藤原良房: 天皇制を安定に導いた摂関政治 (日本史リブレット人 15)

著者 :
  • 山川出版社
3.29
  • (0)
  • (3)
  • (3)
  • (1)
  • (0)
本棚登録 : 32
感想 : 3
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (95ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784634548152

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • リブレットとして、通説的理解と筆者の見解がそれぞれ分かるようになっておりありがたい。従来のいわゆる良房悪玉観を見直させようとするもので、個人的にも良房悪玉認識を持っていたので参考になった。特に、承和の変は、嵯峨朝以降の両統迭立が群臣の分立という問題を抱えたことからそれをやめさせることにあったという指摘は興味深かった。伴氏などはすでに眼中にない。また、応天門の変のさいに摂政をもとめられたのは、当時良房が病に伏せっていたからであったということ。これはもし万一良房が黒幕なら末恐ろしい(違うのだろう)この本からはつねに天皇を助けようと奔走した良房像が浮かび上がる。承和の変後一本化した王統のさいに当然起こる問題に対し、幼帝の出現が出来したと言うこと。

  • 天皇制を安定に導いた摂関政治(副題)
    山川教科書では良房を正式に摂政にして藤原北家が隆盛となったとある
    本書では摂関政治=藤原氏の専横や、天皇の役割が縮小したから臣下の摂政で成り立つという立場からではない。
    天皇の大権は政務執行だけではなく儀式を通じて皇族から派生してきた貴族達のミウチ世界を守る大事な役割を見なければ理解できない。
    だから幼帝即位でも天皇の大権の政務執行部分を代行できるのが摂政関白であり、古代より皇統消滅の危機が音連れ田のは天皇=成人(30歳以上と見られていた)であり、欽明天皇は即位時に自分より先帝の皇后等が相応しいと若輩を理由に辞退している(うろおぼえ)。
    基経が最初に陽成天皇(9歳)の時に摂政として補佐を任じられたとき、それは太政大臣か母后が行うべきとしたのは、本人の思惑云々ではなく、奈良時代からの常識が残っている証左だと思う。
    話を戻すと天皇制に必要なのは成人天皇、次に太政大臣、皇后など病気や年少天皇を支える仕組みであった。
    准皇族であった(と思っている)良房故に太政大臣や摂政を任じられる先例が出来て、皇族による支援に潜む危険(皇位争奪)を避ける事が出来た。
    本書では年齢や皇位争奪のリスクを避けつつ、直系相続を行うには摂政関白制度があって初めて天皇制が安定したと説く。
    とはいえ、外戚大作戦は皇子を生むという不確定さも潜むため、院政が生まれると思う。
    院政は古代ルールでは理想の一つだと思うのだが、律令制度が崩壊して荘園により院の財政が大きくなるに合せて権力が膨れ上がったのが次の問題を生み出した。
    (本書と関係無かった)

  • 色んなトコでチョイチョイ見かけるが、思えばいつも端役だった。こうやって総括されると、自分ちの繁栄の為にだけ励んだ業突く張りじゃなく、かなり真面目に自分の職務を全うし、この国の行く末をちゃんと案じていた人…だったみたいで、認識を改めた。「皇位継承と関係系図」が的確かつ簡潔で分かりやすいが、巻末か巻頭載せて欲しい〜。
    恥ずかしながら全く初耳だったのが「ロットネスト海進(平安海進)」。え、温暖化って平安時代からだったの、ビックリしたわ。

全3件中 1 - 3件を表示

今正秀の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×