当事者は嘘をつく (単行本)

著者 :
  • 筑摩書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480843234

作品紹介・あらすじ

「私の話を信じてほしい」哲学研究者の著者は、傷を抱えて生きていくためにテキストと格闘する。自身の被害の経験を丸ごと描いた学術ノンフィクション。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「私の話を信じてほしい」
哲学研究者が、自身の被害経験を丸ごと描く。

性被害ほど定型的に語られてきたものはない。かねがねそれでは足りない、届かないという思いを抱いてきた。本書には、当事者と研究者、嘘かほんとうかをめぐって幾層にも考え抜き、苦しみ格闘したプロセスが描かれている。これこそ私が待っていた一冊である。――信田さよ子

ジャック・デリダ、ジュディス・ハーマン、田中美津、渡辺京二らのテキストを参照しつつ、新しい語りの型を差し出そうとする試み。

感想・レビュー・書評

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  • 【感想】
    本書を読む間、筆者の思考を辿るのに何度もページを往復した。それでも上手く掴み切れた自信はない。とても難解な一冊だった。
    本書を乱暴に要約すれば、レイプされ心身をボロボロに傷つけられ、絶望の底にいた筆者が、自分を語ることで「私」を取り戻していく物語である。しかし、取り戻した私はもう「レイプを受ける前」の自分ではない。どこか似て非なる「嘘」の自分がいる。彼女が自分を取り戻すまでの思考を、エッセイを通じて追体験していくのだが、語れども語れども、当事者としての自分と観察者としての自分の間に齟齬が起こり、語り得ぬ「空白地帯」が残っていく。

    筆者は、本書の中で「分かってもらえなさ」について強調する。その対象は、レイプの加害者と、筆者に寄り添ってくれるはずの「支援者」の両方に対してである。

    筆者がレイプされたのは19歳のときだ。その後数年にわたってフラッシュバックに襲われた筆者は、この症状を治療するべく加害者と対話することを決意する。相手の男に電話し、自分の思いを訴えた。彼は「わかってる、悪かったと思っている」と答えた。

    しかし、男はそんな謝罪はどこ吹く風で、すぐに話題を変えた。
    「前に論文賞とったらしいな。新聞に載ってたよ。お前すげえなあ」

    そのまま電話を終えたものの、そのあまりの軽薄さに衝撃を覚えてしまう。男はわざと向き合おうとしなかったのではない。筆者の話が本当に理解できていなかったのだ。

    またある時、公開シンポジウムに参加した支援者に、同じく「分かってもらえない」怒りを覚えてしまう。
    そのシンポジウムでは、性暴力被害者がパネリストとして登壇し、被害経験を語っていた。その被害者は言葉に詰まり、うまく話せなくなってしまった。そのとき、隣にいたフェミニストであり、DVや性暴力の被害者支援を専門とするカウンセラーがこう言った。

    「みなさん、被害者っていうのは、こんなふうに話せなくなってしまうことがあります。だから、私たちが隣にいて、解説する必要があるんですよ」

    フロアの参加者の多くは「うんうん」と頷いていた。だが、筆者は顔が紅潮し、血が沸騰するような怒りで爆発寸前だったという。「私たちは見世物ではない」という激しい怒りが頭の中で渦巻いていたのだ。

    当事者でない者が語る言葉というのは、あくまで「第三者目線」であり、どうしても宙に浮いてしまう。彼女たちを一生懸命「回復」させようとしてくる支援者たちに、筆者は「回収され、秘められている生命力を奪われていく」と感じていたらしい。そして被害者たちの語りを一種の「教訓」として知識化することに、無責任さと浅薄さを覚えてしまうのだ。

    こうした体験から筆者は決断する。
    「支援者に、当事者の世界を理解させねばならない」
    それが筆者を研究の道に突き動かした理由だった。

    しかしながら、話はここで終わらない。筆者自身が水俣病研究のために水俣を訪れた際、「当事者ではない研究者」として、当事者との関係に悩むこととなったのだ。
    ――――――――――――――――――――
    筆者は本書のなかでずっと、「自分の立場」について揺れている。最後の最後まで当事者と研究者としての立場を明確に分け、「自分は今どちらに立っているか」をメタ的視点で分析している。そうした複雑な視点の中で、性暴力被害の語りと研究対象へのアプローチを記していくのだが、研究者であることと当事者であることの矛盾性が常に頭から離れない。

    だから、筆者は右往左往する。理性、感情、事実、思い込み、嘘、真実、支援者、当事者。あらゆる立場とあらゆる思考を網羅しようする筆者の試みは、真っ暗で出口の無い迷路を行ったり来たりするかのようだ。ゴールにたどり着く方法は、ただ自分の状況を克明に記録し、「物語を語る」というアプローチでしかなし得なかった。

    繰り返すが、本書は難しい。被害者であるはずの筆者が、自分に寄り添ってくれるはずの支援者と闘う。同時に、水俣病という専門外のフィールドに入っていき、非当事者の目線から「赦し」を論ずる。読む人によっては「結局何が言いたいんだ?」と思えてしまうかもしれない。
    だが、自分には深く映った。そうした理解の難しい、「語り得ない空洞」を記録しようとするからこそ、見つけ出せるものがきっとあるはずだ。
    ――――――――――――――――――――

    【まとめ】
    1 当事者の告白
    私は19歳のときにレイプされた。性暴力被害者であること自体は、私にとって大きな問題ではない。
    ただ、私は「研究者」になってしまった。私は修復的司法 Restorative Justice の 研究をしている。修復的司法とは、1970年代に欧米を中心に広まった紛争解決のアプローチである。従来の刑事司法では、国家が犯罪者を処罰することで問題を解決しようとするのに対して、修復的司法では被害者と加害者の対話を中心に置いて問題解決を目指す。私は10年以上この修復的司法を研究し、本を出版し、人前で講演をしてきた。

    私は被害者だから加害者との対話に興味を持った。
    その、とても自然で当たり前のことが、私には言えなかった。
    「加害者と対話することを望む被害者」
    私は、そのようなラベルを貼り付けられることに耐えられなかった。なぜならば、私のサバイバルの経験と修復的司法との研究の繋がりは、そんな単純なものではないからだ。

    代わりに、これまで私は研究に至った経緯をこんなテンプレートで語ってきた。「私は性暴力被害者の支援活動に参加していました。私は心理職ではないので専門的な支援はできませんでしたが、サバイバーとの出会いが私の研究の出発点です」

    私は嘘をついてきた。自分自身の経験を隠し、観察者、研究者として被害者の声を聞こうとした。そろそろ本当のことを語りたいと思い言葉を紡ぐが、うまく語りきれない。「あれは語らなかった」「こんな言葉では表現できていない」という自責の念にかられる。
    たとえ、本当のことを語ろうとしても、私は嘘をつくことから逃れられない。これを、この本のスタート地点としたい。


    2 研究者と当事者の狭間で
    性暴力研究を始めると、研究者がかならず直面する問題がある。当事者の「私は被害を受けた」という言葉の真偽をどのように確認するのか。要するに、周囲の研究者から「当事者は嘘をついているのではないか」と問われるのである。
    ロフタスの研究のとおり、人間の脳はエラーを起こすことがある。実際に体験したと思った記憶が実は過去には存在しなかったということはあり得る。しかし、誤った記憶の問題があるからといって、性暴力被害者の言葉をすべて嘘であると片付けることはできない。

    性暴力には証拠や目撃証言がほとんどなく、まわりにいる人たちが「当事者は嘘をついていない」と信じることが、性暴力の事実を本人以外が承認する唯一の方法になる。
    一方で、現行の刑法においては、性犯罪を立証するためには、明確な暴行または脅迫があったことの証拠が必要である。つまり、明らかな身体的暴力や第三者から見てもわかりやすい脅迫行為がなければ、被害者は性行為に合意したとみなされる。

    このことから、私は研究の上で、「性被害が本当にあったかの確認」「性暴力の加害者の告発」を目指してはいない。あくまで性暴力被害の苦しみを捉え、サバイバーの心理的状態の研究に重きを置く。そのため、当事者の証言の真偽を尋ねられた際は「そこは私の研究の論点ではない」と答えている。

    一方で、「当事者は嘘をついているのでは?」と聞かれたとき、私はいつも心の中では動揺していた。自身が受けた性被害について、鮮明な記憶はあるものの、「私は嘘をついているのではないか」という不安にさいなまれていたからだ。
    レイプを受けたときの状況について、
    ・思い出せない点がある(解離と記憶の再編集)
    ・意識的に都合の悪い箇所を、自分を利するように削除している
    ・記憶の改変や捏造を行っている
    ・いくら真実を書こうとしても、書けた気がしない(記憶の想起によって示すことに限界がある)
    のだ。

    私の証言を信じられないのは、私自身である。
    「当事者は嘘をついているのではないですか」。そう聞かれて、私が動揺するのは、身に覚えがあるからだ。私は嘘をついているかもしれない。しかし、なぜ、私は嘘をつくことに怯えるのだろうか。
    なぜならば、私にとって性暴力被害を受けたという記憶は、自分の人生の根幹に関わるからだ。私の人生は、被害以降にまったく別のものになってしまった。19歳までの「私」と、今の「私」は切り離され、別人のようだ。性暴力によって私が失ったものは、純潔でも無垢さでもない。かつてあったはずの「私」である。それ以降の私は、性暴力の体験を源泉にして生み出されてきた。性暴力の記憶なしに、今の私は存在し得ない。

    だからこそ、私は自分の記憶が誤りであることに恐怖する。性暴力被害の記憶が嘘であることは、今ここにいる「私」の存在の否定であるのだ。


    3 フラッシュバック
    私自身は、性暴力の被害直後から数年にわたり、一刻も早く加害者のことを忘れようと努めてきた。しかし、気持ちとは裏腹に、突然のフラッシュバックにより、むりやり性行為をさせられている場面が再生され、忘れることはどうしてもできなかった。精神科を受けるも状況は悪化し続け、些細なことで泣いたり笑ったりし、感情が勝手に爆発して暴走したりした。

    私は、知人から彼の電話番号を聞き出した。私は自分の思いを訴えた。彼は「わかってる、悪かったと思っている」と答えた。私は「すべて赦す」と彼に伝えたものの、彼は私の話や私が抱えた痛みの深刻さについて、理解できていないままだった。

    私は彼との会話を、医師に正直に話した。しかし、医師はこう言ったのだ。
    「ああ、そんなことはどうでもいいですよ。よくあることだから」「早く忘れてしまいなさい」
    彼の顔もまた、私の記憶に焼き付いている。
    医師も、彼も、理解していない。
    私は、語ることに失敗したのだ。


    4 自助グループ
    私を回復に導いたのは自助グループだった。
    自助グループの目的は「自分の経験を語り、他者の語りを聞くことで、性被害を受けた人の経験を自己に重ねていく」ことにある。
    性暴力の自助グループでは、それぞれの経験や置かれている状況は異なっている。それにもかかわらず、誰かの語る経験の中の細部に、思わぬ形で自分の経験と共通するものを見出してしまうことがある。
    そういうとき、私はいつも胸の奥が震え出すような感覚を持つ。ある経験を語っている人の言葉だけではなく、その人の見た景色や味わった感覚が、直接流れ込ん でくる。こうした誰かの語りに対する自己の動揺を「共振」と呼んだりする。

    その強烈な感覚が自分を揺さぶり、「あのひとは仲間だ」という想いが体の奥から突き上げてくる。 勝手に目から涙が溢れ出し、鳴咽が堪えられなくなる。その共振が、自分の中に埋め込まれたトラウマを熱で溶かしてくれるような感覚も湧いてくる。相手と自分との境目が曖昧になり、その人の語りを聞きながら、自分の話のようだと感じることすらある。
    臨床心理学では、カウンセラーがこのような共振を起こすことを戒められることもあるようだ。しかしながら、私は自助グループでは積極的に共振し、同一化していくなかで、孤独だった自己から解放されていった。

    私が必要としていたのは、「回復の物語」だった。私が当時作りあげた物語はこうだ。

    ――私は19歳のときに暴力の被害に遭いました。その後、トラウマに苦しみ、死を考えるほど追い詰められていました。でも、自助グループにであって、自分の経験を仲間たちを分かち合うなかで、回復することができました。それから、私はもっと暴力の問題を追求したいと考え、大学院に進学しました。いまは研究者として活動しています。

    今となっては、この「回復の物語」は私の事実を述べているにすぎない。だが、私にとってこの物語は、願望であり、懐にしまったお守りだった。
    注意してほしいことは、「真実」より先に「物語」がここにはあったことだ。研究者を志したきっかけである、訳知り顔の精神科医の論文にムカついたこと、そして自助グループとは別の医者に投げかけられた心無い態度のこと。心を深く傷つけられ、今でも眼の前に蘇ってくる体験について、ここでは語られていない。

    つまり、私は現実にはならない「夢」、もっと言ってしまえば「嘘」を語ることで生き延びようとしていた。
    私の身に起きたことの事実の列挙ではなく、ほかの被害者の語りを織り交ぜた、未来に向かって歩き出せるような夢を胸にしまって生きてきた。だから、私が自分を語ろうとするとき、いつも混ざりものが入っている。純粋な「私」という存在の過去に起きた真実は、もうわからなくなってしまった。それが、私が生き延びるための技法だった。


    5 支援者との対峙
    当時の私は、支援者たちの言動のひとつひとつに取り乱し、傷ついていた。
    ある公開シンポジウムでは、性暴力被害者がパネリストとして登壇し、被害経験を語っていた。その被害者は言葉につまり、うまく話せなくなってしまった。そのとき、隣にいたフェミニストであり、DVや性暴力の被害者支援を専門とするカウンセラーがこう言った。

    「みなさん、被害者っていうのは、こんなふうに話せなくなってしまうことがあります。だから、私たちが隣にいて、解説する必要があるんですよ」

    フロアの参加者の多くは「うんうん」と頷いていた。だが、私は顔が紅潮し、血が沸騰するような怒りで爆発寸前だった。「私たちは見世物ではない」という激しい怒りが頭の中で渦巻いていた。

    当事者にとって、被害経験を語る重圧は「第三者」の理解の及ぶところではない。そのことは支援者も知っているはずである。それなのに、あえて登壇させ、自分は隣で冷静に客観的に専門家としてコメントしている。その支援者の態度がゆるせなかったのだ。

    「支援する者/される者」という関係は、支援者の意図によっては差別と支配の構造を生みうる。支援者に対しては冷静な態度で望まなければならない。

    ハーマンはトラウマの克服について、「回復の第一原則はサバイバーのエンパワメントであり、本人以外の人々は、アドバイス、サポート、助力、思いやり、ケアを提供することはできるが、治療することはできない」と語る。支援者が被害者をコントロールするのではなく、被害者が自分の行動をコントロールすることを手助けしなければならないのだ。

    なぜ、私は当事者としての活動だけではなく、研究することを望み、支援者たちと闘っていこうとするのか。
    私の腹の底には、支援者に対する「わかってほしい」という心がある。だからこそ、私は「わかってくれない支援者」の言葉に逐一、とり乱し、傷つき、 怒り、反論しようとしているのだ。
    しかし、かれらにわかりやすい言葉で経験を共有しようとすれば、当事者の語りの本質は失われると、直感的に理解している。その傷つきやすく、混乱している私に向けられる、支援者の善意のやさしさや愛情こそが、私(たち)の言葉を「回復」の言説に回収し、もともと秘められていた生命力を奪っていく。支援者に「わ かってほしい」と思っているかぎり、私の目指す道は拓かれることがない。
    だからこそ、愛情深く優秀で真摯な支援者たちに背を向けなければならないのだ。「良き支援者」の協力の誘いこそが当事者の言葉の力を奪うのであり、形骸化した「当事者の語り」はかれらの知の体系に埋め込まれる。私は「わかってほしい」という心を捨てて、当事者として支援者と闘わねばならない。

    これらの経験をもとに私が理解したことは、「私の研究において、当事者であることは本質的な問題ではない」ということだった。

    私の内部から発生した「赦しとはなにか」という問いや、修復的司法への関心は間違いなく暴力の経験に結びついている。しかしながら、それは私の個人的な経験を超えた、研究の世界に繋がっている。それにもかかわらず、私が当事者と名乗るかどうかにひどく悩まされるのは、私の内的問題や研究課題が原因ではない。自分が日本で置かれている環境が原因だった。
    単純な話だった。私が日本で痛切に支援者に「わかってほしい」と思ってしまうのは、かれらが「わかってない」からである。支援者が「わかっている」のであれば、そもそも私の「わかってほしい」という葛藤も生まれない。そんな葛藤が生まれてくること自体が不当なのだ。そう自分のなかで腑に落ちたとき、私はもう迷わなかった。

    「支援者に、当事者の世界を理解させねばならない」
    それが私を研究の道に突き動かした。


    6 当事者ではない分野で
    私は2015年に水俣を訪問し、水俣病の研究を行った。
    私が困惑したのは、自分自身がまったく水俣病患者の苦しみを理解できないことだった。もちろん、劇症性患者の苦悶に満ちた闘病や死、貧困、胎児性水俣病患者とその後の暮らしの困難を、写真を交えながら克明に描き出す文献を読めば、怒りや悲しみの感情が湧くし、「こんなことは二度とあってはいけない」と強く思う。ただ、そこで「教訓」を得ようとする自分には違和感があった。
    私は性暴力被害のフィールドと異なり、他人事としてしか、水俣病を捉えられなかったのである。

    水俣に来て、研究者として支援者に関わるようになって、私はかれらを人間として捉えようと試み始めた。つまり、自分の延長線上にいる理解可能な存在として支援者を見ようとしたのである。そうすることは、私にとって裏切りの感覚を伴うものであった。もしかすると、水俣病の患者さんやずっと地域で暮らしてきた人びとにとって、このように研究者と支援者が結託することは脅威ではないか。
    私はいつも当事者のほうを向いて研究をしようと思ってきた。それなのに支援者との繋がりを深めてもよいのだろうか。それは、研究者の倫理ではなく、当事者と生きてきた私の実存、魂の問題だった。

    私にとっては、加害者を赦すことよりも、支援者や研究者を赦すことのほうが難しい。ただ、それが「不可能ではない」ことを知ること。それだけでも世界の見え方は十分に変わる。

    「あなたにはわからない」もまた、「わかってほしい」の裏返しで、相手に対する期待である。「当事者」は、「当事者でない人」に対する、その期待を捨てていくことで、生き延びていくのかもしれない。

  • 〔週刊 本の発見〕『当事者は嘘をつく』(小松原織香 著)レイバーネット
    http://www.labornetjp.org/news/2022/hon249

    哲学研究者が、自身の被害経験を丸ごと描く『当事者は噓をつく』|じんぶん堂
    https://book.asahi.com/jinbun/article/14575864

    当事者+支援者というID|Shiori|note
    https://note.com/shiorinohanashi/n/na01239bef510

    Orika Komatsubara(小松原織香)
    https://orikakom.com

    筑摩書房 当事者は嘘をつく / 小松原 織香 著
    https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480843234/

    • 猫丸(nyancomaru)さん

      生き延びるための物語 哲学研究者・小松原織香 - こころの時代〜宗教・人生〜 - NHK(初回放送日:2023年1月29日)
      https:...

      生き延びるための物語 哲学研究者・小松原織香 - こころの時代〜宗教・人生〜 - NHK(初回放送日:2023年1月29日)
      https://www.nhk.jp/p/ts/X83KJR6973/episode/te/R7KKJLX2M7/
      2024/04/27
  • ショッキングなタイトルだ。性暴力被害をうったえる者は、必ずと言っていいほど「嘘を言っているのではないか」という疑いにさらされる。だからこそフェミニズムの運動は、まず被害者の言葉をそのまま受け止めることを何より重視してきた。だのに当事者が、自らの語りを疑っているというのだから。
    著者にとって性暴力被害とは、「わたしは真実を述べる者である」と言いうるような語る主体の枠組みを崩壊させるような経験としてあった。それを著者は「思考の海で溺れていた」とも表現している。言葉をまとめあげて自らの語りにするような枠組みが崩壊してしまった状態、といえるのだろうか。そして、そのような激しい苦痛のただ中においてのみ可能なものが「赦し」なのだと。
    あまりにも直観に反する議論にも聞こえる。正直、デリダの議論も、著者の主著もまだちゃんと読めていないわたしには判断が難しいのだが。それでも著者にとってデリダが提示した「赦し」の可能性は、たとえ実際の加害者にはまったく届かないものであったとしても、むしろだからこそ、その後の研究の原動力になっていったという。
    だがその道はストレートではない。むしろ難解な「赦し」論以上に、本書でとても興味を惹かれたのは、いったんばらばらになってしまった「わたし」が語るための枠組みを取り戻す助けとなったのが、自助グループにおける「わたしたち」のための「回復の物語」だったということだ。「わたし」の固有の経験を語ろうとすることを放棄し、「わたしたち」のための、ある意味では型にはまったストーリーをともに作りだすことが、自分自身が生き延びるために必要な物語を作る方法であったのだというのである。人が生きるためには、「わたしの物語」といえるようなものが必要なのだ。それが「真実」であろうとなかろうと。本書を読んで、もっとも深く心に残ったのは、このことだった。
    そしてもうひとつの重要な点が、支援者や研究者に対する著者の怒りである。引用されているマツウラマムコの論文が指摘するように、被害者を無力化する支援者の傲慢は、わたし自身、性暴力被害者支援の末端に少しだけ関わっていたこともあるから、そういう面があることを知ってはいた。しかし、その暴力性の本質について、自らを開示することなく、当事者にかわって性暴力や被害者について「真実を語る」ことができる自分たちの特権性を疑わない、その主体性の位置にあるということを、あらためて考えさせられる。
    被害者が共同作業を通して創り出す「回復の物語」に対して、著者は、支援者たちが支配する語りを「回復の言説」と呼んで区別している。首尾一貫した後者の言説は、「取り乱し」混乱する当事者が語ろうとする力をふたたび奪いとってしまうからこそ、拒否されねばならないのだ。
    そのように考える著者もまた、自らが研究者となり、また当事者とはいえない水俣病の問題に関わっていくなかで、自分が「わからない」非当事者でもあるということとの折り合いをつけていくことになる。
    他者の語りを奪い取ってしまいかねない支援者や研究者の特権は、たぶん究極的には、研究者だけの問題ではないとも思う。取り乱して首尾一貫した語りのできない位置からの「あなたにはわからない」という絶望/切望を「わたし」は聞けているのか、自分の取り乱しを受け入れられるのか。著者の勇敢な自己開示に問いかけられる。

  • 証言台に立ったその瞬間から、徹底的な自己懐疑が始まる

  • 腑に落ちるような落ちないような。たぶん、私は基本スタンスとして「真実か嘘か」ではなく「どう語ったか」を重視したいと考えているし、当事者という言葉自体学術研究上の記号であってそれが本人にとってどうあるかは別次元の話だと捉えているからだろうな。
    自身の暴力性・権力性を認識するというのは研究やら支援やらに関わるのであれば必要だと思うけど、そこを「おこがましさ」とか「罪悪感」とかの綺麗な言葉にしていいんだろうかという思いはある。というか昔読んだ民俗学研究の論文にそういう話あったような。

    当事者であり研究者である人がカムアウトすべきかという問題はまだ自分の中で整理できてない。当事者であることを隠して研究をするのは卑怯かという問いであれば、研究者としての暴力性を認識して引き受けているならええんちゃうのとは思う。
    当事者であることをカムアウトすることによるバイアスとか研究者である人格に被害者性を帯びることであれば、一研究者として書いた論文に対して「あなたは当事者だから」という側と闘うなり受け容れるなりする気力があるなら、って感じかな。正直、そういうこと言う人におもしろい研究者いないイメージなので相手せんくてもと思っているけど、そのことによって傷つくことは弱さではないので、耐えろというつもりもない。ただ、当事者であることを明かした上で論ずるなら、当事者性と研究者の暴力性を両方自覚して書かなきゃいけないからその分難しくはなるよね、と思う。どちらかだけで書くほうが、遥かに楽に書けるとは思う。

    自分自身が当事者であることを明かした上で研究をするべきか、という話を昔某研究者と話した記憶をうっすら思い出した。たしか、結論は、明かすも明かさないも戦術、だった気がする。
    明かす痛みも明かさない痛みもあって、それはすべて個人である本人が負うしかないというのが少なくとも今の日本の現状。それが社会構造的な問題であるということはまた別の話。

  • 「当事者は嘘をつく」という題で書かれた本だが、こんなに嘘のない本はない。
    当事者が語る言葉だろうがなんであろうが、事実の再現は不可能だという大きな壁に著者が一人で責任を負い、その葛藤をそのまま、いかに嘘をつかずに書くか、七転八倒しながら自分に誠実であろうとしている。

    読みやすい文体だが、著者がそうやって全身全霊でぶつかってくるので、読むのは苦しく重く、ぐったりする。

    読み終わった後、これを書くメリットも大きいだろうが、デメリットもまた少なからずあるだろうと思った。もしできるなら、それらから、この著者を守りたいような気になった。そんな必要は無いのは承知の上で。

    ノルウェーでの、支援者が「わかっている」という経験をした著者がこう思うくだり。
    「私がこの国に生まれていたら。オスロのメディエーションセンターに駆け込んでいたら。かれらは私の加害者と話したいという気持ちを理解し、どうすれば対話が可能であるか一緒に考えてくれただろう。もし対話が不可能だったとしても、その悔しさをわかちあってくれただろう。彼を赦しても、赦さなくても、その話を聞いてくれただろう。そうしてくれる人がいるだけで、十分だったのに。」
    「単純な話だった。私が日本で痛切に支援者に『わかってほしい』と思ってしまうのは、かれらが「わかってない」からである。支援者が『わかっている』のであれば、そもそも私の『わかってほしい』という葛藤も生まれない」
    彼女の苦しみの何割かは、この日本に生まれたことにある。日本に生まれた女性としてここは著者に共振した。

    そして、水俣に研究を移した著者は、初めて当事者であることから離れる。
    そこで、当事者以外が全部のことを知るのは無理だ、という当たり前のことに気づく。
    「『あなたはわからない』もまた、『わかってほしい』の裏返しで、相手に対する期待である。『当事者』は『当事者でない人』に対する、その期待を捨てていくことで、生き延びていくのかもしれない。」

    水俣は奥深い。水俣だからこそ、著者に教えることができたのではないか。他の研究では、こうはいかなかったと思う。

    ところで、読書をする中で、こうやって水俣が浮上することがある。こういう形で。その度、石牟礼道子の存在が浮かび上がる。
    水俣は何なんだ?
    水俣で何があったのか、どういう支援と研究がそこにあったのか。
    もしかして最もあるべき理想の人間の在り方が存在したところなのかもしれない。「赦し」が果たしてそこにはあったのか。
    「魂込め」(まぶいごめ)の風習は沖縄だけでなく、水俣にもあるということを初めて知った。これもまた、「赦し」に限りなく近いところにある心性なのかもしれない。
    今回もまた、著者の軌跡から、水俣に近づいたように思う。

  • はじめに。からすごい本読んでるかもと震える。
    わたしの中で、ずっとずっと持て余している感情があって、その感情は悪い方向に進んでるなって思ってるんだけど、それを堰き止めてくれた感じの本。
    上間先生もそうだけど、自分のライフストーリーかけるのすごいなぁ…、どれくらい時間をかけたらこうなれるのかなぁとひとり泣く。

  • 響きすぎて、読み終えてからしばらくの間、言葉が出てこなくなりました。
    「共振」が起きていたのだろう、と思います。

    「人間の記憶は、秩序と混沌の両方があることで完全になる」という言葉に深く納得しました。
    言葉にできることと、言葉にならないもの。どちらもあっていいし、どちらもあるのが人間なのだ、と受け取りました。

    「弱さの源泉はどこにあるのか」を探っていく、という問いに、「その観点はなかった!」と新鮮な気持ちになりました。安心安全が確保された場でないと探りにくいものですが、それを知ることができれば、自分の身を守りやすくなるだろうと感じました。

    先輩や同僚のお話を聴いているような親しみや、読者への思いやりを感じる一冊でした。

  • 読む人を選ぶ書だと思うし、自分には合わなかった。人によっては著者の考えや行動の何一つに共感できないかもしれないし、修復的司法そのものにも加害者を被害者と関わらせることは多重加害にしかならないのでは、と不信感や嫌悪感すら覚えるかもしれない。
    本書は著者の体験談と思考の変遷の「自分語り(p.198)」であり、研究で分かった成果の記述でもないし、多くの人が読んで楽しくなったり、希望を見出したりできるエッセイでもない。著者が「自分はそう感じた」ことなので当然明確なエビデンスはなく納得感は薄い。

    一方で性暴力(≠性犯罪)被害当事者であり、それを大きな転換点として修復的司法の研究者となった立場の人の語りは興味深い。
    また、有名な暴行脅迫要件への指摘にとどまらず、「性犯罪」と「性暴力」の違いを指摘した点、さらに2020年度の内閣府調査では無理やり性交された男女で警察に相談したのは5.6%で殆どの被害者が刑事司法制度にアクセスすらしていないという指摘をした第一章は重要だと思う。

    何より本来、人による、複雑すぎる、もはや言語化不可能なサバイバーの体験と思考を深く考察し文章化するという試みの意義や、今まで「自分の物語」に出会えなかった特定の人の前例と救いになる可能性を感じた。
    こういったテキストを見る機会が今後増えれば読みたいとも思う。

  • 新しい語りの形。

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著者プロフィール

学術振興会特別研究員PD(関西大学)。2017年、『性暴力と修復的司法』(ジェンダー法学会奨励賞)出版。論文「野生の声を聴く」(『早稲田文学2020夏)など。

「2022年 『当事者は嘘をつく』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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