コンピュータが小説を書く日: AI作家に「賞」は取れるか

著者 :
  • 日経BPマーケティング(日本経済新聞出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (213ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784532176099

感想・レビュー・書評

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  • 請求記号 007.1/Sh 87

  • コンピュータに小説は書けるのか。小説を書いた(生成した)のは、単なるコンピュータプログラムであり、そのプログラムを開発したのも、小説全体のプロットを構成したのも、そこに埋め込む部品を準備したのも、すべて人間がやったことで、小説は、これらの用意周到な事前準備から、コンピュータプログラムが自動生成したものである。したがって、賞を取れるような小説を書ける人がプログラムを作れば、賞を取れるような小説を生成するコンピュータプログラムを作れるだろう。
    では、人工知能は小説家の仕事を奪うのか。人工知能が労働環境に影響を与え、職業を変質させてきたのは事実である。しかし、単なるコンピュータプログラムが、小説家にとって代わるなどありえないことである。メディアが、ことさら人工知能を取り上げて、不安をあおるのは、いかがなものか。
    現在、新聞などで報道されているAIシステム発表の半分以上は、単なるコンピュータ化(自動化)であり、ちょっと気の利いたコンピュータ化は、すべてAIと呼ぶことにしているようだ。長い冬の時代が終わり、真夏になったのはいいが、すぐにブームが終わってしまうのではないか、と危惧している。

  • <AIはベストセラー作家になる夢を見るか>

    文学賞は数々あるが、その1つに星新一賞というものがある。
    周知の通り、星新一はショートショートの名手であった。ショートショートは一般に短編小説よりさらに短く、ウィットの効いた印象的で意外な結末が持ち味のものが多い。
    星新一賞は、2013年に日本経済新聞社が始めた、理系的発想に基づくショートショートや短編を対象とする公募文学賞で、2017年1月現在、第4回の選考中である。
    この文学賞の第3回はちょっとした注目を集めた。人工知能(AI)の研究者らが4編の作品で応募し、一次選考に残った作品もあったというのである。
    アルファ碁と呼ばれるAIに韓国のトップ棋士が敗北したニュースが同時期に出たこともあり、AIの可能性について期待する声、逆に人の仕事をAIがどんどん奪ってしまうのではないかとする不安の声が上がった。

    本書は、この応募の顛末を巡る、研究者自身の報告である。何を目標とし、何を考え、どのように研究を進め、どのように作品を作ったのかを、一般向けにわかりやすく綴っている。
    AIとはどのようなものかを知り、そしてまた文章を綴るとはどういうことかを考える上で、極めておもしろい本である。

    AIに関しては、大きく期待される反面、大きな誤解もあるようだ。AIは、大容量のデータを取り扱えるなど、非常に優れている面もあるが、それが即、人の能力を超えていくことになるかといえば必ずしもそうではない。
    それを表すのが、本書でも大きなテーマである「文章を読むこと・書くこと」である。
    会話するロボットというのはいるが、実のところ、一度にしゃべるのはごく短い1~2文で、覚えたパターンによってふさわしい(と思われる)答えを返しているに過ぎない。

    大量の言葉をデータベースに投入して、それをランダムに出力させることは出来るが、それでは意味のある文章にはならない(確率的にはゼロではないが、文章が長くなればなるほど、その確率は実質的にはゼロと言ってよいほど小さくなっていく)。長編小説ともなれば10万字以上が常である。ランダムに10万字分の言葉をつないで物語になるかといえば、まずならない。

    本書の著者らの目的は「コンピュータによる文章生成の実現」である。ショートショートを書くこと自体は直接の目標ではなく、文章を書くとはどういうことかを考える一つの手立てと言ってもよい。

    コンピュータによる文章生成は、文の構造を分析し、主語である名詞や述語である動詞、これらを修飾する言葉に分け、それぞれに該当する候補をデータベースに入れておいて、ランダムに選び取り、語順や語尾、活用形、口調などを整えて出力するといった形を取る。短い物語では、プロットを作っておいて、導入部、展開部、結末部のそれぞれにいくつもの選択肢があり、それをコンピュータが選び取り、推敲して修正を加え、出力するということになる。
    設計図は人が整え、部品をコンピュータが選び、多少磨きを掛ける。
    これをコンピュータが書いたのか、というと難しいところだが、現状ではコンピュータの文章作成能は、そういう段階にある。

    著者らは星新一賞応募プロジェクトと平行して、「東ロボ」プロジェクトにも参加している。「東ロボ」は「ロボットは東大に入れるか」を試みるプロジェクトで、大学入試問題を題材として複数チームが取り組んでいる。まずはセンター試験で好成績を収め、ゆくゆくは東大二次試験に合格するレベルの答案を作成することを目標にしている。「数学」や「物理」は複数の強力チームだが、「国語」は著者らのグループのみが奮闘している。それだけ困難であるということでもあろうし、取っ掛かりが掴みにくいこともあるのだろう。

    試験問題に取り組むということは、書いてある文章の意味を読み取り、問われている内容を理解して、出力することである。
    だが、実のところ、コンピュータは文章を読むことが出来るとは言い難い。著者の出している例を挙げると、
    1.川端康成は「雪国」などの作品でノーベル文学賞を受賞した。

    という文を人が読めば、
    2.川端康成は「雪国」の作者である。

    ことはすぐわかるが、コンピュータにとっては「自明」ではないということだ。1から2を導き出すためには、コンピュータに読み取る手段を教え込まなければならない。
    これには、人が文を理解するのはどういうことかという問題が絡む。
    受験テクニック本なども参考にしながら試行錯誤が続いている。

    詰まるところ、コンピュータが文章を自動生成するためには、人がどのように文章を読み取り、蓄積し、自身が書き出しているかを理解する必要がある。それを倣いながら、システムを構築していっているのが現段階である。少なくとも、AIがベストセラー作家になる夢を見るのはまだまだ先のことであるらしい。

    本書には袋とじで、星新一賞に応募した作品も収録されている(『コンピュータが小説を書く日』『私の仕事は』)。さて、本書の内容を踏まえて、成果物を読んでよく書けていると思うかどうかは人それぞれだろう。
    1つおもしろいと思ったのは、登場人(?)物であるAIが暇つぶしとして書く小説である。AIはこれを「ラノベ」ならぬ「アイノベ」と呼ぶ。人がおもしろいと思うようなストーリーではなく、延々と続く数列なのだ。コンピュータが自発的な感情を持ちうるか、嗜好を持つかはともかく、もし持ちうるとするならば、案外とその好むものは、なるほど人とはまったく違うものかもしれない。
    もしかすると、人が思うシンギュラリティとAIが想起するシンギュラリティはまったく違うものかもしれない・・・。

    さまざまな意味で刺激的な1冊であった。

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著者プロフィール

佐藤理史(名古屋大学 教授)

「2017年 『言語処理システムをつくる』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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