板橋雑記/蘇州画舫録 (東洋文庫 29)

  • 平凡社
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  • Amazon.co.jp ・本 (243ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784582800296

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  • 『板橋雑記・蘇州画舫録』平凡社,1964年:余懐「板橋雑記」(岩城秀夫訳)だけ読んだ。明末の万暦から崇禎あたりの南京花柳界を書いた逸話集である。清になってから書いているので、もと王族が他人のかわりに罰杖うける商売をしていたり、いわゆる「没落譚」も多い。南京花柳界は旧院の歌伎と、珠市の歌伎に分かれる(芥川「南京の基督」はずっとあとだが、こんな雰囲気である)。明末のいわゆる「芸伎」は教坊司という役所の管轄で、「身請け」なども「祠部」という戸籍係があって、役人が管理していた。伎館の「おかみ」は「仮母」、芸伎は「娘」とよばれ、廓の外の女性は「小娘」といい、旦那は「姐夫」(ジェフ)、旦那からおかみを呼ぶときは「外婆」(母方の祖母と同じ)という。江南知識人はだいたいものすごい金持ちであり、ボンボンどもの遊びはものすごい。方以智も花柳界では「顔」だった。科挙及第まえの方以智は崇禎十二年(一六三九年)、七夕の日に水婁で芝居を三座よんで競演させ、街中の歌伎をあつめて、今風にいえば「美女コンテスト」を開いた。車や舟で客があつまり、交通渋滞が発生するほどだった。この美女コンテストでは、珠市の王月(字は微波)が、「状元」(科挙第一位の意)になり、宴会は夜明けになって終わった。王月は才気あって美しく、化粧もうまく、すらりとして玉をたてたよう、歯は雪のように白く、目元すずしい女性だったそうだ。著者の余懐は王月に「月中の仙子、花中の王、第一の常娥、第一の香」という詩をつくってやり、王月はハンカチにこれを刺繍したという。貴公子どうしの芸伎の奪い会いも熾烈で、王月を金づくでうばったのが蔡香君という男、方以智の遊び仲間の孫克咸もいれあげていて、非常に悔しがったという。蔡香君は赴任先で農民反乱軍の張献忠に捕らえられ、王月も軍にいれられたが、張献忠に逆らったため、首をきられて、大皿にのせて盗賊に供されたという。孫克咸に身請けされた葛嫩(かつのん)という女性は明清の王朝交替期に孫といっしょに賊にとらえられ、犯されそうになったが、舌をかみ切り、血を賊將の顔に吹きかけ、怒った賊に斬られて死んだ。孫も後を追って死んだという。『板橋雑記』には方以智の話がもう一つのっている。山東省莱陽のひと姜如須が李十娘という芸伎の家に遊んで、女色に溺れてしまい、でてこなかった。方以智と孫克咸は李十郎の寝室に刀をもってのりこんで、大声で脅した。如須は賊だと思い平身低頭、「命ばかりはお助け下さい。十娘には怪我のないようにお願い申します」といった。その様子をみて、方と孫は大笑いしたという。方以智は身軽で屏風の上を歩けたという嘘のような伝説つきである。ほかにもいろいろな風物がたくさんでてくる。伎館でだされる「木瓜」は「パパイヤ」のことだそうだ。「仏手柑」というのは手のひらの形をした柑橘類で香りだけを楽しむ。伎館にはオウムがいて、旦那がくると「茶、茶」と鳴くそうである(これ、普通の鳥の鳴き声じゃないかと思う)。没落した幇間(たいこもち)は茶にうるさくて「芥茶」という銘茶を恵泉という名泉の水で入れないと飲めたものではないと言っている。塩商が芸伎を身請けし、見込みのありそうな若者に献上するという話しもある。「断袖」というのは男性の同性愛のことで、漢の哀帝が臣下の董賢と同性愛の関係で、董の眠りを妨げぬように、着物の袖をきって起きたという故事による。腕枕でもして寝ていたのであろうか。『中日大辞典』にものっている言葉である。白点風(しろなます)という皮膚病が顔にできて、容色が衰えた男のこともでてくる。蓮の露で治したそうだ。なんか文士というのは、ひいきの芸伎に墨を磨らせるのが好きらしい。明末の南京でもやっていたし、永井荷風も同じことをしていたのを読んだ気がする。「雪もうらやむ白肌」とか、「眉も画いたように美しい」とか、「水晶の屏風をたてたような」たたずまいとか、美女の描写にはいろいろ工夫をするもんだなと思う。芸伎も『食譜』や『茶経』に通じていたり、細字をよくしたり、蘭の絵を描いたり、古典劇を歌ったりといろいろ教養をつけねばならず大変である。彼女たちは、だれにでもなびくわけではなく、千金をつんでも口も聞かない場合もあった。ついでにいうと「花魁」という言葉はもともと中国語である。「売油郎独占花魁」(油売りが花魁をひとりじめ)という有名な話が明末の『醒世恆言』という本にでてくる。余懐が書いた頃は、北方では満州族がたびたび侵入して、都市を焼き討ちして略奪していた。メディアがまだ未発達だったせいもあるが、おおむね人は地獄のとなりで愛を語り、明日の命のことも考えずに、笑っているものなんだなと思う。

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