人工生殖の法律学: 生殖医療の発達と家族法

著者 :
  • 有斐閣
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  • Amazon.co.jp ・本 (205ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784641037946

作品紹介・あらすじ

生殖医療の発達によって、「誰が父か」はもちろん、従来自明のこととされていた「誰が母か」さえもが不明となり、あらためて、家族とは何かを問われることになった。人は家族の中で育てられ、家族によって保護される。家族法は、誰が家族を構成するかを明らかにしなければならない。

感想・レビュー・書評

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  •  この半世紀ほどの間に人工生殖技術は大きく進展したが、はたしてそれを取り巻く法制度はどうであろうか。

     「法律が現状に追いついていない」というシーンはそこかしこで散見されるが、発展著しい人工生殖においてもそれは同様である。本書は現実と法制度の矛盾について考察する。
     ここでいう人工生殖とは、狭義には人工授精、体外受精といった「生む技術」であるが、それと表裏をなす概念として人工中絶、避妊といった「生まない技術」も広義に含む。
     本書は20年以上前の出版であり現状とはまた異なっている部分もあるが、その差異を調べながら読むのもそれはそれで興味深い。手っ取り早く現状を知りたいならより最新の書籍をおすすめしたい。

     古来よりDNA判定などなかった時代においては「生みの母」は間違いなく実母であったが、実父は誰かというと、割と曖昧なままであったし、そこはあまり深く追求しない姿勢があったように思う。一応女性には「貞淑」を要求し、夫以外の男性との姦通を禁じることで夫の「実父性」的なものを確保していたのかもしれないが、実際問題どこまで徹底できたかといえばそれなりのものでしかなかろう。
     たとえば夫が不能、あるいは(当時にはわかりようもないだろうが)無精子症などで子供がなかなかできない場合、側室などいなければそのままでは家が断絶してしまうから、別の男性と関係を持つことで妊娠し出産することで家を守るということはあっただろう。夫がそれを認めていた場合もあるし、あるいは夫に隠れて「不義密通」を行っていた場合もあろう。
     その結果として夫にあまり似ない子供が生まれたところで、同じ民族であればその差異はそこまで激しくないし、周囲が実子と認めればそれはそれで問題なかったのである。養子に対する抵抗が少なかったのもそういう背景はあろう。

     だが科学、医学の発展はDNAというものを発見し、実子というものが生物学的に判断できるようになってしまった。
     さらに人工授精により性交渉を伴わない生殖が可能になり、体外受精により「生みの母」と「生物学上の母」が一致しないという事例まで登場した。
     グローバル化により国際結婚が増え、「明らかに夫の血を引かない子供」というパターンが珍しくなくなった。
     こうした急激な変化にたいして、法制度は追いついていないし、人々の倫理観や親子観というものも追いつけていないように思う。もちろん各国で国民感情や宗教間との兼ね合いの中で法制度は整備されてきたが、まだ不十分である、と著者は指摘する。
     卵子と生みの母が一致するならば、まだ出産に基づく親子関係がそこに生じ、夫の認知により夫婦の子供と認めることができるし、代理母であれば養子として迎えることもできよう(そこにも難しい問題はあるのだが)。
     だが卵子と生みの母が一致しない事例は厄介だ。「卵子は作ることができるが妊娠出産ができない女性の卵子とその夫の精子を体外受精させた胚を別の女性に移植して生んでもらう(借り腹)」というパターンと、「妊娠出産はできるが卵子を作れない女性が、別の女性の卵子を借りて夫の精子と体外受精させた胚を子宮に移植して妊娠出産する(借り卵)」というパターンは、現象としては「他人の卵で出産する」という同一の事象であり、これを法的にどう区別するかという問題がある。
     出産した女性が母親なのか、卵子の提供者が母親なのか。国により、時代により、判断は分かれている。一方で「精子の提供者が父である」という判断は比較的安定しており、不公平感はなくもない。

     養子についても、かつては「どうせ父親が誰かはわからないのだから、半分違うも全部違うも大差ないだろう」的な鷹揚さがあり、しかしDNAで生物学的に厳密な判断が可能になってしまったからこそ、心理的な抵抗が強まっているのかもしれない。妻が子供を生めなくても、せめて夫の血を引く子供を、という要求はそのあたりと何か関係があるのかもしれない。
     法律も医学も素人の私にははっきりとした答えは出せない問題ばかりであるが、今の時代に即した法律や家族観というものを、よくよく考えていく必要はあるのではなかろうか。

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著者プロフィール

明治大学法学部教授(2020年5月現在)

「2020年 『親族・相続法』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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