日本推理作家協会賞受賞作全集 49 (双葉文庫 ま 5-1)

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  • Amazon.co.jp ・本 (298ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784575658484

作品紹介・あらすじ

大都市を成立させた上京者たちの稀薄な人間関係が『D坂の殺人事件』を生み出し、単身者の住まう下宿館の出現が『屋根裏の散歩者』の密やかな猟奇的悦楽を可能にした。1920年代の東京で、都市文学として胚胎した探偵小説が、鮮やかに花開くさまを精緻に説き明かす力作評論。気鋭の探偵作家が都市空間に紡いだ夢想とは?出色の乱歩論、異色の都市論。

感想・レビュー・書評

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  • 建築家であり作家でもある著者による、江戸川乱歩×都市論。
    1920年代に東京を舞台にした探偵小説が生み出された背景を考察。
    ノクタンビュリスム、高等遊民と不況、セリバテール、パノプティコンなど、
    高山宏の推理小説論『殺す・集める・読む』でも言及されていたモチーフが出てくるので、
    頭の中で相互に補完すると理解が深まりそう。
    著者が執筆期(1980年代前半)に撮影した東京の街角と建物の写真も豊富に収録されているが、
    それら1920~1930年代の佇まい、すなわちアール・デコ様式の建築は、
    ほとんど取り壊されて姿を消したと、あとがきに記されているのが寂しい。

    ⅰ章「感覚の分化と変質」
     ①「D坂の殺人事件」の舞台背景。
      散歩という趣味と喫茶店文化、都会に蝟集した地方出身者たちの希薄な人間関係。
     ②「人間椅子」に見る家屋の和洋折衷。
      半パブリックな洋間と、無防備に裸足で床に座り込むことの出来る和室の共存。

    ⅱ章「大衆社会の快楽と窮乏」
     ①「屋根裏の散歩者」の成立条件=倦怠と密室。
      恒常的なハレの空間となった都市へ地方から吸い寄せられた人々が、
      より強い刺激を求めるようになったこと、
      また、鍵を掛けてプライバシーを守れるアパートが、この頃に出現したこと。
     ②「二銭銅貨」に見る恐慌と個人の不如意。
      人間が金に翻弄されることを衝いたプラクティカル・ジョーク。

    ⅲ章「性の解放、抑圧の性」
     ①「お勢登場」に見る大家族制の解体と大都市における核家族化の進行。
      家に縛られながらも戸主権を行使できない、都会の核家族の主(夫)は、
      心理的には独身者と変わらず、ふとしたきっかけで単身者の心理に退行してしまう。
     ②「覆面の舞踏者」「一人二役」に描かれた夫婦の性愛。
      家という制度の枠を取り払ったとき、夫婦の性愛の自然な形が明るみに出るが、
      そこに現れるのは不本意ながらのスワッピングや別人に成りすます演技であり、
      彼らは性知識の氾濫の中で想像力を駆使して、生活の貧しさから目を逸らしていた。

    ⅳ章「追跡する私、逃走する私」
     ①「押絵と旅する男」に描写された浅草の十二階
      =凌雲閣を設計したエジンバラ出身の技師バルトンは写真家でもあった。
      高層建築と写真術の共犯関係が、
      高さによる視界の変化と窃視性による疑似体験の感覚を人々にもたらした。
     ②「鏡地獄」における自己の姿を映す鏡の魔力、
      他者との関係を自身の領内で完結させようとした「虫」の主人公、
      資金を使い果たして本来の自分に立ち帰った「パノラマ島奇談」……
      それらの作品に描かれているのは、
      外部から自己を隔絶したいという願望と共存する、なお外部と繋がりたいという欲求だった。

    ⅴ章「路地から大道へ」
     ①乱歩式・東京の地理学。
      関東大震災後、復興のために発足した同潤会による鉄筋コンクリート造のアパート群の立地と
      「陰獣」大江春泥の転居先との近接=都市スラムが盛り場を核として成り立っていたこと。
      「吸血鬼」においては犯人と探偵の行動半径が拡大し、しかも、中心地が西漸したが、
      この重心の移動は、東京の中心が国鉄駅を持たなかった浅草から新宿に移った点と重なる。
     ②「闇に蠢く」「一寸法師」に描かれた浅草界隈の大道芸・見世物小屋の世界は、
      そうした娯楽を嗜好する労働者が鶴見や大森といった新たな工場地帯へ移動したため、
      衰退していった。

    ⅵ章「老人と少年(30年代から60年代へ)」
     ①火葬が一般化し、公園墓地が出現して「死」が帰る「家」を喪失。
      葬儀の短縮と墓地の公園化によって、死後の世界との関わりが薄れていった。
      死へ近づきながら、唯一自由が利く眼で彼岸を見つめる「芋虫」の夫と、
      現実が無意味だと悟ることを避ける妻。
     ②少年誘拐
      「少年探偵団シリーズ」の隆盛と最後の輝き。
      時代の流れや街の様相の変化によって、少年たちを拐かし恐怖させるのは、謎の怪人ではなく、
      彼らを取り込もうとする戦争、延いては受験戦争へと移り変わっていった。

  • 13/06/09、一箱古本市で購入。

  • <乱歩鏡を通して見る東京論は、こんなにも面白い>


     江戸川乱歩を通して解かれる東京論・都市論! 乱歩小説=都市小説、という視点の提示が興味深いです。

     そういえば、乱歩って街の描写が親切で、たとえ夜の暗闇のなかでも、景観を表す1コマ2コマが挿入されていることが多いんですよね。路地の情趣、長く続くお屋敷通りの塀、それが途切れて急に広がる原っぱ、待ち受けているはずの闇……。
     視覚的情報はもちろん、手ざわりなどの体感データまでリアルに刻みこまれていて、散歩好きだった乱歩が構想を練りながら、あちこちフラついたことをも想像させてくれます。そうそう、都市を彩る建築の特色までも、作中背景として自然に溶けこんで描かれている!
     いきおい、乱歩小説は、執筆当時の東京を映し出す鏡となる性格を帯びているのです(乱歩だけに相当歪んで写るとしても)。

     と気づいたところで、改めて拾い読みするだけの暇を、一般人が勤めに出るとなかなか持てないけど……★ 自分でやるよりはるかに丁寧に摘出し、年代を追って綺麗に整頓してくれているのが、本書のありがたいところです。

     乱歩が描いたのは、大正~昭和初期の東京であり、とりわけ松山巖さんがまなざしたのは、乱歩作品が光彩を放った1920年代でした。地方出身者を飲みこんで巨大都市へとその貌を変え、明るさを増していった東京は、作品にも変容を促すことに★
     いつしか怪人二十面相も時流に合わなくなりましたが、失われゆくものは最後に一際長く光をなげかけるのです。松山さんは、失われたものを惜しむ気持ちを滲ませることこそあれ、懐古趣味に押し流されずに解説されています。

     閉鎖的なムラ社会から出てきた人々が得る解放感、それでいて人と人との間に感じる微妙な距離感、たまる妄想、起きる犯罪……。など、探偵小説のなかから手がかりを切り抜き、集め、かつての東京像を引き出す手口を見ると、著者も探偵しているな~と感じます。都市探偵です!

  • 日本推理作家協会賞(1985/38回)

  • これは面白い。この人の本他のも読んでみようかなと思った。あと乱歩のものも。

  • 乱歩の描いた東京を考察し、さらにその東京を背景に乱歩作品を考察する……なんか読み入ってしまいます。

  • 日本推理作家協会賞(評論部門)

    これから読む本

  • 1980年代にありがちな戦前の東京論という体裁の本なのだが,建築を学んでいた若い頃に,浅草六区の「トキワ座」や「東京クラブ」「仁丹塔」などのアール・デコ期建築をよく観て歩いたので,所収の写真がどれも見覚えがあって懐かしかった.あの頃に撮ったポジが沢山仕舞ってある筈だが,どこへ行ったかな.カビが生えたり褪色したりないうちにフィルムスキャナに掛けて電子化しておかなくては.

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