経験資本と学習――首都圏大学生949人の大規模調査結果

  • 明石書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784750343600

作品紹介・あらすじ

子どもの頃からの経験の積み重ねは、その後の人生にどのような影響を与えるのか。小学校から大学までの経験の蓄積が、どのように人を差異化し、学業や人間関係、満足度などを含む広い意味でのキャリア形成に影響を与えているのかを多様な観点から考察する。

感想・レビュー・書評

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  •  「キャリア教育」は教育の世界では関心を集めているトピックのひとつである。2000年後前後から若者の不安定な就労が問題視され、2000年に内閣府、文部科学省、厚生労働省、経済産業省の4府省は合同で「若者自立挑戦プラン」に着手し対策をとりはじめた。学校は「キャリア教育の推進」を掲げ、2005年から「キャリア・スタート・ウィーク」という職場体験活動が導入された。「子どもたちの勤労観、職業観を育てるために中学校において5日間以上の職場体験を行う」(文部科学省 2005a) ことを通して「生徒が直接働く人と接することにより、また、実際的な知識や技術・技能に触れることを通して、学ぶことの意義や働くことの意義を理解し、生きることの尊さを実感させる」(文部科学省b) のがねらいである。このように、学校においては、経験学習はキャリア教育に親和性をもった取り入れ方がなされている。それどころか、筆者はキャリア概念は「経験」とほぼ同義であるとして論を展開する。
     その根拠となる性質は「継時的」「回顧的」「不可逆的」の3点である。まず、「継時的」とは「双方ともに、過去から現在に向かって時間軸にそった何らかの蓄積を概念化」しており、ライフキャリア全般は個人の経験の集合であると考えることができるからである。また、「回顧的」であるとするのは「双方ともにおおむね現在から『回顧』されることで成り立つ」性質があるからであり、その本質は「記憶の集積」であるからである。最後に、両者ともに「不可逆」である理由は、過去にさかのぼっておぎなうことはできないからであるとされる。
     本章は、経験とキャリアは具体的にどのように結びついているかを示し、それが教育にどのように応用されうるかを示す。以下に、順次、自分が興味ぶかいと感じた点をあげていく。
     まず、学校においてキャリアに影響する「経験」には、職場体験学習など学校外の学習がキャリア教育の実践例として示されることが多い。しかし、学校での学習経験もおおいにキャリア教育に数えられるという指摘である。学校での学習内容は、特にホワイトカラーの仕事に活かされるスキルが多い。したがって、進路によっては学校での学習経験は役に立たないと考えるものもいることがデータによって示された。
     次に、学校内外の諸経験のキャリアに対する有用性が示されている。たとえば、10代の学校時代のアルバイト経験は、米国では他の活動を阻害するとして好まれていないが、日本では議論されたことがないため有用性は不透明であるとされた。読書量は語彙力を涵養する基礎であると考えられるため、経験のリフレクションの深さに影響を与える。挫折を乗り越えた経験は有用であるが、解釈によっては悪い影響を及ぼしかねない。小中高時代の学習経験が大学や社会の勉強にほとんど影響しないデータが得られたのは「外発的・他律的な学習は、その後の自発的・自律的な学習の考え方にほとんど結びついていかない」ためであり、経験資本の蓄積の失敗と呼ぶことができる。経験は「類似の体験でなければ、容易に汎化して広がっていかない」ため、ただ「何でも経験してみるのが良い」という漠然とした蓄積から、ある程度のカリキュラムをもった蓄積が目指されるべきである。
     しかし、総じて「経験」は、個人の性格・資質が長じて与えられ、強化される。したがって、上記のように「どのような経験を蓄積した場合に何にどのように有効なのか」を追究すると同時に、「そうした経験を蓄積する資質に恵まれなかった者にとっては何が経験資本を代替するものとなるのか、また、どのようにすれば蓄積できなかった経験資本の欠損を受けることができるのか」という課題が生まれてくる。
     筆者は本書の目的を「経験資本というアイデアを提起すること」を目的としており、明確な示唆を得るには時期尚早であることを認めながら、今後何がなされるべきかについて、以下の提案をおこなう。
    1)選べるのであれば、経験は慎重に選ばれるべきである。人生は「自分が何を経験するかを選ぶことによって形づくられていく」からである。
    2)「有意義な経験を選ぶ機会に恵まれなかった人」には、公的に何らかの形で「経験を補う機会を提供する」必要がある。
    3)ネガティブな体験への対応策を考えていかなければならない。そのためにキャリアガイダンス(進路指導およびキャリア教育含む)が有効となりうる。
     また、以上の問題意識から「キャリア教育」が「失敗・挫折」などの想定外を含意せず、誰もが「夢や希望、目標を語っている」ことへの危惧を表し、「補う」機能をもたせることも提案されている。
    ーーーーーー
     以上、終章を読んで、ある対象を角度をもって論ずるというのはどのようなことなのかをようやく理解したように思う。つまり、ここでは「経験学習」は「キャリア教育」の文脈で読みなおされている。
     負の経験をキャリアの一部としてどのように組み込んでいくかという問いに対しては、リフレクションに解釈を与える作業を個別のガイダンスとは別にもつべきではないかと感じた。個人的には「解釈する力はどのように培われるのか」「失敗学という名称を最近耳にするがそれは経験学習と関係性があるのではないか」と感じた。

    文部科学省(2005a)「『キャリア・スタート・ウィーク』の更なる推進に向けて―『学ぶこと』、『働くこと』、『生きること』-」文部科学省 
    http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2010/03/23/1222213_001.pdf (最終閲覧日:2019年2月8日)
    文部科学省(2005b)「中学校職場体験ガイド」文部科学省 
    http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/career/05010502/026.htm (最終閲覧日:2019年2月8日)

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著者プロフィール

放送大学教養学部教授。1962年生まれ。筑波大学大学院図書館情報メディア研究科博士後期課程修了。博士(学術)。文部科学省・国立教育政策研究所生涯学習政策研究部総括研究官を経て、2016年4月より現職。専門領域は教育社会学、生涯学習論、成人教育学。成人の教育・学習に関わる研究、実践に従事する。著書に『成人の発達と学習』(単著、放送大学教育出版会、2019年)、『生涯学習支援論ハンドブック』(共著、国立教育政策研究所社会教育実践研究センター、2020年)、訳書に『学習の環境:イノベーティブな実践に向けて』(共訳、OECD教育研究革新センター編著、明石書店、2023年)等がある。

「2023年 『ファシリテーター・ハンドブック』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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