貨幣の複雑性

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  • Amazon.co.jp ・本 (250ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784423851012

作品紹介・あらすじ

今日の経済理論は「社会はただ一度だけ行動を起こす」という仮定の下に構築されている。このように経済学における時間は単純な形式をとるが、著者は刻々と生起する経済のダイナミズムをこのような時間の枠組みで分析することの限界を示し、複雑系の新しい手法と、開放系・知識・選択権・市場性・多様性・創発・自壊といった新たな概念を導入、方法と用語の両面にわたって経済理論の革新を試みる。貨幣の交換媒介機能に焦点を当て、貨幣が自生と崩壊を繰り返すメカニズムをコンピュータ・シミュレーションにより分析、貨幣現象の複雑な振舞いを明らかにする、創見に満ちた画期的業績。

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  • 創発、しくじり或いは不祥事     -2008.06.11記

    「暗黙知の次元」などの著書で知られるマイケル.ポランニー-Michael Polanyi、1891~1976-は、
    世界を単一レベルの原理で理解しうるという思想を拒否し、下位レベルの原理の内部からその原理によっては規定され得ない上位の原理の「創発」する階層的世界観を提出した。
    しかも、創発する上位の階層は原理的に下位の階層になかった新しい「不祥事」を生み出すと指摘する。
    生物に於いて、上位の原理はいずれも、そのすぐ下の原理によっては確定されない境界を制御する。
    上位の原理は、それがはたらくためには、下位の原理に依存し、そのさい下位の諸法則をやぶることはない。
    そして、上位の原理は論理的に下位の原理によって説明されえないので、上位の原理は、そのような下位の原理を通じてはたらくことから<しくじり>を犯す危険にさらされている。
    生命の発生は最初の創発である。
    それは、より高い原理をもつますます高等な形態の生命を生み出す、その後の進化の全段階にとっての原形である。-略-
    進化の結果、ますます包括的になる活動の系列は、ついに人間の出現をもたらすが、活動がより包括的になる段階ごとに、新しい<不祥事>が追加される。
    生物の成長能力は、それぞれの種に典型的な形態を生み出すが、その能力はまた奇形を生むかもしれない。
    生理学的機能は、機能不全やさらには致死性の諸病の危険にさらされている。
    知覚、欲求充足、学習には、過失という新しい不祥事がつけ加わる。
    そして最後に人間は、動物よりもはるかに広い範囲の過失にさらされているだけではなく、
    道徳意識をもつがゆえに、邪悪な存在になることも可能となったと見られるのである。

  • 2 貨幣という構造
    貨幣とは何か。マルクスによれば、「直接的交換可能性」という概念が出てくる。貨幣も商品の一形態であるが、市場のすべてのユーザーが欲する商品として特別の地位を占めている。
    筆者は、その「直接的交換可能性」を「選択権」の束と捉え直している。貨幣を持っていれば、自分の欲するあらゆるものとそれを交換できるが、任意の商品Aを持っていたとしても、必ずしもそれと自分が目的とする商品とを交換できるとは限らない。その点、貨幣は、任意の商品BでもCでも、その他ありとあらゆる商品とを交換してくれる選択肢をこちら側に用意してくれる、という意味で、まさしく選択権の束なのだ。

    3 貨幣の自成と自戒
    貨幣の生成は、自足自給の社会ではありえず、分業が始まる中で生じた相互作用、すなわち物々交換からまず起因する。そして分業が十分に発達して商品の多様性が豊富になり、物々交換ではもはや商品の交歓が実現しなくなったときに、貨幣を生成するに十分なほど「平衡」から遠くへだったったところに貨幣が生まれる。

    貨幣が出現しない以前では、他者のために生産活動を行っても好感が保証されない。それゆえ、貨幣以前に商品は存在せず、貨幣が出現して市場性を独占的に保有した瞬間に、市場性をはく奪された商品が同時に出現することになる。貨幣や特殊な商品なのではなく、貨幣と商品は一つの構造の別の側面に過ぎないのである。

    物々交換の困難、すなわち、自分たちの商品を相互に必要としあう当事者の組み合わせが全く存在しない状況に突入したときに、経済システムはストップする。ここでは財のみが存在し、商品はないことになる。
    そこで、各人が皆の受け取るものを受け取るという戦略を採用することによって、やがてある特定の商品のみが突出して受け取られることになっていく。そうすると、人々はもはやほかの商品をもってしてはそれを交換の媒介として受け取らなくなる。すなわち、貨幣への昇格だ。
    もっとも、貨幣を貨幣たらしめる市場性の高さは常に揺らいでいる。貨幣の残高は、貨幣供給主体が交換に応じた場合に増加し、他の主体が貨幣財を欲求してそれを消費するたびに減少する。たまたま大多数が貨幣財を大量消費してしまうと、貨幣残高が減少する。それは貨幣に対する需要の発生の機会を減少させ、市場性を低下させる。そして、ほとんどの主体が貨幣財の受け取りを拒否し、ついにはすべての主体が貨幣を貨幣とみなさなくなったときに、貨幣は崩壊する。
    貨幣はいつでもどこでもできたり壊れたりする。あっちでできでこっちで壊れ、壊れてはまたできる。多数人が継続的に交換しようとするところでは常に出現し、また壊れ、壊れてはまた生まれ、生まれては壊れ、壊れては生まれ・・・といつまでも繰り返す。

    貨幣と信用
    貨幣と信用は同じ交換媒介機能を持つ。が、これらは全く異なった期限と昨日を持つと考える。すなわち、貨幣は「皆の受け採るものを受け取る」という匿名の多数の他者の行為を模倣する戦略に、信用は「しっぺ返し」という固有名を持った個々の他者の行為を模倣する戦略にそれぞれ由来する。
    貨幣と信用の創り出す社会的パターンには大きな差がある。貨幣的交換戦略は中心を持った貨幣構造を作り出し、同時に不平等を生む。これに対し「しっぺ返し」戦略は中心のないネットワークを生み出し、その中で各主体は対等である。「しっぺ返し」戦略の支配する状態は「資本主義」とはいえ、一種の理想郷でもある。
    しかし、交換に参加する主体数が増えると、一定の取引回数の中で同じ相手と出会う確率が低くなり、「初めて出会った相手には気前よく相手の受容するものを無償譲渡する」ためのコストが高くなってしまう。さらに、商品の多様性が増えると滅多に消費しない財を専門的に生産する主体が出るはずだが、そういう主体にとって最初の一回目の負担はさらに大きくなる。そして、現実には主体数が大きくなると相手が前回にどうやったかを記憶しておくのが急速に困難となり、間違える確率が増える。
    故に、貨幣戦略が有利となり貨幣が信用にとって代わる。ネットワーク的で対等な関係は崩壊し、中心を持った貨幣構造が生じて不平等が生まれる。この場合、貨幣と信用の境界はあいまいになる。こうして両者が漠然と混同されるようになるのである。

    4 ハルモニアの頸飾り
    物々交換は貨幣なしに成立しない。
    物々交換はh宋任なしに成立しない。
    貨幣と商人の双対性。この双対性は貨幣と商人が交換の場面における知識の伝播・形成に果たす役割の等価であることを示唆する。

    5 貨幣の国際的価値と商品の多様性
    各国の貨幣価値の決定要因は、当該国内の財の多様性による。そして、一人当たりの財の多様性が貨幣価値にとって重要性を占める。経済発展は分業を深化させ、一人当たりの財の多様性を増大させる。

    為替相場は、各国の貨幣の量的購買力(どれだけ買えるか)と質的購買力(何が買えるか)を勘案して決定されていると考えられる。

  • 岩井克人が『貨幣論』のなかで「奇跡」としか論理的に言うことができなかった貨幣の「発生」についてシミュレーションを通じて「析出」が起こることを示したもの。最初に貨幣に選ばれるモノは偶然によるがそのあとはフィードバック機構が働いて自己強化されるという常識的な結論が実際に導かれるのは面白い。貨幣の「崩壊」や複数の貨幣が存在してもシステムが安定的になる(ドルとユーロ?)ことなども示されている点で岩井の問題意識を発展的に取り扱った好著ということが出来る。

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