水俣―終わりなき30年ー原点から転生へ

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  • 径書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (191ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784770500359

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  • 1960年7月 桑原史成は、初めて水俣を訪れた。水俣市立病院の大橋登院長に、初対面で「写真で、いったい何ができるとぉ」。ドスの利いた院長の一喝があった。水俣を撮ることで、写真家の登竜門をくぐり抜けたい旨を、本音で述べた。院長は「よかですたぃ」と言った。そこから、本当の水俣に向き合うことになる。その時点で、水俣病と確定された患者は83名を数え、33名は既に死亡していた。
    患者が集中して多発した漁村部落の湯堂の漁師松永善一さんに世話になり、三女の久美子さんは「いける人形」と言われ、意識不明のまま生き続けた美少女。その写真が、裁判に訴えた訴訟派の集会やデモに掲げられた。患者互助会の分裂で、松永さんは一任派の代表だったのだ。解決する方法で別れた。写真が、そのような風に使われて、松永さんの心証を害したのだ。
    石牟礼道子は、「写真機というものの発明は、まだ人間が神の恩寵(おんちょう)を受けることが出来ていた時代の、魔術ではあるまいか。桑原史成さんの写真集『水俣』をひろげていてそう思う」「桑原さんのカメラを通じて、彼岸の団欒(まどい)に似た景色を垣間見せてくれる。じいさまの脚にのせられた、ちいさな足や掌の中のかぼぞい指の、骨の言葉をわたしどもが聴くときに」と書く。
    桑原史成の写真は、穏やかで静かなのだが、水俣を映し出す。人の心を動かす力を持っている。
    手が大きく映し出される。久美子さんの曇りない眼が映し出される。そこに、はっとしたものが浮かび上がる。言い知れない苦しみと悲しみと生きようとする強い意志が見える。
    「写真で、いったい何ができるとぉ」と言う質問に、真剣に対峙して答えを出そうとする。
    それが、ユージンスミスを動かした写真ともなる。
    この写真集には、桑原史成を含めて6名の解説がある。宇井純は、水俣工場は「日本で最も成功した化学工場」。1956年5月に激しい脳神経症状を示す患者が相次いで水俣工場付属病院に運び込まれる。水俣病として見いだすことと困難だった原因究明で、被害が拡大し長期化した。桑原史成の最初の仕事で、一緒に歩き、忘れられた漁民の生活を記録し、水俣病の原因究明にも立ち入った。そして工場排水中のメチル水銀であることさえ突き止める。1963年の「技術史研究」にペンネーム富田八郎(とんだやろう)で水俣の原因を発表する。宇井純の公害原論が始まるのである。宇井純の自主講座で、公害原論を学んだ。
    熊本大学水俣奇病研究班の徳臣晴比古の水俣の原因物質を調べる。1957年『POISONING』Von Oettingen(著)を買い求め、アルキル水銀中毒に関する記載について知る。しかし、マンガン説、セレン説、タリウム説などが推定され、地道な臨床研究の症例分析の結果、1958年にアルキル水銀にたどり着く。最首悟は「責任をとる」ことを考察し、水俣病は「責任がとれない」ことを共有することから、見えてくるのだと言う。チッソ島田社長は「私は全責任を持つから、私を罰しても、支配下の会社の人は許してほしい」という。責任とは何か?そして、緒方正人の言葉を引用する「①父を殺し、母と我ら家族に毒水を食わせ、殺そうとした事実を認めてほしい。②水俣病事件はチッソと国・県の共謀による犯罪であり、その30年史であった事実を白状してほしい」と。
    最後に、桑原史成の『終わりなき不知火海の嗚咽』で締めくくられる。
    桑原史成が、水俣で写真を撮り始めて、60年を超える。それでも、この写真たちは古びることなく、いまだに水俣の現実を伝える。そして、やはり、MINAMATAは終わっていない。

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著者プロフィール

一九三六年島根県津和野生まれ。一九六〇年東京農業大学・東京綜合写真専門学校卒業。
一九六二年に写真展「水俣病」を開催、他の主なテーマは「激動の韓国」、「北朝鮮」、「ベトナム戦争」、「ソ連邦崩壊」など。著書に『水俣病』(三一書房)、『報道写真家』(岩波書店)、『桑原史成写真全集』四巻(草の根出版会)、『水俣事件』(藤原書店)など。二〇一四年土門拳賞受賞。一九九七年に郷里の津和野に「桑原史成写真美術館」が開館。

「2022年 『いのちの物語 水俣 桑原史成写真集1960 ~ 2022』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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