陸戦隊員とチタリを降ろした後、北のタンヌワンを目指す。ウンチャイを探しに。シンチャイにとって、名門への復讐はどうでも良く、ただ、バルタン家を継ぐことで海の男としての自由を失うことに怒っているようだ。
    陸の男は陸の監獄に、海の男は海の監獄に閉じ込められている。しかし、海の男は船を宇宙としたとき、自分の属する世界を超えた、「宇宙の外」を簡単に見られる。そのために、『ありもしない意味のために、時間の道を求めてさすらう必要がない』。これはニヒリズムっぽいか? 『道は、そのうえを歩く者にだけ長く感じられるんだ。道を歩かない人にとっては、それはどこへもいかない、つねにそこにある土地のひとつのすがたにすぎない』ゆえに、船では時間がさらさら流れるらしいが、この道とは、フューチャーウォーカーのことも暗喩している?

    ジェレイント、『許しは、もっとも大きな復讐だからです』。これと類似したことばをドラゴンラージャで聞いたことがある気がするが、覚えていない。

    シンスライフ自身が復活と永遠の命のための一人目の生贄だったのか。

    シンスライフ曰く誤っているらしいが、コリのプリーストの理解では、しかし、シンスライフが復活しても、永遠の命を与えられる人は別だった。ゆえに、『過去へむかう流れと未来へむかう流れの交差点、望むところでその交差点をつくりだせる、望む時点で現在を固定させられる人物が必要』だった。しかし、それを認識した途端、シンスライフは猛烈な悪心に苦しんでしまう。

    ソロチャーが確認した、復活の法則、それはケイトとデミノレス王女で実演された。ケイトやデミノレス王女の場合、他者による恋しさや愛で母親やパンジーを復活させた。ソロチャーや天空の騎士、デスナイトは、自己憐憫、自己執着、せつなさのようなもので復活した。ジャイファン語でこれを『ヒャン』という。過去を愛し懐かしみ憐れむことはあっても、未来をなつかしみ、惜しむ人はいない。ゆえに未来はこず、時間は停止してしまった。『希望は未来をひきよせる力だが、なつかしさは過去をひきよせる力だ。わたしは、別の現在には復活できないだろう。わたしはみずからの慕わしさがいくら深かったとしてもその名残惜しさだけで現在をとらえておくことはできない。しかしきみたちの停止した現在には追いつけ、わたしはこの現在に身を運んだ。そこでわたしはこの現在に復活したんだ。反対に、この現在に生きている者たちは名残惜しさだけで過去をひきよせることもできる』
    カールはジャイファン戦争にソロチャーを駆り出そうとしたがにべもなく。少し野心が過ぎるよ。

    シンスライフは内部に生きるファに怒鳴りつける。ファに服従を植え付けようとして。『(おまえには生きる権利はない、ファ!)』『(おまえは生まれられない存在だった。両親はひとり娘を育てるはずだった。九人の命を授かり、生まれるはずのないおまえが誕生した。わかったか?)』これはひとつのタイムパラドックスか? 『(おまえの姉は、時間の長い流れのなかで、望む時間をみることができる。ほかの人が現在しかみられないのとはちがって。おまえは長い流れのなかで、望む時間に生まれることができる。なぜ二十三年まえに生まれたかわかるか? わたしのためだ。わかるか? おまえは九番目の犠牲者が発生するときにうまれた。そしておまえが生まれたのは二十三年まえだ)』『(おまえは、わたしの娘であり、わたしの衣服であり、わたしだ。そうつくられている。わたしは九つの命でおまえに永遠の命をあたえた。そしてフューチャーウォーカーの妹として生まれ、時間を停止させる能力を継承することになった。おまえにはなにもない)』
    シンスライフは、内なるファに苦しめられる。
    『<コリのプリースト>という裁断士に、せつなさを感じる衣服を注文したわけではなかった』切なさとは、ヒャンだろう。

    『人びとは世の中にひろがって時間をつくりだしている。人が時間の匠人だから。人ははてしなく時間を過去に送りだし、新しい時間をつくりだす。だからミは未来をみられるの』北海に行きたい理由は、そこに時間軸があるから。『人が時間の匠人なのよ……チェイン』『うん』『人は時間をつくりだす』『うん』『そして時間は、人から旅立つ』『うん』『チェインはミと結婚する』『うん』『チェインはミと結婚し、生涯、食事の支度をし、洗濯をし、子どもの世話をしながらお金をかせぎ、ミに仕え、ミを思い、ミを恋いしたい、そしてミがヒステリーをおこしたらなだめ、ミが退屈したら愛想をふりまき、ミが眠くなったら子守唄をうたうのよ』『うん』『ミの負けだわ』これは、感情欠乏症が生返事みたいなうんしか言わないからだと思う。

    カールは貴族のサーカス権を脅かそうと、デモを起こした。しかしそれは結局、貴族に警戒心を抱かせ、サンソンが襲撃され、また文化事業が武器になるということに気づかせた。これにより、これまで以上に庶民は貴族の文化小作農に成り下がる。カールは未来を求めていたがその実現在を固定していた。ハムとの会談でそう気づいた。
    休戦が成立すると、両国は軍拡を始めるだろう。ハムはおそらく軍部の旗頭となる。この時、民衆の暴力性がハムをジャイファンの脳となり、バイサスに剣を向けるだろう。それがハタンの権限を脅かす。ハタンにはニルリムの翼があるが、その中核であるシオネは、バイサスとの和平交渉の誠意として、バイサスの虜になった。もはやハムや民衆の暴力性に対し、ハタンが取れる手段は多くない。そして、ジャイファンの電撃戦部隊はサンソンにより撃破され、軍閥の頭領となるような、ハムのライバルになるかもしれない存在もいない。

    カールは言う。『われわれは飛ばなくてはなりません』人間は、流れる川になり、ふきわたる風になって時間を作っていかなければならない。そして、時間を作るためにも、カールはジャイファンとの休戦条約の締結を壊す。ジャイファン戦争終結から起こる、軍拡競争からの第二次ジャイファン戦争を避け、またそれよりもはるかに重要な要素として、時間を作り出すためにも。人間は永遠に行動をしなければ時間を作れない。この状態での休戦は、現実との妥協である。それは未来を作るというカールの意思に反する。故にカールはハムに謝りながら、戦争を続けるのだ。

    カールは挨拶をしてわかれた。耳もとに日ざしをあびながら、夕陽までしあわせな<旅>を。旅とは?

    そして、ハムは会談に潜ませていた兵を出し、カールはイルスのジャスティス騎士団を召喚した。ハムはカールに捕らえられる。カールはシオネを使い、ハムの理性を崩して情報を得ようとする。そして、休戦協定の使節を一人残らず捕らえるのが目的だ。シオネはそんなカールに驚く。ドラゴンラージャ時代はそのような人間ではなかった。それに対し、カールは強い意志を語った。『わたしを非難しないでください。わたしはこの戦争をおわらせなければならないんです。人類史に冒涜として記録される戦争行為をおわらせなくてはならないんです。汚物を片づけるのに美しいシルクの雑巾を使う必要はありません。正々堂々たる戦闘? たたかいのどこに高潔さがあるというんですか? たがいを殺しまくるために槍剣を持った時点で、戦争は人間の冒涜です。金メッキしようと宝石で飾ろうと、隠せるわけではありません。数十万の軍勢を集めて、正々堂々と華麗にたたかえば美しいのですか? 数十万の死体が折り重なりくさっていく戦場でそうおっしゃってみてください。わたしは興味がありません。数人の人物さえとらえて戦争をさっさとおわらせられるなら、そちらを選択します。他人の評価なんてどうでもいいんです。他人が責任をおってくれるわけではないんですから。彼らは騒ぐだけです。わたしに責任をおうのはわたしだけです。そしていつか、じぶんがやったことにたいして代償を要求されたら、ちゃんと責任をとるつもりです』
    ハムはカールに問う。『あなたはなにとたたかっているんですか?』『現実とたたかっています』ハムは陳腐な答えかと考えたが、カールとハムでの言葉の意味合いは異なる。カールは止まっていく時間と戦っているのだ。『陳腐ではありますが、わたしのたたかいは、ほかのことばでは表現できないんです。『現実は安定的と信じたがる心』にあらがい、たたかっています。現実を固定させようとする意思とたたかっているんです。正義、信頼、友情、愛にあらがってたたかっているともいえますね』
    7巻でシオネはカールに問いかける『じぶんを尊重し、じぶんの信念をつらぬきとおすためなら、まわりから要求される公正さなどすっかり無視できると?』『その公正さはわたしがつくったものではないし、よってわたしの歩みと一致すれば従うこともあるし、一致しなければ無視することもできますね』『世のなかが要求する公正さに従うのは停滞です。おなじように考え、おなじことに喜び、おなじことに悲しめば生きやすいでしょう。だれがそんな者。非難しますか。それは完璧な善人でしょう。善人の喜びは、停滞がもたらす安楽でしょう』『停滞……時間の停止?』
    『おまえは、停止したすべての慣習と定義を壊し、新しい時間と事件をつくりだすというのか? 再び時間が流れだすように』『なぜだ? おまえ自身もいっただろう。そんな停滞に従って生きていくのがはるかに楽しいと。それなのに、どうして停止を拒否し、まえに進もうとするんだ?』『自尊心のせいでしょう』自尊心とは、ハムがいうように「生存」にはなく、「生活」にある。そして、シオネはその人生(ヴァンパイア生)を、人間の自尊心、自分の持たない自尊心がどこまで保てるかを、ヴァンパイアの半永久的生を用いて監視することに決めた。そして、ハムを救いカールを騙すことを選択した。敵対しているカールに従う方が、シオネには利益が多く、自分を裏切ったハムを処理できるだろうが、そうしないのはある種、ヴァンパイアに初めて芽生えた自尊心かもしれない。


    ドラゴンラージャが人間の性質について変化で切り込んだのに対し、フューチャーウォーカーは人間の性質に停滞で切り込むのが面白い。反対の方向だ。

    ミ・ビバーチェ・グラシエル。ビバーチェとは速度記号。「いきいきと」という意味。グラシエルは「氷河の」と言った形容詞。そして、ファ・ラルゴ・グラシエル。ラルゴも速度記号だが、「きわめてゆるく、幅広く、遅いテンポ」のことをいう。

    ファはシンスライフの手を取って、現在と手を結んだが、時間軸が近づくにつれて意志を取り戻し始めた。『(わたし……ファ・ラルゴ・グラシエル……。フューチャーウォーカー……)』

    現在と手を組んだシンスライフの出現で、現在の固定が始まった。シンスライフの副作用で、ヒャンによる復活が始まった。

    イルリルとアフナイデルのメッセージでイルリルは、アイルペサスがシンスライフを追跡するために、ドラゴンロードが派遣したと考えている。エルフにとって、時間の前後はさほど重要な概念ではない。人間やドワーフにとって、アイルペサスはアフナイデルたちと旅に出て、北部までやってきたということになるが、エルフにとっては、時間軸に行くために、アフナイデルたちと旅をすることになった。時間は神々の存在の原因であり、ゆえに最後の神グリム・オセニアがシンチャイを遣わしてミを助けたが、それでも時間は動きをとめたままだった。時間から神々は始まるが、時間が止まった以上神々は力を持てない。故にアイルペサス、最後の星を守り続ける種族、神を持たない唯一の種族が、ミを助けに行った。あれ、今度はポリモーフできたのか。これはドラゴンの意思によるポリモーフでアイルペサスのポリモーフではないらしいが。これはドラゴンの星か? それともドラゴンロードか? 多分前者だろうが。

    ファはついに体の主導権を奪う。シンスライフに残酷な、本質的な問いかけをする。『あなたは永遠にひとりを愛せるというの?』『あなたは永遠にじぶんを愛していけるの?』

    チェインは、ミに言われタンヌワンに戻った。そして石で家を作りそこに住む。ミが帰ってきた時、一番に迎えるため。

    北の果てまで来たコリのプリーストらは、コリのプリーストではないバレッドを残して自殺した。じぶんの時間を他人に委ねていた人間には、もはや自分の人生をもう一度歩む気力はなかった。何人もクレバスに身を投げた。自分の時間を他人に委ねるということはそういうことか。<じぶんの生涯>とか<じぶんの忠誠>とは異なり、生きていく姿や生きていく意味ではない。<じぶんの時間>だ。シンスライフのために懸命に生きていたときは、安楽になる自分の姿を考え、安楽になったときには、懸命に生きていた過去を思う。これは順序が入れ替わっている。過去には未来のことを思っていたが、未来には過去のことを思う、それが時間を委ねるということだ。
    『人はいつでも時間とははなれているということだ。時間とともにない。あたえられた時間を懸命に生きるということばは、実際には不可能だ。彼はいつでも時間とべつの存在だから。それが人間に自尊心をあたえるんだ。両親とはなれている子どもが感じる自尊心とよく似た』『だからこそ時間をつくりだせる』つまり、人間は時間とは違う存在である、ゆえに時の匠人として時間を作れる。しかし、シンスライフは永遠の命のために時間と一つになろうとした。つまりシンスライフはもはや時間を作ることができない。全ての人間は時間を作り、シンスライフは全ての人間の子供になる。シンスライフは人間が結果を求めて行動してできた時間から、結果を相続享受し、人間は結果を得られなくなる。それで時間が止まる。そして、コリのプリーストは、自分の人生を終わらせることで、自分の時間を取り戻し、自分を完成させた。
    バレッドは信仰する神がいないため、死んだからといって委ねてきたから自分の時間が取り戻せると考えられなかった。バレッドはハルシュタイルがシンスライフの問題に取り組んだ後ずっとシンスライフといた。それまでのトンビルでの暮らし、時間はバレッドのもの。そこでミは、『その時点から現在までを削除したあと、もう一度はじめてみる』ことを提案した。『あなたはその時点から、あなたがつくりだした時間をシンスライフにあずけていたから。よってその時間は、あなたにはないも同然なの。あなたはその時間を生きていなかったの。それはすべてシンスライフのところへいっていたのよ。だからその時間に責任をおう必要はない』自分の作った時間を自分のために使うと決意したバレッドは北の大地から消え、トンビルに瞬間移動した。このバレッドはもう雪原で死にかけたことは覚えていないだろうか? 事件の話を酒場でしていると言っていたが。それはシンスライフの問題がハルシュタイルにより破壊されたことか、それとも時間が固定されたことか?

    時間が止まった事件の結末は時の匠人である人間と、時間からはじまる神々を持たないドラゴンだけ。ドラゴンの代表はドラゴンロードを継ぐアイルペサス、人間代表はハルシュタイル。そしてミは未来、シンスライフは過去、ファは通過点だ。

    そして、チェインは今、アダルタンとじゃれあっている。これはおそらくミに対し、時間を委ねることで、ファハスが言うように『ミ嬢を助けている』のではないか。

    アイルペサスの前で、シンスライフはあの時のフチ同様、ユピネルとヘルカネスが手を引いた審判を迫られる。シンスライフが人間の正当な後継者と認められれば、彼は全ての人間から時間を受け取り、他の種族は時間を供給されず永遠に生きるという滅亡を受ける。

    ユピネルとヘルカネスは時間だけではなく、約束された安息、死を人間に与えた。そして、未練と懐かしさと悲しみ、つまりヒャンがある者は死に満足できず、復活した。彼らはみずからのために時間を作り出すことを望んだ者たち。そして、シンスライフこそが人間に永遠の時間を作る権利を与える。しかし、ハルシュタイルはシンスライフを自分の子供として「認知しない」。
    シンスライフの存在によって、過去から甦った者たちは全て、滅亡を望んだ。グレイはデスナイトから天空の三騎士に戻り、空を飛ぶという未練を果たした。ソロチャーも首都での歓待をうけ満足し、グデン山の巨人もジェレイントの説得に応じて大王の子孫を許した。ファハスは元から滅亡願望があったし、ロンリーシーガル号で、ジゴレイドにより殺され漂流していた者も死んだ。
    アイルペサスの問いかけに、<大陸はこたえた>。グデン山は山の言語で巨人の死を、ジャイファンのカレハン塔は風でベイロン・コダシュの死を、ジゴレイドは漂流したものの死を、ドラゴンソルジャーエキドナは天空の三騎士とソロチャーの死を伝えた。彼らは復活しながら、滅亡を望んだのだ。
    しかし、シンスライフは、死者は過去のものであり、今生きている、死んだことのない、時間を作っている人間に、永遠の命を諦めるものはいないと反論した。
    ハルシュタイルはその独善で、世の人々の願いを破壊しようとする。『そいつらがわたしの願いを破壊しようとするなら、わたしはそいつらを残らず破壊してやる!』しかし、ハルシュタイルの剣、一太刀目は人間の送ってきた時間によって逸らされてしまう。しかし、二回目はシンスライフに紙一重だった。『侯爵の攻撃は厳密な意味で攻撃ではなかった。攻撃はふたりの相互作業だ。攻撃者と防御者がいる。だがハルシュタイル侯爵の攻撃はそれ自体で完成し、攻撃を受ける対象のようなものは考慮されていなかった。それは純粋な動き、単一の意味だった』『高い位置でみおろしていたアイルペサスはわかった。キスするときだれがだれの口に先に触れたかという順序がないように? おどったり、歌ったりするように? 行動と同時に結果を得る。時がたつのを忘れて』『侯爵の攻撃は<完成している>。それは単一の動作のなかで単一の意味がしっかりと凝結した行動であり、それが目標をとらえたかそうでないか、すなわち成功か失敗かは最初から意味を問えない。それはすでに完成したものだから』レッティのプリーストが言う、「剣を敬え」に似ているかもしれない。侯爵はレッティ教団と蜜月であったし、その剣技を学ぶこともあっただろう。なんという伏線! ディムライトはレッティの剣技を誤っていたに違いない。

    アイルペサスがシンスライフを認めようとした瞬間、ミはそれを否定した。時間軸からひとつだけ、光が飛び、彼女の道を作る。チェインが彼女に時間を委ねたのだ。

    『<わたし>はどこへむかって歩いているのか。

    <わたし>はどうして歩いているのか。

    <わたし>はだれなのか』
    この<わたし>は、チェインらの時間を受け取ったミのことか。

    『(人間はあなたを求めながらも、みずからわたしへと訪れることを知らないのかしら)』あなたが過去、私が過去と未来の交差点だろうか。

    『あたりをうめつくす光のなかで、時間軸はすでに存在しなかった。彼らに残された惰性が歩みとしてあらわれているが、彼らは歩いてもいなかった。彼らはおたがいにむかって歩きだした。ミがほほえむ。羨望は忍苦をいろどる装飾であり、希求は過去のための名だった』
    おそらく侯爵の攻撃同様、歩いているという動作が、行動と同時に結果を得られているのだ。同時に起こるということは順序がない。故に過去も未来も必要としない。その意味で完成されているのだろう。『なにも思いだせないし、なにも感じられなかった。彼女はまえへ歩いていく足どりそのものであり、それ以外のなにものでもなかった』

    『 ミは足をとめた。
      シンスライフは足をとめた。
      ふたりはすっと手をさしだした。左手をだしたミはぷっとふきだし、そんなミをみたシンスライフが笑顔で、今度は左手をさしだす。
      ふたりは、おたがいの手をやさしくにぎった』

    ここで、かつてのシンスライフとファが一体になったように、過去と未来と交差点が元の形を戻すのだろう。

    あまりにも抽象的で難しい一冊。哲学と呼ぶと哲学者に怒られるかもしれない。しかし要所要所に伏線があり、注意して読んでいくと、7割くらいはわかる。衝撃のラストと呼ぶにはあまりにも難解で、あまりにも美しい。
    シンスライフの問題をハルシュタイル侯爵が解いている最中が、最も盛り上がったところだろう。多くの勢力がそれぞれ、自分の目的を果たすために集まった。ヘルカネスが指揮ったとしか言えない混乱は一件の価値がある。
    永遠の命というのは人類普遍のテーマであり、それはこの世界でも変わらない。しかし、それが不変性を持つと言うのが問題だ。永遠の命というディストピア。前作では人間の変化というものがテーマになっていた。人間はあらゆるものを変えることができる。その権能によりドラゴンすら人間化してしまった。今作は逆に、人間の不変を望む心理をシンスライフにより時間が止められるという形で描いた。滅亡は完成の帰結であり、滅亡なき完成はない。永遠の生命とは未完成の代物である。


    しかし、フチが出ないというのが最大の問題だ。彼の魔法の秋は終わってしまったから、以降歴史の舞台に出ることはないのは理解できるが、彼が無知なお陰でこの世界を理解できていた。フューチャーウォーカー世界は面白いことは間違いないが難解にもほどがある。おかげさまで続編の翻訳が出ませーーん!!

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