君は歩いて行くらん: 中川幸夫狂伝

著者 :
  • 求龍堂
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  • Amazon.co.jp ・本 (339ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784763010261

作品紹介・あらすじ

もっとも日本的な「生け花」を刺殺し、その血で花の命を造形した悲しくも狂おしき鬼才。同じ郷土で生まれ、中川を凝視してきた人間ドラマの旗手・早坂暁が刻む華・狂気・エロスの幻視館。

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  •  作家・シナリオライターの早坂暁の手になる『君は歩いて行くらん 中川幸夫狂伝』(2010 求龍堂刊)。先日老衰により93歳で大往生を遂げた華道家・中川幸夫(拙ブログに追悼文あり)の評伝であるが、なるほどこれはベテランらしい精巧なプロットによって縦横無尽に中川の一生、いや祖先の生きざまをも囲い込んでいく。あざやかなる総合性である。
     中川が旧恩ある池坊を脱退して孤高の存在になっていくプロセス、師匠である作庭家・重森三玲との出会いが、時系列の秩序を悦ばしく喪失しながらヒラヒラと儚く折り重なっていく。重森三玲、土門拳、瀧口修造、大野一雄といった固有名詞の交差点に中川幸夫がいる。幼年時に患った脊椎カリエスのため身長1メートルほどの身体しか持たぬまさにこの小さな巨人(トゥールーズ=ロートレック!)が、シュルレアリスムのしんがりを生け花によって咲かせ、そして散らせる。文字どおり散華(さんげ)である。
     良寛の晩年に熱狂的な弟子として飛び込んできた美しい尼僧・貞心尼よろしく著者(早坂は日芸の学生時代から、中川の初期活動を見守った伴走者である)によって差し向けられたる刺客──松山の美女(砥部焼の店主令嬢)──があえなく中川によって退散させられる場面の妖しい色香はむせ返るほどで、事実、松山美女はみずからはだけて見せた乳房の谷間に椿と梅を一輪ずつ生けられて、そのむせ返る芳香によってその場にダニエル・シュミットのヒロインのごとくスローモーションで崩れていくのだ。中川曰く「いい散華です。以上です。お帰りください。」 著者は書く「貞心尼のようにはいかないんだ、と私は思った。」
     若き日の中川が讃岐の田舎を飛び出して上京したとき、生け花界の風雲児・勅使河原蒼風はつぶやいたそうである。「恐ろしい男が、花と心中するためにやって来たぞ。」 花の生のあわいは人の世の時の刻みと等価であるという冷徹なる認識のもとに、花を殺戮し続けた(中野区の哲学堂公園わきのアパート内に開設した個人アトリエ《絶対域》で中川は大量の花弁を蒸殺し、異様な臭気を周囲にまき散らし続けた)。中川曰く「翔べないんだけど、木は翔ぶ夢を、絶対見ているんだよ。」 身体障害ゆえに中川が中川として生きる上で断念したものの夢を、中川の生けたり殺したりした花々が見ているにちがいない。
     題名の「行くらん」という活用は通常なら「行かん」でよいはずだが、そこをあえて「行くらん」と曲げていくその先っぽに尖る「らん」には、蘭があり、乱があり、濫、嵐、卵、そしてそれらをおしなべて「覧」するというふうに無限大に拡散するのではないだろうか。

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著者プロフィール

早坂 暁(はやさか・あきら)
1929年、愛媛県松山市生まれ。作家。本名、富田祥資。日本大学芸術学部演劇科卒業後、新聞社編集長、いけばな評論家として活躍しながらテレビシナリオを書き始める。以後、小説、映画シナリオ、戯曲、舞台演出、ドキュメンタリー製作を手がける。
代表作に、「夢千代日記」「花へんろ」「天下御免」「天国の駅」「ダウンタウン・ヒーローズ」「華日記」「公園通りの猫たち」などがある。新田次郎文学賞、講談社エッセイ賞、放送文化基金賞、芸術選奨文部大臣賞、紫綬褒章、芸術祭大賞、モンテカルロ国際テレビ祭脚本賞、放送文化賞ほか受賞多数。2017年12月16日没。

「2019年 『この世の景色』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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