江戸の捨て子たち (歴史文化ライブラリー)

  • 吉川弘文館 (1899年12月31日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (208ページ) / ISBN・EAN: 9784642056557

作品紹介・あらすじ

江戸時代の〝捨て子〟とは、どのような存在だったのか。どこに、どのように捨てられ、そして拾われたのか。ともに添えられたモノや着衣が意味するもの、手紙に託した親の思い、捨てる男と女、捨て子を貰う人々の思惑、江戸にもあった赤ちゃんポスト構想。そこから見えてくる江戸の捨て子たちの実像と、捨て子が生み出される社会的背景を活々と描く。

感想・レビュー・書評

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  • 同僚の先生が授業で紹介していた本。1年の積読期間を経て読む。内容は江戸中期から後期のステゴの実態について、史料を元に解説したもの。岡山県内の内容を中心に、なぜ捨て子が生まれたのか、どんな子が捨てられたのか、当時の保護制度はどんなものなのか、を事例を中心に描く。捨て子は捨てられた家の人が面倒を見るのが基本だったとか、養育先が見つからないと非人の身分に落ちてしまうとか、知らないことが満載で、興味深く読むことができた。内容は平易で、一般向け教養書としてさらっと読むことができる。明治以後の東京の捨て子制度についても軽く解説。オススメです。



    ——以下、Twitter(リンクは2024/10/05以降)

    読了本。沢山美果子「江戸の捨て子たち: その肖像」 https://amzn.to/3XRtVOX 江戸時代の捨て子について、史料をもとにその実像を描いた本。岡山県内の史料を中心に、江戸中期から末期までの事例を眺めていく。捨て子の背景と当時の制度の概要を知ることができる。明治もちょっと #hrp #book #2024b

  • 徳川綱吉の生類憐みの令の一環で捨て子が取り締まられるようになったが、現実には、貧しい層で捨て子はよくあった。それでもなるべく裕福な家庭にもらわれてほしいと思うのはやはり親心のようだ。興味深いのは、上級クラスでも捨て子があったこと。貧困だけが理由ではなかったようだ。

  • 江戸時代 [生類憐みの令] により子供は共同体で育てるものという考え方が定着していったこと。

    明治へと移り、家という観念が強化され子供の養育には母親の責任が重大だというように変わっていったこと。

    そして現代、より子供の養育に関しては狭苦しい考えかたになってきているのではないか…と思った。

  • 江戸時代から近世にかけての役所に残る公文書記録から読み説かれている。
    生類憐みの令の果たした役割、捨てられる場所、一緒に置かれた物品や手紙、捨てられた後につけられた名前など、興味深い。
    あとがきで、南西日本では捨て子、対して東北日本では間引き、堕胎に関する史料が多いとある。続きの本は出たのか、調べてみようと思う。
    産業革命時代の英国の子どもとも比較できようし、鎖国時代とはいえ、どうやらロシアの捨て子養育院を参考に、役人が案を出していた件などについても書かれている。

  • この子を殺して私も死ぬ!という極に走らずに、双方共に生き残るために子を「捨てる(=託す)」。
    望みを運に託して子を人のもとに捨てる。
    ひとつもこぼさないようにするよりも、こぼれても大丈夫にするほうが大事なんだろうな。

    捨て子を捨吉と名づけて、でもそりゃあんまりだろうと変更したり、親に気づかれやすいように捨てられた場所の名前を入れたり、幸せを願う名前にしたりって話が印象に残った。

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著者プロフィール

1951年、福島県生まれ。順正短期大学幼児教育科教授。専攻は日本教育思想史、女性史。著書に『出産と身体の近世』『性と生殖の近世』(ともに勁草書房)、共編著に『男と女の過去と未来』『「性を考える」わたしたちの講義』、共著に『成熟と老い』(いずれも世界思想社)など。

「2007年 『「家族」はどこへいく』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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