コンピュータ科学者がめったに語らないこと

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  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784434036170

作品紹介・あらすじ

「コンピュータの神」と呼ばれる最高のコンピュータ科学者・クヌースがMITで語る信仰と超難問のソリューション。

感想・レビュー・書評

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  • いただきもの

  • 2024/01/31 読了 ★★★

  • コンピュータアルゴリズムの著名な研究者、組版システムTeXの開発者であるドナルド・エルビン・クヌース(Donald Ervin Knuth、1938/01/10-)が、宗教に関してMITで行った講義をまとめたもの。

    MITの学生新聞で「コンピュータの神が神について語る」と言う見出しで紹介された。

  • コンピュータ科学の巨匠、ドナルド・E・クヌースが、「神とコンピュータ科学」という講義を行った際の内容をまとめたもの。クヌースがコンピュータ科学的な思考を持つ者として、どのように宗教や美学などについて考えているか、考えていったかについて述べられている。(コンピュータ科学専攻)

    配架図書室:工2号館図書室
    請求記号:007:Kn8

    ◆東京大学附属図書館の所蔵情報はこちら
    https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_details/?reqCode=fromlist&lang=0&amode=11&bibid=2001904078&opkey=B147995716218346&start=1&totalnum=1&listnum=0&place=&list_disp=20&list_sort=6&cmode=0&chk_st=0&check=0

  • 筆者がMITで行った連続講義とパネルディスカッションをまとめた一冊。
    タイトルから誤解を受けそうだが、情報科学の本ではない。
    確かに筆者は神格化されるレベルのプログラマであり、情報科学者だが、本書には彼の宗教観が綴られている。
    半ばオカルトな面もあるが、宗教と自身の研究内容を紐付けて語る内容はなかなか興味深かった。

  • 世の中には、風変わりな本、というジャンルの本が存在する。例えば、数学者であり天文物理学者でもあるロジャー・ペンローズの「皇帝の心」や、デイヴィッド・チャーマーズの「意識する心」のような本がそれに入る。科学がどこまで意識の問題の答えに迫れるかという問いは、とても奥が深く議論全てに簡単についていけるものではないが、それはとてつもなく刺激的なテーマであり、また、信仰という問題の周辺すれすれのテーマでもあるので、必要以上に西洋人を熱くさせるのかも知れない。しかし、一般的に物事を疑ってかかる習性のある科学者が、逆に必要以上に触れまいとしているテーマが信仰であることも事実だろう。この本は、そんなテーマに取り組んだコンピュータ科学者の講演の記録である。

    クヌースと言えば、コンピュータ科学について素人である自分でも名前を聞いたことがあり、その昔、BASICがまだVisualでもQuickでもなかった頃、クヌースの薫陶を受けた林晴比古の「BASICによるプログラミング・スタイルブック―より良く、美しいプログラムを書くために」というタイトルの本を読み、逆上せてそのスタイルだけでも真似ようと一生懸命になったことも、クヌースという変わった名前とともに思い出される。「構造化プログラミング」というコンセプトもその時初めて知った。手元には「コンピュータの数学」(原題は、Concrete Mathematics) というクヌースが共著者になっている本もある。この本も離散系の数学やコンピュータでプログラムを書こうとしている人々にとって、一種のバイブルといえる本である。そんなコンピュータ科学の神がキリスト教の神について語るというのは、キリスト教徒ではない自分でも面白そうだと感じるのだから、キリスト教徒でありしかも科学者でもある人々にとっては物凄く感心のあるテーマだろう。

    全部で6回ある講演の前半では、クヌースが余暇の間にやり遂げた「3:16」というプロジェクトの紹介がされている。これは、聖書にある66文書の3章16節だけを取り出して、できる限り深く読みこもう、という多少突飛ではあるけれど信仰心のない科学者でも取り得る聖書へのアプローチ、とも受け取れるプロジェクトである。クヌースには逆に信仰心があるのだが、クヌースのプロジェクトに対する徹底ぶりを知るにつれ、改めてコンピュータ科学の神と呼ばれる人のすごさを認めない訳にはいかない。クヌースが単に知的好奇心を充たすためにこのプロジェクトに取り組んだのではないと知りつつ、そこかしこに見いだせる知的好奇心をくすぐる逸話だけでも十分にこの本は面白い。

    しかし、クヌースは信仰というものをはっきりと意識しており、単に面白いから調べてみた、というもの以上の成果を、プロジェクトの目的として意識していることが徐々に理解される。特に第4回の講演の後、クヌースの他に3人の科学者をパネラーに迎えて開かれたパネルディスカッションでの、神に関する議論は面白い。それは特に、創造主たる神が行った(と信じられている)「意識を持つ創造物=人間、の創造」という行為が、創造主に限定された行為か否か、あるいは、具体的にいって人工知能というものを人間が作り出せるか否か、を巡る議論である。まさにペンローズやチャーマースの取り組んでいる「意識」の問題だが、ここに神の行為の唯我性を見いだすべきなのかどうか、というのが実際にはこの議論のコアであることが見えてくる。議論の過程を見ていると、意識を作り出せると「信じるか」あるいは「信じないか」という議論が、なぜ単なる科学的論争という枠を越えて一神教の人々をこうも熱くさせるものなのか、解ってくるような気がするのだ。我々は何を知り得るのだろうか。またその先にあるものは、なぜ知り得ないのだろう、と考える能力を何故持っているのだろうか。それが神の意志、という具体的には証明し得ないことと深く結びついているのか否かという疑心と素朴な信仰の間の揺れ。そのような東洋人的宗教観からはちょっと想像し難い内容が後半には盛り込まれている。

    クヌースがとても信仰に篤い人であることは想像に難くないが、それでもこの本でクヌースが神のなせる業について言及している態度は、驚くほど控え目であり、また科学的である。3:16プロジェクトという、まかり間違えば数秘術的なところに結びつきそうなアプローチでも、あらゆるいかがわしさを排する態度が貫かれており、信仰に関して、あるいは発見されたことがらについての「高い所からなされる言明」のようなものは一切ない。その点、実際には多少看板に偽りあり、の感もなきにしもあらずなのだが、何故クヌースがそのような態度に終始したのかは、最終講演の最後になって明かされる。ジェームズ・ジーンズの言葉をまず引用してクヌースは説明する。「暫定的に出した各結論は、率直に言って、極めて推測的で不確かです。議論してきたのは、現在の科学が、おそらく人間の理解が永遠にとどかないように設定されている難しい問題について、何か言及することができるかどうかでした。しかし、せいぜい、非常にかすかな光を発見したとまでしか言うことができないでしょう。・・・むしろ、科学は公式見解をやめるべきだということになるはずです。」と切り出す。そしてこう付け加えるのだ。

     確かに独断的見解を発表することはやめるべきです。
     しかし、さらに学ぼうとすることをやめてしまってはなりません。

    つまるところ、科学者なら誰でも持っている、好奇心に対する性急性を、クヌースは信仰の問題には持ち込んではいけないと言っているのだ。実際には、科学のアプローチにすら持ち込んではいけないと言ってもいるのだろう。今の科学が知り得ることと、未来の科学が知るようになるかもしれないことには、0か1かというような問題を越えて、聖書の解釈をめぐっておこるような、「意図されていること」がそこにあるのかどうかを後の時代の人々がどのように知り得るのか、という難問も残されているだろう。何故なら、知ってしまった後では知らなかった時に人が何を考えていたのかは想像できないことがらになってしまうものだから。結局、クヌースはコンピュータ科学者らしく、インプットの問題がプログラムを走らせる上で最大の問題であることを見越している。ソフトウェアは意図されたインプットに対しては意図された動きを必ずするものである、という確信がそこにはあり、問題はインプットの性質をソフトウェアが完全に予測することができないことにある、と捉えているのである。我々自身のソフトウェアは、新たに発見される新しい知識=インプットに対して、どんな動きをするのか、それは予想のつかないことなのである。特に現在のように、まだソフトウェアの完全な解明がなされておらず、なおかつソフトウェアの周辺がぼやけているように見える現状では。それは「意識の問題」の暗黒時代とも呼ぶべき状況である。

    そんな科学教における信仰の闇というものに対するメッセージ、諦めてはいけないというメッセージ、それがクヌースの示そうとしていたもののようにも受け取れるのだった。

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