世界の歴史教科書

  • 明石書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (306ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784750315379

感想・レビュー・書評

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  • 非常に示唆に富む内容。
    我々は、東南アジアに対して過去に戦争したにもかかわらず親近感を感じる。彼らの親日があるからだ。
    しかし、その裏にどのような感情があるかについて思いを巡らせている人が、どれほどいるだろうか。
    答えは各国の歴史教科書とそれを巡る議論にあるといっていい。
    日本の歴史教育や世論とは大きなギャップがあり、それは少なくとも認識しておくべきだろうと思う。
    大東亜共栄圏については良い面もあったのか、と思っていたが、どうもそんな生易しいものではなかったようだ。
    一口で言えば、「思い上がり」だろう。それは、現地で神社をつくり、日本語を教育し、ラジオ体操をする
    文化の押しつけであり、それをビンタで従わせる軍隊の規律であったようだ。それは、民族解放でなく、「野獣」あるいは「日本軍国主義」と呼ばれていた。西欧の植民地支配を追い出し、日本の植民地支配に変わっただけだった。(より悪くなったとほとんどの地域で考えられていた。)
    また、捕虜に対する扱いも他国に比べ残忍である傾向も認められ、「シベリア抑留」の被害者意識が強い日本人の別の一面を見る思いがした。
    文化の押しつけについては、ひょっとすると、それと同じようなことが現在でも起こりかねないし、実際に違う形で現に起こっているかもしれない。

    ●韓国
    認識不足だったが、韓国の場合、日本に侵略された意味あいが他の国とは大きく異なる。
    日本の「自国」として徴兵され、戦地に赴いている。一方、植民地支配としての強制労働等もある。
    ある意味二重の苦痛を背負ったにもかかわらず、日本の「自国」だった韓国(朝鮮)は戦勝国にもなれなかった。これは、経済支援を受けている間は強く言えなかった戦後補償にこだわる韓国の根本にある。
    また、過去の中国文化の伝承者としての優越性、侵略された屈辱感、日本の科学技術製品に対する憧れ等、様々な思いが屈折している。
    その中で、教科書は客観的歴史というよりも、民族主義的傾向の強い「物語」であり、「恨」の国らしく日本の侵略に対する恨みは忘れることはない。一方、それは客観的な世界史の中で位置づけられておらず、個人的な「恨」の感情のベース上に各年代で様々な思いが複雑にまじりあっている。
    「これから」の気がする。

    ●中国
    具体性を重視する中国らしく、日本との戦闘が実名入りでリアリティをもった形で詳細に語られる。
    日本軍の暴挙は焼く、殺す、淫す、奪うという表現で、日本人は野蛮人「鬼子」として描かれている。
    日本に大挙して来る中国人が口々に、「日本人が礼儀正しいのにびっくりした」と言っているのはこのせいである。
    ゲリラに悩まされ続けた日本軍の、各地の中国人に対する暴挙がひどかったことは確からしい。
    抗日戦争の戦勝国は蒋介石の中華民国(台湾)であるが、共産党も貢献したとして同視されている。
    今の中国にとって抗日戦争は主権を取り戻した独立戦争である以上、忘れることのできない根本であり国家団結の象徴である。一方、現在の日本に対してその敵意を有しているかというと、必ずしもそうではない。
    南京虐殺に関しても、日本の軍国主義者のしたことと一般市民は別という教え方もしているようだ。
    しかし、靖国参拝に対しては、軍国主義者を拝んでいるのだから、「鬼子」の日本人がまた悪いことを考えている、となるのである。
    今後、この曖昧さを払しょくするためには、日本の自主的な戦争責任の解明あるいは表明が必要かもしれない。
    南京虐殺自体はあったもので、あとはその規模(現在30万人以上と言われている)が日中の研究によりどの程度に落ち着くか、といった話らしい。
    共産党の一党支配で、情報統制が行われているものの、今は爆買を含めてものすごい数の中国人が世界中
    に移動したり、旅行したりしているため(年間の海外旅行者数は1億人から2億人に向かうといわれている)、
    世論は極端になりにくく、安定感がでてきたように思う。

    ●シンガポール
    イギリス軍と戦い、この地を「昭南島」と名付け、昭南神社をつくり、イギリス人捕虜や現地人に強制労働を強いて鉄道敷設を行い、暴力、ビンタで従わせる。マレー半島の中国系の人たちに対しては、特に扱いがひどく、中国系だというだけで家族ごと殺すこともあったようだ。
    1942年2月15日から1945年8月15日までを昭南時代とよび、この8月15日を「光復節」としてお祝いしている。
    日本はイギリスから解放するといっていたけれども、とても解放勢力とは思えず地獄の日々だった。
    原爆が落ちて「ざまあみろ」と思った人が大半で、原爆投下はやむを得ない選択だったと教えられている。
    シンガポール、マレーシア(マレー人)、マレーシア(中国系)の教科書間では微妙な温度差があり、
    実害の少なかったマレー系マレーシア人にとっては、独立のきっかけとなったという肯定的な評価もあるのに対し、中国系の人々にとっては決して忘れることのできない屈辱的な体験として教えられている。
    マレーシアが日本人にとって一番居心地がいいのは、こんな理由もあるのかもしれない。
    シンガポールは日本をお手本とする「ルックイースト」政策をとり、日本との関係も良好であるが、
    2000年前後から「暗黒時代」の教育を強化しており、小学校から単独科目としてみっちり教育される。
    日本の右傾化を懸念してのことだという。


    ●ベトナム
    共産主義国であるため、従来ソ連との関係が密であり、ソ連の歴史観の影響が強かったようだが、
    近年は変化してきている。この国は基本的に隣国中国とは仲が悪い。
    フランス→日本→中国等→アメリカと12か国の軍隊が進軍したベトナムは、1991年の中国との国交正常化の際に、「過去を閉ざして未来を志向する」として過去を不問としてドイモイ政策により経済発展を優先してきた。
    当初憲法前文に「フランス植民地主義」「日本軍国主義」「アメリカ帝国主義」「中国大国覇権主義」
    という文言が全て入っていたようだが、これを全部削除したとのこと。
    そのため、二次大戦期までの日本と戦後の高度経済成長期の日本が別の国のように表現されているようだ。
    今では、アメリカとも友好関係を築き、TPPにも参加している。
    ベトナムにおいても、当初解放勢力として日本軍は歓迎されたようだが、次第にその化けの皮がはがれ、
    1945年北部ベトナムの大飢饉をきっかけとしてホーチミンを中心とした8月革命によりベトナムは日本から独立を勝ち取った。
    その後のベトナム戦争では、アメリカ側に参戦した韓国、タイ、オーストラリア、フィリピンとの間にも
    しこりを残し、現在韓国はベトナムに対して多大な投資をしているものの、戦争の加害者としての贖罪を負っているようだ。
    原爆に対しては、自国へ落とされる可能性もあったためか、評価は冷静で、落とす必要性はなかったという記述になっている。
    同じ国で戦ったベトナム戦争は、負傷兵の補償が元北ベトナム兵に限られる等複雑な問題も多い。
    誰をどう恨んでいいかわからない状態であるため、前を向こうということであって、相対的に日本に対する
    風あたりが弱くなっているのかもしれない。
    しかし、個人的な心の歴史は別問題であり、表の友好と裏の恨みを共存させるしたたかさを持っている。
    戦争を知る世代が少なくなってきて、今後どのような流れとなるか注目したい。


    ●インドネシア
    オランダの350年の支配と日本の3年半の支配が同様に圧政で、トラの圧政からワニの圧政に変わったと表現されている。日本軍は敬礼しないとビンタを浴びせる凶暴な連中だったとされている。
    強制労働や財の没収が行われたものの、それまでなかった教育体制が整い、共通言語としてのインドネシア語が普及したことが、結果的にその後の独立に大きく寄与したという記述になっている。
    インドネシアの歴史観として、オランダからの独立戦争に焦点がゆくために、相対的に日本の悪行は冷静に受け止められているのかもしれない。また、最大の援助国である日本に対する遠慮もある。
    マレーシア人はイギリスへの留学者が多いが、インドネシア人は絶対オランダには留学しないそうだ。

    ●ドイツ
    ドイツは戦争責任をヒトラーとナチスに集中させることで、明確化したものと考えていたが、そんなことでないことがわかった。
    ナチスの台頭を許した国民の熱狂やユダヤを含め他の民族の差別、迫害について、真摯に向き合い、安易な結論でなく、様々な資料から考えさせる教育を展開していた。教科書にはこだわらないし、正解にもこだわらない。歴史の事実に学び、批判できる能力を養っている。
    一方、ネオナチの台頭にあるように、戦争は悪かったがナチス時代の繁栄は誇らしいものという考え方も未だ健在であり、身近な人の戦争体験が残存する中では、忘れたい過去をを暴き立てる行為に対する抵抗もある。真に客観的な判断にはもう少し時間がかかるかもしれない。
    しかし、事実を直視しようとする姿勢は立派で、日本も見習うべき点は多々ある。

    ●イギリス
    広い地域の植民地支配を続けたイギリスは、その誇りと反省と敗北感のジレンマにあるという。
    確かに利得獲得のための植民地支配ではあったが、教育を普及し、鉱山開発、鉄道敷設をし、文明化の恩恵も与えた自負、それが自国の優越感に基づく蔑視であったことの反省、教育を受けた人々による独立による敗北感である。

    結論として、他国に比べ日本の近現代の歴史教育(特に外国の教科書に記載されている日本軍の悪行)は絶対量として少なすぎる。
    また、外国からは、客観的に過ぎて反省が感じられないと映るようだ。
    歴史の真実を言い切ることが難しいにしろ、ドイツのように教科書は考える材料の一つとして様々な側面を考えさせることも大事だし、真に客観的であろうとするならば、諸外国でこの時代がどのように教えられているのかを知ることは、今後のグローバル時代を生きる上では、ある意味必須と考えた方がよさそうだ。
    これには、検定教科書であること、入試のあり方など教育そのものに対する見直しも必要かもしれない。
    今後、世代を超えることで、お互いにより客観的に戦争を総括することができるようになるだろう。

    「原爆」が落ちて良かったと教える国の人もいることを忘れてはいけないと思った。

  • 2013年46冊目

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