京アニ事件 (948;948) (平凡社新書 948)

著者 :
  • 平凡社
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  • Amazon.co.jp ・本 (205ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784582859485

作品紹介・あらすじ

多くの死傷者を出し、アニメ界のみならず日本社会に大きな損失をもたらした「京アニ事件」。この事件は何を露わにしたのか。アニメ史の専門家が独自の観点から分析する。

感想・レビュー・書評

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  • 2019年7月18日、京都アニメーションの建物が放火され、多数の犠牲者が出た「京アニ事件」。アニメーション史を研究する著者が、事件から見えてきた日本アニメーションを取り巻く問題について語る。

    著者が事件についていち早く執筆したのは、著者のもとに殺到したメディアからの取材に対応するうち、京都アニメーションが日本のアニメ業界の中でどのような位置づけであったのか、またこの事件が日本アニメーション史の中でどれほど大きな影響を及ぼすものであるのか、ということを、アニメファンや関係者だけでなく社会一般に知ってほしいという思いを感じたからであるようだ。

    著者は京都アニメーションを「唯一無二の存在」であると述べる。「京アニ・クオリティ」と呼ばれる緻密な作画や作品の質の高さ、実在の地域を作品に取り入れ、「聖地巡礼」ブームを生み出す影響力、東京一極集中で分業制中心のため、下請けになればなるほどブラックな環境になるアニメ業界の中で、地方で手厚い福利厚生のもと正規社員を雇用し、自前制作を行う京アニは、まさに「独立国」という位置づけだったという。
    一方、そのような孤高の存在であり、必要以上に会社の情報を発信しない主義であったことが、事件が起こった際に専門家が京アニについて語りにくい要因の一つになったと著者は指摘している。
    専門家が口をつぐんだ理由はこれだけではない。幼女連続誘拐殺人事件など、凄惨な事件の犯人がアニメ好きだったことにより、一般のアニメファンまで特異な目で見られることとなった苦い経験から、専門家や関係者の間では不用意な発言を控える方向に動いたこと、当時の報道のされ方によってメディアに対する不信感が残ったことなども理由として挙げている。
    また、この事件の中で著者が特に注目していたことが、犠牲者の実名報道の是非である。犠牲者家族の多くが実名非公表を希望していたにもかかわらず、ほとんどのメディアが最終的に実名報道に踏み切った。「事件の重大性を正確に伝えるため」ということが理由として挙げられたようだが、著者は実名報道自体に賛成を唱えつつ、その意義については、アニメーション制作者がエンドロールで名前を公表しており、アニメファンにとって強く意識される「公」的な立場である、ということを根拠とする。著者の中では、社会における日本アニメーションクリエイターの位置づけをはっきりさせたい、という思いもあるのだろう。

    本書の最後で、著者は京アニの再興に向けて提言を行っている。一つは、事件自体ではなく事件への対応や取り組みについてレポートでまとめ、発信すること。もう一つは、スタジオ跡地をアーカイブの保管庫とすること。また、自身を含む研究者・専門家の役割として、アーカイブのための法整備や資料保管の方法の提案、アニメ業界についての公的な情報発信を挙げ、そのためにこれまでの秘密主義から一歩進んだ情報提供の必要性を説いている。

    本書はジャーナリストによる事件の分析を中心としたルポとは違う角度から事件を語るものであり、著者の日本アニメーション、京都アニメーションに対する使命感や危機感が感じられる一冊であった。

  •  2019年7月の京都アニメーション放火殺人事件について、アニメーション史研究者の立場から総括した書。事件の展開過程のみならず、京アニの業界における特異な立ち位置(地方を本拠とする、正規雇用原則による長期の人材育成システム、「家族主義」など)、実名公表是非を含む報道倫理をめぐる議論、過去のアニメ関連の刑事事件の影響など、論点は多岐にわたる(ただし犯人については慎重に分析・言及を避けている)。京アニが他社に比べて従来から「秘密主義」であり、事件後も厳しい「箝口令」を敷いているという指摘や、事件時にアニメ関係者や専門家がメディアで沈黙しがちだったのは、「宮崎勤事件」以来のメディア不信が影響しているという指摘は珍しい。京アニ作品の「内容」を語る者は多いが、作品を成立させている「条件」「構造」を歴史的経緯を踏まえて語ることのできる者は少なく、本書はその数少ない例と言える。

     なお本書では、仕上(彩色)の下請会社から元請になり「ブランド」に発展したのは「他に例がない」(p.87)としているが、「ブランド」かどうかはともかく、仕上専門の下請から元請になった会社は他にもスタジオディーンやシャフトがあり(創業時期も近い)、正確な記述ではない。京アニの「特殊性」を歴史的・構造的に分析するためには、東映アニメーションや虫プロダクションなどよりも、起源の近いこれらとの比較が必要となろう。

  • 事件の経過を追った本だが、客観的に経過が書かれており分かりやすかった。京アニが日本のアニメ史の中でどのような役割を持っていたのかもニワカの自分にも分かりやすく書かれていて興味深い。
    マスコミや世間と「オタク」の対立構造を煽りたがっているのは誰なのか、それをする事でどんな得があるのか。そういった点からも興味深い本だった。

  • ふむ

  • 【図書館の電子書籍はこちらから→】  https://elib.maruzen.co.jp/elib/html/BookDetail/Id/3000104536

  • 大きな事件が起きると、それをネタにマスコミが焦点の外れた掘り下げをはじめ、ネットでは真偽不明な情報が踊る。この風潮の中では発言が慎重になるのは否めない。アニメーション発展の歴史の中で、アニメ好きの人たちへの偏見と差別があるのは知っていたが忘れていた。また、京都アニメーションという組織・技術集団の優れた点も本書で知った。事件の本質はまだわからない。被疑者がどうなったのかも、その心の中もわからない。2019年の事件だ。私は『氷菓』ファンなので、コミックの巻末に原作者の哀悼の辞があったのを思い出した。

  • 京アニの将来有望なアニメーター36名は、なぜ死なねばならなかったのか。
    アニメ-ション研究家が冷静に伝える事件の真相。

  • 大学の先生が書いた本は感情が排除されたものが多く、また、事実か著者の考えなのか読み取れるようになっているのでとても読みやすく理解しやすい。

    戦後最大の大量殺人となった京アニ事件。その内容や経緯など多角的に知ることができた。京アニ自体のこともたくさん書いてあり、同社の起りを知ることができたのは良かった。

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著者プロフィール

津堅信之

1968年兵庫県生まれ。近畿大学農学部卒業。アニメーション研究家。日本大学藝術学部映画学科講師。専門はアニメーション史。近年は映画史、大衆文化など、アニメーションを広い領域で研究する。主な著書に、『日本のアニメは何がすごいのか』(祥伝社新書)、『ディズニーを目指した男 大川博』(日本評論社)、『新版 アニメーション学入門』『新海誠の世界を旅する』(ともに平凡社新書)など。

「2022年 『日本アニメ史』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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