- Amazon.co.jp ・本 (303ページ)
- / ISBN・EAN: 9784566012011
感想・レビュー・書評
-
絵本『おちゃのじかんにきたとら』を描いたジュディス・カーの自伝的小説。
1933年ドイツ帝国議会でナチスが政権を握りユダヤ人の排斥運動を始まり、ユダヤ人である一家はベルリンからスイスへ、その後フランスを経てイギリスへと亡命する。その3年間の生活が描かれている。
つらい話なのに、明るさがある。
ジュディスの少女時代9歳のアンナと兄のマックスが、これまでとは違う生活を受け入れ、外国語を覚える大変さを描きながら、新たな世界に目を輝かせ、興味を示す、子どもが子どもらしい本来の明るさを失わない姿で描かれている。その生命力あふれる姿に未来への希望と明るさを感じるだろう。私たち大人が子どもたちから授かる力だ。
大人たちの不安や不満も隠さず描きながら、それでも子どもとの接し方はとても真摯で愛情深い。
最後に「つらいこともあったけれど、いつだっておもしろいことばかりだったし、ときにはこっけいなことだってあった。家族みんながいっしょにいられるかぎり、アンナにはつらい子ども時代など、ありっこないのだ」とある。
家族が一緒にいる限り、その親が自分を守ってくれると信じられるかぎり、どこにいようと、どんな時であろうと、大人が思っているよりも子どもは幸せなのかもしれない。
だからこそ親と離れること、親に虐げられること、これほどの苦しいことはないのだと改めて思う。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
9歳のアンナの父親は、ユダヤ人の劇作家・評論家でヒトラーに批判的な記事を書いている。ヒトラーが選挙で当選しそうな事を予期した父親は、兄のマックスと母親の4人でスイスへと逃げる。それから、さらにフランス・イギリスと亡命の旅が続いていく。
作者ジュディス・カーの自伝的ストーリー。父親の早い段階での脱出で、収容所は避けられたものの、慣れない外国暮らし、言葉の通じないフランスでの学校など、子どもたちも苦労が続く。タイトルのももいろうさぎは、ドイツを出るときに置いていかざるをえなかったぬいぐるみで、アンナ一家の失われた生活の象徴でもある。
映画化を機になん十年ぶりかの再読。絶版なので図書館で借りたが、書庫に所蔵されていた。 -
1933年、ナチスが政権を握り、迫り来る暗黒の時代。
反ナチズムの評論家を父に持つユダヤ人少女アンナ一家の亡命生活が始まる・・・
『おちゃのじかんにきた とら』などで有名な作家 ジュディス ・カーの自伝小説です。
話し相手だったうさぎのぬいぐるみともお別れし、スイス、フランス、イギリスと居を移した9歳からの3年間。
ドイツに残った、お父さんの親友ユリウスおじさんの悲しい死なども体験するのですが、亡命生活中のアンナの毎日は、市井の人々との交流、他愛ない兄妹喧嘩など、とても子どもらしい時間が過ぎて行き、悲壮感が無いのです。
その理由は、読んでいる間ずっと感じていた、これに尽きるのではと思います。著者の言葉としてあとがきにまとめられていました。
_世事や金銭にうとい父、家事の不得手な母-世間から見ればあの時代を生きるには、決して理想的な両親とは言えないでしょう。しかし幾多の困難や悲劇のさなか、わたしたち兄妹が、ほかの子どもたちにまさるとも劣らぬ楽しい子ども時代をもてたのは、わたしたちにとってすばらしい両親だったからです_
作中ラストの、アンナの感想もそれを物語っていました。重いテーマなのに、さわやかな印象を持つお話でした。 -
『おちゃのじかんにきたとら』のジュディス・カーの自伝的児童小説。
タイトルが示唆するように、時代はナチスが台頭してくる第二次世界大戦前夜。そして一家はユダヤ人である。
父は著名な演劇評論家・作家で、ベルリンではかなり裕福な暮らしをしていた。だが、1933年の選挙で、ナチスが政権を握る可能性が濃厚になり、父はパスポートを取り上げられそうになる。ユダヤ人でもあり、反ナチズムの執筆活動もしていたためだ。
出国できなくなる前にと父はいち早くベルリンを抜け出す。9歳の少女アンナ(=ジュディス)も母や兄とそれに続く。
急いで荷造りをしなければならず、また限られた量しか持っていけなかったアンナは、迷った挙句に、大切にしていたももいろのうさぎのぬいぐるみを置いていくことにする。あとでそのことをとても後悔するのだ。
一家はまずスイス、それからフランスに移住する。
父の原稿は以前ほど高い値段では買ってもらえず、徐々に原稿依頼自体もされなくなってくる。
このままでは生活も立ち行かなくなる。
父は映画の脚本を書いて、イギリスに送り、これが採用されて、一家はイギリスに渡ることになる。
ベルリンを逃れてから3年後の1936年のことだった。
本書はこの3年間の一家の亡命生活を、少女・アンナの視点から描く。
ナチスが真に政権を掌握する前にドイツを逃れたため、一家は収容所にも送られないし、多くのユダヤ人がたどった悲惨な運命からも免れている。このあたり、ドイツを離れるという判断が結局は正しかったわけで、早めに決断するかしないかが大きな分かれ目であったということだろう。しかし、ドイツを離れた人々であっても、実際、収容所に多数の人々が送られて大量に虐殺されるということまでは想像できなかったはずで、渦中にいるときに全体を見渡すことの困難さも感じさせる。
アンナ一家は、「幸運にも」ナチスの手は逃れたわけだが、亡命生活は決して楽ではなく、ベルリンにいたときのようにお手伝いさんが何もかも整えてくれるわけでもなければ、着るものや食べるものも満足には手に入らなかった。それまで家事などあまりしてこなかった母は大変な苦労をする。もちろん、外国のこととて、言葉の壁もある。
アンナもマックスも慣れないフランス語に奮闘し、ようやく身につけられたかと思えば次は英語を学ばねばならないことになる。
物語は9歳の少女の視点で描かれており、トーンは重苦しくはない。
さまざまな障害・軋轢がありつつも、一家で過ごせれば大丈夫という明るさもある。
ゆくゆくは作家となる少女(アンナ=ジュディス)の観察の細やかさも楽しい。
戦死や被災だけではなく、戦争が庶民に及ぼす影響の形を描いて興味深い。
実際、現代の子供たちが読むとどのような感想を抱くのだろうか。