魔王(下) (lettres)

  • みすず書房
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感想 : 5
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  • Amazon.co.jp ・本 (456ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622048091

作品紹介・あらすじ

ドイツ軍の捕虜となったアベル・ティフォージュ。森と動物になじんだ彼にとって、ロミンテン禁猟区への移動は、さらなる運命の導きとなった。プロイセンの森の奥深く、そこで見たのは帝国狩猟頭ヘルマン・ゲーリングの宮殿。鹿を狩り、ライオンと共に肉を食らうその姿に、人食い鬼たる自らの本質を感じつつ、さらなる太古の世界に向けてティフォージュは旅する…。ついに到達したカルテンボルン城は少年戦士を養成するナポラで、ナチズムの核心を体現する場所であった。ソ連軍の猛攻に崩壊寸前のドイツ第三帝国、その中で死んでいく少年たち、ティフォージュはとうとうしるしの意味を知らされる。20世紀文学において『ブリキの太鼓』とならび不動の位置を占める幻想的戦争文学の傑作。

感想・レビュー・書評

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  • 映画でもいちおうその運命の「徴」は表面的には描かれていたものの、なにもわかっていなかった。読後呆然となった。まぎれもない傑作。そして極上のミステリー小説でもある。


    上巻で戦地に送られ、ドイツ軍の捕虜となった主人公アベル・ティフォージュは、盲目のヘラジカの訪れる小屋で森林監督官と出会ったのを機に、ナチスの高官たちのいる狩猟宮殿で働くことになる。

    さらにはそこで得た人脈を利用し、こんどはナポラ(ヒトラー・ユーゲントたちを育成する学校。実在したらしい)で少年たちの世話をする仕事を手にし、アベルはいよいよ自身の運命に思いをはせる。

    それにともない、ふたたび、アベル・ティフォージュの左手の手記も戻ってくる。読者は彼とともに、その運命の徴を解読していくことになる。

    下巻は、
    4(ロミンテンの人食い鬼)、5(カルテンボルンの人食い鬼)、6(星を担ぐ人)、
    という章立て。

    いよいよ、「担ぎ」のテーマが深まっていく。
    同時に「紋章学」というテーマも前面にあらわれ、幾何学や対称性、双子といったスピノザ的な通奏低音が鳴り響く。

    「担ぎ」という概念がうっすらと見えてきた。
    「十字架を担ぐ人、キリスト」ー「キリストを担ぐ人、聖クリストフ」(これはアベルが通った学校の名でもある)、その系譜につながるアベル。
    少年たちを担ぐ=支える、かいがいしく世話する、務めを得たアベル。

    イエスが十字架を背負い、同時にまた十字架にかけられたように、「担ぐ」ことは同時に「担がれる」ことでもある。
    また、少年たちをかいがいしく世話をすればするほど、それは少年たちを支配することを意味する(これってまさに、子どもにとっての親の愛の恐ろしさ)。

    ここに、担ぎをめぐって、「価値転換」という新たな展開が
    始まる。「青ひげ」という名の馬にまたがり、近隣の村々をめぐって少年たちを半ば誘拐し、ナポラに連れてくるのが「人食い鬼」アベルの仕事。

    少年たちを一箇所に集めて世話をするのがアベルの欲望。優秀なヒトラー・ユーゲントを育て上げることはまた、彼らを死へと担いでいくことも意味する、この悪しき担ぎの価値転換に、アベルも気づいていないわけではない。
    欲望は容易に価値転換する。

    しかし戦況が思わしくなくなり、ソ連軍が侵攻してくるという噂がたち、アベルの欲望は方向転換せざるをえなくなる。軍事練習中に少年の一人がロケット砲で、もう一人が地雷で吹き飛ぶという事件が起きたからだ。

    さらに決定的なのは、アウシュヴィッツ強制収容所から逃げてきたユダヤ人の少年エフライムが瀕死の状態で倒れているのを助けたことに端を発する。

    こんな胸をえぐるような一文がある。

    「エフライムは、そこで生まれたような気がするほどごく幼い頃にそこへ連れてこられたので、収容者たちの眼には死の幻覚に包まれている深淵の奥底で自分が成長したことに、ほとんど誇りに似た気持ちを抱いているように見えた。」

    元気を取り戻しつつあったエフライムが発した言葉が、アベルの理想の幻想世界であった動物にあふれる東プロイセンの森を、地獄に変える。
    狩の獲物たちは戦車に姿を変え、
    戦うヒトラー・ユーゲントの少年たちは次々と撃ち殺され、ヘラジカが訪れた「カナダ」と名付けた小屋は収容所の小屋やガス室へと通じている……

    アベルの担ぎの「徴」は逆転する。ユダヤの星を担ぐエフライムを、さらに担いで、そのあまりの重さをその身に感じながら、逃げ出そうと決心する。

    こうしてアベルは、プロイセンの森の魔王から、旧約聖書に登場する怪物ベヘモットに姿をかえる。眼鏡は壊れ、かつて出会ったヘラジカのごとく盲目に近い状態になり、肩にのった少年のいうなりに導かれていくその先にはいったい何があるのか。

    ここでアベルという名の徴が浮かび上がってもくる。

    カイン=定住者=ナチスドイツ=フランス
    アベル=流浪の民=ユダヤ=ジプシー

    人類最初の殺人事件の被害者と同じ名のアベルは、欲望をしっかりと担いだまま、(あるとすれば)新天地を求めて逃走する。だが同時に、その足元には深い沼が迫っている。

  • 一つひとつの言葉が重厚で(悪く言ったら読みにくい)めちゃこの本は時間掛かった。「価値転倒」とか「担ぎ」とか「アルファ」「オメガ」とか、彼の造語のようなもの?が多かったのも上巻時点ではかなりしんどかったな……。
    魔王って言ったら、多分真っ先に思い浮かぶのはシューベルトの曲。人喰い鬼という言葉も出てくるし、あのゲーテの詩をテーマの1つとした物語。
    最後の徴が全てまとまるのは鳥肌が止まらなかった。ずっと詩みたいに芸術的な物語。
    最初はティフォージュがおぞましく感じると思う。上巻の表紙を眺めてると、自分にも価値転倒が起こってるのを感じられる。普通に見たら微笑ましい写真のはずなのに……。でもその分、自分の現実にもこの本は浸透してきてる。きっと、この本読み終わったら自分の人生の中にも徴を見付けられるし、良い意味でティフォージュのように幼児化できる。
    最後に読み終わって解説を読んだら、ミシェル・トゥルニエ自身の人生にも象徴的な徴があって鳥肌。

  • シューベルトとゲーテの歌曲「魔王」に導かれ
    動乱の人生が幕を開ける
    “徴(しるし)”と呼ばれる運命的な責務を甘受し、
    邁進する主人公の姿は、読者にも不変な命題を示唆している
    西欧の歴史や象徴学の逸話を背景に人間の性と宿命を物悲しくも精悍に昇華させた

  • 10月14日 第5回日比谷図書館チャンプルでお借りしました。

    物語はゆっくりと動乱の中へ、静かに激しく変わっていきました。
    著者が戦争体験者であって、情緒的でわかりづらいところはありますが、戦争の生々しさが感じられました。

    Toshi

  • ナチス壊滅への途上、進行につれてそれまで提示されていた要素のすべてが主人公の運命に少しずつ符合してゆく過程は圧巻であります。自分の死出の旅路のお供決定な本です。

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著者プロフィール

現代フランスを代表する作家。1924年パリに生まれる。ゲルマン神話とドイツの哲学・音楽に傾倒する。『魔王』『気象』『黄金のしずく』等著書多数。この作品はドゥルーズが非常に高く評価している。

「2010年 『フライデーあるいは太平洋の冥界/黄金探索者』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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