信長は本当に天才だったのか (河出文庫 く 7-1)

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  • 河出書房新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (285ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309409771

感想・レビュー・書評

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  •  桶狭間の戦いは奇襲と言われてきたが実はそうではないらしい。

     そもそも信長が籠城戦に持ち込めなかったのは、籠城すれば家臣も周辺勢力も今川方に寝返る可能性が十分に考えられたから、信用できる子飼の兵だけで打って出るしかなかった。奇襲しようと思って出陣したわけではない。勝つには今川義元の本陣に斬りこむしか策はなく、その位置を掴むことが最重要だった。
     
     それでもって、確かに偶然なのか策敵の成果なのかわからないが、位置を突き止めた。桶狭間の地勢では大軍も陣列が伸びざるを得ず、本陣は討つには好都合の位置にあった。あとは突っ込むだけ。でもこれも一か八かの勝負にでただけなので、勝つという確信の行動ではない。本陣に着く前に斥候に発見され、多少でも足止めを食らえばそこで戦闘になり、信長は挟撃され死んでいただろう。


     幸運にも豪雨が信長に味方した。信長は敵本陣に斬り込むまで発見されなかった。義元は示威行動で敵を威嚇すれば、造反が相次ぎ織田は自壊するだろうくらいに舐めていたから、この攻撃は予期していなかった。虚を突かれた義元は討たれた。


     要するに著者の言い分は、信長が敵の斥候に発見されずに敵本陣に突っ込めたのは豪雨が味方したための幸運で、緻密な奇襲作戦ということではなく、窮地に陥った末に考えられた穴だらけの作戦だったということだ。


     戦の天才という信長のイメージは、桶狭間の鮮烈なデビューによるところが多いが、その後の美濃攻略には10年の歳月を要するし、姉川や三方が原では破れるしで、とても戦の天才とは言えない。軍師としての才は凡人並みだ。


     でも策師としての才は非情ゆえにあったようで、謀略は好んで使った。降伏すれば命は助けてやると言っておきながらほとんど殺した。親族でもかまわず殺した。戦国武将というよりは独裁者だ。
     一向宗や比叡山の戦では、その残忍性は顕著になり、非戦闘員の信徒を誰かれかまわず皆殺しにし、何万人もの人が虐殺された。普通の武人なら神仏の罰をおそれてそんなことはしないが、信長の場合、全く気にしない。神仏への誓詞だってことごとく反故にする。そういう非常識なところが強みでもあったのだろうが、恐怖で統率したツケは最期に払うことになり、光秀に討たれたあとは誰も織田家再興を掲げず、あっさりと滅亡した。本能寺の変を知った戦国武将や公家や寺社勢力は、おそらく誰もが「光秀よくやった!」と思ったことだろう。天下をとった秀吉も、報に接するやほくそ笑んだかもしれない。


     『鳴かぬなら殺してしまえホトトギス』と詠まれた信長。残忍性をよく表しているが、良いところも表している。信長の行動性だ。
     良くも悪くも信長は次々と手を打つ。常識に囚われない。天才だったかどうかはわからないが、このスピード感は強みだったに違いない。


     自分は信長のことはどちらかというと嫌いなので、読んでいて納得することは多かったが、好きな人はたぶん反論したくなるだろう。 反論できないほどの完璧な論拠でもないので、信長好きの人も読んでみる価値はあると思う。

  • 信長は天才ではなく努力家で失敗しても再度挑戦し家臣の批評を気にせず独自の道をいく。
    批判的に描かれているこの本は今までの信長像を打ち壊しているが納得できる分かりやすい説明で神格化した信長をイメージしていたが見事に打ち壊してくれた。
    確かに光秀の裏切り、長政の裏切り久秀の裏切りに気づけないのはおかしい。


    全然違う信長だったが面白く読めた。

  • ふむ

  • 本書は、「信長は決して天才ではなかった。軍の指揮能力は並で、大敗した戦いも多いし、将軍や禁裏に対する政策も右往左往している。旧体制のいくつかは破壊したが、その上に新しい近世像を描き出すことはできなかった。」としている。

    桶狭間の戦いの勝因は、「信長の「天才的戦略」ではなく偶然の豪雨」。索敵などの情報をうまく使うことができず、独断専行でミスが多く、部下から尊敬されずに自分の指揮能力にコンプレックスを抱いていた。狭量で狂気をはらんだ独裁者。

    信長軍は金で雇われた兵士主体なので忠誠心のない弱兵ばかりだったが、逆に負け戦ばかりでも金で兵力を補充することができたし、(農民兵ではないので)負け戦で国力が落ちることもなかった。

    信長は、譜代の家臣が少ないから人材を登用したが、厳しく峻別し、容赦なく切り捨てたから、忠誠心が育つはずもなく、孤立した信長は「武将の離反、謀反をおそれ、猜疑心を増し、家臣や使用人に対して過酷な仕打ちをするようになっ」た。

    本書の描く信長像は、とても府に落ちる。やはりそうだろうなあ、と思わせるものがある。このように解釈しないと、信長という人物を理解できない気がする。

    最終的には本能寺の変で討たれたとはいえ、このような狂気の人がのしあがり、権力を手中に収めることが出来たことに怖さを感じる。

  • 読んでおいて損はない

  • 桶狭間の戦いでの圧倒的に不利な兵力の差を覆した勝利。寺社勢力の不当な経済利益にメスを入れた、関所(関銭)の廃止や楽市・楽座。兵農分離や鉄砲の効果的な導入による兵制改革。寺社勢力、公家、将軍という既存勢力に依存しない国家観。実力主義の人材登用。そして天下統一の土台を築くなど、信長ファンならずともその業績を讃える人は多い。

    しかし、信長の武将としての能力や言動を批判的に捉えたのが本書である。わずか二千人の信長軍が奇襲して大軍の今川義元を破り「軍略の天才」と言われた桶狭間の戦も、たまたまの豪雨に助けられただけにすぎず、野戦において信長は失敗が多いと酷評する。また戦術家として信長の名を高めた長篠の戦いでも、三千丁の鉄砲の三段撃ちも武田騎馬軍団の突進などもなく、「戦術革命」などなかった。むしろ武田軍の敗北はその内情(穴山梅雪が決戦に消極的だったことなど)が原因だとする。

    しかし、信長の勝利を「運」だけで片づけるのは適切でないだろう。桶狭間の豪雨にしてもそれを味方につける閃きがあったのかも知れないし、長篠の合戦においても武田軍の内情を見通していたのかもしれないからだ。むしろ、数々の失敗を犯しながらも、天下統一を進めて行ったところに、信長を「天才」と評する理由があるように思う。例えば、司馬遼太郎は、桶狭間の成功は奇蹟だったことを信長自身は知っており、その成功を見習わなかったことに信長の凄さがある、と評しているのだ(『手掘り日本史』p.95)。

    また、著者は伊勢長島や越前での一向一揆戦などで、7~8万人を虐殺するという無慈悲な手法が「天才」にふさわしいかと疑問を投げかける。しかし天才は、時には理解しがたいことを行うものだ。チェーザレ・ロンブローゾは「天才は狂気だ」と言った。アルトゥル・ショーペンハウアーは「天才は平均的な知性よりは、むしろ狂気に近い」と言った。信長の「狂気」は「天才」の一端かもしれない。また信長は、鉄砲調達の必要性から種子島と係わりが強い法華宗(日蓮宗)との繋がりがあったとも考えられるから(本能寺は法華宗本門流の大本山)、一向一揆(浄土真宗)に対する虐殺は、宗教戦争の側面も否めないのではないだろうか。

    確かに、信長を「天才」または「革命児」として一方的に賛美する歴史家や小説家はいる。日本社会の閉塞感の中でリーダー不在の昨今では、特にその傾向が強い。しかし歴史上の人物から学ぶときには「顕彰」と「検証」の両面が必要である。これまで「顕彰」に偏りがちな信長の言動を批判的に捉えている本書は、歴史的事実には様々な捉え方があるという視座を与えてくれる。この点において、本書は価値があると言える。

  • 信長disというよりは信長天才論者dis本。信長公記を中心とした史書を用いて、天才と称され続けてる信長の実像にせまっています。ついでに信長を無責任にアゲる人たちに釘を刺し続けます。
    後者が楽しすぎたのか、史書よりも想像よりで反論している点がやや目につきますが、そうでない所はなかなかに面白い。信長の「狂気」に関する考察も、天才論に依らないが故の説得力を感じました。
    何かと評価の難しい信長という人物、多角的に読み解く上では良い一冊ではないでしょうか。

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著者プロフィール

横浜生まれ。明治大学卒業。ラジオ局に入社後、アナウンサー、ディレクターとして野球、ラグビー、サッカー等を取材。1989年度日本経済新聞・テレビ東京共催ビジネスストーリー大賞受賞。1992年度NHK「演芸台本コンクール」佳作入賞。2012年度東京千代田区主催ちよだ文学賞受賞。『信長は本当に天才だったのか』『プロ野球 誤審の真相』『プロ野球  球団フロントの戦い』『プロ野球 最高の投手は誰か』(以上、草思社)、『Jリーグ崩壊』(総合法令出版)、『小説安土城炎上』(PHP文庫)など多数。

「2017年 『文庫 戦国合戦 通説を覆す』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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