神前酔狂宴

著者 :
  • 河出書房新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309028088

作品紹介・あらすじ

金と愛と日本と神が、ひとつに交わるこの宴
狂乱の神前結婚パーティーが、いま始まる!
神社の披露宴会場で働く18歳のフリーター・浜野。披露宴の「茶番」を演じるうち、神社のまつる神が明治日本の〈軍神〉であることを知り……。
結婚、家族、そして日本という壮大な「茶番」を鮮やかに切り裂く、最注目の俊英による今年度最大の問題作!
■早くも話題、絶賛の声続々!
披露宴会場の仕事の細部を本物の現場感覚で見事に描きだし、結婚とは何かという普遍的な事柄とともに、神社や宗教を絡めてテーマを広げ、全部をうまく溶け込ませている。橋本治『草薙の剣』とも共通する、時代との独特の接し方。
――佐伯一麦(「群像」創作合評)
立ち位置なんて、決めたくない! 強い意志をもつ主人公浜野。相棒は、熱血青年の梶。正義を背負って参戦する、神道女子の倉地。
登場人物の葛藤が、なんともチャーミングな痛快作。古谷田奈月さんは、華燭の典の楽屋の壮絶な闘いをすべて書きつくされた。
?―石田千(「群像」創作合評)
従来の結婚式小説とは違い、神道それ自体を描き出し相当奥行きのある作品に仕上がっている。震災やオリンピック会場の建設などの時事的な事柄をも主人公の経験に沿って語る、一種の平成史小説。
?―陣野俊史(「群像」創作合評)
軽妙な語り口ですがすがしい読み心地。神社政治のメカニズムの扱いにも慣れた彼が、ライバル関係をうまくやり過ごし実現させるのは、全く新しいお一人様での結婚式。荒唐無稽のようでいて、意外と切なく、締まった結末。
?―阿部公彦(「共同通信」)
軍神も神社も架空のものだが、いかにもなリアリティがあり、ワリの良い仕事だからと軽い気持ちで働き始めた主人公を通して、読者は「天皇制」の「日本」の「社会」と「家族」の不可思議に対峙させられる。力作である。
?―佐々木敦(「東京新聞」)
右寄りの思想の空無な状態を戯画化し、それだけでなく、彼らの寄る辺なさに哀切を漂わせている。さらに現代の婚礼における差別主義をも暴く射程の広い物語。紛れもなく著者の代表作。
?―長瀬海(「週刊読書人」)

感想・レビュー・書評

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  • 若い人を主人公にして、一人称限定視点で語られているので、老人としてはなかなか入り込むことが難しかったのだが、そのうちに主人公が何にこだわりを抱き、何を自分の内側に入れることを峻拒しているのかが呑み込めて来ると、ああ、そういうことね、と理解できるようになった。この物語は、自分の世界を創り出すことのでき、そこではじめて息をする人間、安易に既成の世界に身を寄せ、いつの間にやら知らぬ間にそれと狎れ合い関係になってしまうことをしんから恐れる人間を描いた物語なのだ。

    十八歳の浜野は時給千二百円という高額につられ、一緒に面接を受けた同い年の梶とともに派遣社員として高堂会館という結婚式場のスタッフに雇われる。高堂会館というのは高堂神社の一部にあたる。明治の軍人、高堂伊太郎を祭神にした神社という設定は、東郷平八郎と彼を祭神とする東郷神社がモデル。同様に椚萬蔵(くぬぎまんぞう)は乃木希典、椚神社は、乃木神社のことだ。

    生まれも育ちも全くちがう別世界を生きてきた二人の青年が、切磋琢磨し、友情をはぐくんでいく。そこにやはり同い年の倉地という娘が登場し、互いに微妙な感情を抱きながら、一緒に仕事をする中で、成長をしてゆく。そう言えば聞こえはいいが、実は三人三様にどうにも譲れない部分があり、時にはその部分で衝突し、あるいは今まで気づいていなかった事実について思い知らされる、そのやりとりを三人の出会いから別れまでを見つめてゆく。

    浜野は、仮面夫婦を続ける両親から離れたくて、高校卒業後、生家のある松本を離れ、東京にあるシナリオスクールに通い出す。彼には、頭の中で物語を創り上げる癖があり、それを紙の上に吐き出さないと生きていけない。誰に見せるでもない。ただ、蚕が糸を吐いて自分の殻を紡ぐように、そうすることで自分の生を維持している。それは他人には理解しがたい生き方で、一人考え事に耽ってばかりいる浜野は周りからテキトーな人間と見られている。

    東京で一人暮らしをするために働き始めた浜野は、初めはクビにならない程度に働くテキトーなスタッフだった。それとは逆に梶はきちんとした仕事に就くことで苦労をかけた祖母を安心させてやりたいと一生懸命に働く。そんな二人は、ある日、結婚式の見積額のあまりにも高額なことを知り、驚き呆れる。キャンドル・サービスが一万円。自分たちの給料が全くの幻の中から生み出されていると知ったのだ。

    浜野には結婚式やそれを他人に披露する披露宴の意味が分からなかった、というよりも意味を見いだせなかった。ところが、それが全くの絵空事、虚飾であることが理解できた途端、俄かにやる気が出てきた。茶番であれ、喜劇であれ、それに参加するなら、目一杯真剣にやるべきだ。でないと面白くない。彼はその日を境に最も熱心なスタッフに変貌を遂げる。カサギという派遣会社は結果がすべて、社員の給料は実力次第で上がるシステムだ。二人は競い合うように仕事に励む。

    そんな折、出張奉仕に来ている倉地たち「椚さん」と高堂のスタッフとの間に不協和音が立つ。高度にシステム化され、戦場のような披露宴を受け持つ高堂のスタッフは、素人同然の「椚さん」がはっきり言って邪魔だった。梶の一言が火をつけ、高堂スタッフは露骨に椚ボイコットを始める。自分は加担しないものの浜野はそれに心を痛める。倉地もまた、椚のやる気のなさを感じていた。倉地は二人に、高堂のやり方を教わりながら、椚を変えてゆこうとする。浜野は、そんな倉地をモデルに、女戦士が戦いに挑むシナリオを描く。

    本作は披露宴を司るキャプテンに登りつめる浜野の活躍ぶりを描く「お仕事小説」でもある。初めは虚飾と思えた披露宴だったが、いつのまにか、完全にその渦中の人となった浜野の結婚というものに対する気構えのようなものが随所にキラキラと眩しく語られる、と同時に華やかな舞台の裏で繰り広げられる、戦場のような現場の様子もたっぷり味わうことができる。さらに、浜野たち高堂が育てた「椚さん」たちに高堂会館の式場が乗っ取られるようになるシビアな顛末まで。

    それと同時に神社や神事、神様というものを真正面から受け止める梶や倉地と、戦争で多くの人を殺した軍人を無邪気にあがめることに共感できない浜野との間に、少しずつひびが入り、やがてそれは対決や別離の要因となる。祖母に死なれて、弱みを見せる梶をもっと見てやれ、と話す倉地に、浜野は食ってかかる。他人のことをよく知ろうとせず、ずかずか入り込んでくるな、と。一度口火を切ると、浜野はそれまで口にしてこなかった「椚さん」に対する批判を倉地にぶつけ、決定的な別れが来る。

    倉地はもともと神道科の学生であり、右翼的な考え方になじんでいた。ところが、その日をきっかけに同性婚も挙行するという高堂会館への闘いを積極的に始める。死者との間をとりもつ、という神社の存在を梶もまた信じはじめ、それは次第に強いものになる。梶から見れば、両親揃っていて兄弟も帰る所もある浜野は羨ましい身分だ。ところが、浜野はそれを大事にしようとしないで、好き放題を言っているようにしか見えない。

    日本の若者の右傾化が止まらないのは、梶のように欠落を胸に抱いた者にありがちな不満ゆえだろうか。親孝行や結婚、家と家の結びつきといった習慣をよく吟味することなく当然視し、その内側にいる一部となることで安心し、それを当然視せず、違和感を持つ輩に対して批判する。浜野はリベラルでも左翼でもない。ただ、その物語をすんなりと呑み込めない。頭だけでなく体もそれを拒否する。なぜなら、彼の居場所は彼が創り出す世界を核としているからだ。そこで、自由に生きることが現実世界と折れ合うために必要なのだ。

    何ならそれを文学と読んでもいい。人を十把一からげにしないもの。異を唱える者を拒絶しないもの。自分と異なる他者と共に生きることを快く感じる、そういう世界がある。そして、そういう世界をよしとせず、みんなが同じ考えや感じ方、人種や血筋、といった共通点で繋がる社会を激しく拒否する。簡単にいえば、浜野はそういう世界に生きている。しかも、理屈ではなく、全身全霊でそれを生きている真っ最中だ。今風の意匠の中にどこか古風な人格形成小説風の骨格を隠した一篇。

  • 上京してシナリオ・スクールに通う浜野が割のいいからとバイトを始めたのが神社系会館の結婚披露宴スタッフ。
    目の回るような披露宴の舞台裏。
    似ているようで境遇の違う同僚たち。
    神社系だからと 形式的でもついてくるシキタリ。
    どういうわけか共存している他神社系のスタッフ。
    その中の深く神道に帰依する女性との経緯。
    やがて押し寄せる、スタッフ再編の大波............

    架空の神社系会館を舞台にはしているが 当然想起する会館で 近い親族が披露宴をしたばかり。
    また 披露宴スタッフはなかなかハードなバイト 全然メンツが定着しない舞台裏のドタバタもよく耳にした時期がある。

    そんな基礎知識も手伝って 出だしは面白く読めたんだが、椚の倉地女子がでてきたあたりからどうもリズムが悪い。
    要は 神とは何か?と深く考えるときに生じる感覚や考え方のズレ それを無視できない職場 というお題が盛り込まれているのだけれど 披露宴ドタバタのエピソードと 文章の店舗がチグハグ。

    そこに加えて 浜野の属する派遣会社の領分を 椚の倉地が奪う話が入ってきて さらにリズムが悪い。
    ひとえの文章力なんだろうなぁ.........
    急にわかりにくくなって淀むページが来るんだよね .....

    ネタは面白いのに なんだろうか 編集さんの手が入らず勢いだけで作品になっちゃった感じ。
    小川哲の『ゲームの王国』でも同じこと感じたな .....

    ただ、最後の変わった披露宴の主役を救った神社の軍神の素顔の話 からの浜野の信ずるもののくだりは好みでした。

  • 新鮮な文章とプロットになる若い作家さんの力作。会話もテンポもセンスも良く、主人公の心の奥底にある硬く縮こまった生命の傾向性にさえ目をつぶれば、爽やかな青年時代の挫折と再生の物語りとなる。では主人公の想いは、結局描きたかった主題は?うーん。でも文章はとっても軽快で素敵でした。

  • 最高。傑作だった。すばらしすぎて、今はこれだけ。感想は後日落ち着いたら書こう。やーやばいもの読んだ。すごくよかった。

  • 傑作。将来、自分はなんとなく結婚して、式や披露宴をやるんだろうなぁーと考えている人は全員読んでほしい。また、お仕事小説としても、ビルディングスロマンとしても。215ページの姉と浜野のやり取りは白眉で、何度も読み返す気がしている。

  • 週一は出勤前に散策する東郷神社⛩、明治神宮。小説は全く予想外の展開。確かに神前結婚式に結婚披露宴、何のために?古谷田さんの作品は初。

  • 確かに結婚式は訳のわからないお金が飛んでいく。ブーケトス一万、キャンドルサービス十万!

  • 宅配便の品名欄に唯一のメッセージを書く母がいい

  •  橋本治は、時代を背景に「普通の人」を書きましたが、この人は「職業」を背景に「普通の人」を描こうとしているところに好感を持ちました。

  • 初出 2019年「文藝」夏季号
    あっという間の単行本化

    初読みの作家さん。

    高校を出て東京のシナリオスクールに入った浜田は、派遣で神社の会館の宴会部に配属され、結婚式の裏方を勤める。同僚の梶と大金をかける結婚式のおかしさを笑い、誰にも見せないシナリオを書き続けるのだが、浜田は結婚や神社の意味を考えるようになり、そこで働くことに意義を感じてふたりとも中心スタッフに成長し、会社からも気に入られる。
    この高堂神社(東郷神社がモデル)の会館は大規模で、派遣会社からスタッフを入れているが、同じ明治の軍神を祭神とする椚神社(乃木神社がモデル)からも応援を受けている。神道系の学生などのボタンティアが主体でテキパキ動かない椚のスタッフに、倉地という女性が入って改革しを進め、人件費の安さで派遣会社を押しのけていく。
    高堂神社の宮司は同性婚も受け入れると表明し、それに反対する倉地ら椚の勢力は、高堂会館の乗っ取りを画し、倉地に想いを寄せる梶も椚に鞍替えしようとする。最後はお一人様の女性が自分の心と結婚するという結婚式を、浜田たちが2年越しで成功させる。
    本当に大切なものは何かを自由に考える浜田はの姿は面白いのだが、高堂会館はどうなっていくのだろう?

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著者プロフィール

1981年、千葉県我孫子市生まれ。2013年、「今年の贈り物」で第25回ファンタジーノベル大賞を受賞、『星の民のクリスマス』と改題して刊行。2017年、『リリース』で第30回三島由紀夫賞候補、第34回織田作之助賞受賞。2018年、「無限の玄」で第31回三島由紀夫賞受賞。「風下の朱」で第159回芥川龍之介賞候補。2019年、『神前酔狂宴』で第41回野間文芸新人賞受賞。その他の作品に『ジュンのための6つの小曲』、『望むのは』など。2022年8月、3年ぶりの新作長編『フィールダー』が刊行予定。

「2022年 『無限の玄/風下の朱』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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