慟哭は聴こえない: デフ・ヴォイス (創元推理文庫 M ま 3-2)

著者 :
  • 東京創元社
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  • Amazon.co.jp ・本 (298ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488422226

作品紹介・あらすじ

ろう者の妊婦から医療通訳の依頼を、埼玉県の派遣センター経由で受けた手話通訳士・荒井尚人。専門知識の必要な医療通訳、しかも産婦人科であることに苦戦しつつも丁寧に応対していたのだが、ある日彼女からSOSの連絡が届く……。ろう者の緊急通報の問題を活写した表題作ほか、行き倒れたろう者の素性を探る旅路を描く「静かな男」など、荒井が関わる四つの事件。『デフ・ヴォイス』『龍の耳を君に』に続くシリーズ第三弾、待望の文庫化。

感想・レビュー・書評

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  • 「デフ・ヴォイス」3冊目。
    みゆきと再婚し家事や美和の世話もしながら手話通訳士を続ける荒井が出会う4つの事案。

    第一話、「聴こえる人たち」中心の社会にあって「聴こえない人たち」が不便を強いられる中で、せめて命にかかわることだけでももう少し何とかならないかというぎりぎりの思い。
    聴こえない被疑者の調書に『コップが床に落ちてガチャンと割れ』と書く警察の取り調べに始まり、通訳に専門知識が必要な病院での通訳、使えない110番・119番システム、災害があった時の緊急放送、交通機関での事故があった際のアナウンス…、積み重ねて語られる話に今更ながら現実を認識する(作者のあとがきを読めば、本が書かれた頃からは「聴覚障害者のための緊急通報システム」には改善が進んでいるようだが)。
    すぐに救急車を呼ぶことが出来ずお腹の中の赤ちゃんを亡くした女性の慟哭に涙を禁じ得なかった。

    第二話、一転して、売り出し中のろう者のモデルの通訳を任される。
    手話がクールだとかブームだとか言われると違和感がありあり。
    イメージが大事なのだろうけど、そういうイメージを作ろうとする世界にろう者の思いを背負っていくにはHALくんはあまりに繊細過ぎた。なので、エピローグで再び登場した姿には嬉しい驚きがあった。

    第三話、今度は急死したろう者の素性を刑事の何森とともに探ることになる。他の話とはだいぶ趣が異なる旅情や望郷の念が溢れた渋いお話。
    ここでまた「地域手話」という“言語”について初めて知った。
    それを手掛かりに訪れた瀬戸内海に浮かぶ島での奇跡のような出来事に胸を打たれる。港での水揚げの光景も良い。

    第四話、勤め先を雇用差別で訴えているろう者の女性を原告とした民事裁判の法廷通訳をしてほしいという依頼が舞い込む。
    障害者雇用促進法における、就労する障害者に対する合理的配慮についての論議。実際にあった裁判事例をモデルにしているようだが、実際には会社を訴えることがないだけで、あっても不思議でないような事例に思える。
    障害がある人を雇用する以上は個々の特性や困りごとに合わせてしっかり対応していくことが必要なのは言うまでもなく、自分たちの会社の社員に『透明人間になってしまったような気がしました』というように感じさせないようにしたいと改めて思った(障害がある人に限った話ではないが)。

    各話のエピソードと並行して語られる、荒井とみゆきの間に生まれた「聴こえない子」瞳美の育て方や荒井の甥・司の悩み深き行動の描かれ方にも惹かれるところがあった。
    『一人でも障害児を減らせるよう』という障害がない者からすると何気ない言葉の罪深さも知れた。

  • なんて深い世界なんだろう、の一冊。

    ろう者と言っても一般的に自分が思い感じ、このシリーズでずっと自分が見てきた世界よりもさらに深い世界を今作で感じられた。

    日本手話、口話、地域手話、豊かな表情、全身での表現、こんなにも自分の心を伝える手法に溢れた世界なんだな。

    手法に数あれど誰もの心に共通するのは、今、自分の心を伝えたい、ただそれだけ。

    それがひしひしと心に届き、涙腺に届く時間だった。

    今、どれだけの声にならない慟哭が溢れているのだろう。

    まずは歩み寄る声に歩み寄る心を…その大切さをこの作品はしっかりと教えてくれた。

  • 今作は医療やメディア、働く環境など、身近に関わりあるものが描かれていて、よりリアルに考えさせられた。

    緊急通報システムが大きく進捗したのが最近な事に愕然としたし、発信される情報を鵜呑みしがちな自分に気付く。
    そこから知ろうとする事が大切で、それが「互いが歩み寄り、支え合う」世界につながると思った。

    荒井の家族が増え、新たな問題と向き合っていく中で感じる痛みや葛藤に苦しくなるも、荒井が縁した人達との繋がりで開けていく。不器用でも人と向き合い続けたからこその繋がりは強いと思った。このシリーズが長く続く事願う。

  • 今回もすごく良かった。

    娘さんの成長についてもっと読みたかったけど、
    人工内耳のこととか、
    先天性失調児をどう育てていくか、
    様々な葛藤が描かれていたのが
    胸を打った。

    障害者雇用制度についても、
    問題はいろいろあるんだろう。
    うちの職場にもいらっしゃるけど、
    半年〜一年くらいで替わられている。
    やっぱり働きにくいんやろうなぁ。
    私も確かにコミュニケーションとれていないしなぁ。

    身近なところから始めていこう、と
    問題意識を持たせてくれます。

  • デフヴォイスシリーズ3作目。
    通報システム、赤ちゃんが手話を覚える過程や、限られた地域だけの手話があることなど、多くの学びがあった。こんなにも話の種が尽きないことに驚くばかり。本当に奥が深いし、知らないことだらけ。そして語り口が優しく、いつもとても読みやすい。

    あの天真爛漫な美和ちゃんも反抗期が来るなんて、なんと寂しい…とここまで読んできた読者はみんな思うのではないかな。大人っぽく成長した英知くんとのこれからがどうなるのか楽しみすぎる!

  • シリーズ第三弾。

    ろう者の方々が抱える事情と手話通訳士の関わりを描く、連作四話(+エピローグ+)が収録されています。

    本作で主人公・荒井は、みゆきさんと入籍して、瞳美ちゃんという娘を授かります。
    “聴こえない子”であることが判明した瞳美ちゃんと、多感な時期を迎えたみゆきさんの連れ子・美和ちゃん。そして悩める甥っ子の司くん等々・・・。各短編と並行して荒井ファミリーの変化の過程も描かれています。

    毎回新たな気づきを与えてくれる、このシリーズ。
    表題作の第一話「慟哭は聴こえない」では、ろう者の方の緊急通報が困難という問題で、119通報ができずに危険な状態になってしまった、ろう者の妊婦さんがお気の毒すぎて胸が痛みました。
    そして、第三話「静かな男」は、いぶし銀キャラ・何森刑事視点でお送りする話で、行き倒れたろう者の素性を探る為何森さんと荒井さんが旅に出る展開なのですが、話の終盤で、テレビ画面越しに手話で語りかける息子の姿を観て反応する老母の姿には思わず涙があふれてきました。
    興味深かったのは、ここで登場する「水久保手話」という地域独特の“村落手話”の存在です。あとがきによると愛媛県の「宮窪手話」というのがモデルとのことで、いやぁ、デフ文化は奥深いですね。
    そして、前作『龍の耳を君に』の登場人物達が再登場したのも嬉しかったです。
    どの話も考えさせられる内容で、多くの方に読んで頂きたいシリーズですね。

  • デフ・ヴォイス第三弾

    結婚して子供が産まれた荒井
    その子供は耳が聞こえない子…
    新生児の頃からの補聴器、人工内耳、それについての葛藤…

    もうこのシリーズずっと続いて欲しい(T ^ T)

    龍の耳のえいち君が中学生でちょっと登場したのも嬉しかった♪

  • シリーズ3作目で荒井ファミリーの中でも時が経過し、知り合いの子の成長を見る感覚。もし自分が聴こえない子の親になったら、医師の説明にすがって装着しそうな人工内耳について、色々な選択があることを知って考えさせられました。
    また、聴こえない人が忙しい職場で孤立していく過程などは身につまされます。ストーリーを楽しみながら社会を見る引き出しが増えました。

  • より深く聴覚障害者の世界に触れられる本作。もう既にシリーズの虜である。どの話も当事者の悩みや現実を掘り下げる。荒井夫婦の苦悩からの決断もいい。
    そうなのだ。自分でなくてもいいのだ。苦悩者に適した人を繋ぐハブでありたい。次作も楽しみ。何森刑事のスピンオフ作品も読んでみたい。

  • 丸山正樹『慟哭は聴こえない デフ・ヴォイス』創元推理文庫。

    コーダの手話通訳士・荒井尚人を主人公にした『デフ・ヴォイス』『龍の耳を君に』に続くシリーズ第3弾。4編の短編とエピローグから成る連作集。人間味あふれる優しくも、悲しみに満ちた短編ばかりが並ぶ。中でも終盤に思わず涙がこぼれた『静かな男』が非常に良かった。

    4編の短編と平行し、荒井尚人の家族と尚人の甥で、ろう者の司の物語が描かれる。聴こえないことは罪ではないのに、聴こえる人には解らない多くの苦しみがあるのだろう。

    『慟哭は聴こえない』。手話通訳士の荒井尚人の様々な体験を通して、ろう者の悲しい現実が明らかになる。余りにも悲しい結末、未来への希望と不安とが複雑に交錯する何とも言えない余韻を残す短編。埼玉県の派遣センターからろう者の妊婦から産婦人科の医療通訳の依頼を受けた荒井は苦戦しながらも丁寧に対応する。ある日、荒井の携帯に彼女から助けを求める連絡が入る。

    『クール・サイレント』。ろう者であることを一つの商品価値として売り出そうとする残酷な事務所の姿勢と当事者の自分と同じろう者のためになろうとする真摯な気持ちとの乖離を描いた短編。ろう者で人気モデルのHALという男性から記者会見での手話通訳の依頼を受けた荒井はHALに手話を教えることになった。その後、HALはドラマの主人公に抜擢されるが……

    『静かな男』。終盤の展開には思わず涙がこぼれた。様々な人びとの優しさと善意ばかりを詰め込んだ傑作。廃業した簡易宿泊所でひっそりと亡くなった男性。何森刑事が男性の身元を調査するうちに地元のローカル局の映像に男性が何度も映り込んでいたことを知る。映像の中で男性は手話らしき動作を見せるが、何森の依頼で映像を観た荒井にも男性の手話の意味が解らなかった……

    『法廷のさざめき』。意識しない限り気付くことの無い、聴こえない人と聴こえる人との間の深い溝。互いに歩み寄ろうとしない限り溝は埋まらない。ある日、荒井にNPO法人から民事裁判の法廷手話通訳の依頼が入る。28歳の女性ろう者が原告となり、自らが働く企業を相手にした民事訴訟の通訳だった。

    本体価格760円
    ★★★★★

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著者プロフィール

京都大学大学院理学研究科教授。

「2004年 『代数幾何学』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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