- Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
- / ISBN・EAN: 9784535518452
作品紹介・あらすじ
普遍的で汎用性のある憲法理論を、現実に生じる憲法事例に見い出せるか?"普遍性"の源流、日本各地の生きた事例から学ぶ、憲法の世界にようこそ。
感想・レビュー・書評
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323.14||Ar
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【特記事項】
・岩手県が「日本のチベット」と呼ばれた時代があった。
・最近の格差問題は、ネットカフェ難民など局所的なものが一般的なものであるかのようにクローズアップされる一方で、格差解消の手段がとられているわけではなく、感情論が先行している。その理論化こそ憲法学の役割。その方向性は「社会関係資本」、人間の関係性を軸にしたものではないか。
有害図書排除条例に関して:
・東京都の2010年の条例化問題について、当局はドラえもんの静香ちゃんの入浴シーンは規制対象にはならない、と述べるなど、規制条文には不明確な部分が残ってしまう。
・アメリカ連邦最高裁はわいせつ表現規制の判断の中で「地域社会の標準」に言及した。
・2011年、米国最高裁は暴力的ビデオゲームを未成年者に販売するのを禁止することを違憲とした。しかし多数意見と反対意見で激しい応酬があった。とくに暴力的シーンが未成年者に及ぼす害についての科学的根拠について。
入会について:
・憲法は入会に否定的と見られてきたが、それは疑問。特に近年、コモンズの観点から入会が再評価されてきている。
・2008年の入会に関する最高裁判決は、入会資格を男に限るのは違法としたが、世帯主に限るのは違法とは言えないとしている。
大泉町の外国人行政:
・外国人の「知る権利」という観点から、外国語情報の充実を図っている。
民営刑務所:
・公私二分論が揺らいでいる。民はどこまで公の仕事に加われるのか。
・一票の不平等が叫ばれているが、地方の過疎化を目の当たりにしている人からは、それでもいいではないか、アファーマティブアクションの一例とみなせる、という意見もでる。
・福田博元最高裁判事は、一票の格差容認論を徹底的に糾弾する闘士。
・政教分離に関し、「あるべき」社会通念と「ある」社会通念のどちらを基準とするべきかが問われている。
・釜が崎では、警官による暴行があっても裁判で無罪とされてしまっている。
・教育現場では、学力テストなどに代表される新自由主義と、国旗国歌に代表される新保守主義が両方あいまぜになっている。
・憲法93条2項の規定は、首長を選ぶなら直接選挙にせよと言っているだけで、首長が必須の機関であるとはいえない、という解釈が或る。
・地方自治法は、命令が条例に優位するとし、判例も肯定している。条例は法令に比べて法文が不明確になりやすい、という最高裁の裁判官の見解もある。
・2007年に約38まんにんの児童を対象に行われた民間業者によるテストで「寺の落書きをみてどう思うか」という設問があった。
・差別が問題になる位相には、身分、権利義務、意味の3レベルがある。