- Amazon.co.jp ・本 (287ページ)
- / ISBN・EAN: 9784480094834
作品紹介・あらすじ
鰹の刺身に芥子を添えて、鱧皮なますと、白和えで冷や酒を一献。鬼平が目を細め、梅安が舌鼓打った献立の数々。醤油などの調味料が完成し、流通網が整備された江戸時代に、日本料理は急激な発展を遂げる。加えて、大名家お抱え料理人らが料理心得本、レシピ集を多数刊行したことから、家庭でも、素材を生かしつつ小技をきかせた、粋な料理が作られるようになった。本書では、『豆腐百珍』『名飯部類』『黒白精味集』『素人庖丁』など、江戸時代に出版された数百冊の料理書から、当時愉しまれた献立約七十種と、その作り方を紹介する。江戸時代の料理屋名店ガイドなども収録。
感想・レビュー・書評
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資料として秀逸。
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・松本幸子「江戸料理読本」(ちくま学芸文庫)は書名通りの書である。江戸時代の料理書から「家庭で作ることの出来るもの」 (3頁「はじめに」)を選んでまとめたもので、ここには「作り方の難しい料理は含まれていない」(同前)といふ。元版には試作時のレシピと料理写真もあつたらしいが、本書では省かれてゐる。何しろ江戸時代のこと、レシピの分量は、いつもの通り、良きに計らへ式であるから、 客観的なものとはなり得ないといふ著者の考へからである。個人的には、それでも写真ぐらゐは載せてほしかつたと思ふ。日常的に料理をしてゐる人にはそんなもの不要かもしれないが、日常的にどころか、ほとんど料理をしない人間にはさういふものでもないと、その料理をなかなかイメージできないのである。
・本書は素材別になつてゐる。米料理に始まり、麺、魚介、肉、卵、豆腐、野菜……と続く。これらの前に「江戸料理入門」といふ一章があり、料理の心得、取り合はせ、材料、味付け、外観等についてまとめてある。心得の最初にあるのは「料理は一座の能のごとし」(18頁)と いふものである。献立が番組で素材が役者だとある。以下に続くのも、結局、料理は技術だけではないといふことであらう。「客の心をさとら ず、その座の諸躰を見とらずしては」(同前)不出来になるし、器に埃がついてゐたり、香の物が干からびてゐたりしては「甚不馳走なり」(同前)といふ。これらはもてなしの心といふのであらう、今でもそのまま通じさうである。かういふのは料理の基本中の基本、いつの時代も 変はらないものであらう。ところが素材となるとさうはいかない。肉料理の素材を見る。「猪獅子 鹿 狐 狼 熊 狸 獺 鼬 猫 山犬」 (103頁)と記すのは18世紀半ばの「名産諸色往来」である。これは江戸の売り物である。猪や鹿は当然として、狼肉まで売られてゐたのである。江戸初期でもさう変はらない。「鹿 狸 猪 兎 川うそ 熊 犬」(105頁)と「料理物語」にある。ここに牛、豚はないが、「庶民の間にも牛肉の美味は知られていたようである。」(106頁)とあるから、むしろ広く食されてゐたといふことであらうか。ただし、 食穢意識があつたし、「獣臭への嫌悪感は強かったらしい。」(同前)から、肉食に関しては愛憎半ばする感情とでもいふものであつたのかも しれない。これに反して「鳥類の肉はよく用いられた。」(同前)といふ。鶏は後のこと、初めは野鳥中心であつた。「乱獲によって野鳥が減 少すると、鶏の需要が多くなり」(107頁)といふから、相当に野鳥を食したらしい。これらから分かるのは、肉といふ料理素材から見る と、江戸と現代では大いにその事情が異なるといふことである。獣も鳥も野生を獲つて食つたために、その多様な内容には驚くべきものがあ る。それがここできちんと紹介されてゐると実におもしろいのだが、残念ながらさうではない。肉料理は牛豚鳥がほとんどで、最後に鯨が載るといふ程度である。例へば狼や獺をどのやうに食したのかなどといふことは、当世では正に不謹慎の謗りを免れないであらうが、当時はそこらにたくさんゐたのである、その身近な素材をいかに料理したか、これを知りたいと思ふ。しかし載らない。やはり、さういふ素材の料理が料理書にないからであらう。私の個人的な感覚からすれば、狼や獺がうまいとは思へない。実際はどうなのであらうか。かういふ残念な内容は肉料理だけであつたか。他は、今も使ふ素材で、料理法が異なつてゐたりするものが大体載る。それもまたおもしろい。だからこそ、独断と偏見の所産でも良い、筆者の試作の写真を見たいと思ふのである。