- Amazon.co.jp ・本 (283ページ)
- / ISBN・EAN: 9784582854886
作品紹介・あらすじ
御嶽、天道山、モイドン、神山、そして堂…。信仰の結晶としての森、それは、信仰を形あるものにせずにはいられない西洋人の宗教とは対極をなす、目に見えないものを信じる私たち日本人の信仰そのものである。沖縄にはじまり、済州島にたどりついた、森だけの聖地をもとめての長い遍歴。
感想・レビュー・書評
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宮古島旅行に行くことになり、本書を手に取ってみました。
済州の堂から、御嶽、神社へと思いを巡る旅。実際に足を使って見た内容からの考察は説得力を増す。
さらに御嶽について理解を深めるには、続編となる新書を手にすべきだろうか。
柳田國男に対しての興味まで抱かせる、私にとっての知的良書となった。
宮古島旅行も楽しかった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
森に抱かれる原始の信仰は、日本列島でも朝鮮半島でも、国家や神道、儒教や仏教によって蹂躙されたり上塗りされてしまいがちで、今となってはその姿を窺い知ることが難しくなっている。しかし、沖縄の御嶽や済州島の堂(タン)には未だそれが色濃く残っているという。沖縄に御嶽を訪ねたくなった。本書はまた、神道や神社を殊更に特別視するような言説に対する解毒剤にもなっている。勉強になった。
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神社、御嶽、堂という(おそらく)同じような信仰心から発したモノが、長い時間を経てそれぞれの気候風土や文化の流入によって進化を遂げたり、はたまた絶滅したりする様は、生物の進化史に非常によく似ている。
また、こうして済州島や沖縄列島、日本列島に古い信仰の痕跡が残っているのも、島だからという理由が大きいのだろう。その点もまた生物の進化と多様性の歴史に近いものがあると思う。
そう思うに付け、神社と血を分けた兄弟たる堂信仰が忘れ去られていくことが痛々しい。大陸史は侵略と破壊の歴史だなぁと感じてしまう。
なんとか維持して貰いたいと、他人事ながらに思わざるを得ない。
神社の起源が縄文時代に遡る可能性がある事は知っていたが、幾重にも幾重にも、長い年月をかけて他所の信仰と混ざり合ったり、手法を取り入れたりした結果として今の「神社・神道」があるのだなと改めて思う。
「原始宗教」の残り香を微かに追いかけることができる点が、神道はやはり面白い。 -
原始の神社をもとめて――日本・琉球・済州島
著者:岡谷公二
【書誌情報】
シリーズ・巻次 平凡社新書 488
出版年月 2009/09
ISBN 9784582854886
Cコード・NDCコード 0239 NDC 382.2
判型・頁数 新書 264ページ
「神社は墓所である」――女性祭司が統べる森だけの聖地という類似性から、沖縄の御嶽(うたき)と済州島の堂(タン)を結びつけながら、古代の神社が半島起源であるという、単純だが究極の禁忌を明かす。 御嶽、天道山、モイドン、神山、そして堂(タン)……。
信仰の結晶としての森、それは、信仰を形あるものにせずにはいられない
西洋人の宗教とは対極をなす、目に見えないものを信じる私たち日本人の信仰そのものである。沖縄にはじまり、済州島にたどりついた森だけの聖地をもとめての長い遍歴。
<http://www.heibonsha.co.jp/book/b163437.html>
【目次】
第一章 済州島の堂との出会い
堂という聖地
済州島へ
蜜柑畑の中の堂
島の北西岸の堂
海女の村々
忘れ難い堂
第二章 韓国多島海の堂
閑麗水道の島々
智島の堂の森
祭天の城あとと乙女の亡魂を祭る堂
羅老島の馬神
済州島とほかの島々の堂との相違
第三章 済州島の堂とその祭
堂の種類とその立地
堂に祀られる神々
司祭者神房
ピニョムとクッ
迎燈祭
第四章 沖縄の御嶽
御嶽の発見
御嶽に残る古神道の俤
社殿のない神社
神社と女人司祭
御嶽の神社化
斎場御嶽
琉球王国の神女組織
御嶽のありよう
御嶽の起源
第五章 済州島と琉球
済州島と日本
済州島・琉球・倭寇
済州島と沖縄の相似
済州人の沖縄漂着
琉球人の済州島漂着
第六章 神社と朝鮮半島
渡来人が祀った神社
奈良――三輪神社その他
京都――賀茂神社、平野神社、松尾大社、伏見稲荷、八坂神社
伊勢神宮と朝鮮半島
堂信仰のあらまし
堂と神社
第七章 神社をめぐるいくつかの問題1――縄文・弥生と神社
神社の起源は縄文時代か
神域内に縄文遺跡のある神社
諏訪信仰の問題
弥生時代と神社
縄文土偶をめぐって
第八章 神社をめぐるいくつかの問題2――神社は墓か
死穢観念の成立
古墳の上に建つ神社
裏手に古墳のある神社
山頂や山の中腹の古墳を祀る神社
名高い神社と古墳
御嶽葬所起源説
堂と墓
第九章 聖なる森の系譜
貝の道
高麗瓦その他
対馬の天道山
ヤボサ神
薩摩・大隈のモイドン
種子島のガロー山
トカラ列島の女人司祭
奄美の神山
藪薩の御嶽
付章 神社・御嶽・堂――谷川健一氏との対話
済州島というトポス
堂の祭
御嶽の発生
聖地とは何か
御嶽の聖性
対馬の問題
五島列島と済州島
問いとしての御嶽
あとがき
参考文献 -
岡谷公二『原始の神社をもとめて』(平凡社、2009)
東大文学部で美術史を選考した著者は大学教授として美術を講ずる傍ら柳田國男、民俗学の研究にも着手。古神道の面影を残す沖縄のウタリに魅せられ、半世紀にわたる沖縄通い、やがてその源流を韓国済州島に見出す。
1929年生まれの著者が80歳で纏め上げた新書、「原始の神社」を求め沖縄から済州島へ。古代史における新羅、百済の影響。
伊勢神宮との関連について言及した箇所が特に興味深く、論文もいくつか紹介されているのでこれを起点に研究を深めるのも面白そうです。
神宮近く、五十鈴川に沿う韓神山は神官の墓地だったところで、大正時代までは古墳が残っていたそうです。
【本文より】
○天武天皇は、その出自を新羅の王族とする説が出るほど、新羅に近い天皇であった。壬申の乱を、天智天皇の実弟と第一皇子との皇位継承をめぐるものとする従来の説を否定し、新羅の勢力をバックとする大海人皇子と、百済の勢力をバックとする大友皇子との戦いとする大和岩雄氏の説(『古事記と天武天皇の謎』)は、きわめて説得力がある。この説が正しいなら、壬申の乱後、天武朝において、新羅の文物が多くの分野に入り込んだことは十分考えられることで、伊勢神宮も例外ではない。 -
もともと大樹や森(杜)が神として崇められていて、そこでときどき儀式をやっていたのが、儀式のための社が常設されたり、聖域を分かりやすく示すために鳥居が建てられて今の神社の形になったというような話。
そのルーツは琉球や済州島に。 -
日本の古風な信仰形態であるとされる沖縄の御嶽。これが韓国済州島の堂と似た形式をもつという。韓国の堂との共通点を探るにつれ、日本の信仰の古形に触れる本。海老名の有鹿神社近日参上。
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[ 内容 ]
御嶽、天道山、モイドン、神山、そして堂…。
信仰の結晶としての森、それは、信仰を形あるものにせずにはいられない西洋人の宗教とは対極をなす、目に見えないものを信じる私たち日本人の信仰そのものである。
沖縄にはじまり、済州島にたどりついた、森だけの聖地をもとめての長い遍歴。
[ 目次 ]
第1章 済州島の堂との出会い
第2章 韓国多島海の堂
第3章 済州島の堂とその祭
第4章 沖縄の御嶽
第5章 済州島と琉球
第6章 神社と朝鮮半島
第7章 神社をめぐるいくつかの問題1―縄文・弥生と神社
第8章 神社をめぐるいくつかの問題2―神社は墓か
第9章 聖なる森の系譜
付章 神社・御嶽・堂―谷川健一氏との対話
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[ 参考となる書評 ] -
済州島の堂、琉球の御嶽等を通して「原始の神社」の信仰や文化についての考察。