死と歴史――西欧中世から現代へ【新装版】

  • みすず書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622095354

作品紹介・あらすじ

本書は、12世紀から今までの、人間の禁忌のテーマ「死」「死を前にしての態度」について、その変わった部分と変わらない部分、そして20世紀の産業化・都市化の果ての未曽有の断絶についての考察である。

感想・レビュー・書評

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  • 『<子供>の誕生』が代表作とされる著者による、死への意識の変遷をめぐる論考を集成した講演・論文集。本書の核となるのは第一部にあたる約80ページの連続講演で、四講演を通じて著者の主張の全体を見通す形になっている。第二部に収められた十二本の論文も、これまたメインの講演部分をパーツごとにわけて論じた内容となっており、発表順としてはこちらが先で、各論文での分析を経たうえでの講演があったのかもしれない。おそらく元々が一冊の本として構想されていたわけではないと思われ、同じテーマの論文と講演を集成するコンセプトのため、第一部と第二部の内容にはかなりの重複がみられる。原著は1975年の出版。約280ページ。

    対象とする地域としては副題にある通り、西欧を扱っている。主に西欧を扱っていたとしても、その他諸地域についても併せて言及するスタンスの著書も少なくないのだが、本書に限っては欧州・アメリカ以外の国家には徹底して触れられていない。とりわけ、著者の住むフランス、そしてイギリス、アメリカに関する考察が圧倒的に多く、この三国に限った分析といってもそれほど言い過ぎではないだろう。時代としては、こちらも副題にあるとおり中世から現代とその間の変遷を対象とし、それ以前の時代についてはわずかに言及されるにとどまる。

    著者が対象とする地域の死への認識は、簡単にいえば、中世・ロマン主義時代・現代の三つの過程に区分できるようだ。各時代の死への意識を要約するなら、死がもっと身近で日常的であった中世から、家族の愛情を背景により悲劇的に捉える時代を経て、最後は人々の意識から極力断絶させる方向性にある現代に至る。著者はこのような意識の変化を、遺書、葬儀、埋葬方法といった死に密接に関連する習俗への観察から見出していく。これに加え、現代でも葬送に関する儀礼を手放さない新興国アメリカの特殊性への指摘も盛り込まれる。

    死への認識、関わり方の変遷を研究した本書のなかでも、とくに引きつけられるのは、死を間近にした当事者の主体性のあり方が極端に変質している点である。中世期までは、銘々の瀕死者は自分の死期を悟り、遺書を準備し、自らがホストとなって身近な人々を死の床に迎え入れて最期のときを待った。家族も医師も司祭も、かつてはあくまで脇役でしかなかった。対して、現代では家族、そして医師をはじめとした医療従事者たちによって本人の死期は注意深く隠され、終始「死への主導権」は当事者ではなく家族と医療者たちが握り、当人は蚊帳の外に置かれる。つまり、当事者が中心であった死から、家族・医療機関中心の死への遷り変わりが見て取れる。この点を象徴する現象として、前述のようにかつては自宅で最期を迎えることが当たり前だったのに対し、現代の工業化された地域のほとんどでは、病院での死が標準に近くなっている。この変化に関する大きな要因としては、医療技術の発達により寿命が引き延ばされたこと、来世が信じられなくなったことなどが挙げられている。

    全体を通しての感想として、上記のような死の当事者の主体性が奪われていく点については現代の日本でも変わらず合致しており、とくに納得できる点である。家族や医療従事者が良かれという意識のもとで、瀕死者を子どもや無能力者のように扱う態度については、多くの認知症の当事者の置かれる状況と重なり合う。主体性の剥奪という問題については健常者にとっても必ずしも無関係ではなく、「ブルシットジョブ」とも称されるような仕事のあり方の問題も想起させられる。医療を含む科学技術が進んだ現代社会の意図せぬもっとも大きな副作用、陥穽のひとつは、このような人間の主体性の毀損にあると度々思わせられる。

    一方で、著者が主張する「喪の悲しみの拒絶」や「墓地礼拝と墓参の排除」については地域文化による違いのためか、あまり得心できない部分だった。著者は火葬の広がりを、死者を片付けて見えなくするための完全な方法と見做しているが、火葬率が100%近いという日本において、以前ほどではないにせよ法事や墓参、故人を偲ぶといった習慣は忌避されているまでは思えず、いまひとつ説得力を感じなかった。ただ、火葬が全世界的に広がっている傾向が興味深いことには変わりなく、この点も踏まえた日本版の『死と歴史』があれば触れてみたいとも思った。

    第一部と第二部で重複の多い本書だが、第一部の講演部分であまりすんなり理解できなかったこともあってか、それ自体には結果的にそれほど不満はない。理解度という点では、個人的には本書のメインである連続講演よりも、第二部の論文パートでは最長の、「倒錯した死の観念。西欧社会における死を前にしての態度の変化」のほうが、要所を押さえて理解しやすく思えた。書籍としては、重複の多さや価格を考慮すれば、基本的には個人で購読するまでには及ばないように感じた。

  • 東2法経図・6F開架:490.1A/A71s//K

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著者プロフィール

(Philippe Ariès)
1914年、ロワール河畔のブロワで、カトリックで王党派的な家庭に生れる。ソルボンヌで歴史学を学び、アクシヨン・フランセーズで活躍したこともあったが、1941-42年占領下のパリの国立図書館でマルク・ブロックやリュシアン・フェーヴルの著作や『アナル』誌を読む。家庭的な事情から大学の教職には就かず、熱帯農業にかんする調査機関で働くかたわら歴史研究を行なった。『フランス諸住民の歴史』(1948)、『歴史の時間』(1954、1986、杉山光信訳、みすず書房、1993)、『〈子供〉の誕生』(1960、杉山光信・杉山恵美子訳、みすず書房、1980)、『死を前にした人間』(1977、成瀬駒男訳、みすず書房、1990)などユニークな歴史研究を発表し、新しい歴史学の旗手として脚光をあびる。1979年に社会科学高等研究院(l’École des Hautes Études en Sciences Sociales)の研究主任に迎えられる。自伝『日曜歴史家』(1980、成瀬駒男訳、みすず書房、1985)がある。1984年2月8日歿。

「2022年 『死と歴史【新装版】 西欧中世から現代へ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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