マグヌス

  • みすず書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (221ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622072553

作品紹介・あらすじ

マグヌスは、ぬいぐるみのクマの名前。五歳で記憶喪失におちいった男の子は、このクマを肌身離さず持っていた。ドイツの敗戦、ナチスの父は逃亡、母も窮死。しかし、大人の都合で何度か名前を変えさせられた男の子の過去は、嘘とつくり話で塗り固められたものだった。そこから彼の長い旅がはじまる。舞台はドイツからイギリス、さらにメキシコ、アメリカへ。驚異的な記憶力をもち、数ヶ国語をあやつる彼だが、自分はいったい誰で、どこからきたのかもわからず、本当の名前を知らない。若い読者が本気で選んだ"高校生ゴンクール賞"(2005年)受賞作。

感想・レビュー・書評

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  • 「子どもは五歳までにその一生涯に学ぶすべてを学び終えるものである」。ドイツの教育者・フレーベルの言葉だ。
    『マグヌス』の主人公は五歳にして記憶喪失に陥り、その学んだすべてを失ってしまった。ナチス党員の夫婦に引き取られた彼は、 作り話の過去を吹き込まれて育つ。やがてドイツ帝国崩壊により一家は離散。自らの過去が偽りのものと知った主人公は、不確かなアイデンティティを抱えたまま長い旅に出る。マグヌスとは、彼が記憶を失う前から持っていたクマのぬいぐるみの名前。主人公とその真の過去との接点が、物言わぬぬいぐるみだけであることが切ない。
    作中、主人公が夢中になる本に『ペドロ・パラモ』がある。メキシコの作家ルルフォが著した、実在する小説だ。名前しか知らない父、ペドロ・パラモを訪ねる「おれ」。行き着いた町に住んでいるのは死者ばかりで、あたかも生けるが如き彼らのささめきが、ペドロ・パラモの人物像とその土地の歴史を浮かび上がらせる。
    時系列を重視せず、断片的な文章の積み重ねで物語を構築する点において、『マグヌス』は『ペドロ・パラモ』の小説技法を踏襲しているようだ。『マグヌス』では、通常の小説で「章」に当たる部分が、そのものずばりの「断片」と題される。各「断片」の合間には、作中に出てくる実在の都市や人物についての説明=「注記」、詩歌・本からの引用=「続唱」などが挿入され、架空の物語に現実的背景と文学的彩りを与える。また、冒頭の「序奏」では、自分自身が信じられない記憶喪失者の物語をどのように書けるか、そもそも「書く」ということは何か、著者自身が独白のように呟く。この醒めた視点と筆致のため、ストーリー性よりテキスト性が重視された作品という印象もある。
    とはいえ各「断片」は波瀾に満ち、主人公が心通わす二人の女性との挿話や、思いがけない人物と邂逅する終盤の展開は非常にドラマチック。主人公は何かを得てはそれを失い、場から場へと彷徨う。幼少時の記憶喪失という体験は特異だが、その自分探しの旅路は普遍的で共感を呼ぶ。人が己を認識するために必要な「言葉」の重さ、そして頼りなさを考えさせられる話だ。
    フランスの高校生が密度の高い議論を通して選ぶという「高校生ゴンクール賞」二〇〇五年の受賞作。

  • 序奏 断片 注記 続唱 反響 人物記 挿入記 重ね書き

    章節の文頭にあたる部分にこれらの文字が見られる。
    「断片」で、小説は進行し、
    「注記」「続唱」で、それなりの説明がされ、詩や歌や小説などが引用される。

    不思議な構成の本だ。このことに関して作者のシルヴィー・ジェルマンは、
    ---「断片という語が好きだからです。日常生活のわたしたちが何かを話すとき、それは常に断片です。アルバムを開いた時、そこに見るのは過去の断片です。人はいつも物語りの断片を知る。断片はパズルのように入り組んでいて、それを再構成するのは一人ひとりの自由にまかされているのです」---
    と述べている。

    彼女の自由で独自なこのスタイルに読み手はすぐに慣れる。

    ストーリー性が実に豊かで、意表をつく展開に翻弄される。

    時代背景は、時の流れとして変化していくが、ナチの収容所で働いていた医師とその妻、ふたりの子供にあたる人物がこの小説の主人公で、
    題名の「マグヌス」は、ぬいぐるみのクマの名前である。

    第二次世界大戦末期のドイツ、イギリス、メキシコ、アメリカ、再びイギリス、オーストリア、イタリア、フランスと「マグヌス」とともに私たちは長い旅に出かけるのだ。

    戦争によって子供の出生の真実が隠蔽されてしまう。自分の本当の名を知らない。自分はどこからきて一体誰なのか。
    これとテーマ性として同じなのは、W・G・ゼーバルトの   『アウステルリッツ』 だが、本書 『マグヌス』 は、 『アウステルリッツ』 とは違った非凡な独創的な方向へ進んでゆく。

    本書の中で、W・G・ゼーバルトの文章の引用もあるので、シルヴィー・ジェルマンがW・G・ゼーバルトの 『アウステルリッツ』 を読んでいたことは確実である。

    「マグヌス」色は薄茶でところどころオレンジかかっている。毛はかなり擦り切れ、片方の耳は焼け焦げたクマのぬいぐるみ。首の周りには「MAGNUS」という刺繍のしてある布が巻かれていた。
    主人公の唯一の出生の実体化された形のあるものとして、「マグヌス」は彼と一緒に時を生きている。

    本書は主体となるプロットに依存しない。
    物語は流麗な動きをみせながら、どんどん走り出す。

    シルヴィー・ジェルマンは、1954年生まれのフランスの作家。早くから作家として成功をおさめている。
    本書も非常に完成度の高い作品で、世代を超えた読者を獲得できる小説に仕上がっている。

  • 過去の記憶のすべてが嘘で形作られていた主人公の、迷いと悩みを追っていく小説。両親のことだけでなく、自分の生まれた国さえ分からないという状態で進んでいく話は、合間に挿入される詩や独白のような言葉の助けもあって、読み手を混乱させることなく、作品世界に引き込んでいく。

    いかにもフランス人作家らしく、ハリウッドのような「主人公は最後には必ず勝利して報われる」という落とし方はしていない。愛と愛した人との離別を冷酷につきつけてくるところなんかも、いかにもフランス風。フランス映画を見たことのある人なら、この展開はすっと腑に落ちるかもしれません。

  • 本筋とは直接からまない、とりとめのないエピソード、引用、主人公が知りえない来歴などを合間合間に挟んでいく章立てが面白かったです。過去と名前を失い、たとえそれが取り戻せないものであったとしても、進もう。若々しい熱を持った作品。

  • PL 2011.10.1-2011.10.15

  • 遅まきながら高校生ゴンクール賞の存在を知り(恥)、まず読んでみた。これは傑作でしょう。むかし、白水社の『新しい世界の文学』というシリーズを、わかったふりして続けて読んでいったことがあるが、そのときの気分を思い出した。実験的な、自分にはうかがい知れない深みをたたえた、本当の文学。それと対峙しているという畏れと高揚。ガルシア=マルケス読んだときも感じたなあ。やはり、英米独文学以外に、もっと時間を割くべきだなあ。

  • まるで急いているかのように紡ぎだされる物語に、我知らず飲み込まれていく。端整な語り口のうえ、疾走感もある。

    当時アダムと名乗っていた主人公がメキシコを旅した際、『ペドロ・パラモ』という本に触発されて炎天下の道をさまよい、5歳の時に病のために失われたとされていた記憶の、まさに失われる瞬間が甦るシーンの緊迫感は、思わず息をのむほど。

    自分の人生が嘘によって作り上げられたことを知ったアダムは、失われた過去と自分をつなぐ唯一の物であるクマのぬいぐるみに結ばれたハンカチに記されていた名を名乗り始める。マグヌスと。

    過去の記憶の欠落、そしてそれが嘘で埋められたことは、マグヌスにとって自らの実存すら信用できなくさせる。かろうじて、女性との愛だけが、自らの人生を生きているという実感をもたらしてくれるものとなる。だからこそ愛する女性との別離は、「また何もなくなってしまった」「またゼロからのスタートだ」という激しい喪失感を生む。

    精神の彷徨を続けるマグヌスが出会う人々・・なかでも、最初の愛人にして相棒でもあったメイ・グリナーストーンズの自由闊達さと、彼女が実家から出奔する原因となったエピソード、マグヌスの“伯父”であるロタール牧師の揺るがなさと静謐さ、ヒットラーに昂然と立ち向かったボンヘッファー牧師の抵抗の歴史、ミツバチを友として森に暮らす隠者ジョン士が印象深い。

    どこの誰だかわからなくてもなんにしても、誰の上にも等しく今という時は流れていく。それを両手でしっかりつかもうとすること、その積み重ねが人生なのかもしれない。その行為の合間に人生の喜びってやつが顔を覗かせるのかも。
    そして、たとえ記憶のかなたに埋もれてしまったとしても、この世界から失われてしまったとしても、愛し、愛されたという事実は、心の中に低いハミングのように響いているに違いない。

    静けさのなかに明るさを感じさせる終わり方が素敵だ。

        Magnus by Sylvie Germain

  • 多くの人がこの作品を読まずに死んでいくのだ、ということが残念に思えるくらいの傑作。ストーリー自体は「主人公の自分探しの旅」の物語なのだけれども、その過程で明らかにされる「歴史的事実」と、それが個人の内面に与える影響という点においては、ミハエル・ハネケの「隠された記憶」に似たところがあると感じた(コチラの方が多少大河ドラマっぽくなっているが)。本作はフランスの高校生によって決定されるというゴングール賞を2005年に受賞した作品だが、この小説を選ぶことの出来るフランスの高校生の教養力に脱帽である。筆者はレヴィナスの下で哲学を学んだ人なんだそうだが、高校生がそれを理解できるとはね。いやはや、さすがエスプリの国だと思ったけれども、それはあくまで本書の外での話。

  • とてもミステリアスな雰囲気の物語。
    でもミステリーではありません。
    自分探しをする男の子のお話。
    読後感がなんとも言えない味わいです。

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