呪われた中庭

  • 恒文社
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感想 : 1
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  • Amazon.co.jp ・本 (329ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784770405326

感想・レビュー・書評

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  • ノーベル賞作家イヴォ・アンドリッチ(旧ユーゴスラビア・ボスニア 1892~1975)の長編『ボスニア物語』と『サラエボの女』を先にレビューしてみたが、今回は短編を取り上げてみた。同じ作者で3つ以上の作品をレビューするのは……惚れこんじゃったかな。

    1「呪われた中庭」
    2「胴体」
    3「サムサラの旅籠屋の茶番劇」
    4「さかずき」
    5「水車小屋のなか」
    6「囲い者マーラ」
    7「オルヤツィ村」

    ***
    無実の罪で異国の獄に投じられた、ボスニアのフランシスコ修道会神父フラ・ペタル。その獄の中庭には、無実の者もコソ泥も殺人犯も政治犯も、肌の色はさまざま、宗教や言葉もいろいろな無頼の輩がひしめいている。くる日もくる日も無邪気にしゃべる彼らを静かに見守るフラ・ペタル(「呪われた中庭」)。その情景を語りつないでいくと……。

    1~5までの短編は、神父フラ・ペタルが青年を相手に語る回想形式の物語。それぞれの物語はゆるい繋がりをもちながら、同時にフラ・ペタルの生涯を駆け抜けていく成熟物語になっている。遠い昔の記憶は生々しく鮮やかで、あっという間に飛び去っていく光陰は矢のごとく、物語の中で語られる物語はさらに物語を生み、重層的で不思議な時空がひろがる。

    そう、不思議といえば、この本の表題にもなっている『呪われた中庭』。読む前からなんども頭をひねる。読み進めていくうちに、これは短編というより中長編のような仕上がりだと気づき(もちろん分量だけの問題ではない)、なおかつ穏やかなのに力強い機関車のよう。時空を超えた短編の客車をつぎつぎに連結しながら、能天気な読み手の私も気軽に乗せ、物語はやさしく軽やかに走りだす。

    頑固でひどく変わり者、つましく穏やかで和を尊ぶ老賢者フラ・ペタル、いいね♪ 作者アンドリッチの語り部役を務めながら、彼をとおして透けて見える作者の半生、無実の罪で投獄された青年アンドリッチの体験をもとにして書かれたのだろうと想像すると、心の奥がちりっと痛む(その痛みは散文詩・エッセイ『ボスニアの鐘』でより深く共有できる)。
    それらをおもしろい物語にして、笑いを綯い交ぜ、うまく語る。そうか~アンドリッチはやっぱり語り部なのだ。歴史に踏み荒らされたボスニアの、そして東欧の……呪われた世界の縮図のような、欧州の小さな小さな中庭。

    あらゆる不条理にさいなまれた(ている)東欧とイディッシュ作品を読んでいると、意外なことにその行間から聞こえてくるのは、通奏低音のような笑いだったりする。かくも健気でしたたかで、哀しくておまぬけな笑いに驚嘆しながら、ますます東欧作品が好きになり、そして心配になる。膨大な作品群に気おされて、はたして一生かけても読めるのだろうか?
    まぁ~そのときはそのとき、アンドリッチの列車に乗って、楽しく世界の旅を続けることにしよう~銀河鉄道のジョバンニのように♬  (2021.1.29)

    ***
    「いろいろな災難がボスニア全土とわたしたちの修道院に降りかかりました。わたしたちは、止むを得ず、多くの事柄を笑劇に転化してその笑劇によって自分自身を防御し、身を保ってきたのです。それ以外に生きのびる方法はありませんでした」(「サムサラの旅籠屋の茶番劇」)

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著者プロフィール

ボスニアの地方都市トラーヴニク近郊で生を享ける。二歳の時に父が病没、父方の叔母夫妻のもとで育った。サライェヴォのギムナジウムに進学、独仏などの外国文学に親しむ。ザグレブ大学、ウィーン大学などで学業を修めつつ、創作にも取り組んだ。長じて外交官の道に進み、各国での勤務のかたわら創作も継続、1924年には最初の作品集『短編小説集』を刊行。1939年にはドイツ大使としてベルリンに駐在、ヒトラーの権勢を目の当たりにする。ドイツによるユーゴスラヴィア侵攻後、公職を退き、占領下のベオグラードで創作に専念した。ドイツ撤退後に公職復帰するとともに『ドリナの橋』をはじめ代表作を相次いで発表、作家としての地位を確立する。諸外国での翻訳紹介も進み、1961年には「自国の歴史の主題と運命を叙述し得た叙事詩的筆力に対して」ノーベル文学賞を授与された。1975年、82歳で死去。

「2018年 『宰相の象の物語』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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