- Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
- / ISBN・EAN: 9784575245721
作品紹介・あらすじ
カフェの若き店長・原田清瀬は、ある日、恋人の松木が怪我をして意識が戻らないと病院から連絡を受ける。松木の部屋を訪れた清瀬は、彼が隠していたノートを見つけたことで、恋人が自分に隠していた秘密を少しずつ知ることに――。「当たり前」に埋もれた声を丁寧に紡ぎ、他者と交わる痛みとその先の希望を描いた物語。
感想・レビュー・書評
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『川のほとりに立つ者は』、この後に続く言葉は何だろう。そう考えながら作品を読み始めた。タイトルにつながる展開は、すぐには訪れなかった。そのことが、読み進める興味にもなっていった。物語の構成はchapter1から9までの内容に分かれていて、月日が前後するものもありながら、全体としては時系列に出来事が起こり、それぞれの物語が展開されていった。主な登場人物は、29歳の原田清瀬と松木圭太で、2人は一緒に暮らしていた。
冒頭に『夜の底の川』というタイトルの作品の内容が出てくる。この『夜の底の川』は物語のタイトル『川のほとりに立つ者は』とつながっていく。そして、物語の展開に合わせて、『夜の底の川』の意味も明らかになっていく。
清瀬はカフェ「クロシェット」の店長として働いていた。そのような中、突然、病院から連絡が入る。松木が歩道橋から階段を転げ落ち、意識不明の重体という内容。混乱する清瀬。この状況に、清瀬と同様に私も混乱しながら、この作品の展開が気になって読み進めていく。松木の事故の原因となったことは、なかなか明らかにはならなかった。
松木と一緒に倒れていたのは、岩井樹だった。松木とは同じ小中学校で、同級生。大人になって、月1回食事をする関係としてつながっていた。しかし、なかなか転落の真相は明らかにならず、知りたい気持ちが膨らんでいた。
樹と付き合っているという菅井天音。清瀬と松木、樹と天音の背景と関係が徐々につながっていく。ただ、明らかになっていくことで、悲しさや寂しさも感じつつ、それでも、生き抜こうとする強さも感じる。自分の気持ちは明らかになっていっても、相手の気持ちはどうすることもできないよな。そんなことを考えつつ、登場人物の思いも受け止めながら読み進めていった。
松木は清瀬に、樹と天音のことを詳しくは話していなかった。このことが清瀬に誤解を生じさせていくことにもなっていた。恋人に伝えることと伝えないことはあるだろうな。ただ、知らなくてもいいことと知っていたらいいことはあるだろうな。その立場によって、知らなくてもいいことと知っていたらいいこととも違うから、すれ違いや軋轢も生じるのだろうな。
樹の家は「おべんとうのイワイ」を営んでいた。そこに、天音が客として訪れたのが出会いだった。そこで、樹は天音から手紙を受け取る。そこから、樹の気持ちが動き始め、松木を巻き込みながら、樹と天音の関係が進展していく。微笑ましく感んじていた樹と天音の関係が変化していく。その展開には驚きとともに、胸が痛む。仕方ないでは済まない事態だろうけど、どうすることもできない状況に感じられた。純粋な思いは尊いけれど、傷つくことになると苦しいな。それも、自分の気持ちのままに行動すること、それこそ自分が選んだことではあるのだけれど。
『夜の底の川」』の出所も明らかになる。これも、伏線として、この作品世界をつくっていく。ラストのつながりでは、胸にグッとくる。仕方ないという思いと仕方なくないともがく思いが同時に膨らむ。物語の後半から、天音の心や背景が徐々に明らかになっていく。そのことが、今回の松木と樹が病院に運ばれたことへとつながっていってやるせない。どうすることもできないもどかしさを感じながら読み進める。樹の困難さ、それを知って、寄り添い支える松木。そのことを知らなかった清瀬。登場人物の誰もが精一杯生活しているのに。近くにいても分からないことや、伝えてないことはあるだろうな。その背景には、それぞれの理由があるのだろうな。
天音に真相を確かめようとする清瀬。本当の思いや真相を知ることは、辛いこともあるけれど、知らないよりもいいかな。松木と樹が歩道橋から階段を落ちていくシーンの状況が明らかになる。そこには、それぞれの思いと天音に関係する人物の思いが絡み合う。その中で、この転落が起こっていた。登場人物のつながり、願い、背景が複雑に絡み合っていく。徐々に絡み合っていたものが解きほぐされていくが、それと共に切なさややるせなさも感じる。ただ、登場人物の純粋な気持ちも溢れてきて、心地よさも感じた。寺地さんの丁寧な描写に惹きつけられていく。
清瀬が読む『夜の底の川』の最後の場面。作品世界の現実と『夜の底の川』のシーンが鮮やかに切なく重なっていく。最後は清瀬と松木のシーン。それぞれの生活があり、生き方がある。良いか悪いかではなく、正しいか間違いかでもない。あるのは、それぞれの生活と生き方。それを分かりつつ、どうしたいのかと考え選んで生活していくのだろうな。
最後はホッとした思いで読み終えた。寺地さんの作品を久しぶりに読了した。登場人物が魅力的な寺地さんの作品世界を思う存分味わった。次の作品も楽しみになった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
人それぞれ背景に抱えるものや、生まれ持ったものまでは分からないから、一方的な見方で簡単に判断してはいけない。
たしかにその通りではあるものの、これから出会うすべての人にどのように接するのが正解なのか。読み終えたとき、そんなことをふと考えてしまった。あらゆる人に対して優しく、寛容な社会になることを切に願うのだが、多様性重視の社会は果たしてどうなっていくのだろうか。
清瀬さんの持っているネガティブな部分が前半に集中しており、その違和感を感じながら読んだためか、なかなか小説の世界観に入り込めなかった。物語の構成上仕方がないことだとは思うが、改めて読み直すとまた評価も変わるかもしれない。 -
『あなたはわたしのことを、どれだけ知っている?』、そんな風に問われたら、あなたはどんな風に答えるでしょうか?
私たち人間は集団社会の中で生きています。学校で、職場で、そして家庭の中で、それぞれに異なる人たちと人生の時間をともにしています。そんな中にはさまざまな関係性があります。挨拶する程度からお互いを大切な存在と強く意識し合うような関係まで、その繋がりはさまざまです。そして、そんな関係性が深くなればなるほどに、お互いが相手のことを深く知ってもいきます。
昨今のプライベート重視の流れの中では、相手の中に必要以上に踏み込むことは憚られます。しかし、親友どうしなら、恋人どうしなら、そして夫婦なら、お互いのことを深く知り合ったからこそ築きあげられる繋がりの深さというものもあるように思います。
しかし、昨今、この国でも離婚件数が婚姻件数の3分の一にもなっているという統計値が示す通り、そんな関係性が一生続くものでもない現実があります。親しい関係を永続させるのも大変です。そして、そんな破綻は恋人どうしだって同じことです。彼氏の部屋を訪れて、『今めっちゃ散らかってんねん、待ってて』と『ドアの外で十分近く待たされ』た挙句の入室。そして、ベッドの下に不自然に押しこめられたものを見つけたあなた。そんなあなたが、『なんとかしてベッドの下に隠しているものを見たい。いや、見なければならない』と思うのは自然な感情なのだと思います。そして、彼氏が離席した瞬間にそんなものを手にした時、そこに見ず知らずの女性の名前が書かれていたとしたら、『きゅっとみぞおちが痛んだ』という先に、『じゃあこれ、なんなん?説明して』と展開する未来は当たり前とも言えます。そう、親しい間柄でも知り得ない相手のさまざまな顔はどこまでいってもあるのだと思います。
さて、ここに五ヶ月ぶりに再開した彼氏が『意識不明の重体』だったという一人の女性が主人公となる物語があります。カフェで店長もするその女性は、『意識不明の重体』になった彼氏のことを『わたしはいったい、松木のことをどれだけ知っているんだろう?』と思います。この作品はそんな主人公が彼の身に起こった真実を追い求める物語。コロナ禍のリアルな日常描写の中に人の繋がりの今を感じる物語。そしてそれは、人と人との繋がりが描かれていくその先に、まさかの結末を見るミステリーな物語です。
『ニーナが消えたあの日、夏の終わりの夕方、ぼくはごく短い眠りから目覚めてすぐに、彼女がいなくなったことがわかった…』と続く『「夜の底の川」という』『外国文学』を『けっこうおもしろい』と休憩室で読むのは『カフェ「クロシェット」』で店長を務める原田清瀬(はらだ きよせ)。そんな時『店長』、『品川さんがやらかしました』と呼ばれ店内に赴くと『容姿のことを言われ』『ホールのど真ん中で、人目もはばからずわんわん泣い』ていたという状況に対峙します。『ちょっとこの子、きみに預けたいんやけどな』とオーナーに言われ面倒を見ることになった品川は、『ふたつ以上のことが同時にできないタイプ』であり、何かと手を焼く存在でした。そして、『ひどい、ひどい一日だった』と、他にもトラブル続きだったという一日の終わりを迎えた清瀬、そんな時スマホが振動します。『原田清瀬さんですか』、『松木圭太さんという男性をご存じでしょうか』というその電話。『ただごとではない』と思い、病院へと向かった清瀬の前には『意識不明の重体』となった松木の姿がありました。『歩道橋の上で互いの胸倉を摑み合って喧嘩』した挙句、『階段を転げ落ちてきた』と通報した女性の話を聞かされる清瀬。そんな二人の意識が戻らないという現場。そんな中、松木が持っていた紙片から清瀬に連絡したと話す看護師に二人の関係を聞かれた清瀬は、思わず『「えっと…婚約者です」と噓をつ』いてしまいます。『今年の二月までつきあって』いた二人、『ひさしぶりの再会がこんな状況だなんて、想像もしていなかった』と思う清瀬。そんなところに警察がやってきてさまざなことを訊かれる清瀬。そして、警察も去り、もう一人の男性の元に訪れている女性二人に気づいた清瀬は、病院の近くのファミレスで再度姿を見かけた際に思わず声をかけます。もう一人の男性・岩井樹(いわい いつき)の母親だという女性は岩井と松木の関係を説明します。そんな中、『松木さんが一方的に樹さんを殴っていた』、『悪いのは松木さんです』とそれまで黙っていた まおという名の女性が『切りつけるような鋭い口調』で話し出しました。『そんなわけ…』と思うも反論する『言葉が出ない』清瀬。そんな清瀬は『あなたはわたしのことを、どれだけ知っている?』という『本の文章が、なぜか思い浮か』びます。『わたしはいったい、松木のことをどれだけ知っているんだろう?』と思う清瀬。そんな時、目の前の まおが『ふっと息を漏らした』のが『笑ったように聞こえた』と感じる清瀬。『見間違いではない。清瀬はたしかに、彼女が笑ったのを見た』というその瞬間。『松木になにがあったのか知りたい。ほんとうに喧嘩をしたのだとしたら、よほどの理由があったはずだ』と思う先に、それまで隠されていた真実の扉が次々に開いていくミステリーな物語が始まりました。
2022年10月20日に刊行された寺地はるなさんの最新作でもあるこの作品。”発売日に新作を一気読みして長文レビューを書こう!キャンペーン”を勝手に展開している私は、町田そのこさん、凪良ゆうさん、そして辻村深月さんと、私に深い感動を与えてくださる作家さんの新作を発売日に一気読みするということをここしばらく行っています。そんな中に、「大人は泣かないと思っていた」、「ほたるいしマジカルランド」、そして「夜が暗いとはかぎらない」など数々の感動作を届けてくださる寺地はるなさんの新作が出ること知って、発売日早々に手にしたのがこの作品です。
そんなこの作品は2021年3月から2021年10月にかけて「小説推理」に「明日がよい日でありますように」というタイトルで連載されていた作品でもあります。この背景事情には二つ注目すべき点があります。一つはその連載期間、もう一つが、掲載されていた雑誌という点です。では、そのあたりにも着目しながらこの作品を見ていきたいと思います。
まずは、連載日付です。2021年3月から2021年10月にかけて連載されたということは、その作品の構想はその少し前が予想されます。ここに何があるのか、そう、それはみなさん辟易もされている新型コロナウイルスの蔓延に伴うコロナ禍です。昨今、新しく刊行される小説にはコロナ禍を背景に描いたものが垣間見られるようになってきました。島本理生さん「2020年の恋人たち」、綾瀬まるさん「新しい星」、そして窪美澄さん「夜に星を放つ」など、最近発売になった話題作の数々はコロナ禍を作品の背景に描いています。今の私たちの日常を思うと、マスクのある風景を描かないのはかえって不自然に思われるほどに、毎日、マスク、マスク、マスクな日々を送る私たち。そのことを考える時、小説の世界にマスクが描かれていないのは、かえって不自然とも言えます。この作品は上記の通り、2020年春から始まったコロナ禍どっぷりの期間を描いています。作品は九つのチャプターに分かれていますが、その日付は2020年1月25日という新型コロナウイルスの存在が噂されもし出した時期に始まり、2020年10月25日という、第二波が収束したあたりで終わります。そんな作品で取り上げられている表現は上記した三つの作品に比べてもさらにリアルです。では、日付とともに見ていきたいと思います。
・2020年2月25日: 『大阪のローカル番組だ。にぎやかなセットの中で、やかましく喋る女がいる』というテレビ番組を見る場面
→ 『もうどこに行ってもマスクが買えないと女が喚いている』、『Amazonで「マスク」と検索してみたら品切れが続出していた。売っているには売っていたのだが、びっくりするほど高い』
※今となっては懐かしいマスク不足の描写です。私もドラッグストア、コンビニを探し回り、ネットの金額を見てため息をついたのを思い出しました。そういえば、同僚で不織布マスクを洗って、ドライヤーで乾かしているという話も聞きました。なんとも時代の記録ですね。
・2020年7月25日: 『四月に入って「自宅待機」みたいな言葉をあちこちで見聞きするようになった』という四月に書かれたノートを読む場面。
→ 『けど、うちの会社は関係ない。営業にまわるのも禁止になって、ずっと事務所で待機してる。結果としてすごい暇』。
※私は当時自宅待機というか、ここから”在宅勤務”という言葉を聞く起点の月になりましたが、会社によってはこの”魔の四月”も出勤、でも仕事はない、これも当時言われましたね。”在宅勤務”はこの後、会社によって考え方が大きく分岐していきますが、時代の大きな記録だと思います。
・2020年7月24日: 『身支度を終えて外に出ると、すでに照りつけるような日差しに変わっていた』という外出の場面。
→ 『マスクをして生活するのにも慣れたつもりだったが、この気温の中、顔面を不織布で覆って歩くのはかなりきびしいものがある』。
※世の中がマスク生活に移行して数ヶ月、初めての夏の辛さは衝撃でした。日本人は花粉症対策で春にはマスクという人は多い(私も!)ですが、真夏はないですよね!これは、記録というよりまだ終わらない現在進行形の日常ですが、いい加減、歴史の中に封じ込んでしまいたいです!
ということで、コロナ禍の始まりからの数ヶ月、この国の大混乱の時期を作品内に極めて自然に取り込んでいるのがこの作品の一つの特徴です。この作品はコロナ禍をテーマとした作品では全くありません。ポイントは、あくまでコロナのある日常が作品内に極めて自然に、取ってつけたような描写でなく、全くの違和感なく極めて自然な描写で描かれていくところが特徴です。コロナ禍はいつか終わりが来るはずです。そんな時代にこの作品がどんな風に見えるのか?そんな時代に初めてこの作品を手にした読者がどんな感想を抱くのか、そして、こんな風に長々とそのポイントを記した私のレビューをどんな風に読むのか?とても興味深いです。ということで、発売日に読んだ者の責任として、遠い未来にブクログの私のこのレビューを読んでくださっているあなたに、コロナ・リアルの感覚で、この作品の特徴の一つを書き残させていただきました。
そして、もう一つが「小説推理」に連載されていたという点です。上記もしましたが、この作品はミステリーでもあります。寺地さんの作品でミステリー?というとなんだか意外感をとても感じます。確かに「どうしてわたしはあの子じゃないの」(未読です…笑)も同じく「小説推理」連載作のようですので、幅を広げていらっしゃるのだと思います。そんなミステリーの側面を見ていきたいと思います…が、ミステリーのレビューは非常に難しいです。余計なことに少しでも触れるとネタバレのリスクと背中合わせです。ということで、ネタバレにならないように慎重にこの作品のミステリーとしての魅力を見ていきたいと思います。まずは、九つに分かれたチャプターの視点の主を日付とともに見ていきます。こんな感じです。
・Chapter 1 2020/7/23: 原田清瀬視点
・Chapter 2 2020/7/24: 原田清瀬視点
・Chapter 3 2020/1/4: 松木圭太視点
・Chapter 4 2020/1/25: 原田清瀬視点
・Chapter 5 2020/2/15: 松木圭太視点
・Chapter 6 2020/7/25: 原田清瀬視点
・Chapter 7 2020/7/23: 松木圭太視点
・Chapter 8 2020/7/30: 原田清瀬視点
・Chapter 9 2020/10/25: 原田清瀬視点
物語はこの作品の主人公、『カフェ「クロシェット」』で店長を務める原田清瀬と、上記で触れた『意識不明の重体』で、集中治療室のベッドに横たわる松木圭太の二人に視点を切り替えながら進んでいきます。この二人への視点回しによって物語の全体像を読者は把握することができます。そんな清瀬と松木の関係は、冒頭に清瀬本人が『「えっと……婚約者です」と噓をつ』いて看護師に説明する場面で語られた後、1月、2月への過去の振り返りの中でその実際の関係性が描かれていきます。そんなミステリーのポイントは
・『松木になにがあったのか知りたい。ほんとうに喧嘩をしたのだとしたら、よほどの理由があったはずだ』。
そんな風に清瀬が『意識不明の重体』となった松木の今に至る経緯が明らかになっていくこと。そして、その過程でそもそも論として、一時は恋人どおしとしての時間を過ごした松木のことを、
・『わたしはいったい、松木のことをどれだけ知っているんだろう?』
目の前に横たわる松木のことを見て、そんな松木のことを実は何も知らなかったという現実に対峙する清瀬の姿が描かれていきます。結末に向けて、松木と『歩道橋の上で互いの胸倉を摑み合って喧嘩』したというもう一人の意識不明の人物、岩井樹の存在がそこに大きく描かれてもいきます。そして、その真実が明かされていく物語には、意識不明になったまさかの展開と、松木圭介に隠された優しさを見る物語が描かれていきます。上記した通り、ネタバレを避けるためにはこれ以上ミステリーの核心に触れるのはやめておきたいと思いますが、一方でこの作品には他にも落とせない魅力があります。三点触れておきたいと思います。
まず一つ目は、”本当に悪いやつ”が登場することです。寺地さんの作品では、例えば詐欺師が主人公となる「正しい愛と理想の息子」など、言ってみれば”悪人”が登場する物語はあります。しかし、”本当に悪いやつ”とは描かない物語展開がそこにあります。一方でこの作品には”本当に悪いやつ”が登場します。まあ、ミステリーなのでその方が説得力あるようにも思いますが、何かイヤな思いにさせられる部分です。寺地さんの作品では、このような気分にさせられることはなかったように思うので、これは逆にこの作品の魅力の一つかもしれません。
次に二つ目は、”小説内小説”が登場することです。小説の中に他の小説が描かれる”小説内小説”が登場する作品は私が最も好きなものでもあります。この作品では、その冒頭に
『ニーナが消えたあの日、夏の終わりの夕方、ぼくはごく短い眠りから目覚めてすぐに、彼女がいなくなったことがわかった』
そんな風に始まる『外国文学』の『夜の底の川』という作品が登場します。そんな小説の中に触れられる『あなたはわたしのことを、どれだけ知っている?』という台詞を松木のことをどれだけ知っているのか?という自問へと結びつけていく物語。寺地さんはこの内側の物語の幾つかの場面をリアル世界の主人公たちと被せながら描いていきます。
『川のほとりに立つ者は、水底に沈む石の数を知り得ない。ぼくは一枚ずつ、便箋を破いて、空中に放った』。
そんな内側の小説の描写の中に、この作品の書名でもある「川のほとりに立つ者は」の由来を感じさせもするなど、単に小説の中に小説が存在するという次元を超えて、内側の物語は、それを包み込む外側の物語、つまり、清瀬の物語と見事な結びつきを見せていきます。これから読まれる方には、この二つの物語のブレンド具合にも是非注目いただきたいと思います。
そして三つ目が、『発達障害』を大きく捉えていく点です。寺地さんは「ガラスの海を渡る舟」でも『発達障害』に向き合われていましたが、この作品ではさらに深く入って行かれます。『わたしADHDってやつなんですよね。じつは』、『片付けられなかったり、時間守れなかったり、ほんとに申し訳ないと思ってます』と語る登場人物。そんな人物に向き合う主人公・清瀬の姿はミステリー視点で見る清瀬という人物を、よりリアルな一人の人間として見せてもいきます。また、さらに驚いたのは『ディスレクシア(発達性読み書き障害)』というものに、非常に深く入っていく展開です。私、この作品を読むまでこの障害の存在を全く存じ上げませんでした。『全体的な発達に遅れはないのに、読み書きだけが困難な人がいる』という現実。そこに寺地さんが突きつける問題をレビューの最後に引用しておきたいと思います。
『なにかを知るのに文字で読むのがいちばん頭に入るという人がいる。映像で見るほうが覚えやすい人もいるし、音声のみのほうがよい、という人もいる』という私たちの世界。その世界を見るときに『どのタイプが優れているというわけでもない』という視点を寺地さんは、こんな風に世に問いかけます。
『動かせない決まりきったやりかたがあって、そこに人が合わせるしかないなんて本末転倒だ』。
極めて寺地さんらしいその視点、そして『障害』に真正面から向き合おうとされる寺地さんの姿勢を象徴する一文だと思いました。
“新型ウイルスが広まった2020年の夏。彼の「隠し事」が、わたしの世界を大きく変えていく”と、内容紹介にうたわれるこの作品。そこには、『意識不明の重体』となって五ヶ月ぶりの再会を果たした男性を『「えっと……婚約者です」と噓をつ』いて語る主人公・清瀬がそんな男性に隠された真実に向き合っていく物語が描かれていました。リアルなコロナ禍を極めて自然な描写で作品背景に落とし込んでいくこの作品。”小説内小説”の存在が、物語に思った以上の奥深さを付与していくのを感じるこの作品。
寺地さんには珍しいミステリーという舞台設定の上に、寺地さんらしい人の心の機微を細やかに映し取っていく新鮮な読み味の作品だと思いました。-
ひまわりめろんさん、
いえいえ、”「表面に見えていることだけがその人の全てではない」というテーマ”で、家族を例に出されたひまわりめろんさん...ひまわりめろんさん、
いえいえ、”「表面に見えていることだけがその人の全てではない」というテーマ”で、家族を例に出されたひまわりめろんさんのレビュー興味深く読ませていただきました。このタイトルが上手いなあとも思いました。
寺地さん、たくさん読んできましたが、寺地さんが小説推理?という違和感が拭えません。この調子で次はホラー!エログロ!と行ったら寺地さん2.0始動かなあとか思ったりもします。2022/12/08 -
2022/12/08
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2022/12/08
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とても心に深く刺さる物語でした。
この本を読んでいる間に、考えなければならない厄介ごとがありまして、その合間の読書だったのですが、そんな片手間で読むような本ではない!と思い、もう2/3ほどは読み進んでいたけれど、初めから読み直しました。皆さん!片手間で読むような本ではありませんよ!
本当にとてもとても心に刺さりました。
私たちは他人とどのように付き合っていくべきか、何を持って人を判断すべきなのか、そもそも人を評するなんて上から目線なのではないか?
育児経験のある方は誰でも、『ちゃんと』って言葉、一度は使ったことがあるのではないでしょうか?私なんか、使わなかった日はありません。『ちゃんとしなさい!』って数えきれないほど使いました。
子どもに対してではなくても、友だちや同僚、ただすれ違っただけの人にさえも『なんであの人ちゃんとできないのだろう?』とついつい思ってしまうことはあると思います。
みんなと同じようにちゃんと出来ていないのは努力が足りないから、性格がだらしないから、そう思われたり、あるいは自分自身でもそう思って苦しんだり諦めたりしている人のお話です。
そして、そんな人たちを理解せず偏見の目で見ていた自分に気付き、過去は変えられずとも今日から意識を変えていこうとする人のお話です。
何より大切なのは想像力。見えているものだけで判断するのではなく、何か理由があるのかもしれないと想像すること。そして、声をかけてあげること。そばにいてあげること。
出会えて良かったと思える1冊です。-
1Q84O1さん、こんばんは♪
だいぶ頑張りましたよね、私。
さすがに2/3まで読んじゃってるし、だいぶ悩みましたよー笑
でも読み返して正解...1Q84O1さん、こんばんは♪
だいぶ頑張りましたよね、私。
さすがに2/3まで読んじゃってるし、だいぶ悩みましたよー笑
でも読み返して正解でした!2023/03/19 -
2023/03/20
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2023/03/20
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1.感想
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物語としては、シンプルな感じです。登場人物は少なくて、物語の期間も短いです。なので、サクッと物語の世界に入り込んで読み終わることができます。
この本からは、相手のことを、「どう捉えているか?」「どう見ているのか?」という投げかけを感じました。
すいびょうさんのイーロンマスクの本の感想を読んだばかりなので、そこまで、「相手に寄り添う必要があるのか?」と、考えさせられます。
最近は、1on1なんてコミュニケーションのとりかたも当たり前になってきていて、相手に寄り添った対応が強く求められていますが、ほんと、義務的に取り組んではいるものの、「ど〜なんだろうな〜」なんて、考えちゃいます。
クリティカルシンキングでは、「相手の関心に関心を持つ」なんて、キーワードも出てくるぐらいです。
私は、意識しなくても、この人いいな〜と思ったら、勝手に距離が近くなっているタイプなので、なおさら、いいな〜と思わない…人への意識を向けていくことに意味があるのか考えちゃいます。
「みたくないものばかり見せる。」
「考えたくないことばかり考えさせる。」
そんな人と、一緒にいる必要があるのかは、結局は自分がどうなりたいのかにつながっていきますね。
この物語を通じて、そんなことを考えさせられました。
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2.あらすじ
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コロナが流行し始めた頃が背景。
清瀬は恋人の松木と病院で久々に再会する。
その再会をきっかけに、松木の知らなかった面を知ることにつながっていき、自分を見つめ直すことにもなっていく。
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3.主な登場人物
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原田清瀬 29歳、女性
松木圭太 清瀬の恋人
岩井樹 松本と同じ小中、いっちゃん、松本親友
菅井天音 まお
岩井 樹母、おべんとうのイワイ
篠井みちる 清瀬親友
品川 店員、30歳、女性
小滝隆司
■夜の底の川
ぼく
ニーナ
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長く読書を続けていると偶然で片付けるには「もったいない」と感じる出来事に遭遇することがある
その内のひとつは今回の様に同じテーマの物語を連続して読んでしまうことだ
「表面に見えていることだけがその人の全てではない」というテーマをある作家は頭上に煌めく月の裏側に例えて至極のミステリーに仕上げ、ある作家は川のほとりに立つ者から見えない川底に沈む石に例えてちょっぴり苦しい恋の物語に姿を変えてみせる
うーん、面白いなぁと思う
そして面白いと思うと同時に「読書の神様」はなんでこのタイミングで自分にこの二つの物語を読ませたのだろうと思う
思い浮かぶのは家族のことだ
自分から見えている奥さんや娘たちが彼女たちの全てではない、そんなことは分かっている
特に娘たちに至ってはかなりお手上げ状態だ
考えるのは「ではもっと裏側や川底を見る努力をすべきか?」ということだ
うーん、分からん
なんとなくそれはそれでいいような気がする
諦めているわけでなくそれでいい気がする
せっかく与えられた機会なのにふわっとした答えしか導き出せなかった
でもやっぱりそれはそれでいいような気がする
ちょっと考えてみたってことが重要なのだよ!ということにしておこう
もったいないけど-
うんナイスお父さん‼︎
娘達の何から何まで知ろうなんて思ってはいけない♪(´ε` )
お父さんが好きだから内緒にしてることだってあるんだから...うんナイスお父さん‼︎
娘達の何から何まで知ろうなんて思ってはいけない♪(´ε` )
お父さんが好きだから内緒にしてることだってあるんだから笑2022/12/08 -
2022/12/08
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読み終えて、いろんな感情がざわめいて溢れ出す。
そんな小説だ。
清瀬の恋人、松木は負傷を負い意識不明の重体となる。松木は誰かと殴り合いの喧嘩をした、とのことだが、清瀬は松木が殴り合いをする人物には思えない。真相を探るうち、松木が抱えた重大な「隠し事」を知る。
ー 川のほとりに立つ者は、水底に沈む石の数を知り得ない。
その人が抱えた傷や性格、感情。様々な形があり大きさがある。
時として、無理解は悲劇へと繋がる。
だからこそ想像力が必要。
そして、読書はその一助になる。
例えば、ディスレクシアについて。
寺内はるなさんの優しい眼差しに満ちたこの小説を読むと、その生きづらさについて少し理解することができる。
本屋大賞ノミネート作9作を読み終えての個人的順位。
1位 爆弾
2位 ラブカは静かに弓を持つ
3位 川のほとりに立つ者は(←本作)
4位 光のとこにいてね
5位 君のクイズ
6位 月の立つ林で
7位 方舟
8位 #真相をお話しします
9位 汝、星のごとく
あと一冊!-
たけさん
12日なんてもうすぐですね!
今年はどうなるかな~
楽しみに発表の時を待ちましょう!!
部下の方、気が合いそうでよかったですよ...たけさん
12日なんてもうすぐですね!
今年はどうなるかな~
楽しみに発表の時を待ちましょう!!
部下の方、気が合いそうでよかったですよね!
その方も新しい環境で不安があったと思いますし、たけさんのような方が上司できっと安心してると思いますよ!
それにしても、本の読み方も近いのは凄いご縁ですね!2023/04/09 -
naonaoさん
部下さん、あまり僕の得意なタイプではないのですが、これからチームでやっていくし、当日朝声かけて、半ば無理やり飲みに連...naonaoさん
部下さん、あまり僕の得意なタイプではないのですが、これからチームでやっていくし、当日朝声かけて、半ば無理やり飲みに連れ出しました。
まあ、彼にとって迷惑だったと思いますが笑
本読む人なのか聞いたら、取り出した文庫本が村山早紀さんの「百貨の魔法」だったので、思わずうなってしまいました。2018年の本屋大賞ノミネート作品。一気に親近感が湧きました笑2023/04/09 -
たけさん
おはようございます。
部下さん、好みではなかったんですね笑
仕事とはいえ、チームでする仕事であればある程度近い距離がいいですけど...たけさん
おはようございます。
部下さん、好みではなかったんですね笑
仕事とはいえ、チームでする仕事であればある程度近い距離がいいですけど、最初はその距離のとり方って難しいですよね…
ブク友としてもお付き合いできそうですし、本の貸し借りとかできそうでこれから期待できそうですね!!2023/04/10
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さてさてさんの、圧倒的な感想に興味を持ち、そのままAmazonでポチった一冊。
まず、さてさてさんの感想を読んでほしい(笑)
とにかく凄い熱量で、興味がそそられること間違いなし!
カフェで店長を任される原田清瀬。
ある日、恋人の松木が怪我をして意識が戻らないと病院から連絡を受ける。
松木が倒れる前、些細なことで喧嘩をしてしまった清瀬。
松木の部屋を訪れた時、松木が何かをベッドの下に隠していた。
彼がお風呂に入った時、隠したものを確認する清瀬。彼の隠していたものは、、、
彼が怪我をした本当の理由とは。。。
この物語は、このような粗筋の中に、様々な人間の本性みたいなところを突いてくる恐ろしさがあった。
特に私みたいな偽善者には、あなたは愚かだ、あなたは何も分かっていない、あなたは何も本質を見抜けていない、、、
と聞こえてきそうなくらい。。。
このところそんな本ばかり読んでいたから被害妄想か??
自分は真面目に仕事も家のことも頑張っていて、誰からも後ろ指刺されることのないように生きてきたと信じていたのだが、最近それが揺らいでいる。
自分って人間は、分かったふりして、何にも分かってないよな??
私みたいな人間が一番手に負えないんじゃ??
なーんて、反省させられるところもあった。
でもこういう客観視、私には必要だと思う。
さてさてさんのお陰で、素晴らしい本に出会えました。
ありがとうございました(*^▽^*)-
さてさてさん
さてさてさんのレビューを纏めたら、一冊の分厚い本が完成しそうですよね!(*^▽^*)
さてさてさんはじめ、フォロワ...さてさてさん
さてさてさんのレビューを纏めたら、一冊の分厚い本が完成しそうですよね!(*^▽^*)
さてさてさんはじめ、フォロワーの皆さんは、流石に本を沢山読まれるだけあって、みなさん文章がお上手で、羨ましいです。
匿名だから本当にわかりませんね。意外と近くの人がフォロワーさんだったりする可能性もありますよね(^^)
私は若い頃、インターネットで知り合った方のプログラミングのオフ会に出たことがあります。
私が20代の当時は、まだネット上にコードが沢山落ちておらず、質問掲示板などによく質問を書きました。
私は常に質問者で、オフ会に来てくれたのは、いつも回答をしてくれる、その世界では神のような方々でした。
それはそれは緊張して東京に行きましたが、多分ブクログの世界では、さてさてさんがフォロワーの皆さんから見た時、神のような存在なのだろうなぁと感じます(*^▽^*)
きっとブクログのスタッフさんからも、もちろんフォロワーさんからも注目されている存在なのだろうなと思います(*^▽^*)2022/11/12 -
bmakiさん、恐れ多い限りです。
ブクログの2000年代前半まで遡れるレビューを見ていると、それぞれの時代に色んな方がコミュニケーション...bmakiさん、恐れ多い限りです。
ブクログの2000年代前半まで遡れるレビューを見ていると、それぞれの時代に色んな方がコミュニケーションを活発に取られていらしたことがよくわかります。ただ多くの方が、タイムライン的には過去の方になられてしまっていて、こんな時代があったんだなあと思いを馳せる時があります。私は、女性作家さんの作品を全て読み終えてブクログを卒業します!とプロフィールに宣言はしていますが、絵空事であることは承知しています。息を引き取る数分前までレビューを書いているわけないですから、どこかで離れる時が来て、同じようにブクログの歴史に埋もれていくんだろうなと思います。
ただ、こうやってbmakiさんとやりとりしたことも全て残るので、その時の方たちがどんな風に読むのだろう、色々考えるとなかなかに興味深いです。
bmakiさんに教えていただいたオフ会のお話とても興味深いですね。ブクログを去った人たちだけのOB会も面白いかもしれません。上記しました歴史に名を残されていらっしゃる面々とお会いしたいですね。
私などまだまだ青二才です。精進してまいりたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします!2022/11/12 -
さてさてさん
私はそれほどマメではないので、ブクログはコミュニケーションツールというより、単なる備忘録として活用していました。
同じ...さてさてさん
私はそれほどマメではないので、ブクログはコミュニケーションツールというより、単なる備忘録として活用していました。
同じ本を買ってしまうということが何度かあった為(^_^;)
ブクログの歴史も何にも分かっていませんし、フォロワーさんとのやり取りもほとんどありません(笑)
さてさてしんの本棚は、沢山の人から注目されていて、フォロワーさんからのコメントも多く、私とはブクログの存在の大きさが違うのだろうなぁって感じます。
女性の作家さんの本をたくさん読まれていたので、さてさてさんは女性のイメージなんですよね。
でも、プロフィールを見ると男性で、びっくりした記憶があります。
これからも注目させて頂きます。
今後ともよろしくお願いしますm(_ _)m2022/11/13
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