帝国主義国の軍隊と性: 売春規制と軍用性的施設

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  • 吉川弘文館
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  • Amazon.co.jp ・本 (472ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784642039123

作品紹介・あらすじ

19世紀から20世紀にかけて西欧の帝国主義国家は植民地拡大を進める中、兵士の管理や性病予防のために軍用性的施設を設置していった。英国の事例を中心にフランス・ドイツ・米国などの国家による売春管理政策を比較・分析。軍隊と性についての歴史と問題点を世界史的視座で捉えなおし、日本軍「慰安婦」制度の歴史的な位置づけと特徴に迫る意欲作。

感想・レビュー・書評

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  •  2022年9月29日、従軍慰安婦をテーマにした映画「主戦場」について、3年にわたる裁判は、同意なくインタビュー映像を使われたなどとして、米国人弁護士ケント・ギルバート氏ら5人が、ミキ・デザキ監督や配給会社「東風(東京)」に上映中止と損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、知財高裁は上映を適法として請求を退けた一審判決を支持し、ギルバート氏らの控訴を棄却した。映画「主戦場」は、日本の従軍慰安婦問題を扱っており、現在の慰安婦問題に関連する人物のインタビューを軸に、アーカイブやニュース映像を織り交ぜた作品になっている。キャッチコピーは「ようこそ『慰安婦問題』論争の渦中(バトルグラウンド)へ」、「ひっくり返るのは歴史か それともあなたの常識か」として、日本人の多くが「もう蒸し返して欲しくない」と感じている慰安婦問題の渦中に自ら飛び込んでいった。「慰安婦たちは『性奴隷』だったのか?」「『強制連行』は本当にあったのか?」「なぜ慰安婦たちの証言はブレるのか?」「そして、日本政府の謝罪と法的責任とは?」を投げかける。この証言者の中で従軍慰安婦問題の第一人者である吉見義明氏と同時に本書の林博史氏が出演する。もちろん歴史修正主義者であろう、櫻井よしこ氏、杉田美脈衆議院議員なども登場する。先日読んだ、山﨑雅弘さんの「歴史戦と思想戦―歴史問題の読み解き方」の中でも、ケント・ギルバート氏の歴修正主義を検証しているので、時間が許せば確認して頂きたい。

     前振りが長くなったが、著者の林博史氏は歴史学者として多くの業績や著書は発行し、日本軍慰安婦問題にも向き合ってきた。今回は、6年間に渡る資料精査、調査等を続けながら本書は完成した。驚くのは膨大な参考文献であり、歴史とは事実の積み重ねであり、歴史の断面を切り取って検証しようとする歴修正主義者へのアンチテーゼでもあるといえる。

     19世紀の英・印の帝国主義的軍隊と性暴力・性奴隷を経済的貧困や人種などの視点で、近代の国家売春規制制度は19世紀と共にはじまり、国民国家の形成の過程で軍隊の性病問題が注目され、医学界が性病の検診と治療を行い、売春規制制度の導入につながった事を丹念に検証する。また性病による兵力損失を防ごうとする軍隊の効率性維持のために売春規制制度を導入し、同時に兵士を供給する国民にも性病の管理対象を広げていった。ヨーロッパ諸国で始まった売春規制制度は帝国主義の世界進出のなかで植民地化あるいは勢力圏化していったアフリカ、アジアなどの諸地域に導入されていった。もちろん売春規制制度の導入は、現地民衆の健康ではなく、帝国主義国の軍隊の効率性である。家父長制、女性蔑視、性奴隷などに対して英国のジョセフィン・バトラーらによる英国の女性運動は、売春廃止や女性の人権を前面に打ち出し、徐々に世界に広がり、人権、人種を乗りこえる女性の連帯の思想が特徴であり、現在のジェンダー平等の源流とも言えるのであろう。

     第1次世界大戦、第2次世界大戦、1945年以降の世界の戦時性暴力や性奴隷を多面的に検証し、兵士として求められる「強さ、強引さ、特に暴力を肯定するマッチョな男らしさ」の一方で「規律、自制・禁欲、自己管理ができる理性的な男らしさの文化」も垣間見えることも検証する。

     1960年代のベトナム戦争時の米軍、1990年代の旧ユーゴスラビアやルワンダなどでの武力紛争における組織的な性暴力をはじめ、武力紛争化の性暴力は繰り返されており、現代のウクライナ戦争においても「民間人への爆撃や多数の殺害、拷問、性暴力など」国連が認定しているとおり、現代の課題でもある。歴史の事実の積み重ねを今後も大事にして行く必要性を強く感じた1冊となった。

  • 東2法経図・6F開架:368.4A/H48t//K

  •  WWII期では、組織的かつ大規模に軍用性的施設を設置したのは日独が際立ち、次いで伊仏というのが本書の立場。ただし本書の対象は19世紀後半からとより長い。
     軍と性的施設の関係は、各国の売春政策が土台になっていることが分かる。19世紀には国家が売春を公認して管理統制するという規制主義が広まるが、同世紀後半から末以降、英を筆頭に廃止が広まる。一歩遅れて英領インドにも。一方、仏伊日などでは規制主義が残る。また軍、特に植民地や占領地では、本国の制度の上に人種主義・民族差別や植民地主義と密接に結びついた点も著者は指摘。
     また少なくとも主要国で軍用性的施設が消えた今日でも、武力紛争下での戦時性暴力や平和維持部隊の性的搾取といった問題を著者は最後に挙げている。
     本としては得るところはあったが、記述が拡散して冗長、また国際比較というよりほぼ英国の状況、かつ独は大規模な施設を設置とあるのに具体的な内容はない、など大いに物足りなかった。

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著者プロフィール

1955年、兵庫県神戸市生まれ。1985年、一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了(社会学博士)。現在、関東学院大学経済学部教授、日本の戦争責任資料センター研究事務局長。専攻は現代史、軍隊・戦争論。主な著書に『暴力と差別としての米軍基地』(かもがわ出版)、『沖縄戦と民衆』(大月書店)、『沖縄戦 強制された「集団自決」』(吉川弘文館)、『戦犯裁判の研究』(勉誠出版)、『戦後平和主義を問い直す』(かもがわ出版)、『シンガポール華僑粛清』(高文研)、『BC級戦犯裁判』(岩波書店)、『裁かれた戦争犯罪』(岩波書店)、『「慰安婦」・強制・性奴隷: あなたの疑問に答えます』(御茶の水書房)等多数。

「2015年 『日本軍「慰安婦」問題の核心』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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